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エダヒロ・ライブラリー環境メールニュース

2022年08月16日

ネガティブ・ケイパビリティ~下川町の「ケータのケータリング」のお話

大切なこと
新しいあり方へ
 

「ネガティブ・ケイパビリティ」とその大きな可能性について、いろいろと調べ、考えつづけています。ケイパビリティ(能力)に「ネガティブ」がついていて、何のこと?と思われるかも知れませんが、これは、「すぐに答えが見つからない中でも、不確かさに耐えて、その場にとどまり続ける力」のこと。

短時間に「理解し、決断する」ことが求められる今の世の中だからこそ、「わからなさ」や「いろいろな矛盾する考え」を受け入れ、そこから新たなものを生み出していく「知的寛容さ」が大事なのだと思います。

8月18日のスペシャル版の読書会で、この「ネガティブ・ケイパビリティ」とはどのようなものなのか? なぜ今大事なのか? リーダーシップ開発の文脈で重視されるようになってきているのはなぜか? どのように鍛えればよいのか? などなどお話ししようと思っています。よろしければぜひ、知っていただき、ご自分の"道具箱"の中に入れていただければ、と思います。
https://www.ishes.org/news/2022/inws_id003076.html

そして、月末に行う「自分合宿」も、安心できるスペースでネガティブ・ケイパビリティを発揮し、じっくりと自分のあり方ややりたいこと、今後を考えていく機会なのだと改めて思っています。年に2回しか開催できない「自分合宿」、必然のタイミングの方、ぜひどうぞ!
https://www.es-inc.jp/seminar/2022/smn_id011874.html


さて、何年も前からまちづくりのお手伝いをさせていただいている北海道・下川町での素敵な取り組みについて書いてもらったのでご紹介します。


~~~~~~~~~~~~~ここから引用~~~~~~~~~~~~~~


ケータのケータリング

SDGs未来都市に選定されている北海道下川町。そんな町の理念を体現したような『ケータのケータリング』、お惣菜・お弁当・オードブルなどのケータリングサービスのお店です。店主の矢内啓太さん(啓太、のケータです!)は下川生まれ下川育ち、一度会ったらなかなか忘れられない個性的な風貌と、人懐っこい笑顔を持ち合わせた2児のお父さんです。

矢内さんは、パン、お菓子の製造販売を営む「矢内菓子舗」に生まれました。下川町で知らない人はいないという、有名なお店です。高校卒業後は、家業を継ぐために札幌の専門学校に進み、みっちりと修業を積みました。

2012年に下川町にUターンして、パン職人として仕事をしていたのですが、やがて転機が訪れました。家業のパン屋を辞め、自分でケータリングの店を始めることにしたのです。きっかけは、大きくふたつあります。

ひとつ目は、下川に移住してくる人たちが、自分のやりたいことや好きなことをしながら生き生きと楽しそうに暮らしている姿を、いいな、と思ったことでした。

ちょうどその頃、町内では『森の寺子屋』という取組みが始まっていました。下川で「こんなものがあったらいいのに」や「こんな新しいこと始めたい」と思っている町民のアイディアを、ブラッシュアップから実践まで伴走する、有志の勉強会です。矢内さんもそのメンバーとして参加したことが、"自分はこれをやってみたい"という想いを具体的なかたちにする、大きなきっかけになりました。

ふたつ目は、2019年に町内のスーパーマーケットが閉店したことです。

弁当、惣菜に加え、イベントや会合、法事などで振舞われるオードブルも扱っている店が無くなったらどうなるのか... それらが町外から調達されるようになってしまうのであれば、そんな状況をどうにかしたい、下川町の"食"を請け負うことができる事業者が必要だ、と矢内さんは考えました。

下川町にはコンビニエンスストアがあり、チェーンのスーパーマーケットも1店あるので、弁当や惣菜が買えなくなるわけではありません。それでも町内に事業者が必要だと考えたのは、枝廣淳子さんの講演で知った"レジリエンス"という言葉の影響でした。

レジリエンスは元々「反発性」や「弾力性」を意味する物理で使われる専門用語です。ここから発展して「外的な衝撃にもポキっと折れない、立ち直るしなやかな強さ」という概念で、環境問題、生態系、心理、教育、社会、防災、経済などさまざまな分野で使われています。地域でのレジリエンスを考えると、エネルギーや食料、雇用、地域経済などをできるだけ地域の外に依存せず、地域の自給力を高めることが大切になります。

矢内さんも、下川が折れないためには食やエネルギー、お金などが地域内で回る必要があると考えました。少しずつでもできる範囲から実践していくことで、町内である程度お金を回せれば... 地域で採れた農作物を地域でしっかり回すことができれば... 町内でエネルギーを生産できれば... ギリギリでも下川が生き残れるのではないか、と考えたのです。

地域の食料という点で考えると、下川はフルーツトマトやアスパラガスが特産物として有名です。家庭菜園をしている人も多く、採れたものをおすそ分けする文化も根づいています。

とは言っても、町民の誰もが下川産の野菜を簡単に手に入れられるわけではありません。ならば、町内で採れた野菜を使って弁当や惣菜を提供できれば、地産地消を後押しできるのでは、と考えました。共働きの家庭が多いので、夕食に加えられる惣菜や弁当などで、忙しいお母さんが少しでも楽をできる仕組みが作れるように、という側面もあります。

こうして『ケータのケータリング』はオープンに向けて動き出しました。

事業の起ち上げにあたって矢内さんが気をつけたのは、あまりお金をかけずに始める、ということでした。奥様とふたりで切り盛りするため、最初から大きく儲けることは考えず、家族が暮らしていけるだけ利益が出ればいいと考えたのです。店舗の内装なども最低限にして初期投資を抑え、費用が商品に上乗せされないようにしました。

お弁当などを入れる容器にもひと工夫しました。プラスチックごみ削減を目指して、お弁当箱などの容器をお客さんが持ち込めるようにしたのです。容器を持参すれば50円引きになるので、お客さんにとっては嬉しいサービスになっています。

年配のお客さんが「このために弁当箱を買ったから、明日からこれに詰めて」と言ってくれたり、プラスチック問題には興味のなそうな人でも「安くなるなら容器持ってこよう」と言ってくれたりしたのには、矢内さんも驚きました。今は容器を持参する人は全体の1割弱ほどですが、もっと浸透させたいと考えています。

お店で用意している容器は、プラスチックではなく紙製です。オープン1週間前に、この紙の容器に大きな問題が見つかりました。ある程度予想はしていたものの、実際にご飯を入れてみると、ご飯粒がくっついて食べにくくなってしまうことがわかったのです。対策にとワックスペーパーを敷いてみましたが、ペーパーには耐熱性がないため、余計にくっついてしまいました。

でも容器は大量に買ってしまった。ゴミにはできないしさあどうしよう... と必死に考えてたどり着いたのが、今、お弁当の一番下でご飯の下に敷かれている黒いもの、そう海苔です! 海苔を敷けばご飯はくっつかないし、そのまま食べることもできます。今では笑い話になっていますが、開店延期の危機とも言える大きなハプニングでした。

たくさんの試行錯誤を経て2020年6月1日、矢内さんの想いがつまった『ケータのケータリング』はオープンしました。お弁当は日替わり肉弁当、日替わり魚弁当、おまかせ弁当の3種類で、シングル(ご飯180g)650円、ダブル(ご飯250g)800円です。お惣菜はその日にあるものを、好きな分量で買うことができます。

今はオープンから1年以上が経ち『ケータのケータリング』は昔からそこにあったような存在のお店になっています。「ギリギリですよ」と矢内さんは言いますが、大きなマイナスも無く経営できています。

下川小学校6年生の町づくり学習授業で、矢内さんが地域のゲストスピーカーとして呼ばれた時のことです。「ケータのケータリングのお弁当を食べたことがある人?」と聞くと、20人ほどの生徒、ほぼ全てが手を挙げました。

「僕は唐揚げが好き」「僕はポテトサラダかな」「週1回お弁当の日があるよ」など口々に言う子どもたちを前に、とても嬉しそうにしていた矢内さん。お店に来るのはお母さんなので、これほどたくさんの子どもたちが食べて喜んでくれていたとは知らず、驚いたそうです。

子どもたちが大人になってから思い出すだろう"昔懐かしい味"のひとつに、ケータのケータリングの味が加わるのかもしれません。

地産地消についても成果が現れています。冬季は町内で野菜などを作ることはできないため、町外から購入することが多くなりますが、夏季に弁当や惣菜に使われる野菜は、ほぼ100%が町内産です。これは特に矢内さんが頼んだわけではなく、農家さんなどが家庭菜園で作っている物を、「食べきれないから使って」と置いて行ってくれます。店内にある棚には、そんな野菜がいつもたくさん並んでいます。

また、お店ででる野菜くずなどを引き取って、ミミズコンポストでどれくらい分解できるかを調べている町民もいます。将来的にある程度の規模でできるようになれば、ゴミを減らすことができますし、ミミズのふんや液肥を使って野菜を育て、お店で使うこともできるかもしれません。

この様に、たくさんの町民が様々なかたちで『ケータのケータリング』と関わっているのは、矢内さんが声をかけやすく、応援したいと思わせる存在だからかもしれません。

お店を始めて嬉しかったことは何ですか?と聞くと、笑顔とともにこう返ってきました。

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お客さんが求めるところに自分がいられることですね。

例えば高齢者の方が、ひとり分を作るのは面倒だから助かってるよ、と話してくれたりすると、やっていて良かったなと思います。町内のイベントなどで作ってほしいと声をかけられることも多いので、嬉しいですね。

パン屋で働いていた時は1日厨房にいたので、食べてくれる人の顔が見えず感想も聞くことができなかったんです。でも今は違います。コロナ禍で人との繋がりが薄くなりがちですけど、僕は毎日たくさんの人に会って話すことができているので、そういった不自由を感じることもなく、幸せだなと思います。

お客さんたちは僕以上にこの店を育てよう、と考えてくれています。地域のお店を使おう、応援しようと思ってくれる人が多いのは、下川の特性なのかなと思います。とにかく、一にも二にも感謝しかないです。

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今後どんなことをやってみたいかも聞きました。

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容器を持って来てくれる人を増やせるように、オリジナルの弁当箱を作れたらいいなと考えています。オードブルも木のお重のようなものに詰めたら、下川らしいしお洒落ですよね。お客さんから、紙の容器だけでは味気ないから掛け紙をしてみたら?というアイディアもいただいています。

お客さんの要望にしっかり耳を傾けないと、店や自分の成長に繋がらないなとも思います。料理もただ安ければいいということではなく、見た目や味をきちんとして、値段と中身が合ったものを提供することも考えなくてはと思っています。

あと僕は趣味が洋服なので、空いている店の2階を使って、古着屋をやろうと考えています。洋服のリメイクが好きな高校生と一緒に何かやろうという企画も進んでいます。来春くらいにオープンできたらいいですね。

今が、すごく居心地が良くて楽しいんです。それに甘んじちゃいけないとは思うんですけど...。色々な世代の人と毎日出会って話ができて、下川に住んでいるって感じています。でもまずは、この店をしっかり長く続けていくことが大切ですね。

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矢内さんがSNSに綴った文章には、「『ケータのケータリング』は、ケータリングを中心として下川町がもっと面白くなる仕組みづくりを目指しています」とあります。下川町でたくさんの出会いや笑顔が、この場所をきっかけとして今以上に生み出されることを、いち町民として楽しみにしています。


~~~~~~~~~~~~~引用ここまで~~~~~~~~~~~~~~


ケータさんのNote。
https://note.com/jam0ji3

今年度は下川町で「町民と進めるゼロカーボン」のプロジェクトをお手伝いしています。
https://www.es-inc.jp/news/2022/nws_id012126.html

先日勉強会で下川町に久しぶりにお邪魔したとき、ケータのケータリングのお店でお弁当をつくってもらいました。相変わらずのにこにこパワフルなケータさんのつくってくれたお弁当、いろいろなおかずがいっぱいで、それぞれ丁寧につくられていて、オホーツク紋別空港で帰りの飛行機を待ちながら、それはそれはおいしくいただいたのでした。

今年度は気仙沼市でも地元経済を取り戻すお手伝いをさせてもらっています。
https://www.es-inc.jp/news/2022/nws_id012112.html

産業連関表の結果を見ながら、事業者が自分たちにできること=新たなビジネスチャンスを探すワークショップ、買い物調査の結果を見ながら、どうしたら地元での買い物がしやすくなるかを生活者と商店街の方々と一緒に考えるワークショップなどを重ねています。

先日は、子育てママさんたちと地元のかもめ通り商店街を訪れてフィールドワークを行い、いっぱいアイディアや提案が生まれました。お店にとってもママさんたちにとっても、素敵な時間になりました。具体的なカタチになることを楽しみにしています。

「地元経済を取り戻す」重要性はだれも否定しないでしょう。でも言うだけでは何も変わりません。ケータさんのような具体的な事例が1つでも2つでも、日本の各地で生まれていくことを願っています。

そして、そのような実際の取り組みを支えているのも、個人とグループと地域社会の、「プレッシャーがあっても目をそむけることなく考え続ける力、信じて見守りつつ待つ力」=ネガティブ・ケイパビリティなのだなあ!と思うのです。

 

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