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エダヒロ・ライブラリー環境メールニュース

2010年05月05日

「ブライト・グリーン、ライト・グリーン、ダーク・グリーン、グレイ」Worldchanging.com ステファン・アレックス(2010.05.05)

新しいあり方へ
 

雪と氷の世界に住む先住民イヌイットには、「白」を表す言葉が何種類もあると聞いたことがあります。

私たちには「単なる白」に見える白でも、きっと雪や氷の具合、光の加減などによって、微妙な「いろいろな白」に見えるのでしょうね。

さて、環境を重視するアプローチを「グリーン」と言いますよね。グリーン・エコノミー、グリーン・リカバリー、グリーン・ニューディール等々。

一口で「グリーン」と言っても、ブライト・グリーン(明るい緑)もあれば、ライト・グリーン(薄い緑)もあれば、ダーク・グリーン(深緑)もあるって、ご存じでしたか? 

最近、海外の情報などで見かけるようになってきました。そのどれもが、環境を大事に考える「グリーン」なのですが、ちょっとずつめざすところや重点の置き方が違うのですね。

そして、世の中には、グリーンだけではなくて、「どうせだめさ」「何もしないほうがよいのさ」というグレイ(灰色)と言われるグループもあります。。。

同じグリーンの中でも、その微妙な違いが感じられるようになってきたからこそ、グリーンを表す言葉がいくつも出てきたのでしょう。それだけ、グリーンの世界が広がり深まってきた、ということなのでしょうね。

この「ブライト・グリーン」「ライト・グリーン」「ダーク・グリーン」そして「グレイ」について、それぞれがどんなふうに使われているのか、その言葉を作った張本人であるステファン・アレックスがわかりやすくまとめている記事を、実践和訳チームが訳してくれましたので、お届けします。

アレックスは、バラトンメンバーでもあり、山のような体格と山のようなエネルギーを持った、とっても精力的なでも静かな人で、月アクセス数が800万とか1000万とかいう Worldchanging.com というグローバル・ウェブサイトを主宰しています。
http://www.worldchanging.com/

Worldchanging.com の紹介には、「独立系ジャーナリスト、デザイナー、思索者のグローバル・ネットワークからなる非営利メディア組織。地球の問題に対して、最も革新的な解決策を取り上げ、“ブライト・グリーン”な未来を築くための新しいツールやモデル、アイディアを伝えることで、世界中の読者にインスピレーションを提供する」 とあります。ブライト・グリーン派なのですね。(^^;

ちなみに、世界中から寄せられる Worldchanging.com の膨大な記事の中に、日本からの情報発信は残念ながらあまりありません。。。私とJFSからの記事は2本ほど載せてもらっています。何とかJFSの記事などを通じて、日本発の情報や動きを世界により広く伝えたい!と思っています。

では、アレックスによる「いろいろなグリーン」の紹介をどうぞ!

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ここから引用〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

ブライト・グリーン、ライト・グリーン、ダーク・グリーン、グレイ:環境問題の新しい考え方
http://www.worldchanging.com/archives//009499.html
アレックス・ステファン

「ブライト・グリーン(明るい緑)」という言葉を、私がどういう意味で使っているのか、それにブライト・グリーン、ライト・グリーン(薄緑)、ダーク・グリーン(深緑)などの意味の違いについて、説明を求められる機会が増えている。

混乱するのももっともだ。この言葉はどんどん広く使われるようになっているわりに、私たちが目にする説明はあまり役に立つものではない。ウィキペディアにあるこの項目の記述は明瞭とは言い難く、(ロス・ロバートソンの優れた記事のような)わずかな例外はあるものの、ほとんどのマスコミ報道はこれまで、どちらかというと、あれやこれやと問題をややこしくしてきている。

ブライト・グリーンとはどういう意味だろう? 最も分かりやすく言えば、ブライト・グリーン環境保護主義とは、永続的な繁栄に向かう最善の方法は持続可能な革新であり、繁栄や幸福をもたらさない持続可能性のビジョンは、いかなるものも成功しない、という考え方である。つまり、環境にやさしい未来は、同時に明るい(ブライト)ものでなくてはならないという考えだ。ブライト・グリーン環境保護主義は、革新、デザイン、都市の再活性化、情熱的な起業家精神によって、私たちの生活を支える仕組みを変革しようと呼びかけているのだ。

「ブライト・グリーン」という言葉が急速に広がるのを目の当たりにするのは、かなり驚くべきことだ。私がこの言葉を生み出して以来、何千もの組織、例えば、企業、NGO、ブログ、学生グループ、そして教会さえもが、その呼び名を取り入れてきた。

2009年、デンマークのコペンハーゲンで開かれる「気候変動枠組み条約第15回締約国会議」(COP15)では、同時開催される博覧会と、COP15に先立って行われるユースサミットが共に、ブライト・グリーン派だと称している。それどころか、ポップカルチャーの中でもあちこちで、きちんと意味を理解した上で、この言葉が使われるのを目にするようになってきた。

もちろん、持続可能性を語る人すべてがブライト・グリーン派というわけではない。ブライト・グリーンの考え方を、ほかの3つのよく知られた考え方、つまりライト・グリーン、ダーク・グリーン、グレイと対比してみることにする。すべてに共通する部分もあり、実際のところ、熱心に持続可能性を提唱する人々でさえ、問題によって違うアプローチを取る傾向がある。ではここで、簡単に整理しておこう。

ライト・グリーン環境保護主義者は、持続可能性への手がかりとして、ライフスタイル、行動、消費者の変化を重視する傾向にある。少なくとも、それが幅広い変革を引き起こす最も良い仕組みだと思っている。ライト・グリーン派が強く主張しているのは、個人レベルでの変革だ。つまり、買い物の仕方を変えたり、家のあちこちを手直しするなどして、ささやかながら気持ちの良い一歩を人々が踏み出すことができれば、彼らは全体に影響が出始めるような変化を起こすことになるだけでなく、より大きな変革を強く求めるようにもなる、という考え方だ。

一人ひとりの変革を求めるライト・グリーン環境保護主義は、持続可能性に関心を持つことがカッコいい、という考え方を広めるのに一役買ってきた。一方で、このごろ見られる「エコ疲れ」に陥っているのも、大半がこうした層である。

(このアプローチに関する私自身の考えについては、以下の3本の記事を参照のこと:「Privatizing Responsibility(仮訳:消費の自己責任論)」「Don'tJust Be the Change, Mass-Produce It(仮訳:変化を選ぶだけでなく、変化の大量生産を)」「The Problem with Big Green(仮訳:大流行するエコの問題点)」

対照的にダーク・グリーンの人々は、大量消費から(ときに産業化自体からも)引き返す必要性を強調する傾向がある。そして、地域での解決や供給プロセスの短縮、大地との直接的な結びつきに重きを置いている。彼らが強く主張するのは、コミュニティレベルでの変革だ。

ダーク・グリーン派の考え方が最も良い形で現れると、バイオリージョナリズム(生命地域主義)、リインハビテーション(再定住)、そして(例えばトランジション・タウンを通して)自分の生命や周囲の環境に対して直接手綱を握ることについて、多くの洞察をもたらしてくれる。つまり、行動を共にするというビジョンだ。

あまり有効でない形となった場合、ダーク・グリーン派は、迫り来る崩壊を警告するなど(ときに、崩壊すればいいと主張しているようにさえ見えるのだが)、悲観的になりがちである。

もちろん中には、地域を見直そうというダーク・グリーン派によるリローカリゼーションの試みと、もっとデザインや技術を重視したブライト・グリーン派による都市型の解決策を併せ持った思想家もいる(例えばビル・マッキベンやポール・グローバーのように)。

私自身の考えの一部は、以下の記事を参照のこと:「Deep Economy: Localism,Innovation and Knowing What's What(仮訳:ディープ・エコノミー:土地に根ざすこと、革新、物事の道理を知ること)」「Resilient Community(仮訳:柔軟な回復力のあるコミュニティ)」「The Outquisition(仮訳:コミュニティ改革運動)」

グレイ派とはもちろん、個人としても社会としても、やるべきことなど何もないという人々だ。彼らの中には、最も目に余るほどに誠意のない自己本位な人(石油会社からお金を受け取り、気候変動に関する明らかな科学的合意に異議を唱える気象学者や、金もうけのためにもっともらしい「懐疑的な」議論を振りかざす、ビョルン・ロンボルグのような、世の中の流れに逆行したがる人)から、信念を持ち知性はあるが、真実が分からない人(こういうタイプは次第に減っているが)、あるいは、あまりに古臭い世界観に凝り固まっているため、行き過ぎた状態にある地球上に生きる今日の現実を理解できない人々まで、さまざまなタイプがある。グレイ派の考えの中心地は、ワシントンDCのKストリートに軒を連ねる、ロビイストや産業界資本のシンクタンクである。

言うまでもなく、人々の考え方は、きれいにかつ単純に分類できるものではない。もちろん、システム、個人、コミュニティそれぞれにおいて変化が必要であることを、同時に確信している場合もある。私たちが直面する地球規模の大きな問題について、真剣に考えている人ならほとんど誰もが、環境に対するこの3種類の考え方からさまざまなアイデアを選りすぐり、それを組み合わせているのだろうと思う。

こうした分類を定義する上で重要なことは、違いを際立たせることではない。なぜなら、こうした似たり寄ったりの考え方の線引きでもめたところで、進歩の機会を損なうだけだからだ。だが、私たちの中にさまざまな考え方があることを理解すれば、自分たちが何を選択するか、もっとはっきりと考えることができるだろう。ブライト・グリーン、ライト・グリーン、ダーク・グリーンに関する議論がこれほど白熱してきているのは、まさにこうした理由かもしれない。

皆さん自身の考えは、どれに分類されるだろう? どんな色合いのグリーンだろう? そしてそれはなぜだろうか?

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜引用ここまで〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

こうして読んでみると、私自身のなかにも、ブライトもライトもダークも、すべての要素や考え方があるなあ、と思います。

アレックスのいうように、区別して違いを際だたせたり、内輪もめしたりすることが目的ではないですよね。ただ、これだけ多くの人々が同じゴールをめざすようになると、めざすところは同じでもその手段や選ぶ道には多様性が出てきます。

そのとき、お互いに「自分とは異なる手段や道を選んで、でも同じところをめざしている人たちもいる」ことを認め、できればエールを送りながら、みんなであちこちに(自分の信じるやり方で)働きかけることで、大きなうねりを作りだしていこう!ということですよね。

すこし前までは、「環境か、経済か」だったのに(「環境=グリーン」は1つとして扱われていた)、「社会の中では多様化が進むほどグリーンが広がっているんだ」って考えると、面白く心強いですね!

 

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