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2018年12月28日

山本良一先生「気候非常事態を宣言し、動員計画を立案せよ」 (2018.12.28)

新しいあり方へ
温暖化
 

早くから環境問題に警鐘を鳴らし、科学者・教育者として日本の環境運動を引っ張ってこられている山本良一先生が、「最近広がっている『気候非常事態宣言』という運動を知っていますか?」と声を掛けてくださいました。

メールニュースで紹介したいとお願いしたところ、背景となる状況や情報も含め、わかりやすく書いたものを送ってくださったので、ご快諾を得て、ご紹介します。

日本ではなぜか環境意識が低下しているのですが、世界では非常事態宣言が次々出されるほどの危機意識が高まっています。その背景となる科学的な知見とともに、世界の動きを見ていただけたらと思います。日本での動きにつながれば、と願っています。

~~~~~~~~~~~~~~ここから引用~~~~~~~~~~~~~~~~~

「気候非常事態を宣言し、動員計画を立案せよ」

東京大学名誉教授
山本良一

2018年は世界的に極端な気象に見舞われた年である。

7月には日本が豪雨に見舞われた一方、北アフリカや米国西海岸で記録的な高温になった。アルジェリアのワルグラで7月5日に過去最高気温51℃を記録した。オマーンのマスカットの南部では6月28日に夜間になっても気温が下がらず、一日の最低気温としては記録的な42.6℃を観測した。米国西海岸、カリフォルニア州のデスバレーでは7月8日に52℃を観測している。このような極端な気象の頻発にはまず地球温暖化の影響が疑われる。

しかし人間活動が原因の地球温暖化は気候の変化であり、個々の極端な気象にこの気候変化がどのように関与しているかは直ちには明らかでない。自然変動によっても極端な気象は発生するのである。

1. 極端気象の要因分析の基礎

ここでは極端な気象の要因分析(EA=Event Attribution)について基本的事項と最近の研究成果について整理しておこう。

IPCC(気候変動に関する政府間パネル)を含め多くの研究により地球の気候システムが温暖化していること、最近数十年の地球温暖化(世界の平均気温の上昇)のほとんどすべてが人間活動、主として化石燃料の燃焼によるCO2排出に起因していると結論している。極端な気象にこの気候変動(Climate Change)がどの程度寄与しているのかについて研究すること(極端気象の要因分析"extremeweather attribution")は政策決定者にとって有用である。また市民にとっても生活行動を変えるために役に立つ。

気象と気候は異なった概念なので、ある特定場所の個々の気象が地球温暖化によって引き起こされていると言うことはできない。しかし地球温暖化によりそのような極端気象の発生確率が増加しているとか、それが起きた時に強度あるいはその期間においてより激しくなっているということは要因分析によって言うことができる。

例えば、2003年に7万人の死者を出したヨーロッパの熱波の発生確率は気候変動(この場合は人間起源の地球温暖化)によって2倍に増加していたことが示されている。

2. 極端気象の要因分析の最近の成果

最初の要因分析の研究はP. A. Stottらによって2004年に発表された。アメリカ気象学会は2012年以来EA研究を毎年BAMS(The Bulletin of the AmericanMeteorological Society)に掲載している。

2017年までに131のEA研究が公表されている。そのうちの65%が気候変動によってその強度あるいは発生確率が増加しているが、残りの35%については気候変動の寄与は認められなかったと結論している。すなわち35%については通常の自然変動で発生した極端気象ということである。

気候変動が寄与していると分析された米国の最近の極端な気象例には以下のようなものがある。

a.ハリケーンハービー(2017年8月)記録的な雨量、強度15%増大、発生確率3倍に増加

b.米国の冬期の熱波(2017年2月)発生確率3倍に増加

c.ルイジアナの洪水(2016年8月)発生確率40%増加

d.ハリケーンサンディ(2012年10月)地球温暖化による平均海面水位8インチの上昇によって1880年に比べて氾濫面積が27平方マイル増加

気候変動がなければ起こり得なかった極端な気象としては次の3例が挙げられている。言い換えれば、100%人間活動が原因の地球温暖化によって発生したということである。

■2016年のアジアの熱波
■2016年の世界的で記録的な熱波
■2016年の高緯度の海洋の高温とそのアラスカへの影響 また地球温暖化の影響がなければ、今年7月のような猛暑が発生する可能性はほぼなかったとする想定実験の結果を、気象庁気象研究所の今田由紀子主任研究官がまとめている。(読売新聞、2018年11月9日)

3. 要因分析の信頼性

憂慮する科学者同盟(Union of Concerned Scientists)はEAの現状を次のように整理している。

人間活動が原因の地球温暖化の影響についての証拠に対して次のように総括している。

a. 弱い証拠―少雨あるいは干ばつ、竜巻、雷
b. 証拠が増加しつつある―米国西部の森林火災
c. 強い証拠―豪雨あるいは豪雪、大西洋のハリケーン増加、高潮、嵐による洪水、乾ききった土壌
d. 最強の証拠―熱波、ハリケーンによる豪雨

現在WWA(World Weather Attribution)という民間のコンソーシアムが結成されて世界の極端気象の要因分析が行われ公表されている。WWAに参加している機関はオックスフォード大学環境変化研究所、オランダ王立気象研究所(KNMI)、赤十字赤新月気候センターである。

2018年については次のような分析がなされている。

a. ケープタウンの水危機の発生確率は気候変動によって3倍に高まった(2018年7月13日)

b. 夏の北ヨーロッパの熱波(2018年7月28日)北極圏で極端だが南方ではそれ程ではない。気候変動によって発生確率は2倍に高まった。

c. 日本における豪雨(2018年7月17日)気候変動によってこのような豪雨は発生しやすくなる

4. IPCCの1.5℃特別報告書の公表

10月8日にはIPCCの1.5℃特別報告書が公表された。その概要を以下に整理しておこう。

a. 世界の平均気温は産業化前と比較して1℃上昇(0.8~1.2℃の範囲)。10年間で0.2℃の速さで温暖化。現在のCO2排出量の速さでは1.5℃気候ターゲットの突破は2040年(2030~2052年の範囲)。

b. 1.5℃ターゲットの方が2℃ターゲットより利益が大きい。1.5℃の場合、2℃に比べて海面水位の上昇は0.1m低く、これは1千万人の人々が利益を受ける。サンゴ礁は1.5℃で7~9割減少するが、2℃の場合にはほとんど消失する。夏の北極海氷については1.5℃の場合、1世紀に1回消滅する可能性があるが、2℃の場合は10年に1度の割合で消滅する可能性がある。

c. 1.5℃ターゲットを守るためには2030年までに2010年水準の正味のCO2排出量を45%削減(40~60%の範囲)し、2050年頃(2045~2055年の範囲)にゼロにする必要がある。

d. 1.5℃以下に世界の平均気温の上昇を抑制するためのカーボンバジェットは66%の確率の場合は420GtCO2で50%の確率では580GtCO2である。

これは1.5℃ターゲットを守ることはまだ不可能ではないが古今未曽有の努力が必要であるということである。

5. 2018年はNETs元年か

パリ協定の2℃ターゲットと1.5℃ターゲットを達成するには、もはや再生可能エネルギーへの転換、エネルギー効率の向上等だけでは足りず、大気中からのCO2を捕集貯留技術などのNETs(Negative Emission Technologies、カーボンマイナス技術)が必要とされる。2018年に入って気候変動が深刻化するに伴い、世界的にNETsへの関心が高まっている。

以下の表はNETsの国際動向である。※水谷広のジオエンジニアリング・プラットフォームより筆者作成

2月6日 アメリカ地球物理学連合(AGU)、ジオエンジニアリングに対して立場表明、"気候介入は更なる研究を必要とする、社会や環境に及ぼす影響と政策の発展"

2月 EASAC(European Academies Science Advisory Council)報告書公表、NETsはパリ協定の目標達成にどんな役割を果たすか

2月14日 BECCSは地球の限界と両立しない(淡水、土地利用、生物圏一体性、生物地球化学循環)、パリ協定の目標を達成するのにNETsでは不足

2月18日 トランプ大統領が署名、連邦政府予算、CO2捕集貯留に税額控除CO21トンの貯留に対して50ドル

2月20日 米国でBECCS推進団体、"巨大なバイオエネルギープランテーションが気候変動から地球を救える"

3月1日 NETsの課題はその規模の大きさが政策決定者に全く理解されていないことである、例として「農地に玄武岩を鋤き込んで風化を促進させる

3月4日 オランダ、NETsの技術的及び現実的なポテンシャルとそのコストを調べた報告書を公表、アイルランドも同様に報告書を公表

3月14日 シリコンバレーのベンチャー企業を支援してきたY Combinatorが捕集貯留ビジネスに興味津々、1トンあたり50ドルの税額控除に刺激されてか

3月25日 欧州連合理事会、2050年までの低炭素経済へのロードマップのアップデート版を1年以内に作成するよう命じる

3月30日 MITテクノロジーレビュー"炭素捕集の時代がやって来た"

3月31日 中国がチベット高原で大規模人工降雨計画、高度5000mの地に数万の燃焼塔を建設、実験段階だが結果は上々

5月1日 憂慮する科学者同盟(Union of Concerned Scientists)が放射管理ジオエンジニアリングの研究者を募集、研究テーマはGeoengineering Governanceand Public Engagement

〃 気候回復センター(Center for Climate Restoration)設立される、会長はPeter Fiekowsky

5月25日 スウェーデンでNETsの初めての国際会議が開催される、イェーテボリ、チャルマース工科大学に250名の研究者が集まる、NETsは急速な排出削減に取ってかわれない

6月30日 野鳥の保護を初めとして広く自然を守る、全米オーデュポン協会が炭素捕集連合(Carbon Capture Coalition)に参加を表明

8月20日 ミシガン大学、総額450万ドルプロジェクト炭素変換産業用のLCA、技術経済評価のツールキット公開など

8月30日 人為によるCO2排出の1%捕集を2025年までに達成する目標を掲げるClimateworksが3080万ドルの資金を得た

9月23日 英国王立協会、王立アカデミーGreenhouse Gas Removal報告書を公表

〃 NETsの倫理的検討を要求、Dominic Lenzi他 Leeds大学、NETsへの過信は問題

9月29日 アップル コロンビアのマングローブ林回復に資金提供、CCS付

10月25日 全米科学アカデミー、NETs報告書を公表

10月30日 オーストラリア、NETs国際会議、キャンベラNegative Emissions Conference; The big picture of negative emissions

11月8日 LCA日本フォーラム、日本LCA学会共催 『NETsシンポジウム』、"ゼロエミッションからネガティブエミッションへ"

6. 気候非常事態を宣言し、動員計画を立案せよ

気候非常事態宣言(CED=Climate Emergency Declaration)という運動が広がっている。CEDのホームページを見ると、これはオーストラリアで始まり、新たな化石燃料プロジェクトを禁止し、地方自治体に気候非常事態宣言をして、それに沿った政策、計画、キャンペーンの立案実施を求めるもので、市民にはそのための請願やキャンペーンを要請している。オーストラリアの55のNGOがこのキャンペーンを支援している。

CEDAMIA(Climate Emergency Declaration and Mobilisation in Action、気候非常事態宣言と動員)によれば、2016年12月5日にオーストラリア、ビクトリア州ダーバン市が初めて気候非常事態宣言を発表し、2017年8月には気候非常事態計画をまとめている。

CEDは2017年にはヤラ、ホボーケン、モンゴメリーとオーストラリア、米国の3つの自治体に広まったものの限られた運動に留まっていた。ところが、2018年に入ると、運動は急拡大し12月末の段階で20の都市・地域に達している。

この背景には様々な理由があると思われる。第1に世界の極端な気象の頻発、第2に極端な気象の要因分析の進歩によりその大半が人間起源の温室効果ガスの大気中への放出による地球温暖化の影響であることが解明されつつあること、第3に10月8日に公表されたIPCCの1.5℃特別報告書の公表により早ければ2030年にも1.5℃目標が突破され壊滅的な気候崩壊に直面しかねないとの恐れが強まったことなどが挙げられるであろう。

12月にロンドンが気候非常事態宣言を発表したことを受けてニューヨークやバンクーバーなどでも同様な運動が始まっている。ポーランドで開催されたCOP24でパリ協定のルールブックが議論され、一定の合意がなされたものの、2℃ターゲットより1.5℃ターゲットへより厳しい目標への合意はなされなかったことも、さらにこの運動を拡大させていると考えられる。

気候非常事態宣言をしている自治体、CEDAMIAによる

2016年
12月5日 Darebin, Victoria, Australia

2017年
2月7日 Yarra, Victoria, Australia
11月1日 Hoboken, New Jersey, Australia
12月5日 Montgomery, Mary land, USA

2018年
4月4日 Vincent, Western Australia
4月27日 Los Angeles, California, USA
6月12日 Berkeley, California, USA
7月24日 Richmond, California, USA
8月14日 Victoria Park, Western Australia
9月12日 Moreland, Victoria, Australia
10月18日 Byron Shire, NSW, Australia
10月30日 Oakland, California, USA
11月13日 Bristol, UK
11月21日 Ballarat, Victoria, Australia
11月27日 Santa Cruz, California, USA
11月28日 Trafford, UK
12月3日 Totnes, UK
12月5日 Frome, UK
12月6日 Forest of Dean District, UK
12月12日 Greater London Authority, UK
12月13日 Stroud District, UK
12月13日 Brighton and Hove, UK
12月17日 Oswestry, UK
12月17日 Machynlleth, Wales, UK

12月13日の段階で気候非常事態宣言を行った自治体の住民の総数は1,500万人を超えている。内訳はオーストラリア49万人、英国886万人、米国569万人である。

オーストラリアでは55のNGOによるキャンペーン"Climate EmergencyDeclaration(気候非常事態宣言)"が指導しているのに対して米国では"TheClimate Mobilisation(気候動員)"がこの運動を支援している。英国では11月に100名の科学者・宗教者などによって設立された"Extinction Rebellion(絶滅に対する反乱)"が気候非常事態宣言運動を支持している。

この直面する気候危機に対して沈黙することは科学的には非理性的であり、宗教的には不道徳的であろう。早ければ2030年の壊滅的な気候崩壊を前にしてすべての市民は起ち上がらなければならない。

(以上)

 

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