エダヒロ・ライブラリー執筆・連載

2019年06月20日

人類は「グローバルな水問題」に対処できるのか
レスター・ブラウン

 

出典:岩波書店「世界」no.921  2019年6月号

訳・解説 枝廣淳子(大学院大学至善館教授)

Lester R. Brown
1934年米国ニュージャージー州に生まれる。ラトガース大学で農業科学の学位を取得、農務省に入省、国際農業開発局長を務める。1974年地球環境間題に取り組むワールド・ ウォッチ研究所を設立、1984年に『地球白書』を創刊。2001年5月アースポリシー研究所を創設。2015年に引退後も精力的に研究や執筆を続けている。『大転換ーー新しいエネルギー経済のかたち』(共著、岩波書店)、『レスター ブラウン自伝ーー人類文明の存続をめざして』(ワールドウォッチ・ジャパン)など邦訳書多数。

 

 ちょうどいま、本の仕上げにかかっている。タイトルは、『カウントダウン~水不足に陥りつつある世界』。
 水をめぐる状況にどう対処できるかは、この近代文明が直面する最大のチャレンジだ。本書は私がこれまでに書いてきた本の中でも、もっとも重要なものだ。世界がまだわかっていない状況を伝えるものだからだ。
 驚くべき状況だ。これまで局所的な水不足はあったが、全体としては水は足りていた。しかし今は、まったくこれまでとは異なる状況に陥りつつあるのだ。


■世界各地で進む砂漠化

 突然、中国が2億4,000万人を中国西部から東部へと移動させた。中国では砂漠が毎年、東へと広がっている。そのため、日本の人口の二倍もの人々が住む場所を移さざるを得なくなったのだ。「水移民」が大量に発生しているのだ。しかし、これはまだ始まりにすぎない。今後、状況は大きく悪化するだろう。
 イランでは、国土の70%が水不足で干上がってしまい、そのほぼすべてが耕作放棄地となっている。イランの国民は内陸部を中心とする残りの30%の地域に住まざるを得なくなっている。そして、40万人のイラン人が米国カリフォルニア州に移住している。移民として新しい国へやってくる人々は、以前住んでいたところと似たところに住もうとするが、米国ではカリフォルニアが母国に近いというわけだ。問題は、カリフォルニアの地下水位が下がりつつあることだ。カリフォルニア州の人口は、今ではカナダ一国よりも多い。カナダの人口は3,700万人なのに対して、カリフォルニア州には4,000万人が住んでいる。水へのプレッシャーが増大している。 
 21世紀は、水不足によって世界の形が変わっていく世紀になるだろう。それはすでに始まっている。中国やイランだけではない。エジプトでは、人口は増加の一途だが、同国が頼るナイル川の水量は減り続けている。ナイル川の上流に位置するエチオピアの人口は今やエジプトを上回るようになっており、スーダンの人口も増えつづけているからだ。エジプトの首都カイロは4,000年前から存在していた。ナイル川の水があったからだ。それなのに突如として、水が激減してしまった。その結果、エジプトでは自国民の食べる穀物が生産できなくなっており、輸入に頼るようになっている。
 スーダン北部は、水がなくなって人が住めなくなり、うち捨てられている。人々は南部に移動している。アフリカ西部の沿岸国モーリタニアも同じ状況だ。1億8,200万人の人口を抱えているナイジェリアでも、北部にある砂漠が南へと広がりつつあるが、止めることができない。
 世界の各地で砂漠化が進んでいる。そのペースは前例のないものだ。砂漠が広がっていくのに、止めることができていない。最も劇的な例は、冒頭に述べた中国だ。また、パキスタンに関しては、世界銀行と国連の両方が「パキスタンは国としてサバイバルできるかどうかわからない」と文書に記している。この国の人口は2億人を超えているというのに。
 カリフォルニア州もその一例だが、世界の各地で「ドミノ効果」が生じるようになるだろう。パキスタンのある地域で人々がその土地を捨てて出て行かなくてはならなくなれば、他の地域の水にかかるプレッシャーが大きくなる、という具合に。これほど深刻な状況なのに、世界に何が起こりつつあるかを理解している政治家はひとりもいない。
 残念なことに、砂漠化をとどめることに関しては、世界には手本となるような例がまったくない。どこも悪化の一途であり、趨勢を逆転させられた例が一つもないのだ。
 中国では毎年4,000平方マイル(約1万400平方キロ)の農地を失っている。植林をして農地を取り戻そうと懸命の努力をしてきているが、あまりにも砂漠化の力が強く、農地を失い続けている。中国北部にあるゴビ砂漠は年に2マイル(約3.2キロ)ずつ東へと、つまり、北京に向かって、広がりつつある。だれもそれをとどめることができずにいる。
 かつては、砂漠化の進行を止めることができる、と考えていた。いや、そう考えたいと思っていた。しかし、あまりにも圧倒的なすさまじい勢いに、有効な手が打てない状況なのだ。中国ですら砂漠化が止められないとしたら、他の国には到底無理だろう。
 こうして、地球の砂漠化が年々進んでいる。農地だったところが砂漠に飲まれてしまった土地の面積を足し合わせると、かなりの面積になってしまう。恐ろしい状況だ。


■枯渇しつつある世界の帯水層

 砂漠化の原因は、世界各地で地下水の過剰な汲み上げや川からの過剰な取水が行われていることだ。取水量は増加の一途なのだ。3億人ほどが住んでいるインドの北東部では、雨水などの地表の水が地下に浸透して地下水となる涵養(かんよう)量の15倍もの地下水を取水している。
 現在書いている本では、枯渇しつつある世界の帯水層7つを取り上げ、地下水の再補給ペースに比べて、どのくらいの速度で水を汲み上げているかを示す表を掲載している。米国のミシシッピ川からロッキー山脈にかけて広がるオガララ帯水層では、12倍だ。アラブ・中東は7倍ほどだ。アラブ諸国の穀物生産量は、この15年の間に32%も減少している。水が減っているせいだ。水がなければ穀物を育てることはできないのだ。
 自分が育ち、農業を行っていた米国東部のニュージャージー州でも、この数年間に地下水位が数フィート下がってしまった。沿岸部にある同州南部では、地下水位が低下したため、塩水が入り込むようになっている。ますます農地が損なわれてしまいかねない。
 この状況を続けていくことはできない。米国のオガララ帯水層は非常に大きな帯水層だが、おそらく今後25年ほどの間に空っぽになってしまうだろう。失ってしまう水の量は非常に大きい。
 世界各地の低下していく一方の地下水位を安定化させるためには、取水量の大きな削減が必要だが、政治的にそれが可能なのかわからない。それだからこそ、この水問題は非常に重要な問題なのだ。
 この本を書き始めてから、水を巡る状況がどれほど厳しいものになりつつあるかがわかってきた。世界は非常に難しい状況に直面しつつあるのだが、私たちにはまだそれがわかっていないのだ。
 水問題には、それぞれの地域で生じる「ローカルな問題」だという特徴がある。それぞれの地域で取り組むことはできる。だがこれまで、世界全体の状況はきちんと把握されてこなかった。農業に関してはFAO(国際連合食糧農業機関)があり、人口に関しては国連人口基金があり、健康に関してはWHO(世界保健機関)がある。しかし、水に関しては、それらに匹敵するものがない。世界中から水に関する情報とデータを集め、分析し、世の中に伝え、各国の政策に影響を与える組織がどこにもないのだ。
 「国連水機関」の創設を。これが本書の提言の一つだ。水問題とは「グローバルな問題」なのだ。多くの国が協力し、政治的に動かさなくてはならない問題なのだ。


■水問題と連動する食料問題

 これまでは、「世界の人口を安定化させなければならない」と言ってきた。現在世界の人口は毎年8,100万人ずつ増えている。しかし、人口の安定化だけではもはや足りない。なぜなら、現在の人口ですら、その取水量は限界を超えているからだ。必要なことは、世界人口を安定化させるだけではなく、「減らしていかなくてはならない」ということなのだ。これまでとは全く異なる事態である。途方もなく大きな難題だ。世界の人口増加を止めるだけでなく、人口を減らす必要があるというのはショッキングな話だ。中国はかつて人口調整の必要性に直面して、一人っ子政策をとったが、今や世界全体が人口を減らす必要性に直面しているのだ。
 さらに、近年新しい要因が出てきている。1950年代からずっと、米国は「世界の穀倉地帯」という役割を果たしてきた。毎年4億トンほどの穀物を生産し、世界の100カ国ほどに穀物を輸出しているのだ。しかし、このように穀物を輸出することで米国内の帯水層が枯渇しつつあるということがわかったら、どうなるだろうか? 輸出を続けていけば、どこかの段階で、米国民のための食料さえ作れなくなってしまうだろう。
 本書を書いている途中で、ほんの数週間前、この新しい側面に気がつき、私は身震いをした。そうなったときに米国はどうするだろうか? そのまま世界に穀物を提供する国として、自国の帯水層を枯渇させつづけるだろうか? おそらくそうではないだろう。そうなったら、米国からの穀物輸入に頼っている多くの国が――日本も含めて――大変な事態に陥るだろう。正確な計算をしたわけではないが、ざっと見たところ、米国の地下水位の低下を止めようと思うなら、穀物輸出量をゼロにしなくてはならないほど、過剰な取水に頼って農業を行っているのだ。
 私が1950年代に米国農務省で仕事を始めた頃、当時の目標はつねに「輸出を増やせ」だった。そうして、米国は世界中に穀物を供給する国となった。しかし、それを続けることはもはやできない。このまま国内の帯水層の枯渇が進んで、自国民の食料すら確保できないような状況に陥ってはならないからだ。ぞっとするような状況だ。しかし、変えていくのは簡単なことではないだろう。なぜなら、必要な変化は途方もなく大規模なものだからだ。
 世界の穀物生産量は、2017年をピークに、今後は減少していく可能性が高いと考えている。中国で2億4,000万人が移動したと述べたが、広大な農地を放棄したということだ。この人々はかつては自分たちの食べ物は自給できていたのだ。ところが突如として、この小さからぬ部分が消えてしまった。中国の穀物生産量は8%ほど減少したと推計している。イランも同じだ。水がなくなったため、農村から人がいなくなった地域がたくさんある。米国のミシシッピ川西側も同じ問題を抱えている。本当に深刻な問題なのだ。
 この趨勢を反転させられるようなものは見えていない。しかも、そのことについて多くの人々はまだよくわかっていない。グローバルなレベルで水問題を見ていないからだ。世界的には、「水問題」とはほとんどの場合、飲み水の水質の問題だった。しかし、ここへきて「どうやったら十分な水を得ることができるか?」という問題が急浮上してきたのだ。
 水の危機的状況はすでに目の前で刻々と進行している。世界の形が変わるほどの大きな問題なのだ。水に関する国際機関を創設し、各国政府、それぞれの地域、農業従事者、企業などの組織、そして一般家庭の一人ひとりが、一刻も早く状況を理解し、取り組みを進めなくてはならない。

 


【解説】

 水に恵まれた国・日本では、水問題への切迫感はそれほど強くない。しかし、世界には、「湯水のように使う」といえば、金銀や宝石のように扱うという意味になりそうな国や地域が多い。近年の温暖化によって、干ばつや山火事が広がっており、水不足の問題は世界各地で加速度的に深刻になりつつある。
 SDGs(国連の持続可能な開発目標)では17の目標を設定しているが、目標6「すべての人々に水と衛生へのアクセスと持続可能な管理を確保する」が真正面から水問題を取り上げているほか、目標13「気候変動」、目標15「陸上生態系、森林、砂漠化、生物多様性」も水と密接につながっている。また、目標2「飢餓、持続可能な農業」も水が基盤であり、そこから目標1「貧困」や目標3「健康」にも影響を及ぼす。目標7「エネルギー」、目標8「経済成長」、目標11「都市とまち」も水なしには考えられない。
 レスター・ブラウンは、このように各方面にとって重要な水が、地域レベルで不足しているだけでなく、全部足し合わせたときに地球規模で足りなくなっているという恐ろしい状況を伝えようとしている。そのようにグローバルな全体像を見て、全体として取り組む動きが足りない、と。食糧や温暖化に対して国連機関が設けられているように、「国連水機関」が必要だ、というレスターの訴えに真摯に耳を傾けるべきではないだろうか。
 また、想像を絶する数のシリア難民がEU諸国に殺到した事態は記憶に新しいが、これもシリアでの干ばつが引き起こした水不足が遠因の一つだと考えられており、水問題は世界全体の安全保障をも揺るがす問題ともなりうる。そして、「世界の穀倉地帯」である米国での深刻な水不足によって、米国から食糧を輸入できなくなるという可能性があるとの警鐘は、海外に食糧の多くを依存している日本に向けて鳴らされていることを忘れてはならない。(枝廣淳子)

 

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