エダヒロ・ライブラリー執筆・連載

第1回

環境問題を「システム思考」で考えよう

 

 地球上でどれほど人間の活動が活発になろうと、地球の大きさ、容量には限界があります。この有限の世界で、この先もずっと経済成長を続けたり、何かが無限に増え続けることはできません。この単純な事実にうすうす気づきながらも、私たちの多くは「もっと、もっと」という姿勢を変えられずに、さまざまな地球環境問題を引き起こしているのです。
 もちろん「このままではいけない」と、多くの人が環境に配慮した生活を心がけ、近ごろでは企業も必死に二酸化炭素排出削減に取り組んでいます。それでも地球全体としては、決して解決の方向に進んでいるとは思えませんね。それはなぜでしょうか。
 こんな話があります。1950年代、ボルネオ島のある村でマラリアが大流行しました。マラリアは蚊が媒介するので、世界保健機関(WHO)がDDTをまきました。蚊はみんな死んで、マラリアの流行は無事に終焉しました。
 ところが、その後、いろいろと不思議なことが起こり始めました。まず、民家の屋根がボロボロと落ち始めたのです。DDTをまいたので、民家の屋根に住んでいたスズメバチがみんな死んでしまいました。そこで、スズメバチが食べていたイモムシが大繁殖して、茅葺き屋根を食べてしまったのです。
 困った政府は、トタンの板を配って、「これで屋根をふきなさい」と言いました。すると今度は村中の人が不眠症になりました。なぜでしょう? ボルネオは熱帯なので、激しいスコールが降ります。トタン屋根にあたる雨音がうるさくて、寝られないというわけです。
 また、別の問題も出てきました、DDTでたくさんの虫も死にました。それを、これ幸いとヤモリが食べ、そのヤモリをネコが食べました。そうやって、食物連鎖をあがっていくたびにDDTが濃縮され(生物濃縮といいます)、高濃度のDDTを摂取したネコたちがどんどん死んでいきました。ネコがいなくなって大喜びしたのはネズミです。ネズミが増えると、今度はまた別の伝染病の心配が出てきたんですね。
 さて、困ったWHOはどうしたと思いますか? なんと、1万4000匹のネコにパラシュートをつけて空からまいたんだそうです!
「いったい何やってるんだろう」と思いませんか? でもこうしたことは実際に、あちこちで起こっています。よかれと思ってやったことが裏目に出て、予期せぬ悪い結果を招いたり、当面はよくなったように見えても、長い目で見ると、また別の問題が出てきたりします。

「予期せぬ結果」を招くワケ

 まさに今、温暖化対策の切り札として、世界各国が官民あげてバイオ燃料に力を入れていますが、ここでも同じようなことが起こる恐れがあります。
 バイオ燃料の需要が増えると、原料となる小麦やトウモロコシ、サトウキビは食糧ではなくエタノールに転換される割合が増えますから、食糧価格が高騰します。今ですら貧しい人々がますます飢えることになってしまいます。これでは「ひとつの問題を解決しようとして、別の問題を起こしてしまう」ことになります。
 また、ブラジルでは、増え続けるバイオ燃料の需要に対応するため、サバンナ地帯やアマゾンの森林をどんどん切り開いてサトウキビを植え付けているそうです。そのため、土壌浸食が起こり、砂漠化が進行し、生態系が破壊されています。
 私たち人間には、「目の前に見えるできごと」だけに注目し、「問題の原因と結果はすぐ近くにある」と無意識のうちに思い込み、問題の近くの解決策を探そうとする傾向があります。でも、今の私たちは、途方もなく複雑な社会や経済というシステムの中に生きています。複雑なシステムの中では、原因と結果が近くにあるとは限りません。
 実際には、ある行動の効果や影響が、システムを構成している多くの要素間のつながりを経て、ずっと後になってから出てくることもよくあります。「予期せぬ結果」「想定外」という言葉をよく聞きますが、それは状況や問題をシステム(要素のつながり)として把握しないで、自分の見えている範囲でしか考えていなかった場合に起こるのですね。環境問題についてはこの傾向が顕著です。
 物事や状況をその表面だけで捉えるのではなく、見えないものも含めて、さまざまな部分がからみあった全体をシステムとして見るアプローチを「システム思考」といいます。温暖化にしても、ほかの何にしても、「これが原因だから、こうすればよい」というような「一筋縄」では解決できない問題が増えている今、システム思考はみんなの役に立ち、日本と世界をよりよい方向に力強く進めてくれるアプローチだと信じています。
 欧米ではごく普通に使われて、大学などでも教えられているのですが、日本にはまだあまり入ってきていません。幸い私は、システム思考の専門家の国際的なグループに属しています。システム思考を教え、トレーニングするための方法を日本に紹介していこう、日本向けのワークショップやセミナー、本を作って、たくさんの人が使えるようにしていきたいと思っています。

2008年4月号

 

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