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エダヒロの本棚

ときどき思い出したい大事なこと
翻訳書
 

リチャード・J・ライダー(著)、枝廣 淳子 (訳)
サンマーク出版

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原題は『The Power of Purpose(目的の力)』。本書では、人生のなかでも特に大きな領域「仕事」を取り上げています。天職とは「目的」(何のために働くのか)と「力」(自分のやる気をかき立てるものは何か)を結びつけたものであると語り、どのようにしたら自分の天職を見つけて、生き生きとした仕事人生が送れるかを示します。

訳者あとがき

 その日私は東京国際フォーラムの同時通訳ブースの中で、軽い武者震いを覚えていた。日本ウィルソン・ラーニング株式会社の一五周年記念クライエント・コンファランスの特別講演である。ガラス越しに、ディック・ライダーが壇上に上がるのが見える。私は手元のマイクのスイッチを入れ、いろいろな思いを込めて、通訳を始めた。

 ディックの本に最初に出合ったのは、二年半以上前に遡る。フリーランスの通訳者として仕事をしながら、日本ウィルソン・ラーニングにコンサルタントとして顔を出していた私に、森社長が手渡してくれた本が『Repacking Your Bags』だった。同書(邦題『人生に必要な荷物 いらない荷物』)は、著者のディック、日本ウィルソン・ラーニング、そして訳者としての私も力を合わせて日本で刊行することができ、多くの方々に読んでいただくことができた。寄せられた読者カードを見ても、多くの人々がディックのメッセージに心を動かされた様子が伝わってきたが、私もそのひとりだった。
 サンマーク出版からディックの次作を出したい、という話が来たのと、ディックがもうすぐ米国で自作を出す予定だ、といってきたのはほぼ同時だった。こうして本書『ときどき思い出したい大事なこと』の翻訳が始まった。
 本書の原題は『The Power of Purpose――目的の力』である。前書『人生に必要な荷物 いらない荷物』で、仕事・人間関係・場所・目的という四つの分野で人生全体について「自分の背負っている荷物をいったんほどいてみよう。これからの人生に必要なものだけを詰め直して、身軽に生き生きと生きよう」と呼びかけたディックは、今回は人生のなかでも特に大きな領域「仕事」を取り上げ、天職とは「目的」(何のために働くのか)と「力」(自分のやる気をかき立てるものは何か)を結びつけたものであると語り、どのようにしたら自分の天職を見つけて、生き生きとした仕事人生が送れるかを示している。
 前書では疑問点はファックスでやり取りしていたが、今回はメールが何度も何度も太平洋を渡っていった。しつこく語句や文の意味を確認する訳者に、ディックはきっと苦笑していただろう。しかし疑問点についてやり取りするなかで、私は「あ、これか」と気がついたことがある。通常、著者は自分の表現を変えられるのはいやがるものだが、ディックは「その表現で、いいたいことが伝わりにくいなら、表現を変えよう」と大変柔軟で、原文とは全然違う文章を示して返事をくれるのだ。
 本書にも述べられているが、ディックの考え方のひとつに「エッセンス」と「フォーム」がある。「真髄・本質」と「形・外形」ということだが、「まずエッセンスありき」がディックの基本姿勢だ。「フォーム」にこだわって「エッセンス」を失うのは本末転倒である。エッセンスとフォームという考え方は、「なぜ生きるのか」「なぜ働くのか」と「どのように生きるのか」「どのように働くのか」を分けて考えるところにも見ることができる。翻訳作業を通じて、私はこの「エッセンス」と「フォーム」を実感として理解することができた。
本書の翻訳を行う一方で、ディックの研修コースを日本に導入するための翻訳・通訳、日本版への修正にも携わった。ディックというひとりの素晴らしい人とその考えに、私は「通訳」「翻訳」「コース作成」と全方位からかかわることができた。得がたい体験をさせてもらったとありがたい気持ちでいっぱいである。
 またこの時期は、自分自身の「天職」を考える時期にもなった。翻訳中のディックの本にどれほど勇気づけられ、励まされたことか。本を通じて、個人的にも影響を与え支援してくれたディックに感謝している。
 
 講演会が終了し、講演者・通訳者ともに興奮の波が引いていくなかで、私は彼の本に励まされて、自分の「天職」を考え、行動をとることにした、と話した。前から関心をもち、個人的にかかわってきた米国の環境シンクタンク、ワールドウォッチ研究所の日本での活動にもっと本格的に参画して、環境問題への関与を深めていくことにした、と話した。ディックは、子どものように澄んだ目をきらきらさせて、嬉しそうにうなずいた。
「よかったね。すごくいいと思うよ。僕の女房も環境問題に取り組んでいるんだよ」

 毎日星の数ほど出版される本のなかで、一生の間に読める本の数は限られている。一生の間に翻訳できる本の数はもっと限られている。前書に続き、本書の翻訳の機会を得た私は、本当に幸せ者だと思う。ディックをはじめ、質問メール攻撃に耐えてくれたインベンチャー・グループの方々、機会と助言を与えてくれた日本ウィルソン・ラーニングの森捷三社長をはじめとする社員の方々、そして前書同様、訳者を支えてくれた高橋由佳里さん、サンマーク出版の青木由美子さんに心からの感謝を申し上げる。

一九九七年 秋
枝廣 淳子

 

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