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エダヒロ・ライブラリー環境メールニュース

2017年07月19日

岩波書店「世界」2017年6月号より 「私たちの食べている卵と肉はどのようにつくられているか―世界からおくれをとる日本」 (2017.07.19)

食と生活
 

今朝の日経新聞に、「和牛輸出に拡大機運」という記事がありました。2001年にBSE(牛海綿状脳症)問題が生じたのち、日本の牛肉受け入れに消極的だった台湾やEU等が、日本側の安全性アピールが奏功し、和牛の輸入を解禁したり関税を撤廃する見通しとのこと。「日本の農林水産物の輸出額は16年で7503億円。政府はこれを19年に1兆円に引き上げる目標。輸出額は国産牛肉の136億円が最多」と書いてあります。

日本の和牛のファンは世界にも多く、安全性が認められてきたというのは朗報ですが、特にEUなど、世界の食肉市場に打って出るには、もう1つ大事な要因があることをご存じでしょうか?

それは、「アニマルウェルフェア」です。日本語では「動物福祉」と訳されることがありますが、最近はカタカナのまま用いられることが多いようです。

「動物たちは生まれてから死ぬまで、その動物本来の行動をとることができ、幸福(well-being)な状態でなければならない」という考え方に照らして、畜産動物の飼育方法を見ていこう、受け容れられるものかを判断しよう、という動きが、EUをはじめとする世界の「標準」となりつつあるのです。

私がこの問題と日本の「世界から遅れた状況」について詳しく知ったのは、昨年5月に米国オレゴン州にエシカル消費の取材に行ったこと、また、委員を務める東京オリンピックパラリンピックの持続可能性委員会で、食材の調達コードを定める取り組みが進んできたことからでした。

「このままでは東京五輪の食材調達は、世界に対して恥ずかしいものとなってしまうのではないか」(他国ではすでに法律で禁止されている飼育方法も良しとするなど)という問題意識で書いた記事が、岩波書店から発行されている月刊誌「世界」(6月号)に掲載されています。

世界と日本ではアニマルウェルフェアへの取り組みがどう違うのか。ぜひ「世界」をお手にとってご覧下さい。編集部のご厚意で、記事をウェブに掲載させてもらっていますので、ご紹介します。長くなりますが、大事な話だと思っていますので、ぜひお目通しいただければと思います。

~~~~~~~~~~~~~ここから引用~~~~~~~~~~~~~~~~~

岩波書店「世界」no.896 2017年6月号

私たちの食べている卵と肉はどのようにつくられているか―世界からおくれをとる日本

アニマルウェルフェア――世界と日本のギャップ

 日本人は一人あたり年間に330個の卵を食べている。世界第3位の「卵食国民」である。食生活の西洋化に伴い、食肉の消費量も増えている。1960年には1人1年当たりの食肉(牛肉・豚肉・鶏肉)供給量は3.5㎏だったが、2013年はその約10倍の30㎏となっている。

 私たちの体を作るタンパク源として重要な卵と肉・ハムやベーコンなどの加工肉製品は、多くの人が毎日食べているにもかかわらず、どのようにつくられているか、日本ではあまり知られていない。そう痛感したのは、2016年5月に米国オレゴン州へ取材に行ったときだった。環境配慮にとどまらず、社会や地域の側面を考慮する「エシカル消費」(倫理的消費)の最新動向を調査するため、ポートランドをはじめいくつかの地域で、主に流通・小売の現場を見て歩いた。スーパーマーケットにしても、レストランやカフェにしても、キーワードは「オーガニック(有機)&ローカル(地産)」だった。

 それらの現場で繰り返し目にしたのが、「humanely grown meat(人道的に飼育された肉)」「hormone-free, antibiotics-free meat(成長ホルモンや抗生物質を与えていない肉)」「cage-free eggs(ケージ飼育をしていない鶏の卵)」である。背景にあるのは、「動物たちは生まれてから死ぬまで、その動物本来の行動をとることができ、幸福(well-being)な状態でなければならない」という「アニマルウェルフェア」の考え方だ。「アニマルウェルフェア(animal welfare)」は「動物福祉」と訳されるが、最近ではカタカナのまま使われることが多い。

 欧米には、このアニマルウェルフェア(以下、適宜AWと略)の認証制度がいくつもあり、消費者は肉製品、乳製品、卵などに貼られた認証ラベルを見て選ぶことができる。自然食品などで知られるホールフーズ・マーケットは、非営利組織と組んで「5ステップ評価基準」を採り入れ、米国およびカナダの全店舗で、販売しているすべての牛、豚、鶏、七面鳥の食肉がAW的にどのステップにあるかをラベルで示している。

 投資家もAWに注目し始めている。BBFAW(Business Benchmark on Farm Animal Welfare)が企業のAWへの取り組みを調べており、最新の調査では世界の主要食品企業90社のランキングを発表した。そして180兆円を運用する機関投資家が、AWに関する宣言に署名している。AWが食品業界への長期投資の価値を左右する重要課題であると認識し、投資家に対して食品会社への投資判断時にこのBBFAWのベンチマークを枠組みとするよう求めているのだ。

 ちなみに、BBFAWの調査対象企業は17カ国にわたるが、日本企業は入っていない。90社のうちAW方針を公表している企業は、2012年の46%から2015年には69%へ、AWの目的・目標を公表している企業は2012年の26%から2015年には54%へと増えている。

 これほどAWが大きな関心を集め、投資家すら注目する動きになっているのに、日本ではほとんど知られていないのではないか。そう思っていたところにちょうど、東京五輪で提供する食材に関する調達基準の議論が始まった。

 私は東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の中に設けられた専門委員会の一つ「街づくり・持続可能性委員会」の委員を務め、低炭素ワーキンググループ(以下WG)のメンバーである。お隣の持続可能な調達WGで、木材の調達コードに続いて、食材(農作物、畜産物、水産物)の調達基準の議論が2016年8月に始まったのだが、調達WGにはAWの専門家がいない。そこで、特別参加させてもらい、世界のAWの動向を伝え、ロンドンやリオの五輪に負けないレベルの畜産物の調達コードを策定してほしいと意見した。

 このときの議論では、農水省の外郭団体である畜産技術協会から「日本でも取り組んでおり、日本の現在の基準・やり方で十分である」という趣旨の発言があり、「日本の現状では不十分であるから、東京五輪を意識と取り組みを向上させる契機にすべき」とする私の主張との綱引きとなった。

 そもそも、卵や肉はどのようにつくられているのだろうか。帝京科学大学生命環境学部アニマルサイエンス学科の佐藤衆介教授や日本獣医生命科学大学の松木洋一名誉教授の知見も借りながら、世界の動向と日本の現状を伝える。そのうえで、日本としての取り組みについて考えていきたい。

「鳥かご」の中の採卵鳥――卵のつくられ方

 私たちのために卵を産んでくれる「採卵鶏」は、日本に1億7480万羽いる(農水省、2014年度)。1羽の採卵鶏は年間約300個の卵を産み、日本人は平均して年間330個の卵を食べているのだから、だれもが自分の採卵鶏を1羽以上、どこかに持っている計算になる。さて、〝あなたの採卵鶏〟はどのように飼われ、どのように卵を産んでいるのだろうか。

 採卵鶏の飼い方、つまり、卵のつくり方には四種類ある。 一つは「バタリーケージ」である。バタリー(battery)とは、鳥かごを積み重ねた立体的な鶏の飼育舎で、ケージは鳥かごだ。鶏の入った金網の狭い箱がずらりと縦横に並んでいる映像を見たことがあるのではないだろうか。餌は目の前の樋からついばみ、産んだ卵は前へ転がるよう、ケージは斜めになっている。バタリーケージの一羽あたりの平均面積は通常20㎝×21.5㎝と、鶏の体よりも小さなスペースだ。このB5サイズのケージには、止まり木や巣、砂場などはなく、糞尿が下に落ちて処理しやすいよう、鶏の足元も金網である。

 二つめの飼い方は「エンリッチド(より豊かな)ケージ」を用いるものだ。1羽当たりの飼養面積は最低750?と広めに設定され、産卵場所、敷き材、止まり木など、鶏の生活環境を豊かにするものを設置することが決められている。

 三つめが「平飼い」(多段式も含む)で、屋内の地面に放し飼いにするものである。鶏という動物は、羽ばたき・羽づくろいをし、砂浴びをして羽をきれいにし、1日に1万回以上地面をつつき、止まり木で眠り、巣の中に隠れて卵を産みたい本能を持つ。その本能に従って過ごせる環境である。

 四つめの「放牧」は、屋内だけではなく、屋外にも出て行ける。最も自然に近い環境での飼育である。

 日本ではほとんどの採卵鶏がバタリーケージで飼われている。畜産技術協会の採卵鶏の飼養実態アンケート調査報告書(平成27年3月)によると、調査に回答した養鶏場の鶏舎棟数のうち92%がバタリーケージだ。1羽当たりの飼養面積は550?以下という回答が93%。大人の手の平を広げたとき親指から小指まで20㎝強だが、1辺がそれぐらいしかない。95%が「1つのケージに鶏を2羽以上入れている」。狭いケージの中で飛ぶことはもちろん、羽を伸ばすことも歩くこともできない。互いに押し合い踏みつけあってようやくエサを食べることができる。とにかく詰めこんで、エサだけ食べさせて、卵を得ようという、効率重視の卵生産方式である。

 窮屈なだけではない。前述の調査によると、全体の83.7%の農場で飼育している鶏は、ヒナのうちにくちばしを焼き切られている(「デビーク」「ビークトリミング」と呼ばれる)。鶏同士がつつき合い、傷つけるのを防ぐために行われる処置だが、くちばしの切断は、言うまでもなく痛みを伴うし、うまく食べたり飲んだりできなくなる鶏もいるという。

 鶏は1日1万回以上地面をつつくと言われるように、「つつきたい」欲求がとても強い生き物だ。その欲求がケージの中ではかなえられないため、一緒にいる鶏をつついてしまう。草地での放し飼いなど餌を求めて地面をつつける環境なら、鶏同士のつつき合いは減る。ケージであったとしても、「鶏は1本の紐があれば52日間つついて遊ぶ」という研究結果が示すように、つつきたい欲求を満たすことはできる。

 採卵鶏にとってのもう一つの受難は、「強制換羽」だ。通常の雌鶏は、秋から冬にかけて2?4カ月間ほど休産するが、その間、古い羽毛が抜け落ちて新しい羽毛に換わる(換羽)。強制換羽とは、一定期間雌鶏にエサを与えず絶食させて、産卵を停止させ、羽毛の生え換わりを人工的に誘起するものだ。採卵期間が延びるため、コスト低減につながるとされている。前述の調査では、換羽誘導を「行っている」農場が66%。そのほとんどが「絶食法」「絶水絶食併用法」で行っている。

 一方、世界では、バタリーケージ廃止へ、さらにはケージそのものの廃止へと進んでいる。EUでは2012年1月より従来型バタリーケージが禁止となり、1羽当たり面積がそれまでの550?から750?に広げられ、止まり木や爪研ぎ、巣箱などを備えたエンリッチドケージがケージ飼育の最低基準となった。スイス、米国の6州、ブータンなどでも、法律でバタリーケージは禁止されている。また、くちばし切断や強制換羽も、世界では禁止の方向へ動いている。くちばし切断はノルウェーではすでに禁止されており、英国では2016年以降、オランダでは2018年以降の禁止が決まっている。絶食による強制換羽も、EUやスイス、米国のいくつかの州やインドではすでに禁止されている。

 世界では流通・小売業界でも、AW対応の卵への切り替えが大きな動きとなっている。2014年には、オーストラリアのマクドナルドが2017年までにケージフリーにすると発表、米国のスターバックスもケージ飼育の卵の段階的削減を発表した。2015年には、サブウェイが米国、カナダ、メキシコで2025年までにケージフリーにすると発表。世界最大級のホテル企業、ヒルトン・ワールドワイドも世界19カ国のホテルでケージ卵を2017年までに廃止すると発表したが、日本はこの対象から外れている。米国とカナダのマクドナルドが今後10年間でケージ卵を廃止すると発表した。米国ではこのほかに、ネスレが2020年までに、デニーズが2026年までに、世界最大の小売店であるウォルマートが2025年までに、ケージフリーにすると発表した。

 こうした動きはすでに、実際の販売の割合を変えつつある。英国では2003年から2011年にかけて、非ケージ卵の割合が31%から51%に増加。オーストリアでは2009年の5%から2016年には40%に、イタリアでは24%、ドイツでも57%に増加した。

 日本では、バタリーケージもくちばしの切断も絶食による強制換羽も、いずれも禁止・規制する法律は存在していない。小売や流通での意識も低く、米国のマクドナルドやデニーズなどはケージフリーへの移行を宣言しているが、日本のマクドナルドやデニーズでは対応する予定はないようだ。みなさんは近くのスーパーなどでケージフリーの卵を見たことがあるだろうか? グリーンコンシューマー全国一斉店舗調査2015の結果を見ると、97社122店舗のうち78%では、ケージフリーにあたる「放牧、放し飼い、平飼い」と表示された卵は販売されていなかった。

 また、麻布大学獣医学部動物応用科学科の動物資源経済学研究室が行った平成26年度畜産関係学術研究委託調査では、2013年4月から合計53週間の首都圏(東京、神奈川、埼玉、千葉)における週次の「日経POSデータ」を分析した結果、「平飼い卵」「放飼い卵」「有機卵」といった、AW対応鶏卵と考えられるものの合計シェアは1%前後であったとしている。このように、ほとんど「売られても買われてもいない」日本の現状は、ケージフリーの卵が全体の半数を超える欧州諸国やオーストラリアとは大きく異なることがわかる。

「鉄の檻」の中の母豚――豚肉のつくられ方

 豚肉は、価格も安定的に廉価で、ふだん食卓に上る回数も多いが、どのようにつくられているのだろうか。じつは、豚肉を安定供給するために、母豚にできるだけ効率よく子豚を産ませる仕組みができている。

 母豚は、発情に合わせて自然交配もしくは人工授精で交配させ、妊娠すると約114日後に出産する。21?28日ほどで子豚が離乳した後、7日程度で発情が再開する。それに合わせて妊娠させることで、1年に2.5産のサイクルで出産を繰り返すことができる。子豚は離乳後、子豚だけの育成豚舎に移されて育成され、6カ月後に出荷される。

 日本には繁殖用に飼育される豚が964万3,000頭いる(2013年農林水産省統計調査)が、これらの母豚たちは、多くの場合、「方向転換も横を向くこともできない」環境で飼育されている。60?70㎝×2?2.1mという、自分の身体とほぼ同じ大きさの鉄の檻(妊娠ストール)に入れられている。目の前に餌槽と飲水器が備えられ、後ろ半分の床はスノコ構造で、排泄をそこで行わせるように幅を狭めている。妊娠ストールは母豚の管理(受胎・流産の確認・給餌制限、糞尿処理など)が容易であるという、人間にとっての利便性と効率性から使用されているが、母豚にとっては、方向転換どころか、首も左右に45度程度しか向けられず、食事もトイレも就寝も同じ場所で、ひたすら立っているか座っているしかない。畜産技術協会が全国の豚飼養農家(1,000軒)を対象に行った「豚の飼養実態アンケート調査報告書」(平成27年3月)によると、回答した農家の88.6%がストールを使用している。

 放牧中の豚は1日に6?7時間かけて土を掘り返し、昆虫や植物の根などを探って食べるが、飼育されている母豚の餌は穀物の粉あるいはそれを水で溶いたもので、30分ほどで食べ終わってしまう。そこには掘り返す土もないし、歩くこともできない。残りの時間はただ立っているだけの窮屈・退屈極まりない環境で飼育されると、自分の前の柵を恒常的にくわえてかじる「柵かじり」、口のなかに餌が入っていないのに咀噛し続ける「偽咀囑」、水を必要以上に飲み続ける「多飲行動」といった異常行動が出現する。

 多くの場合、子豚にも受難が待ち受けている。生まれるとまず犬歯の切除が行われる。母豚の乳房や兄弟の子豚を傷つけないようにするためで、ニッパーや電動ヤスリが使われ、多くの場合麻酔もない。また、生まれて数日以内に尾を切断する。他の豚にかじられて傷つくことを防ぐためだ。そして、肉に雄臭をつけないこと、性行動を弱めることを目的として、外科的去勢が麻酔なしに行われることが多い。

 前述の飼養農家へのアンケート調査では、歯切りを行っている農場が63.6%、断尾を行っている農場が81.5%、子豚の去勢を行っている農場が94.6%であった。

 佐藤衆介教授は、「屋外で放牧飼育すると子豚の犬歯を切除しなくても母豚の乳房は傷つかないし、兄弟子豚の傷も表面的で増体には影響しないことも知られている。肉生産用豚は6カ月齢100?115㎏体重という弱齢で屠畜されるため、雄臭や性行動といった問題はそれほどないとの報告もある。適正な餌と十分な水を与え、ワラや掘ることのできる土なども与え、適正な飼育密度で飼うと、『尾かじり』はほとんど起こらないことも報告されている」と指摘する。

 一方、世界では、EUやスイス、米国の10州、ニュージーランドやオーストラリア、カナダなどでは豚の妊娠ストールが禁止されている。麻酔なしでの去勢もノルウェーやカナダで禁止されており、EUでも2018年以降禁止される。

 企業も次々と妊娠ストールの段階的削減を発表し、移行を進めている。世界第1位の食肉加工会社JBS(ブラジル)、世界第3位の萬洲国際(中国)、世界第4位のブラジルフーズなどが続々と脱妊娠ストールを発表する中、世界第5位の日本ハムへ厳しい視線が向けられつつある。また、流通・小売分野でも、ヒルトン・ワールドワイドや、ウォルマート、スターバックス、ケロッグ、マクドナルド、バーガーキング、サブウェイなど多くの企業が妊娠ストールの段階的削減を発表しているが、2016年11月現在、これらの企業の日本支店はその対象となっていない。

世界的に進むアニマルウェルフェアの取り組み

 世界のAWを先導する欧州では、どのようにこの考え方が生まれ、進展してきたのだろうか。佐藤衆介教授の『アニマルウェルフェア 動物の幸せについての科学と倫理』によると、まず英国で、家畜福祉や自然保護の活動家であったルース・ハリソンが1964年に出した著書『アニマル・マシーン』により、近代畜産における家畜飼育法の虐待性や薬剤多投による畜産物の汚染が大きな社会問題になった。英国議会が立ち上げた「集約畜産下での家畜のウェルフェアに関する専門委員会」は、飼育基準を提示し、さらに正確な基準をつくるために、応用動物行動学が進展することが重要であると指摘した。飼育方式の基準化の動きはその後西欧に広がり、欧州審議会では家畜のウェルフェアに関する協定が次々と成立した。「家畜のウェルフェアを守る発想は、西欧では1960?80年代に出現した」と佐藤教授は述べている。

 そういった下地の上に、従来型の工場畜産への見直しを大きく進める契機となったのが、1986年に英国で発見されたBSE(牛海綿状脳症、狂牛病)であると、松木名誉教授は指摘する。「家畜は本来の生理的な行動要求に沿った飼い方をしなくてはいけないのではないか」と、食の安全の問題と家畜の福祉がつながったのである。ちなみに、私がオレゴン州に取材に行った際にも、「ホルモンや抗生物質を投与されている肉や卵は食べたくない」という食の安全への希求がAW対応商品への需要の大きな原動力であることを感じた。

 EUの基本原則となるアムステルダム条約(1999年5月1日施行)では、締約国に「動物保護の改善とAWに対する配慮」を求めている。「動物は意識ある存在」と表現し、動物を保護し、AWに配慮するという倫理を、法律による規制へと具現化することに欧州各国は合意したのである。

 動物の飼育・輸送・屠畜方法をAW対応にすると、畜産物の生産コストは上昇する。EUの委員会によると、AWに則った飼育方法に改善することによる生産費の上昇は、豚肉では0.5?1.8%、卵ではケージを広げて8%、ケージ禁止で16%と試算されている。そこでEUでは2005年を目途に、農業共通政策としてAW法の遵守農家に対して補助金を出すことを決定した。佐藤教授によると「農家あたりの上限額は規定されているものの、年間1家畜単位あたり最高500ユーロ(約6万5,000円)」という(家畜単位とは成牛を1とした場合の相対値で、ブタは0.2、ヒツジ・ヤギは0.1、ニワトリは0.01であり、各畜種を共通に扱うことができるので、便利でよく使われる指標とのこと)。なお、ベルギーではケージ卵とケージフリー卵の値段はほぼ同じになっているとの報告もある。

 2002年には、もともと動物の病気の伝播を防ぐために1924年に発足した国際獣疫事務局(OIE)がAWの作業部会を立ち上げ、「輸送やと畜等に関する基準」を策定。その後、ブロイラー、肉用牛、乳用牛などを対象に「AWの測定項目並びに畜舎及び飼養管理に関する推奨事項」を策定し、現在、肉用豚や採卵鶏に関する基準の策定中である。

 AWの枠組みとして世界の共通認識となっているのは「5つの自由」だ。①空腹および渇きからの自由(健康と活力を維持させるため、新鮮な水および餌の提供)、②不快からの自由(庇陰場所や快適な休息場所などの提供も含む適切な飼育環境の提供)、③苦痛、損傷、疾病からの自由(予防および的確な診断と迅速な処置)、④正常行動発現の自由(十分な空間、適切な刺激、そして仲間との同居)、⑤恐怖および苦悩からの自由(心理的苦悩を避ける状況および取り扱いの確保)である。

 EUや北米、グローバル企業などを中心に、世界的に、5つの自由を守るAWの取り組みが進んでいるのは、本来の動物らしい行動を尊重するとともに、自然な行動や環境は動物のストレスを減らし、食の安全にもつながるとの考えからだ。

日本ではなぜ進まないのか

 では、日本はどのような状況だろうか。日本で牛や豚、鶏などを対象とした法律は、「動物愛護管理法(動物の愛護及び管理に関する法律)」である。その目的は、「愛護」については「動物愛護の気風を招来し、生命尊重、友愛及び平和の情操を涵養」することで、「管理」は「動物による人の生命、身体及び財産への侵害防止並びに生活環境の保全上の支障を防止」することとされている。「管理」の面は人間を守るための法律であることがわかる。そして、ここでの「愛護」という考え方が、他国と大きく異なる特徴的なものである。

 佐藤教授は、「この『愛護』がウェルフェアを進展させる上での障害になっているのではないか。愛護とは愛であるから、つながりの中から、配慮を考えていく。つまり、自分と心理的な関係が近いものと近くないもので扱い方が違うということになる。他方、西洋のウェルフェアの考え方は、愛とはまったく関係なく、個体の存在を尊重するということ。個人主義ではない日本では、そういう発想は理解しにくいのかもしれない」と指摘している。

 しかし日本も、国際的なAWの動きから無縁ではいられない。日本はOIEの加盟国でもあり、OIEが次々と策定するAW基準に対応していく必要がある。そこで、「アニマルウェルフェアに関する国際的な動きに対応するため、我が国の実情を踏まえ、家畜別にアニマルウェルフェアに対応した飼養管理の検討を行う」検討委員会が設置され、農林水産省・(社団)畜産技術協会が2011年に「アニマルウェルフェアの考え方に対応した家畜の飼養管理指針」を策定した。

 この指針には、5つの自由の実現のためとして、「家畜の健康状態を把握するため、毎日観察や記録を行う」「家畜の丁寧な扱い」「良質な飼料や水の給与」「飼養スペースを適切にする」「家畜にとって快適な温度を保つ」「換気を適切に行う」「鶏舎等の清掃・消毒を行い清潔に保つ」「有害動物等の防除、駆除」といったポイントが記載されている。

 NPO法人アニマルライツセンターの岡田千尋代表理事は、「OIEでは、加盟国全てが対応できそうな内容を規定するため、5つの自由の中でも、『正常な行動の自由』『精神的苦痛からの自由』が外れる傾向にあるが、日本では、飼養管理指針でも顕著なように、正常な行動の自由と、行動の自由がないことによる精神的苦痛が重視されない傾向にある。輸出が少なく、世界的な目にさらされてこなかった日本の畜産は、世界的なAWの流れから取り残されている」と指摘する。

 この指摘は、国際的な動物保護NGOワールド・アニマル・プロテクションによる畜産動物の保護に関する国際評価を見ても明らかである。英国やドイツはAランク、フランス、メキシコ、ブラジルなどはBランク、中国、インド、タイなどはCランクであるのに対し、日本はDランクなのだ。佐藤教授も「中国やタイは、EUなどに食肉を輸出しているのでAWに対応している。日本も高級牛肉などを輸出しているが、今後は世界からの目が厳しくなるだろう」と言う。農産物輸出を成長産業とする政府の視野にAWは入っているだろうか。

2020年東京オリンピックの食材調達

 現在行われている東京五輪の調達基準の議論では「日本には、OIEに対応するための飼養管理指針があるので、それで対応すればよい」という意見がある。これまで見てきたように、OIEの基準自体が5つの自由のすべてを盛り込んでいるとはいえず、世界の先進的な企業や業界はさらに高いレベルのAWへの移行を進めている。日本の飼養管理指針には、一羽あたりの飼養面積や具体的な設備内容などの記述はなく、動物の自然な正常行動の発現への視点も弱く、欧米で禁止されるバタリーケージや拘束飼育を容認する内容となっている。また、法令ではないため、強制力はなく、動物取り扱いの考え方の紹介に留まっている上、生産者の認知度も低い。

 ロンドンやリオ五輪での調達はどうだったのだろうか。アニマルライツセンターは、「ロンドン五輪の調達では、鶏卵は2012年以降EUがバタリーケージを禁止している上、さらに進めて放牧を基準に、オーガニックを推奨とした。鶏肉は平飼い・放牧・オーガニックを推奨。豚肉も妊娠ストールを禁止。牛肉はもともと放牧がほとんどだが、オーガニックを推奨とし、英国マクドナルドが放牧牛乳を使用した。リオ五輪では、鶏卵はケージフリー、牛肉は熱帯雨林への配慮を打ち出し、豚肉もブラジル最大手の企業が2016年までに妊娠ストールを廃止するなど、官民合わせて高いレベルでのAW対応が打ち出されていた」と言う。

 このままでは東京五輪の食材調達におけるAW対応はロンドンやリオより後退する恐れがある。

 東京五輪への注目が集まる中、農水省でも「アニマルウェルフェアの考え方に対応した飼養管理指針」の周知・普及を図ろうとしている。畜産技術協会の調査では、この指針の認知度は、豚と採卵鶏の農家では五割を超えているものの、ブロイラー、肉用牛、乳用牛の農家では2~3割に過ぎない。認知度アップは「アニマルウェルフェア」の概念を生産者に広げるためには役立つが、前述のとおり、この飼養管理指針への準拠だけでは、世界レベルのAW対応には届かない。

 もう一つの動きは、農林水産省が導入を推奨する農業生産工程管理手法の一つ、JGAP(食の安全や環境保全に取り組む農場・団体に与えられる認証)の領域拡大だ。GAP(Good Agriculture Practice)は欧州を中心に開発され世界に広がっているが、その日本版JGAPでは、適切な農場管理の基準として、農薬や肥料、水や土、放射能の管理などに基準が定められている。青果物、穀物、茶に加えて、畜産物向けの基準書も作成された。

 本年3月24日の組織委員会で承認された東京五輪の調達基準には、次のように記されている。「GAP取得チャレンジシステムについては、農林水産省の補助事業により実施するものであり、JGAP取得を推進するため、家畜伝染病予防法に基づく飼養衛生管理基準、畜産物の生産衛生管理ハンドブック、アニマルウェルフェアの考え方に対応した家畜の飼養管理指針、環境と調和のとれた農業生産活動規範の各チェックシートをベースに、JGAP取得につながる取組・項目をリスト形式で提示し、生産者が自己点検した内容を第三者(事業実施主体)によって確認するもので、平成29年度より運用開始予定のもの」

 佐藤教授は「JGAPにはいろいろな項目があるので、AWはあくまでその一部。しかも、認証をとるのは大変だろうからと『チャレンジする』と宣言した農家を公表するもの」と指摘する。これだけでは、東京五輪を契機に日本の農家が高いレベルのAWをめざす強い原動力にはならないだろう。

 佐藤教授は「2016年12月に、国際標準化機構(ISO)とOIEから国際基準『アニマルウェルフェアマネジメント―フードサプライチェーンの組織に対する一般要求事項及びガイダンス』が出された。3年後の見直し後に正式規格になるだろう。日本にもISO認証団体があるので、認証を求める農家が出てくれば日本でも認証が始まる」という。

 日本の農家にとっては高い要求事項もあるだろう。それでも、2020年に向けて、農家のISO認証取得を支援し、認証された農家の畜産物を東京五輪で優先的に調達することが、畜産物の調達の面でも世界に誇れる東京五輪とするとともに、東京五輪をきっかけに、AW後進国である日本を大きく前進させることになるのではないだろうか。

「エシカル消費」への関心を――日本の今後に向けて

 日本には、「アニマルウェルフェア」という言葉が出てくるずっと以前から、AWの先進事例のような取り組みをしてきた農家もある。また、AWに関するセミナーや農場・屠畜場の見学会などに取り組んできた「北海道・農業と動物福祉の研究会」を法人化する形で、(一社)アニマルウェルフェア畜産協会が2016年5月に設立され、日々の飼育管理で配慮すべき基準をクリアしていれば、ロゴマークをつけられる国内初の「アニマルウェルフェア畜産認証制度」を創設した。6月には日本のAW畜産実践者が主体となり、流通・飲食・消費者と共に、AW畜産の将来価値を高める国内初のコミュニティとして、AWFCジャパン(アニマルウェルフェアフードコミュニティジャパン)も立ち上がっている。

 一方、消費者側でも「エシカル消費」(倫理的消費)への関心を持つ人が少しずつ増えており、そこには環境配慮やフェアトレードなどの側面に加えて、AWの観点も含まれる。

 東京都市大学の枝廣研究室では、AWに関する意識と取り組みについて調査している。昨年12月に一般の人々300人を対象にインターネット調査を行った結果、9割近くは「アニマルウェルフェア」という言葉を聞いたことがなく、意味を知っていたのは1人だけだった。しかし、AWの考え方を説明した上で、「日本の畜産業界もAW重視の方向に変えていくべきだと思うか」を尋ねたところ、「思う」「どちらかといえば思う」との回答が約6割に達した。

 食肉や卵を扱う48の企業を対象としたアンケート調査では、「まだ回答できる段階にない」など無回答の企業も多く、回答企業でも社名は公表しないとした企業も多かった。回答した12社のうち、10社が「AWを事業に関わる課題として認識している」ものの、ガイドラインなどを公表している企業は2社だけだった。「特に取り組みは行っていないが、消費者も理解・必要性を感じていない」「日本国内の市場はまだ無関心で、商業ベースには乗らないため、現状では目標・ターゲットの設定は不要」といったコメントが寄せられた。

 これらのことから、生産者側は「消費者のニーズがないから」というスタンスであり、一方消費者側は、欧米のように認証ラベルも情報提供もない中では「知らない」「選びようがない」状況にあることがわかる。この「卵が先か鶏が先か」という状況を打破して、日本のAWのレベルをせめて欧米並みに引き上げるために不可欠なものが3つあると考える。

 一つめは、政府・農水省の中長期的なビジョンに基づいた現実的な移行プランの策定と実行である。現在、世界のAWを牽引するEUでは、たとえば、バタリーケージ禁止などの改善に向けて10年ほどの移行期間を置き、補助金などの仕組みを整えて、農家の移行をリードしている。日本も、OIEの基準が改定されたらそれにあわせて改定する、という対応型ではなく、日本の畜産をどうしていきたいのか、これまで重視してきた生産性とAWを両立させるにはどうしたらよいのか、中長期的なビジョンを打ち出し、実行していく必要がある。指針だけ作って、あとは農家や消費者に任せるという現状のやり方では大きな変革は望めない。

 二つめは、飼養基準などの土台となる科学的な分析力の向上である。EUの基準などは応用動物学、畜産経済学などの専門家による詳細な科学的根拠に基づいており、飼養施設の改善によるコストや生産性への影響も数値化した上で、議論が行われる。残念ながら、日本にはAWに関わる研究者が少なく、農水省関連の研究機関でもそれほど研究が行われていないのが現状である。先述したように民間の認証制度も始まった中、本当に消費者が信頼できる基準や認証をつくっていく上でも、国として本気で研究等を支援する覚悟と資金が必要だ。アニマルライツセンターが指摘するように、2015年度の日本の畜産動物のAW関連予算は2,000万円しかなく、EUの年間予算140億円にくらべるとまだまだ国として本腰を入れてこの問題に取り組んでいるとはいい難い。

 そして、三つめは、消費者である私たち一人ひとりが知ること、意識すること、選ぶこと、声に出すことである。

 まずは、毎日のようにお世話になっている卵や肉がどのようにつくられているのかを知ることだ。アニマルライツセンターなど、現状と世界の状況をわかりやすく伝える活動をしているNGOもある。書籍やウェブサイトなどでぜひ情報を得て知ってほしい。そして、卵や肉を食べるときには、意識すること。一瞬でもよい、「どこでどのように育てられた鶏の卵なのだろうか?」と思いを馳せてほしい。

 そして、選ぶこと。AW対応の卵は高く感じるかもしれない。しかし、AW対応ではない通常の卵が不当に安すぎるのだ。採卵鶏が鶏らしく生きられる環境で飼育されるためのコストは、卵を食べる私たちが払うべきコストではないか。また、日本ではまだ売り場に置いていないことが多いため、そもそも選択肢がないことも多い。そういうときは声に出してほしい。「お客さまが求めていることがわかれば、平飼いや放牧の卵を置くようにしている」という小売店もある。

 畜産動物のAWについて話すと、「どうせ殺して食べてしまうのだから、そんなことを考えなくても」という人もいる。私たち人間も「どうせ死んでしまうのだから、生きている間、人間らしく生きられなくてもいい」と思うだろうか? AWと向き合うことは、実は、私たち「一人ひとりがいかに生きるのか」にも直結しているのだ。

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