エダヒロ・ライブラリー執筆・連載

2014年04月17日

オーストリアの原子力への「ノー」~なぜ脱原発が可能だったのか(出典:「世界」2014年4月号)(その2)

 

出典:岩波書店「世界」no.855 2014年4月号

著:ペーター・ウェイッシュ、ルパート・クリスチャン
訳:枝廣淳子


(その1より続き)

1980年代以降のオーストリアのエネルギー政策
 
 オーストリアは-特に再生可能エネルギーに関して-自然に恵まれている。農業と、特に広大なオーストリアの森林は、エネルギー用のバイオマスを常に供給してきた。ユニークなメリットがあるのは、オーストリアがアルプス山脈の端に位置しているためである。オーストリアでは水力が長い歴史を持っており、発電の重要な部分に寄与している。極めて高いレベルで活用されているため、自然保護とのぶつかり合いもある。

■エネルギー報告書
 2009年以来、「オーストリアのエネルギーの現状」が年次で刊行されている。この報告書には、オーストリアのエネルギーシステムの現状の説明はあるが、今後の開発やオーストリア政府が取るべき施策については含まれていない。

 この数十年間、政府の効率向上計画にはたいてい、野心的な目標が掲げられているが、そのほとんどは達成されていない。だからこそ、オーストリアのエネルギー消費量は増大しており、経済危機の時しか抑制が効いていないのだ。特に、電力消費があまりにも急速に伸びているため、新しい水力発電所が今なお建設されているにもかかわらず、電源購成における水力発電の割合は減りつつある。

■グリーン電力法
 2003年、「グリーン電力法2002」が施行された。初めて、グリーン電力の販売に関する条件が全国的に管理されるようになったのだ。
 再生可能エネルギーの固定価格買取制度は、2013年の申請を見ると、以下の通りである。
風力エネルギー 9.45セント/kWh
地熱エネルギー 7.43セント/kWh
太陽光発電   18.12セント/kWh

■住宅への補助
 オーストリアでは、暖房のエネルギー消費が極めて多く、エネルギーの総消費量の約30%を占めている。他方、エネルギー効率化には大きな潜在的可能性がある。住宅をパッシプハウスの基準に合わせて建設することができ、断熱改修を行うことで暖房用エネルギーを大きく削減することができる。

■エネルギー政策と市民
 オーストリアのエネルギー政策は長年、市民運動に伴って展開してきた。一例が1984年のハインブルク氾濫原における座り込み活動だ。これは、ドナウ川に巨大な水力発電所を建設する計画を撤回させるための動きだった。警察とデモ参加者が衝突した後、ウィーンで大きな反対集会(参加者は4万人に迫る)が行われた。1985年初めに、今後の開発認可が禁止された。1986年半ばには、水利権を踏まえての公式な通知(Wsserrechtsbescheid))が、憲法裁判所によって取り消された。今日、ハインブルク氾濫原はドナウ・アウエン国立公園の一部となっている。

 1985年、EUは、環境影響評価(EIA)指令(85/337/EEC)を出した。オーストリアでは1993年に、「環境の健全性に関する評価法」(UVP-G)が制定された。以降、多くの改正が行われている。
この文脈で、「オーフス条約」が重要な意味を持っている。「オーフス条約」は、署名が行われたデンマークの場所の地名からそう呼ばれているが、国連の条約である。これによって、行政情報へのアクセス、国民の参加、裁判へのアクセスが促進されるはずなのだが、署名後8年たってもなお、実施状況は到底満足できるものではない。

 市民の影響力は、立法においては弱い(例ケリーン電力法、エネルギー効率化に関する法律など)。しかし、現代のメディア、ネットワーキング、最善の事例を伝える地元のエネルギー円卓会議のほか、従来の消謎構造を意識的に否定することは、市民が持続可能な開発に寄与する重要なやり方である。

ヨーロッパのエネルギーに関する共通政策

 エネルギーに関する共通政策は、EU条約や法的な規制には含まれていない。最も良い例は、原子力発電だ。オーストリアのように原子力のない加盟国がある一方、フランスのように、世界で二番目に原子力発電による発電量の大きな国もある。この両極端の間でも、状況は複雑である。ドイツは原子力エネルギーの放棄に向けて作業を進めている一方、チェコ共和国は原子力発電を増強する計画を立てており、イタリアは、再び始めるべきかどうかを議論している。

 結論として、オーストリアは、かつては環境に関する保護と政策に関するお手本であったが、この間、その立場から少しずつ外れていったと言えよう。EUのイニシアティブがなければ、オーストリアでは停滞していただろうと思われる。そのことを示すのが、政府の「2008年~2013年計画」である。この計画には、"金メッキ(EU指令を過剰に国内で施行すること)"を避けるという原則が含まれている。つまり、EU指令は何らの改善向上を加えることなく実施されるべし、という意味だ。

■電力市場の自由化
 1996年、EUはエネルギーに関する域内市場指令(EU電力指令、96/92/EC)を出した。この内容の一つが、電力市場へのアクセスに関する調整である。オーストリアでは1998年に、電力分野とその組織を規制する法(ELWOG)が制定された。2000年のEIWOG-Novelによって、2001年に電力市場の全面自由化が実現した。それ以来、家庭は、我が家の電力供給者を自由に選ぶことができる。それでも、この可能性に満ちた制度を活用している家庭はわずかであり、そのため、市場は自由化されたようにはまったく見えない。オーストリアでは今でも、かつての独占事業者が最大の電力供給者なのである。

■ラベリングと認証
 2001年以来、「オーストリアの電力供給者は、発電の一次エネルギーの割合を公表すること」が法的に義務化された。電気料金の請求書には、発電によるCO2排出量を明記しなくてはならない。電力に関するラベリングのコントロールが「E‐コントロール」である。

 オーストリアのラベリングは、確認をベースとしたモデルである。一次エネルギーの割合を公表するためには、法に準拠した確認を行わなくてはならない。確認のない電力は、「不詳の起源による電力」と明記しなくてはならない。

 EUの再生可能エネルギー指令(2009/28/EC)では、起源の確認と、再生可能エネルギーの活用を促進するためのグリーン認証を区別している。グリーン認証は、発電事業者が「再生可能エネルギーを用いる義務を果たしている」証明として用いることができるものだ。他方、こういった認証は国際的に取引することができ、電力から切り離すことができる。これによって「グリーンウォッシュ」の問題が生まれる。つまり、たとえば原子力発電で発電した電力にグリーン認証をつけて「グリーン電力」として販売することができるのである。

■地域の持続可能エネルギー戦略
 いくつかのオーストリアの州は、持続可能なエネルギー計画を展開している。ブルゲンラント州は2013年より、一年間に消費している全電力以上の電力を風力発電で発電している。ニーダエスタライヒ州では、再生可能エネルギーの割合を、2030年までに30%から50%へ増やし、2050年までには域内の発電で100%賄うことを目指している。

 オーストリアには、現在までで106の「気候・エネルギーのモデル地域」がある。これは連邦政府の環境省の提案で始まったものだ。これらのプロジェクトの資金の一部は、「気候・エネルギー基金」によって賄われている。オーストリアには2354のコミュニティがあるが、そのうち200以上のコミュニティがこのモデル地域に属している。めざすところは、化石燃料からの自立である。この目標は、エネルギー効率の向上、地元の再生可能エネルギーの利用、運輸・輸送の削減、インテリジェント・コントロールを組み合わせて達成することができる。

 「気候・エネルギーのモデル地域」は、オーストリア政府にとって、2050年までに化石エネルギー源から自立するという目標を達成するための重要な手段である。

 ソフトエネルギー戦略は、化石エネルギー源からの自立を促進するのみならず、重要な新規雇用をつくり出し、地域経済を支えている。これは詳細な研究によって構築されている。エネルギー効率化は事業のコストを削減し、再生可能エネルギーへのシフトは、外国への資本流出を減らすことになる。

 「エネルギー問題」は、「需要側」のみで解決することができる。現在の「炭化水素時代」から「太陽の時代」への移行には、エネルギーと物質の使用を根本的に変える必要がある。
 オーストリアの持続可能なエネルギーに関する研究の最も厳しいシナリオは、オーストリアは消費量が半減すればエネルギー自立ができることを示している(表参照)。

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教訓

 原子力を退けたオーストリアの例から、いくつかの教訓を学ぶことができる。成功する確率がないように見えたとしても、強力な敵と闘う価値がある。効果がないものはない。

 国民投票では数千票が決め手となって原子力発電への反対が決まったことは、どの活動家もどの活動も必要不可欠であったことを十二分に証明した。
おそらく最も重要な洞察は、電力会社、大きな政党、労働組合といった力のある組織は教訓を学ぶという点では最後になる、ということだ。国民がこういった組織に変化を課すこと必要であり、それはたやすい仕事ではまったくない。

 長期的には、ゆっくりで手間がかかるものの個人間のコミュニケーションが効果的である。「暮らしやすい世界の原子力のない将来」というわれわれの希望を現実のものにしたいのなら、情報や国民のモチベーションに代わるものはない。

 個人間のコミュニケーションは、加速度的に増殖するプロセスである。最初はほとんど効果が見えないが、国民のなかでの意識がクリティカルマスに達すると、突如として考え方の変化が起こる。大きな社会よりは小さな社会のほうがこのプロセスに要する時間が少なくてすむため、小さな国々は有利である。

 現在、反原子力の意識は、日本でも世界中でも増えつつある。長期的には原子力エネルギーのない将来をつくり出すことに成功するであろうことを、私は確信している。
核兵器と原子力は表裏一体のものだ。両方とも段階的になくしていかねばならない。

※本稿は、1988年春、日本(東京、京都、和歌山)にてペーター・ウェイッシュが発表した論文を2013年11月ルバート・クリスチャンがアップデートしたものである。

Dr.Peter Weish
1936年、ウィーン生まれ。オーストリアの科学者。ウィーン大学、ウィーン農業大学などで環境科学を講じる。オーストリアにおける半原発運動の草分け的存在。

Rupert Christian
オーストリアのエネルギー政策専門家。

 

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