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2011年03月09日

レスター・ブラウン氏「2011年の大食料危機」(2011.03.09)

食と生活
 

世界のあちこちで、食料価格が高騰しています。食料をめぐる国内・国際的な軋轢や紛争も見られます。今、世界の食料事情はどうなっているのでしょうか? この先、どうなっていくのでしょうか? 私たちは、国として、地域として、組織として、そして個人として、何を考え、どう行動していく必要があるのでしょうか?

レスター・ブラウン氏の最新のリリースを実践和訳チームメンバーが訳してくれました。お届けします。

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2011年の大食料危機

www.earth-policy.org/plan_b_updates/2011/update90

レスター・R・ブラウン

新年早々、英国で小麦の価格が史上最高値をつけている。アルジェリアでは食料暴動が全土に広がっている。ロシアは、春の放牧が始まるまで家畜の群れを養うために、穀物を輸入している。インドは、年間18%の食料インフレ率と格闘しており抗議行動が加熱している。

中国は、膨大な量が必要となる可能性のある小麦とトウモロコシを求めて海外に目を向けている。また、メキシコ政府は、トルティーヤの価格が手の打ちようもないほど上昇するのを避けるため、トウモロコシを先物で購入している。1月5日、国連食糧農業機関(FAO)は12月の食料価格指数が過去最高値を記録したと発表した。

これまで物価急騰の原因を作ってきたのは気候であった。しかし現在、価格をつり上げているのは食料供給と需要の均衡に関する動向だ。需要側で問題を引きおこしているのは、人口の増加、生活水準の向上、自動車燃料への穀物の利用である。

供給側での問題は、土壌浸食、帯水層の枯渇、非農業地へ の転用による耕作地の減少、潅漑用水の都市用水への転用、農業先進国での作物収穫量の頭打ち、そして(気候変動による)作物を枯れさせるほどの熱波と山岳氷河や氷床の融解である。これらの気候に関連した動きが、将来的にはるかに大きな被害をもたらすことは避けられないように思われる。

しかし、少なくとも、需要側の動きについてはわずかではあるが良いニュースがある。世界の人口増加率は、1970年頃の年間2%をピークに、2010年には年間1.2%未満に低下しているのだ。それでも、世界人口は、1970年以降2倍近くになっているため、今でも年間8,000万人が増加している。今夜も、新たに21万9,000人が夕餉の食卓につくが、その多くを迎えるのは空っぽのお皿になることだろう。明日の夜にはさらに 21万9,000人がそこに加わる。いずれ、この容赦ない人口増加は、農業技術、そして地球の土地および水資源の限界に重い負担を与えるようになる。

人口増加もさることながら、現在およそ30億人が食物連鎖の上位に上り、生産に多量の穀物が必要な畜産物をいっそう多く食べるようになったということもある。急成長している開発途上国で食肉、牛乳、卵の消費量がこれほど増えたことはなかった。現在、中国での食肉総消費量はすでに米国のほぼ2倍である。

需要が伸びた主な原因の三つ目は、自動車燃料を生産するために穀物を使ったことである。米国では、2009年に4億1,600万トンの穀物が収穫されたが、1億1,900万トンが自動車燃料を生産するためにエタノール醸造所へと回された。これは、年間3億5,000万人の食を1年間満たすのに十分な量だ。米国によるエタノール醸造所への莫大な投資のため、人と車は世界の穀物収穫をめぐって直接対決することとなった。

自動車の多くが ディーゼル燃料で走る欧州では、主にナタネとパーム油を原料とする植物由来のディーゼル油への需要が高まっている。油脂作物に対するこの需要は、穀物生産に利用できる土地を欧州で減少させているだけでなく、パーム油プランテーションのためにインドネシアやマレーシアの熱帯雨林の伐採にも拍車をかけている。

これら三つの増大する需要の複合的影響は驚くべきものである。1990年〜2005年に年間平均2,100万トンだった世界の穀物消費の年間増加 量は、2005年〜2010年には4,100万トンへと倍増したのだった。この飛躍的な伸びの大部分は、2006年〜2008年に米国で行われた エタノール醸造所への行きすぎた投資に起因している。

穀物の年間需要の伸びが倍増した一方で、供給側にもこれまで続いてきた土壌浸食などが深刻化する中、新たな制約が出てきた。世界の耕作地のおよそ1/3で、自然の作用で新しい土壌が形成されるよりも速く表土が失われている。そのため、土地本来の生産性が失われているのだ。巨大な黄塵地帯が二つ形成されつつある。一つは中国北西部、モンゴル西部、中央アジアにまたがる地域に、もう一つはアフリカ中部に広がっている。いずれも、1930年代の米国の黄塵地帯が小さく見えるほどの規模である。

衛星画像は、これらの地域で絶えず砂嵐が起こり、そのたびに通常何百万トンという貴重な表土が運び去られていることを示している。中国北部では、過放牧のために草原が破壊され、また移動を続ける砂丘により耕作地が埋まってしまったため、2万4,000ほどの村々が廃村になったり、一部で過疎化が進んだりしている。

モンゴルやレソトなど土壌の浸食が深刻な国では、穀物の収穫量が減少している。浸食によって収穫量が減ることと、それが耕作地の放棄につながっていくことが原因である。その結果、飢餓が広がり、輸入にますます頼るようになっている。ハイチと北朝鮮の二国も土壌浸食が深刻で、海外からの食料支援を常に当てにしている。

一方、帯水層の枯渇によって、世界の多くの場所で灌漑面積が急速に減っている。この比較的最近に見られる現象は、地下水の利用を目的とした機械ポンプの大々的な使用が原因である。現在、世界人口の半数が、過剰揚水によって帯水層が枯渇し、地下水面の低下が進む国で暮らしている。

いったん帯水層が枯渇すると、化石帯水層(涵養が不可能な帯水層)の場合は揚水が完全に止まり、化石帯水層でない場合には、涵養のスピードに合わせて揚水量は必然的に減少する。しかし、遅かれ早かれ、地下水位の低下は食料価格の上昇を招くことになる。

灌漑面積は中東で減少している。中でも顕著なのはサウジアラビア、シリア、イラクであり、そしてイエメンもおそらくそうだろう。サウジアラビアは、これまで化石帯水層に頼りきって小麦を自給自足していたのだが、今ではそれも枯渇しており、生産量の減少に歯止めがきかない状況だ。2007 年から2010年までの間に、サウジアラビアの小麦生産量は2/3以上も落ち込んだのである。2012年までにおそらく同国の小麦生産は完全になくなり、輸入穀物に全面的に依存することになるだろう。

地理的には、中東アラブ圏は広がり続ける水不足のために穀物収穫量が減少している初めての地域だ。だが、本当に水不足が深刻なのはインドである。インドの1億7,500万人が口にしている穀物は、過剰な揚水で生産されたものであることが、世界銀行の数字から分かっている。中国では、過剰揚水によっておよそ1億3,000万人の食料が賄われている。米国もまた世界有数の穀物生産大国であるが、灌漑面積はカリフォルニアやテキサスなど、主要な農業州で減りつつある。

この10年、さらにもう一つ世界の農業生産性の向上にブレーキをかける事態が起こってきた。まだ利用されていない技術の蓄えがなくなってきているのだ。農業先進国の中には、収穫高を増やすため農家が利用可能なあらゆる技術を駆使しているところもある。日本は単位面積当たりの穀物収穫高を持続的に増加させた初めての国であるが、この国でもコメの収穫高はこの14年間横ばい状態である。

今、韓国や中国のコメの収穫高は日本に近づきつつある。この二カ国の農家も日本と同様に頭打ち状態になるであろうことを考えると、もうすぐ世界で収穫されるコメの1/3以上がこれ以上収穫高の増加があまり期待できない国々で生産される勘定になる。

同じような状況が欧州でも小麦の収穫に関して起こりつつある。フランス、ドイツ、そして英国ではもはや小麦の収穫高は完全に頭打ちだが、これら三カ国で世界の小麦収穫高のおよそ1/8を占めている。世界で穀物収穫高の伸びにブレーキをかけているもう一つの傾向とは、耕作地の非農業用地への転換である。都市のスプロール現象、産業施設の建設や、道路、高速道路、駐車場用の土地の舗装によって、カリフォルニアのセントラルバレー、エジ プトのナイル川流域、そして中国やインドなど急激に工業化が進む人口密度の高い国々で耕作地が消失している。

2011年に中国での新車販売台数は 世界最高の2,000万台に達するものと見られている。米国での経験に照らし合わせると、国内での自動車が500万台増えるごとに、車のスペースを確保するため約100万エーカー(約4,000平方キロ)の土地の舗装が必要だ。多くの場合、そこでしわ寄せを受けるのは耕作地である。

急成長を遂げる都市も灌漑用水を巡って農家と競合している。例えば中東地域の多くの国々や、中国北部、米国南西部、インドのほぼ全域のように余分な水が全くない地域では、水を都市に回すと、食料生産に利用される灌漑用の水がその分少なくなる。カリフォルニア州では、これまで農家が水を渇望するロサンゼルスやサンディエゴの数百万の市民に大量の水を売却しており、その結果ここ数年でおそらく数百万エーカー(数千万平方キロメートル以上)の灌漑用地が失われている。

気温の上昇も、記録的な速さで伸びている穀物需要に対して、それに追いつくだけの速さで世界全体の収穫を増やすことを一段と困難にしている。作物生態学者の経験則によると、穀物の生育期間中に気温が最適温度より1℃上昇すると、収穫量は10%落ちるという。こうした気温上昇による穀物収穫への影響がはっきりと目撃されたのは、2010年の夏、ロシア西部でのことだった。この時期、気温は最適温度をはるかに上回り、収穫が激減したのだ。

ほかにも食糧安全保障を脅かし続けているものに山岳氷河の融解がある。特に、乾季の間、その融氷水がインダス川、ガンジス川、長江、黄河などアジアの主要な河川を潤し、同時に河水に依存する灌漑システムを支えているヒマラヤ山脈とチベット高原での融解が懸念されている。もしこの融氷水がなくなれば、穀物の収穫は急激に落ち込み、それに合わせて穀物の価格は上昇するだろう。

そして最後が海面上昇である。長い年月にわたるグリーンランドと西南極大陸での氷床の融解と海洋の熱膨張とが相まって、今世紀中に海面は最大6フィート(約1.8メートル)上昇する恐れがある。たとえそれが3フィート(約0.9メートル)であっても、バングラデシュの米作地の半分は水浸しになるだろうし、世界第二のコメの輸出国であるベトナムでも、この国のコメの半分を生み出しているメコンデルタの大部分が水没するだろう。アジアにはコメを栽培できるデルタ地帯がほかにも全部で19カ所ほどあるが、そこでの収穫も海面上昇により大幅に減少するだろう。

このところ、穀物、大豆をはじめ、多くの食料価格が世界中で急騰しているが、これは一時的な現象ではない。気候システムが急激に変化する世界では戻るべき基準などないため、物事がすぐに正常な状態に戻ることはもはや期待できないのだ。

ここ数週間の不安な動きはほんの幕開けに過ぎない。地球の未来を脅かすものは、今では軍事大国同士の争いではない、食料不足の蔓延と食料価格の高騰、およびその結果生じる政治的な混乱である。

各国政府が速やかに安全保障の定義を改め、国の支出を軍備から気候変動の緩和、水使用の効率化、土壌保全、人口の安定化へと移さない限り、世界はおそらく、今以上に不安定な気候に見舞われると共に、食料価格が頻繁に変動する事態に直面しよう。もし、今までどおりの方法を続けるなら、食料価格は上昇の一途をたどるしかないだろう。

註:この稿は2011年1月10日、火曜日の『フォーリン・ポリシー』より転載。

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レスター・R・ブラウンはアースポリシー研究所所長であり、『仮邦題:瀬戸際に立つ世界:環境破壊と経済崩壊を防ぐために』(World on the Edge: How toPreventan Environmental and Economic Collapse)(2011年、W.W.ノートン社(ニューヨーク)より刊行)の著者。同書はwww.earth-policy.org/books/wote.にてダウンロード可能。

データ、巻末註、さらに詳しい情報についてはwww.earthpolicy.orgを参照のこと。
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(翻訳:小坂 由佳、小宗 睦美、酒井 靖一)

 

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