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エダヒロの本棚

地球温暖化との闘い すべては未来の子どもたちのために
翻訳書
 

ジェイムズ・ハンセン(著)
枝廣 淳子(監訳)、中小路 佳代子(翻訳)

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世界が直面する最大の問題のひとつである地球温暖化について語るとき"闘う科学者"ジェイムズ・ハンセン氏は欠くことのできない人です。彼の「専門家だけでなく、一般読者であるみなさんにも温暖化は紛れもない事実であるということを自分で判断してほしい、このままいくとどうなってしまうのかということを自分で理解して行動を起こしてほしい」という思いが詰まった1冊です。未来世代のためにも、今何を考え、何をすべきなのか、ハンセン氏と一緒に考えてみませんか。

監訳者あとがき

「闘う科学者」――ジェイムズ・ハンセン氏は、ニューヨークにあるNASAのゴダード宇宙研究所の所長として、地球温暖化予測研究チームを率いてきました。世界が直面する最大の問題のひとつである地球温暖化について語るとき、欠くことのできない人です。
ハンセン氏は、もともとは金星の研究をしていました。大気中の二酸化炭素による温室効果に興味を抱き、同じ現象が地球でも起きていることから、一九七〇年代に温暖化の研究を始めました。地球全体の気候を再現するコンピュータモデルを開発し、「このままいくと地球がどうなっていくのか?」を予測するという新しい科学を切り開いてきました。
 二〇一二年の夏、北極海を覆う海氷の面積が、観測を始めて以来、最小面積を更新したという発表がありました。これまでの最小記録は二〇〇七年でしたが、そこから日本の総面積の二倍に相当する海氷が失われた計算になるといいます。一九七九~二〇〇〇年の夏場の平均面積に比べ、半分程度の大きさになってしまっています。北極海は、温暖化による気温上昇の影響を特に受けやすいとされており、北極海の氷の面積は、温暖化の進行を示す重要な指標として私たちに警告を発しているのです。
 こういった警告を科学者たちが発する一方、「北極海の氷がなくなるということは北極海航路が開けるということになり、日本から欧州までの距離も従来ルートに比べて三分の二になり、航行日数が短縮され、燃料代も節約できる」と喜ぶ声もあります。国交省にも「北極海航路に関する省内検討会」が設置され、北極海航路の活用の検討が始まっています。
 こうした最近の動き、すなわち「温暖化が進行すれば、北極海の氷は小さくなり、北極海航路が開ける可能性が生まれるだろう」ということについては、三〇年以上も前の一九八一年に『サイエンス』誌に掲載された、ハンセン氏が開発したモデルについての最初の論文の中に、「手を打たなかった場合の将来の展開」としてすでに描かれていたのでした。
 「このままだとどうなってしまうか」を知りつつ、「科学だけをやっていればよい」という態度をハンセン氏はとることができませんでした。研究だけではなく、「広く伝えること」「実際に行動すること」を進めてきたようすや葛藤、実際の展開は、本書に詳しく述べられているところです。
 本書のとくに前半部分では、物理や数字が苦手な人には少し難しく感じる説明がつづくかもしれません。しかし、この部分こそ、ハンセン氏が一般読者に何とか理解してほしいと思っているところなのです。推測や憶測ではなく、地球の歴史が示している証拠から判断すれば、温暖化は紛れもない事実であるということを自分で判断してもらいたい、そしてこのままいくとどうなるかということを自分で理解して行動を起こしてもらいたい、というハンセン氏の思いが詰まっている気がします。
 私たちは、専門家ではないので「専門的なことはわからない」と思いこんでしまいがちです。そして、専門家の意見が分かれているときには、なんとなく正しそうな専門家の意見を、感覚的に選択して信じてしまうことがあります。しかし、専門家ではない一般市民である私たちも、自分たちの、そして自分たちの子どもや孫たちの将来を大きく左右するような問題については、正しい情報を基に自分で判断する努力を怠ってはいけないのではないでしょうか。科学者は正しい情報を一般市民にわかりやすく伝える努力を、一般市民はそれを自分で理解して判断する努力を惜しまないこと。これが本書が伝える大切なメッセージのひとつだと思います。
「行動」という面では、ハンセン氏は多くの二酸化炭素を排出することで温暖化を加速する石炭火力発電は何とかしてやめさせるべき、という活動にNGOなどとともに取り組み始めました。「闘う科学者」「反骨の科学者」とも呼ばれているハンセン氏は、ホワイトハウス前で、石炭火力発電に反対するデモに参加し、逮捕されたことすらあります(それも一度だけではありません)。
このように、科学者は科学さえやっていればよいという世間一般の考え方では、孫たちの将来に責任を果たすことができないと、多くの人々に科学的な情報をわかりやすく伝える活動を長年にわたって続け、必要があれば自ら街に出てデモに参加もしてきたのです。
 私が代表を務める、世界一九〇カ国に日本の環境情報を英語で配信しているNGOジャパン・フォー・サステナビリティが、COP15と呼ばれた気候変動枠組み条約の締約国会議(コペンハーゲン会議)を前に、「世界は日本の中期目標をどう考えているか?」という国際世論調査を行いました(国内でも温暖化の中期目標を議論していた頃です)。世界五九カ国から二〇〇以上の回答が寄せられ、回答者の半数が、政府が出していた六つの選択肢の中で最も削減率の大きな選択肢(九〇年度比マイナス二五%)を支持すると回答を寄せました。
 集計時にびっくりしたのは、この国際世論調査にハンセン氏も参加してくれており、そこには次のようなコメントも添えられていました。「CO2は平均存続時間が長いため、日本は、二〇二〇年までに石炭からのCO2排出を段階的に廃止することを目標にしなくてはなりません。また、最小限のコストでクリーン・エネルギー社会へ移行するためには、炭素排出に対する課税を検討すべきです。集まった税金は配当金として国民に還付すれば、CO2排出量が少ない人は、エネルギーに支払う価格よりも高い配当金を受け取ることができます」。
日本の小さなNGOの取り組みにも応え、熱い意見を届けることで、何とか世界の各地から状況を変えていかなくてはならないという思いが伝わり、皆で感動したことを思い出します。
 冷徹な頭脳と熱い思い、そして行動力を兼ね備えたハンセン氏が、どのような人生を送り、どのように「科学者はそこまでやらなくてもよい」という政治家からの圧力と闘いながら、温暖化の危機に警鐘を鳴らし、具体的な解決策を訴え、行動に移してきたのか。本書の各所に感じられる氏の熱い思いと未来への祈りは、温暖化の専門家ではない私たちの心にも響きます。
景気が後退し、大災害でエネルギー問題がクローズアップされるにつれて「温暖化どころではない」という風潮が日本には広がっていることを、ハンセン氏はきっと深く憂えていることでしょう。私たち一人ひとりが、子どもや孫の世代に「あの時、なぜ温暖化を止める行動をしてくれなかったの?」と言われることがないよう、今何を考え、今何をすべきなのか?――それぞれが自分なりの答えを模索しながら、小さくても行動に移しながら、本書を読んでもらえればとうれしく思います。
 翻訳に際しては、科学技術振興機構(JST) 研究開発戦略センター(CRDS)の増田耕一さん、小林紀子さん、小野寺春香さん、杉浦有紀さんにお手伝いをいただきました。企画・編集を担当して下さった日経BP社出版局の竹内靖朗さんのおかげで本書を日本の方々に届けることができ、心から感謝しています。

枝廣淳子

 

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