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エダヒロ・ライブラリー環境メールニュース

2018年02月05日

ブータンのGNH政策スクリーニングツールと「ブータンらしい経済」とは~高野翔さんへのインタビュー(後編) (2018.02.05)

大切なこと
 

高野さんへの幸せ研インタビュー記事、後編をお届けします。ブータンのGNH(国民総幸福量)の考え方や経緯、そして、実際の政策にどのように用いているか、ほかでは聞けないお話をいろいろ出てきます~!
https://ishes.org/interview/itv14_01.html

~~~~~~~~~~~~~ここから引用~~~~~~~~~~~~~~~~~~

https://ishes.org/interview/itv14_01.html

■防波堤の役割を果たすGNH幸せを最上位の目標に

枝廣:私がブータンで第5代国王とお話しさせてもらった時に、「今ティンプーにさまざまな消費文化が入ってきてこれからどうなっていくのか」という質問をしたら「だからこそGNHが重要なんです」という話でした。何もないところで消費文化が入ってくるよりも、幸せのフレームがあれば少なくとも1回は自分でその影響を考えることができる。そういう意味では防波堤みたいなかたちでGNHは役に立ってきました。ただ、その防波堤を乗り越えるような勢いで外からの力が入ってきているのは事実だと思います。

高野:国王のお言葉は、まさにその通りだと思います。GNHという開発指針は幸せを守る防波堤の役割に近いと思いますね。

日本や他の世界中の国からブータンの幸せに関して注目するポイントが少しずれているなと思うのは、ブータンは世界一幸せな国で、みんな幸せなんだよね、というあまりにもユートピアなイメージをもたれることが多い。ブータンにもたくさんのいいところがあると同時に、当然解決していくべき問題だってあります。ユートピアが漫然と広がっているというわけではありません。同じ21世紀を生きる国です。

そのような中で、物質的な豊かさを越えて幸せの価値を国として最上位のゴールとして据えたこと。これは世界の文脈でみるとパラダイムシフトともいえる、大きな変化です。ブータンがブータン自身で自分の国は幸せだ!と宣言していることを私は聞いたことはありませんが、幸せという、他の国が目標にしてこれなかった大事なそしてシンプルなものを試行錯誤しながら目指している。それがブータンの現在地であり、そこにこそ私たちがブータンから学ぶべきことがあるんだと思っています。

ブータンの人々の幸せを調査するGNH調査も、97%の人が幸せと明らかにして公表することが大切なのではなく、幸せに至ることができていない人の環境要因はどういう状態なのかということをその9つの領域のものさしから把握することができ、それに対して改善するための政策を打つことができる。また、経年の変化を追っていくことによって環境や文化などの人々の幸せを構成する環境要因の悪化を予防することができる。そのことが私は大事だと思うので、国王がおっしゃっている防波堤という要素は、GNHは十分に果たしていると思います。人々が本来的にもっている幸せというものを、9つの領域の環境要因が守っているというイメージですね。

■政府は「幸せ」を与えるのでなく環境要因をつくり、予防する

枝廣:ブータン人が幸せでハッピーでしたという話ではなくて、人びとの幸せの「well-being」を最上位に置くということが他にないですよね。その考えはどこからきたのでしょうか?

高野:歴史を振り返ると、1600年代に「人々の幸せを政府がつくることができないのであれば、政府が存在する意味はない (If the government cannot create happiness for its people, then there is no purpose for government to exist.)」という経典がブータンにはあります。当時はブータン国内で、各地で力をもった有力者同士が戦ったりする国内紛争といった戦国時代でした。食料事情も厳しく、1食を人々に提供できるだけでも幸せを提供できたといえるような時代のHappinessですね。私の感覚では、今の時代の幸せというのは政府が直接提供できるような幸せではなく、マズローの欲求段階説で考えると、生存の欲求を越え、承認や自己実現の欲求の時代です。あくまでも幸せを感じるのは人々の心からであり、政府の役割は、ひとりでも多くの方がその人らしい幸せを感じられるような社会環境をつくっていく、ということなのだと思います。そして、1979年に第4代国王が「ブータンではGDP(国内総生産)よりもGNH(国民総幸福量)が大事だ」という発言をされたのがGNHの直接的な起源となります。

枝廣:国王はどうしてそう発言されたのでしょう?

高野:2つ考えられるポイントがあると思っています。1つは、第4代国王は父である先代国王の突然の死で17歳の時国王になられ、国家運営を任されます。その中で、はじめにされたことはブータン中を歩き回り、ご自身の耳で国民の意見を聞いて回られることでした。他国と比べて、経済的に豊かでないことは分かっている。ただブータンには素朴に人々の笑顔や幸せがたくさんあった。我々はそれを大事にしていこう、と国づくりの舵のきりかたを定められたのです。

もう1つの視点はブータンのお金、ニュルタム(Nu)の歴史です。ニュルタムができたのが1974年で、第4代国王が発言されているのも1970年代。国際的な会議などに出ると諸外国ではGDPの話が盛んにされている状況ですが、ブータンでは貨幣制度がはじめて確立した時期だったんですね。

その当時、人々の幸せを政府が目指すということは、ブータンにとって言わなくても当然のことだったらしいんです。なのであまり政策としてもそのことを言及することはなかったのですが、1990年代に前首相がソウルで開催された国際会議でGNHの話をしたら、「なんだそれは」「すばらしい開発思考を持っている」と国際社会からかなり反響があったと聞いています。その後、GNHをより明確に政策として推進していく動きが強くなり、1999年にはGNHを研究する王立の研究所が設立されたり、また、GNHを指標化する流れに至ってきます。

枝廣:お金が出来たのが1974年。その前はどのように生活していたんですか?

高野:基本的には物品交換だったといわれています。食べ物、衣服、塩とか調味料の交換ですね。貴金属のコインのようなものもあったようですが貨幣制度としてしっかりとしたものはなかったといわれています。お金の歴史が浅いということと、経済ではインドとの結びつきが強いということになると思います。

ブータンでは五カ年計画という計画が政府の最上位計画になるのですが、第一次の五カ年計画は1961年に制定されています。そこから今では第十二次の計画を作っているところです。そして、第一次の五カ年計画を振り返ってみると、その資金はすべてインドからきています。インドのお金です。一次、二次はすべてインドのお金で、三次から第4代国王がこの計画を主導してつくられることになり、ブータンのお金がはいってきます。全予算の7.8%です。私も聞いたり調べたりしてびっくりしたのですが、それだけお金の歴史は浅くて、また外来のものであり、それ以前はお金がなくてもブータンの生活はまわっていたということですね。そういった時期にブータンは国際社会から「GDPはいくらですか?」と言う議論にさらされたのです。そこで、国王は「幸せのほうが大事です」と放つのです。

枝廣:それは概念であり、価値観だったんですものね。

高野:当たり前のことだったんでしょう。

枝廣:ブータンのGNHがすごいなと思うのは、幸福はあくまで主観的なものなので、政府が与えるというのではなくて、「それぞれが幸せを追求するための環境要因に刻苦奮闘しなければならない」とブータンの憲法9条で定めていることですよね。

高野:まさに9つの領域、環境要因に対してやれることをやっていこうということですね。

枝廣:私が聞いたのは少なくとも健康、そして教育が受けられないと幸せは追求できないということで医療も教育も無料なんですよね。

高野:まさにそうですね。幸せの追求の道筋は各々様々ですが、9つの領域の中で健康と教育はベーシックに必要な環境要因ということで無料にしていますね。

■GNH調査からみえた幸せは多様であり、身近なものだった

枝廣:ブータン政府が作った世界的に活躍するwell-beingに関する専門家ワーキンググループの活動のように、ブータンだけではなく世界全体で同じように変えていかなくてはと働きかけをしているのはすごいなと思います。

高野:そうですね。また、GNH政策スクリーニングツール※というのもあって、ブータンの主要な政策については必ず幸せの9つの領域の観点から評価しています。GNHの観点を守っているか・促進できるかを審査する仕組みです。外国人である私も外部アドバイザーとして選んでいただいてブータンの政策に関してアドバイスが出来る関係性にある、こんな国はほかにはなく、おもしろいですよね。 ※GNH政策スクリーニングツール:GNHの9つの領域に基づき20数個の項目があり、項目ごとに4段階(4=Positive、3=Neutral、2=Uncertain、1=Negative )の評価をしていき、平均で3点以上でないと、政策として承認されないという仕組み。

枝廣:個々人の幸せ追求のために政府ががんばりつつ、一方で、例えばここにダムをつくりたい、橋をつくりたいといったときに、スクリーニングツールに照らし合わせて本当にどうなのかと政策チェックをかける、両方をやっているんですね。

高野:まさに防波堤ですよね。そのほかに、私はGNH調査をブータンの研究所の若い研究員のみんなと一緒に国内を歩き回って調査させてもらったのは大きな経験でした。GNH調査はブータン全土20県、国全体の人口の1%にあたる約8000人を対象にしています。対象者1人に対して148の幸せの9つの領域に関する質問を2時間半ほどかけて丁寧におこなっていきました。お茶やお菓子をだしてもらいながら一日中幸せのことを聞きまわって、夜はたき火のまわりにみんなが集まって飲みながら調査を振り返るという感じなんです。

(写真:GNH調査の様子。高野さんは左から二番目。)

私の発見は2つあって、一つは「幸せは多様である」ということ。幸せは政府が決めるものではなくて、人それぞれ違う、多様であるっていうことと。もう一つは「身近なものである」ということです。

僕はGNH調査をはじめたときにブータン独自の瞑想方法とか、幸せにいたる特別な方法があるのかなと思ったりもしていたのですが、実際そんな特別なものはなくて、「親が健康だから幸せなんだ」とか「子どもが無事に育ってきているから幸せ」、「近所の人がたまに会いに来てお茶する時は幸せ」という答えなんですね。きわめて身近なものです。日本人はどちらかというと幸せは、眉間にしわを寄せて大変な思いをして目標達成してやっと手に入れられるもの、というような感覚があると思うんです。でも、幸せって、多様であり、かつ身近なものなんだなって。あたりまえのことなんですけど、それがブータンのいろんな場所でいろんな方とゆっくりお話させてもらって、あらためて感じたことです。

■ブータンらしい経済とは

枝廣:ブータンの人たちはどういう風に幸せを考えているのでしょうか。

高野:私が一つ希望を見たのは、ブータン農業省とJICAとで実施してきた農業プロジェクトについて農家の皆さんの幸せへの効果を測ったときですね。ブータンの東部で15年以上、日本人の農業の専門家が信頼関係を結びながら、標高や斜面の状況に応じた多種多様な野菜や果物の作り方をブータンの農家の方に共有していくプロジェクトです。私自身そのプロジェクトの地域に行くなかで、すごくいい影響を、農家のみなさんと話していて感じたんですね。そこで、ブータンではじめての試みだったのですが、GNHの9つの領域と33の指標を使って、農業プロジェクトの幸せに関するインパクト評価を行うことにしたんです。そのプロジェクトに関わってくれた農家さんと関わっていない農家さんのGNH、幸せ度合いの比較調査をしたんです。

(写真:ブータン東部の農業プロジェクトの現場視察)

調査のサンプル数はそんなに多くないので、統計的にいえることというのには限りがあるのですが、それでも嬉しい結果や傾向がみえました。1つは、プロジェクトに関わってくれた農家さんの方が、現在の収入と資産に充たされている方が多かった。これはプロジェクトで農業による所得増加を当初からの目的としていますので達成すべき事柄ですね。今まではここまでしか測れなかったわけですが、GNHの幸せに関する33の指標を使うことでわかったことに、プロジェクトに関わってくれた農家さんには「地域コミュニティ内でのつながりが高い」「メンタルヘルス(心の健康)の状況がよい」、「ネガティブな気持ちを抱くことが少ない」という結果が見えたのです。

こういう結果が出て、私はひとつの光を見たといいますか、つまり働くこと、いい仕事というのは、お金を稼ぐということが、同時に地域コミュニティの活力を強くしたり、精神面をふくむ健康状態を良くしたりするところに循環する可能性、というものを感じたんです。

また、もしお金に関する指標しか持っていない国であれば、ほかの指標が下がっていても分からないですよね。文化が衰退したり、環境が劣化したり、地域のつながりがなくなったり、人々のメンタルヘルスが悪化したりしても、表になかなかでてこない。それに比べて、ブータンはいい「カルテ」を持っている。国や人々の健康状態を適切にはかる包括的な「カルテ」。私たちが自分の健康状態を知るときに身長や体重だけを見ていても分からないことが多々ありますよね。この国は幸せに関する広範な指標をもって、そのカルテで予防ができるわけです。実施しているプロジェクトが人々の幸せを考えたときに健全で有益なものなのか。国がすすむ道は健康なものなのか。

そもそもブータンの言葉では、経済を「ペルジョア」といいます。「ペル」はprosperous、「ジョア」はwell-beingで、「ジョア」は文中で使うと集合的、集まるという意味もあって、日本語にすると「持続的で繁栄的な集合的幸せ」という意味です。GNHそのものですね。なので、もし「ブータンの経済成長とは何か」という問いに私なりの答えを出すとすれば、それは生活水準を上げたり、お金を稼いだりすることだけに収まる議論ではなく、経済が「回る」という状態を目指すということになると思います。いい仕事をして、稼ぐこと、働くことが、同時にペルジョア、集合的な幸せを構成する要素であるGNHの9つの領域もぐるぐると回すこと。それが、ブータンの経済成長なのだと思います。本来の彼らの経済の言葉からすると経済循環みたいなことなのだと思うのです。それを可能とする、いい仕事や働き方を増やしていくのが、ブータンの経済政策のあり方なのだと思います。

枝廣:経済というと日本ではもともと「経世済民」ということを考えます。ブータンの政府はそういうかたちで経済のことをとらえていますか?

高野:経済をグローバルスタンダードのエコノミーと捉えるのであれば、お金というか生活水準により焦点がいきますよね。

枝廣:そうですよね。農家さんの調査の例はJICAとしても同じ生活水準をあげる働きかけにしても、コミュニティのつながりや活力にプラスに働くプロジェクトの作り方もあるし、マイナスに働く作り方もありえますよね。

高野:そうですね。いかにプラスに働く作り方をおこなっていくかなのだと思います。農業のプロジェクトでも日本人の農業専門家がブータンの農家のみなさん全員に直接教えることは無理なので、ある人に教えたらその人が近所の農家さんに教えるという、普及の輪を広げていけるようなプロジェクトの仕組みをとりました。それは非常にブータンにあっているというか、人に教えられるということは、友達が増えることでもあり、共同体の中で承認を得られたり、誇りを得られたりと。つながりたいという気持ちの強いブータンの特徴をいかした農業プロジェクトの設計が出来たからこそ、生活水準が上がるところ以外にも影響が出たのだと思います。

■私たちが求める「幸せ」とは?

枝廣:まさに正常細胞のように、自分だけで走るのではなく全体で走る、ですね。例えば日本では生活水準を上げるために健康を害すといったようなことがあります。何のために生活水準を上げようと思っているかといえば幸せのためなのに・・・。なぜそういうふうになってしまうのでしょうかね。

高野:どの国でもその国なりの経済があったと思うんです。ブータンではペルジョア、日本では経世済民。経世済民もお金の概念だけでなく、国を治めて民を救うという広範なものですよね。ただ、どの国もグローバル化の影響もうけて、経済の相互関係するいろんな要素がある中で、数字としてわかりやすいお金の価値へと、バランスを崩して一元的に収斂してきてしまっているということなんでしょうね。

枝廣:一方、生活水準が上がったのに多くの人が幸せになっていないというアメリカの調査もあります。みんなが幸せになると相対的に比べて不幸せに思ってしまう。正常細胞のように、周りを見ながら自己を規定したりうまく作用するのと、周りを見るがゆえに不幸せになるのと、何が違うのでしょうか。

高野:そうですね、GNHで話すのであれば、おもしろいのは、「sufficient」という「足るを知る」という考え方ですね。GNHの一つの指標である生活水準の所得をみると、例えば年間収入100万円が「足るを知る」ラインとしてある場合、200万円稼いだ人も、1000万円稼いだ人も、1億円稼いだ人も、GNHの33ある指標の一つとして同じように充たされていると見なされます。稼いだ数字がいくら高くなっても、33ある指標のうちの一つが充たされていること以上にはなんら幸せへの影響はないとみるんです。

ただ、我々の今の世界の価値観は、「より多くあるほうがいい」というモノサシですよね。そこは少し細胞とは違うのかもしれませんね。細胞にとって生命を維持していく上では、ひとつひとつの生きていくために必要な要素・物質を、充たされている以上に体内に抱えるということは、細胞にとってプラスにならないのかもしれません。それよりも生命体として命を支えている様々な要素の調和あるバランスのほうが大事なのではないでしょうか。細胞がもっている生きるための調和的なバランス感と人間社会がもっている長さを測るモノサシには大きな違いがあるということかもしれませんね。

枝廣:比較ということでいうと、たとえばラダックは昔、貧しいけれど幸せな人が多かった。でも西洋文化が入ってきて、自分たちがこれだけ貧しいのだということを知り、比べるようになると、何もないといって不幸になったということがあります。ブータンは現在、テレビもインターネットもどこにいても同じように使えて、日本よりもスマートフォンが流行っているかもしれないような環境です。いろいろなところと比べられるツールはあるけれど、比べることで不幸せにはなっていないですよね。

高野:可能性としては不幸せにもなり得るんだと思います。ただ、防波堤を持っているので、これがそのスピードを遅らせる効果が私はあると思います。やはり世界はつながっているので、ブータンにその影響がないかと言われれば嘘になる。やはり引っ張られるでしょうし、しかも情報が快感に近いものを伴って入ってくるので、昔よりも不幸せな状況が増えてくる可能性はあるのだろうと思いますね。

ただ、GNH調査をして「あなたにとって幸せは何ですか」と聞くと、やっぱり「身近なもの」ですよ。「家族が健康」とか「隣の人が幸せそうに笑っている」ですよね。最終的にはみんな分かっていると思います。大事なことを。それは日本人も一緒ですよね。枝廣:「隣の人が幸せそうだから、私も幸せ」とは日本人はなかなか言えないですよね(笑)。

高野:GNH調査がおもしろいのは、自分だけじゃなくて、家族はどれだけ幸せですかとか、家族の状況も聞くことです。こういう質問が入っているのは、私は好きですね。

枝廣:宮沢賢治がいう「社会全体の幸せになるまでは、個人の幸せはない」ですね。

高野:それに近いですよね。集合的幸福感ですよね。

枝廣:微生物や細胞の話と平行になりますが、切り分けて、一個人の幸せを足し合わせて、平均して国全体の幸せを他の国は測ろうとしているけれど、切り分けた段階で集合的な幸せはもう切れてしまっていますよね。

高野:そうですね。

枝廣:一方で日本やアメリカなどでも少しずつGDP至上主義みたいな経済至上主義はおかしいよねとそこから降りていく人たちや違う価値観をもつ人たちも増えてきているので、その人たちがどこかの段階で主流になるまではブータンが保ち続けてほしいですね。

高野:目には見えない防波堤がこれからも機能してくれたらと願っています。

■人々を幸せにする循環する経済をめざして

枝廣:細胞の勉強をして、ブータンに行き、いろんな問題意識を持たれた高野さんが、イギリスのシューマッハ・カレッジに1年間留学をされると伺いました。今度はどういうことを学ばれるんですか?

高野:経済というものをとらえ直す必要があると思ったんです。ブータンでも幸せのガバナンスとしてGNHという防波堤があるのですけど、同時に世界の周りの経済に大きな影響を受けているので、ブータンらしい経済、地域経済を作っていかないと、人々の幸せある生活というのは難しくなってきているなと感じていました。

そういったときに、私としては農業プロジェクトに「経済と人々の幸せが循環するかたち」をみたわけですよね。それが本来の彼らの経済だし、日本もかなり近いものがあると思っています。人々の幸せを循環させる経済のあり方、健康や教育、文化、地域活力、環境にも好循環がまわっていく経済のあり方というのを、考えてみたいと思ったんです。

まず、現代社会においてお金は大事だということは否定できません。ただ、お金を稼ぐという行為が他の人々の幸せを支えている要素を下げるのではなくて、それを増やし循環させるかたちがあり得ると思うんです。それが健全な経済、ペルジョアです。たとえば文化を守ることが仕事となってお金を回すこともあるわけですし、地域のコミュニティを強くすることで地域内経済循環がよくなり人々の生活水準を上げるということもあり得るわけです。そのような経済循環の姿を自分のなかで持ちたいなと思いましたし、そういう道筋みたいなものを自分のなかに景色として入れたいなと思いました。そうでないと現在の経済の向かう先というのはどちらかというと不安なほうが多いと感じます。ブータンですらもそうです。

枝廣:主流は生活水準を上げることで、それに伴うネガティブをいかに少なくするかというのが企業の活動で、社会のネガティブを少なくするためにCSRや社会貢献活動、という見方がどうしてもあります。経済が回るというのは本当にあるべき姿ですが、あまり例を見たことがないですね。

高野:そうですね。先日、「和える」という0~6歳の子ども向けの日本の伝統文化を体現するおもちゃや産品を展開する会社の矢島里佳さんがブータンにきてくれたのですが、矢島さんの仕事はまさに伝統文化を守り次の世代に繋ぐということで稼ぎ、経済を回しているんですよね。経済との一体性を失ってきた文化や伝統や環境という人々の幸せに影響する要素が、経済と新しい関係性を結びなおして、経済と両輪で好循環、まわっていくというような事例は、日本でどんどん出てくるのではないかなと思います。

枝廣:がん細胞単体が悪いというよりは、その環境とか培地とかが大事ですものね。

高野:そうですね。GNHは培地の条件を測っているようなものですからね。1個の指標だけで培地を測っていてもわからない。9つの領域の包括的な条件を培地の中でみているので対応策もできるし、予防策もできます。

枝廣:アメリカでベネフィットコーポレーションという新しい会社のあり方が広がっています。日本の上場企業は株主法によって株主利益を最大化することを義務付けられているので、株主利益を下げない程度にしかCSRや社会的な取り組みができません。アメリカのベネフィットコーポレーションは、州レベルの会社法なのですが、目的が株主利益最大化ではなく社会の利益の最大化が目標なんです。今アメリカで3000社以上の会社が登録しています。何を生み出すべきか、培地を変えてあげると企業がいきいきと動く例ですね。

高野:培地を変えることで細胞同士のコミュニケーションが強くなる可能性がありますよね。我々は人々が幸せを感じられる健全な培地とその状況を測る指標を持ち得ることが必要ですね。

枝廣:おっしゃるとおりで、培地と測る指標を変える取り組みや試みというのが大事なのでしょうね。それが変わらないと経済が変わらない。そういう意味でいうとブータンは本当に指標という点で世界にすごい影響を与えています。

高野:本当にシンプルで、大事な宝物を第4代国王が残されたのだと思いますね。

枝廣:細胞の話、ブータン、シューマッハ・カレッジなど、いろいろおもしろいお話をどうもありがとうございました。

<Profile>高野 翔(たかの しょう)JICA(国際協力機構)

1983年、福井県生まれ。2009年、JICAに入構し、これまでに約20ケ国のアジア・アフリカ地域で持続可能な地域づくりを担当。直近(2014-2017)では、ブータンにて人々の幸せを国是とするGross National Happiness(GNH)を軸とした国づくりを展開。現在は、ブータン政府におけるGNH政策の外部アドバイザーも務める。地元福井では、まちづくり活動を行っており、2013年、福井の人の魅力を紹介する観光ガイドブック「Community Travel Guide 福井人」を作成し、「グッドデザイン賞」を受賞。2017年8月末からブータンから英国に渡り、スモール イズ ビューティフルを執筆した経済学者 E. F. Schumacher の系譜を引く、Schumacher Collegeで新しい経済学を学んでいる。

JICA (国際協力機構)

「Community Travel Guide 福井人」(Web版)

 

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