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エダヒロ・ライブラリー環境メールニュース

2011年05月30日

スイスの脱原発声明速報 (2011.05.30)

 

JFSでは「東京電力福島第一原子力発電所事故後の動向」をお伝えするページを設けています。

原子力発電所の立地自治体・電気事業者の動向

こちらが英語ページです。
Trends in various actors after nuclear accident

イーズではあわせて、今回の原発事故を受けての世界の動向を伝えるページを設け、日々アップデートしています。

このページに追加された最新情報に以下があります。

> スイス政府は5月25日、2034年までに既存の原発をすべて停止し、「脱原発」を目指す方針を閣議決定した。(複数の報道による)

このスイス政府の動きについて、スイス特派員?をしてくださっている穂鷹さんから詳しい情報や洞察が届きましたので、共有させていただきます。穂鷹さん、いつもありがとうございます!

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ここから引用〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「スイスの脱原発声明速報」
スイス在住 穂鷹知美 gassner (at) d01.itscom.net

もうご存知の方もおられるかと思いますが、去る5月25日スイスの政府が脱原発声明を出し、国内で議論を巻き起こしています。 現在5基ある原発を、耐用年数を迎えた原発から順次、廃止していき、 2034年に最後の原発を廃止するというものです。

声明が出されたとはいえ、今後国会で詳細が審議され、最終的にはスイス特有のレファレンダムという直接民主制の制度を使って国民全体に、脱原発の賛否が問われることになる可能性が高いのですが、福島の事故のあと2ヶ月半あまりで、政府(連邦参事会)が、 脱原発の方向を明確に示唆したことはこれからのスイスの原発行政において「歴史に残る日」と言われるほど、大きな意味があったと考えられます。

声明が出されてからの数日間の間に、これに関する特集や討論番組、インタビュー、また政界、経済界のコメントが報道され、新聞各紙でも様々な角度から論じられました。これらをみていくうちに、二つのことを強く感じました。

ひとつは、原発是非の問題が、国家の産業構造や社会生活全般に関わるものであり、 脱原発を実現するには、個々の企業の効率化や、個人の節電努力にとどまらず、多岐にわたる経済、社会システムでの変更や振興が必要となってくること。

ふたつめは、社会での具体的な問題や課題、さらに国民の短期的反応や長期的思考など、多くの原発にまつわるテーマや傾向が、スイス独自のものでなく、むしろ日本やほかの原発を保有するほかの国と共通することです。

このため、今回のスイスの一連の議論のなかに、日本をはじめ、原発に依存している世界各国において今後の原発問題を考える上でのヒントがあるのではないかと思い、脱原発声明の速報版として、スイスの現状を整理してお伝えしたいと思います。

<原発に対する世論の急変>
今回の決定に関して幾人かの知人に感想を聞いてみると、脱原発を願っていたが、実際にこんなに早く政府が脱原発の方向を示したことにおどろいた、という人が何人もいました。

これまでスイスの電力は、水力56パーセント、原子力40パーセント、ほかの自然エネルギーはわずかな残り5パーセント弱を担っているだけで、水力以外の自然エネルギー源の整備に早くから勢力的に取り組んでいるドイツや、圧倒的な水力発電で原発なしでがんばっているオーストリアなどの隣国に比べると、むしろ脱原発路線とかけ離れて印象を受けます。

実際特に2000年以降、スイス経済が好調なことも受け、政界、産業界ともに原発推進派が有力な国でした。このようなスイスの政界、経済界の印象が強かった人々にとっては、今回の声明がかなり驚きをもって受け止められたようです。

実際に、スイス日刊紙ル・マタンのアンケート調査によると、2009年に行われたアンケートでは回答者の73パーセント原発は必要と答え、2010年には54パーセントの回答者が原発の新設に賛成と回答しています。

しかし、福島の事故以降、世論が急変します。福島原発事故後1週間ほど経過して実施した同様のアンケートに答えた人の74パーセントが原発に反対で、そのうち87パーセントは原発の全面廃棄を望んでいたといいます。

今年のアンケートが事故後間もない時期に行われたものとはいえ、福島の事故以降、スイスの人にとって自国の原発についての見方がかなり大きく変化したようです。内閣声明の出される直前の22日日曜日の反原発デモは、2万人というスイスではチェルノブイリ以来最大規模のものでした。

このような反原発の世論が強いなか、秋に総選挙を控える政党は、表立って原発推進をこれまでのように言うことは難しくなりました。

一方、感情的には脱原発に傾倒するものの、原発を廃止することで経済や産業が停滞したり、生活の快適さが失われたりすることへの不安は強く、また環境問題においても、原発をやめたら温暖化に加担することになる。どうすればいいのか。

声明が出される直前22日のスイスの主要新聞の一つ 「ノイエ・ツルヒャー・ツァイトゥング 」の「どちらが重要か?脱原発か、温暖化の回避か」という見出しの記事には、そんな展望のない混迷したスイス人の心境がよくあらわれているようでした。そのような状況下で、エネルギー相が自ら言うように、政府から、国民に、 スイスが進むべき道をはっきりと示そうとしたのが今回の声明だったといえます。

<「現実的」で「理論的」な政治路線>
今回の決定の中心となったドリス・ロイタルトという48歳の女性エネルギー相の原発への見方も、非常に印象的なので少し紹介します。ロイタルト氏は、これまで「アトム・ドリス」とあだ名されるほど、強力な原発推進者として知られていました。「今でもスイスの原発は安全であると思っているし、なにより温暖化の原因である二酸化炭素を出さないことはすばらしい」と脱原発宣言以後も公言します。

しかし、そのようなエネルギー相がそれでも脱原発に踏み切ったのは、これがスイスにとって唯一の (声明に対するヴィンタートゥール日刊紙「デア・ランドボーテ」の表現を引用すると)「現実的」かつ「論理的」な 政策と判断したからでした。

-「現実的」
原発を新設しようとしても、住民が賛成することはもはや不可能と見込まれるため、原発以外の道をさぐるしかありません。

-「論理的」
閣議決定にいたるまで、政府は様々な研究に目を通し、立場の人たちとの意見を交換し検討を重ねたわけですが、とりわけ今回の決議に決定的な役割を果たしたと思われるひとつの研究結果があります。ザンクトガレン大学経済エコロジー研究所教授ロルフ・ビュステンハーゲンのそれです。

福島の事故以前から脱原発社会を提唱していたビュステンハーゲン氏の試算によると、 原発の電力料金が今後増加する一方なのに対し、自然エネルギーによる電力料金は、量産化や高性能化が進み、減少の一途をたどり、2030年頃には、現状のままでも、原発電力と自然エネルギー電力料金は逆転する見込みになります。

さらに、福島原発事故を受けて原発の一層の安全化をはかるための費用が原発で供給される電力に加算されることになると、原発電力と自然エネルギー電力料金の逆転は、2030年よりも早くに起こるであろうと言います。

具体的に、2030年において電力を原子力からすべて自然エネルギーに変換した場合に、各家庭で支払う電力料金は、現状の電力代よりも10から15フラン(1フラン約95円)高くなるとされます。そして、それ以降はそれよりも安くなるという結果が出されました。

エネルギー相自身が原発推進者から脱原発に変更を余儀なくされたこのこのようなデータを用いて、理詰めで、反対側にまわることが予想される経済・政界の有力者に対して、脱原発以外に道はない、と提示したのでした。

もちろんスイスの国民にふりかかる原発に伴うあらゆる危険を最小限に抑えなくてはいけないことも、脱原発の重要な理由として掲げられていますが、エネルギー相へのインタビューや討論でも最も多くの時間が費やされていたのが、この新エネルギーへの転換の経済的な採算といテーマでした。

今、新エネルギーに転向し、産学公が協力して、十分な投資と社会システムの改革を進めていけば、最初の数年は混乱や負担が大きくても、この産業分野のトップランナーとしての実績をつくり、国力を強め、長期的な雇用の安定化を達成し、世界のエネルギー政策にも貢献することができる。

しかし今移行をせず、原子力にしがみついていれば、国民生活に大きな危険を伴うだけでなく、将来原子力の費用はいっそう膨らみ、経済的な負担になり、さらに新エネルギー分野というあたらしい産業への後期参入は難しいであろう。このような希望的観測ともいえる楽観的な未来観で、ポスト原発の社会をスイス国民に提示してみせたのでした。

<反響>
このような大胆な脱原発への転向を、スイス国民はどうとらえたのでしょうか。新聞各紙には、「歴史に残る日」「勇気ある決断」「理性的で首尾一貫している」「スイスの未来に大きなチャンス」などの肯定的なコメントもちりばめられましたが、これから実際にどうなるかが問題、どうなるのか未知数など、冷静な視点で、声明自体への評価よりも、これからの具体的な計画をみきわめようとする報道者としての立場が強く出たコメントが多かったように思われます。

これに対し、経済・産業界、政界は、もちろん賛成から反対まで色々で、それぞれの立場からのコメントが出されましたが、なかでも経済連合エコノミースイスの代表者たちが語る、電力供給の不安定化や電力ほかエネルギー全般の経費高額化に対する危惧からくる、 「無責任な」政府と批判する声が目立っていました。

一方対照的に、政府の示した、産学公の協力体制下の産業振興に期待し、共鳴する自然エネルギー分野の企業家の姿もありました。

国民がどう判断している、これからどうするかは、秋の総選挙や、また最終的に国民投票に持ち込まれることになったとすればそこで、おのずとみえてくることでしょう。ちなみに、声明発表から一夜明けた夜の討論番組に参加したエネルギー相は、それまでのわずかの時間にものすごい数のメールと手紙をもらったが、その98パーセントが肯定的なものであったと発言していました。

<大きな課題>
しかし、まだどうやって原発に変わる電力を確保していくのか、短期的、長期的な計画もすべてこれからです。これからの脱原発の道のりには、様々な問題が立ちはだかっていますが、一つの大きな問題に人口増加があります。

スイスの人口は2050年までに現在の750万から900万人に大幅に増加する見通しです。人口増加に伴い電力量が増えていくという自然な摂理に抗い、節電と効率化を推進していかなくてはいけません。

スマート・グリッドとよばれる電力の効率的な配分を目指したスイス全国およびEU間の電力インテリジェント・ネットワークの配置や接続だけで、60億フランがかかると言われています。当面は膨大な投資の費用を見積もらなくてはいけないでしょう。同時にCO2排出量も、一人当たり現在の4.8トンから1.3から2トンまで減らすことが課せられています。

日本から10000キロ離れた小国スイスで、日本のみなさんに負けず劣らず、節電や省エネ、エネルギー効率化を達成すべく必死にはげむスイス人たちが、これから出現することになるのでしょうか。そうなることに大きな期待を寄せて、わたしもスイスの地で、節電・省エネに励みたいと思います。

<主要参考サイト>
スイス連邦参事会の脱原発に関するメディア・プレリリース(英語)( 今後の脱原発計画の骨格として八つの項目からなる「エネルギー戦略2050」が提示されている)
http://www.news.admin.ch/message/index.html?lang=en&msg-id=39337

スイス国営ー放送SF1の番組「10 vor 10」(2011年5月25日)(エネルギー相へのインタビューと脱原発の特集)
http://www.videoportal.sf.tv/video?id=e7a989d3-0061-4b6f-8251-39c84ffafa8f

スイスインフォ記事「スイス政府 段階的な脱原発を決定」(日本語)
http://www.swissinfo.ch/jpn/detail/content.html?cid=30325724

国営ニュース専門ラジオ局DRS4 の特集記事 News Die Schweiz auf dem Weg zum Atomausstieg
http://www.drs4news.ch/www/de/drs4/nachrichten/79321.die-schweiz-auf-dem-weg-zum-atomausstieg.html

国営放送局SF1 の5月27日の特番「Arena」
http://www.videoportal.sf.tv/video?id=be4d6150-192e-443c-81e2-fd26ff5d4dab

ロルフ・ビュステンハーゲン教授が率いるザンクトガレン大学経済エコロジー研究所のサイト(英語)
http://www.iwoe.unisg.ch/en/LehrstuhlManagementEE.aspx#

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜引用ここまで〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「今移行をせず、原子力にしがみついていれば、国民生活に大きな危険を伴うだけでなく、将来原子力の費用はいっそう膨らみ、経済的な負担になり、さらに新エネルギー分野というあたらしい産業への後期参入は難しいであろう」

感情論やイデオロギー、しがらみ(既得権益)ではなく、冷静にコストを計算し、あるべき姿を示し、そこに到達するための模索を始める--スイスにエールを送ると共に、日本でもぜひ!と思います。原発推進派だったエネルギー相が「現実的かつ論理的」な判断で脱原発に踏み切ったというのはよいお手本になるのでは?と思います。

 

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