ホーム > 環境メールニュース > 余談:人生も環境問題もアプローチは同じ、そしてともに奥深い(2010.11.20...

エダヒロ・ライブラリー環境メールニュース

2010年11月20日

余談:人生も環境問題もアプローチは同じ、そしてともに奥深い(2010.11.20)

 

今年の残りの期間を精いっぱい充実させながら、新しい年への思いや計画も大事にしていきたい時期になってきました。

たまにはいつもよりも長い時間軸でじっくり考える時間をぜひとって、「またいつのまにか過ぎてしまった」ではない生き方にシフトしていくきっかけにしていただきたく、来年1月9日(日)〜10日(月・祝)「一年の計を立て、自分マネジメントのしくみを身につけるワークショップ」を開催します。

次号でご案内をしたいと思っていますが、2日間ゆっくりとじっくりと、自然に囲まれた「場の力」も借りながら、ふだんは忙しくて「それどころではない」と目をつぶってきた「急ぎではないけど大事なこと」を大事にする時間を過ごしませんか。

この2日間のうち、1日目に、ゆっくりと心と頭の筋肉をストレッチしたあとに、ストレッチ「バックキャスティングで自分の人生のビジョンを考える」ワークをおこないます。

そのワークを終えて、1日目は終了。あとはみんなで和気あいあいと夕食を食べてから、めったにとれない!という方の多い「自分だけの、自分のことだけを考えられる時間」を過ごします。

何回か前に開催したとき、1日目の最後にこんな話をしました。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ここから引用〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

ビジョンを考えるのに、どれぐらいの時間があればいいだろう?とよく考えるんですよ。たぶん、いまの30分だと時間が足りなかった人がほとんどだと思います。それはこのあと夜に、自分の時間がありますから、続きをぜひ考えてみようと思う人は考えてください。

ビジョンって、あるところまで考えたらおしまいになるものではなくて、たぶん一生のあいだ、ずっと描き続けるんだろうなと思っています。

ビジョンって何のために描くかというと、額に入れて壁に飾っておくためではないですよね。「自分を進めるためにビジョンを描く」のだと、私は思っています。なので、「自分を進めるうえで役に立つか、役に立たないか」でビジョンを判断すべきだと思っています。

たとえば、詳細に、完ぺきに描けないと歩き出せないという人がときどきいますが、それでは自分を進めるといううえではマイナスになるだろうなと思うので、私はあまりお勧めしません。

スケッチぐらいでいいので、大体の方向とか、こんな感じかなというのがわかったら、もう歩き始めたほうがいい。歩きながら見えてくるものがあるし、歩きながらわかってくることがあるので、ビジョンはずっと常に「仕掛かり品」だと思うのです。「完ぺきなビジョン」というのは、たぶんできないと思っていたほうがいいでしょう。自分が歩き出すうえで、自分を進んでいくうえで役に立つビジョンをつくるというのが目的だと思います。

アメリカでシステム思考の会議で、何十人かのワークショップに参加したときに、ファシリテーターが「いまから皆さん、将来のビジョンを考えましょう」。「自分が何をやりたいか、どういうふうにやっていきたいかビジョンを考え、かつそのビジョンを実現するための行動計画を考えましょう」と。で、その次に彼が何と言ったかと言うと、「じゃあ5分でやってください」と言ったんですね。

私の最初の反応は、「5分でビジョンと行動計画なんかできるわけない!」でした。でも、5分と言われたからしょうがないですよね。5分でできる範囲で考えました。たぶん2時間使えば、それよりもっと詳細なことを考えられたと思います。でも、2時間の時間を確保して考えてから進もうと思うよりも、5分しかないんだったら、5分でさっとスケッチをして、歩きだしたほうが、たぶん役に立つと思いました。

ここにいる間の時間は、いってみれば「竜宮城の時間」です。いつもと違って、自分で時間をコントロールできますから、足りなかった人は夜考えてください。

でも、明日終わって日常に戻ると、なかなかそういうまとまった時間はとれません。なので、「まとまった時間がとれたらビジョンをしっかり考えて、それから歩きだそう」と思っていると、たぶんほとんど歩きだせないことになる。ですから、通勤の電車の中でもいいし、お風呂の5分でもいい。5分でさっとビジョンを考える。そういうトレーニングをしておいたほうがいいと思います。

今日は、30分の時間でやってみました。30分でどれぐらいの感じができたか、ある程度味わえたと思うので、30分とれれば30分でやればいいし、15分しかとれなかったら15分でやればいいし、2時間取れれば幸いかなという感じで。「ここまでできなきゃビジョンと呼べない」とか、「これだけ時間をかけなければビジョンはできない」とか、それも大いなる思い込み(メンタルモデル)ですから、外すか、緩めたらいいと思います。

そうはいっても、バックキャスティング型のビジョンをつくるというのは、やったことがないですね。学校でも教えてくれないし、会社でもこういうトレーニングはしないでしょうから、最初はすごくやりにくいと思います。

でも、運動でも何でもそうですが、最初はぎこちないけど、やっているうちに慣れてきます。自分なりのやり方とか、「こういうふうに自分に聞いてあげると出やすいんだな」とか、わかってきます。そうするとやりやすくなるので、最初はやりにくくても、そういうものだと思ってもらったほうがいいかなと思います。

特に今日は、「これまでを振り返る」こともやってきたので、これはユング心理学の考え方ですが、ひと言。

私たちが生きていくということは、瞬間瞬間で、必ず何かを選び取っていくということなのですよね。何かを選ぶということは、それ以外を捨てるということです。

たとえばAさんと結婚すれば、Aさん以外の人とはふつうは結婚できないわけで、Aさんを選ぶということは、ほかの人との結婚の可能性を捨てていますよね。この仕事を選ぶということは、ほかの仕事をやる可能性を捨てていますよね。

そうやって、私たちは常に選びながら生きているんだけど、その陰では、選ばれなかったものがたくさんあるわけです。常に自分の腑に落ちる形で選んでくればそうでもないでしょうが、必ずしもそうではなくて、本当はあっちを選びたいんだけど、状況とかいろいろなことで、別の選択肢を選んできていることもあると思います。

そういうものが--そのときに選択肢として取らなかったものが--消えてしまうわけではなくて、それは「生きてこなかった自分」として残っていくというのが、ユング心理学のひとつの考え方です。

そうなんだろうなと思います。特に、人生のある段階になってくると、ユングは中年期という言い方をしていますが、人生の午後に差し掛かるころ、「生きてこなかった自分が、もう一度声を上げることがよくある」と言っています。

そのときに、その生きてこなかった自分を、もう一度、ある意味見詰めるとか、可能な部分は再統合するとか、人生の午後にはそういった作業をしていくことがよくあります。

みなさんの中には“人生の午後”にはまだ遠い人たちもいるので、まだぴんとこない人たちも多いと思いますが、生きてこなかった自分が自分の中にはあるし、それがある段階で、「やっぱり自分も表に出たいよ」と声を上げることもきっとある。そういうものだと思っておいてください。

「ああこれか、エダヒロさんが言ってたのは」「ああ、そうか、やっぱりこれって、私にとって大事だったんだ」と思うときがくるかもしれません。「でもやっぱり、いまの自分のやっていることのほうがもっと大事だから、でもやっぱりそのままにしておこう」という場合もあるし、「可能な部分、取り入れてみようか、昔置いたことをもう一回やってみようか」という場合もあるでしょう。

それから、今日のいろいろなワークを通じて、そう感じてくれた人がどれぐらいいるかわかりませんが、今日の作業を通じて、これができたらいいなと思うのは、生きてこなかった自分や、自分のいろいろな癖--まじめな人ほど反省の材料としがちですが--、そういう癖を持っている自分も含めて、ありのままの自分というか、自分そのものを、自分がやさしく抱きしめてあげられたらとてもいいな、と思います。

皆さんの感想を聞いていて、「ああ、こういう自分もあったんだ」とか、「こういう面もあったんだ」という言葉がありましたが、それってたぶん、それと近い作業をしてくれているのだろうなと思います。

「そんなこと、自分は認めない」とか、「自分の中にそんなことがあっちゃいけない」とか、切り捨てるんじゃなくて、そういうものも持った、ありのままの自分をやさしく抱きしめることができればとてもいいんだろうなと思うんです。

慌ただしい日常の中では、なかなかそういうことはできないので、だからこそ、こういう「竜宮城の時間」が必要なのだと思います。

明日現実に帰ったあと、どうやって自分でこういう竜宮城の時間をつくっていくか、については明日詳しく話をしますね。でも、今日はまだ竜宮城の続きですから、今日の夜の時間もぜひ、自分にとって居心地のいい、自分のラクな形で過ごしてもらえたらなと思います。

では今日はこれでおしまいにしましょう。夕食の席でまた!

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜引用ここまで〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

バックキャスティングでのビジョンづくりも、物事を着実に進めていくためのマネジメントシステムも、自分(たち)のメンタルモデルに気づいてゆるめる必要性も、『人生に必要な知恵はすべて、環境問題への取り組みで学んだ』って感じ?逆かな? 『環境問題を考えるのに必要な知恵はすべて、人生の砂場で学んだ』?

そんな思いで、2004年に出した本が
『7分後、7年後の幸せなあなたへ エコから学ぶ「自分マネジメント術」』(まえがきがあります)
でした。

それから6年が過ぎ、ますます人生も環境問題も深いなあ〜!と思う今日この頃です。(^^;

 

このページの先頭へ

このページの先頭へ