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エダヒロ・ライブラリー環境メールニュース

2009年10月14日

健康への脅威が拡がっている〜化学物質への対応は?(2009.10.14)

大切なこと
 

<内容>

■健康への脅威が拡がっている(レスター・ブラウン)

■日本のPRTR制度(化学物質排出移動量届出制度)

■そろそろ蛇口を締めた方がよいのでは……?


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■健康への脅威が拡がっている

以下、レスターからの記事を、実践和訳チームが訳してくれました。

とても恐い実態ですが、目を背けずにまずは知りましょう。「無頓着による大量殺戮」ということばがでてきますが、これを読むと、私たちは自分たちや将来世代に対して「無頓着による大量殺戮」をおこなっているのではないか……と思えてきます。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ここから引用〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

健康への脅威が拡がっている

http://www.earth-policy.org/Books/Seg/PB3ch06_ss3.htm

レスター・R・ブラウン

SARS(急性重症呼吸器症候群)ウイルスや西ナイルウイルス、鳥インフルエンザウイルス等、新型ウイルスの出現により健康に対する脅威がますます拡がっている。加えて、自然環境に蓄積された化学汚染物質もまた大きな健康被害を及ぼし始めている。ウイルスによる感染症のことはかなり分かっているが、多くの環境汚染物質がどの程度人体に影響するかについては、今のところ明らかではない。

主な感染症の中でもマラリアによる死亡者は毎年100万人を突破している。その89%はアフリカの住民たちだ。マラリアに罹患(りかん)したまま一生を過ごす人なら、その数は数倍になる。経済学者のジェフリー・サックスは、マラリア禍により甚大な影響を被った国では、病気による労働者の生産性の低下とそのほかのコスト負担によって、国の経済成長は完全にストップしていると見ている。

マラリアやコレラのような病気は多くの死者を出すが、HIVほど多くの人命を奪った病気は最近例がない。これと同じように危険な病気を探そうとすると、16世紀にアメリカの原住民社会で大量の死者を出した天然痘や、14世紀に欧州人口のほぼ1/4の命を奪ったペストにまでさかのぼらなければならない。HIVの感染範囲はそれをはるかに上回っている。したがって、HIVの感染を早急に阻止しなければ、前世紀に起きたすべての戦争で失われたよりも多くの生命が、今世紀中に奪われてしまうかもしれない。

HIVウイルスが見つかったのは1981年。その後ウイルスは世界中に拡がり、これまでに2,500万人以上の死者を出している。今日、アフリカのサハラ砂漠以南には2,200万人のHIV陽性患者が住んでいるが、そのうち抗レトロウイルス薬で治療を受けているのはわずか200万人程度に過ぎない。感染率は高まるばかりである。薬による効果的な治療が行き渡らず、感染率が最も高いサハラ砂漠以南の一帯は、今や生命が次々と奪われてゆくという恐ろしい事態に直面している。ボツワナやジンバブエのような国では、10年以内に、成年人口の1/5以上が失われてしまう恐れがある。

HIVは生活や経済のあらゆる局面に影を落としている。一般に大人が最初に病気で倒れると、安定していた家族の生活は急激に崩れ始める。そうなると、病で働くことが出来ない当人のために、もう一人の大人がその看護を引き受けねばならなくなり、家庭の経済が二重に崩壊してゆく。サハラ砂漠以南のほとんどの国は、一人当たりの食糧生産高は既に頭打ち状態にあるが、一部の国では農業従事者が減り、それと共に一人当たりの食糧生産高は今急速に減少している。

HIVによって多くの教師が命を失うことで教育にも影響が現れている。生徒たちも、片親もしくは両親を失くすと教科書を買えなくなり、また授業料も支払えなくなって、家にいるよりほか術がない状況にある。また何百万人という孤児がこの病気によって取り残されている。

医療看護の現場への影響も同じように深刻である。アフリカ東部と南部の多くの病院では、病床のほとんどがエイズ患者で占められ、ほかの病気の患者にはわずかしかベッドは残っていない。基本的な治療もできない今の医療体制のもとでは、従来からあった病気で命を落とす人の数も増えている。平均寿命の低下の原因はエイズだけに限らず、全体的に医療看護体制が悪化したことも関係している。

アフリカでのHIV問題は今や国の発展にかかわる問題となり、将来、国の進歩を止めるだけでなく、過去に蓄積した富をも減少させる恐れがある。食糧の安全保障は脅かされ、教育制度は揺らぎ外国からの投資は途絶えてしまう。スティーブン・ルイスは、国連特使としてアフリカでのHIV/エイズ問題を担当していた頃、次のように語っていた。「HIVを失くすことは可能だし、その感染拡大を防止することはできる。しかしそれには国際社会の協力が必要だ。エイズ、結核、マラリアと戦う世界基金に充分な基金が集まらないとしたら、それは『無頓着による大量殺りく』と同じことだ」

HIVによる感染はアフリカに集中しているが、大気汚染物質や水質汚染物質は、世界中で人々の健康を損なっている。カリフォルニア大学とボストン医療センターの共同研究によると、脳性麻痺や睾丸萎縮も含め、ヒトの病気のおよそ200種類が汚染物質に関係があるとされている。汚染物質が原因とされる病気としては、ほかにも何と37種ものがんのほか、心臓病、肝臓病、高血圧、糖尿病、皮膚炎、気管支炎、多動性(障害)、難聴、精子障害、アルツハイマー病、パーキンソン病などがある。

中国ほど公害が人々の健康をむしばんでいるところはない。今やがんで命を奪われる人が心臓疾患や脳卒中で死亡する人よりはるかに多くなっているのだ。中国衛生部が2007年に発表した30の都市部と78の農村部についての統計は、がんが増加傾向にあることを明らかにしている。「がんの村」と呼ばれる地域では、住人の多くががんによって命を奪われている。

国家環境保護総局の潘岳(パン・ユエ)副局長は、中国では、「国家崩壊の危機がすぐそこまで迫っている」と考えている。その理由は、マルクス主義が後退し、「人々が道徳心を失い、とめどもなくモノを求めるようになり、人と自然の調和を重んじる中国の伝統文化が見捨てられてしまった」からだ、と同氏は言う。

年々豊かで不健康になっているのが、中国の新たな現実である。中国では、公害を減らそうという呼びかけは再三なされているが、こうした公式声明はほとんど無視されている。政府にしても、まだ公害の規制に本腰を入れているようには見えない。国家環境保護総局の職員は300人にも満たず、その全員が北京に配置されている。対照的に、米国の環境保護庁(EPA)は1万7,000人の職員を抱え、その大部分は国内の各地方局に勤務し、地域に密着して公害を観測・監視している。

その米国でさえ、今も公害に悩まされ続けている。2005年7月、環境ワーキンググループ(Environmental Working Group:情報公開により健康と環境を守る非営利団体)は、コモンウェル(Commonweal:健康と環境に関する調査を行う非営利団体)との共同で、米国の病院で生まれた新生児を10人無作為に選び、その臍帯血の分析結果を発表した。この分析で、計287種類の化学物質が検出された。「検出した287種類の化学物質中、ヒトや動物に対し発がん性のあるものが180種類、脳および神経系に対して有毒なものが217種類、動物実験で先天的欠損症や発達異常の原因となったものが208種類あることが分かっている」

世界保健機構は、世界で毎年、推定300万人が大気汚染が原因で死亡していると報告している。その数は交通事故死亡者の3倍に当たる。米国では、交通事故による死者は年間4万5,000人であるのに対し、大気汚染によって命を落とす人は年間7万人に上っている。

英国の研究チームの報告では、欧州の6カ国と米国、日本、カナダ、オーストラリアの先進10カ国で、アルツハイマー病とパーキンソン病が驚異的に増加しているという。また、運動ニューロン疾患が徐々に増加していることも報告されている。18年前に比べ、これらの病気、主にアルツハイマー病で死亡する割合は、男性で3倍以上に、女性では2倍近くにまで増えている。

この痴呆症の増加は、恐らく、環境中の殺虫剤、工業排水、自動車排ガス、その他の汚染物質の濃度が上昇したことと関係があるのではないかと見られている。2006年のハーバード大学公衆衛生学大学院の研究によると、長期にわたり低濃度の殺虫剤に接触すると、パーキンソン病を発症するリスクが70%高まることが分かっている。

科学者は強力な神経毒である水銀が与えるさまざまな影響について、より一層懸念を強めている。水銀は、石炭火力発電所を持つ、事実上すべての国で自然環境中に広がっているのだ。2006年には米国の50州中48州(アラスカとワイオミングを除くすべての州)で、地元の湖と河川で捕れた魚を食べることに対して、合計で3,080回もの注意勧告が出された。魚に含まれる水銀量が理由である。

EPAの研究では、米国の出産適齢期の女性のうち6人に一人の割合で、その血液中に発達途中の胎児に悪影響を与えるほどの量の水銀が含まれていると指摘している。つまり、同国に生まれる年間400万人の新生児のうち63万人が、出生前に水銀の影響で、神経系にダメージを受ける恐れがあるということになる。

今日、何種類の化学物質が製造されているのか、正確には誰にも分からないほどだが、合成化学物質が登場したことにより、使われる化学物質の数は10万種類以上には増えている。米国人を無作為に選び出して血液検査を行えば、1世紀前には存在しなかった化学物質が、少なくとも200種類は見つかるだろう。

これらの新しい化学物質の大部分は、まだ毒性については調べられていない。毒性があると分かった物質は、有害化学物質排出目録(TRI)に記載される。TRIには650種類近くの化学物質が記載されており、それに該当した化学物質を環境中に放出するときは、企業はその旨をEPAに届け出なければならない。その結果、1988年にTRIが出来て以来、報告された有毒化学物質の排出量は劇的に減少している。

しかし毎年、700種類の新規化学物質が市場に出回ることを見ても、米国において有毒物質から国民を守るには、この施策では手ぬるいことは明白である。


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出典:レスター・R・ブラウン著、『プランB3.0:人類文明を救うために』
(PlanB 3.0: Mobilizing to Save Civilization)第6章「衰退のさまざまな初
期兆候」2008年、W.W.ノートン社(ニューヨーク)より刊行。
www.earthpolicy.org/Books/PB3/index.htm. にて無料ダウンロード及び購入可。

問い合わせ先
メディア関連の問い合わせ:リー・ジャニス・カウフマン
電話:(202)496-9290 内線 12
電子メール:rjk@earthpolicy.org

研究関連の問い合わせ:ジャネット・ラーセン
電話:(202) 496-9290 内線 14
電子メール:jlarsen@earthpolicy.org

アースポリシー研究所
1350 Connecticut Ave. NW, Suite 403
Washington, DC 20036
ウェブサイト:www.earthpolicy.org


(翻訳:酒井、山口)


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■日本のPRTR制度(化学物質排出移動量届出制度)

米国のTRI(有害化学物質排出目録)と同じような制度が、日本にもあります。

こちらに、そのPRTRとはどんな制度か、PRTRの仕組みやその意義、成り立ち、各国の制度などがわかりやすく説明されています。
http://www.env.go.jp/chemi/prtr/about/index.html

> 行政、事業者、市民・NGOの各主体がそれぞれの立場から、また協力して環境
> リスクを持つ化学物質の排出削減に取り組んでいくためには、その出発点として、
> どのような物質が、どこから出てどこへ行っているのか、それはどのくらいの量
> なのか、といった基本的な情報をすべての関係者で共有することが必要です。
>
> また、それぞれの活動・対策の効果を確かめるためには、化学物質の排出等の状
> 況を定期的に追跡・評価する必要があります。これらを可能にする新しい化学物
> 質管理の手法、それが「PRTR(Pollutant Release and Transfer Register
> :化学物質排出移動量届出制度)」です。

とのことです。情報を出すことで状況を変えていこうという趣旨で、米国では確かに、これに取り上げられた有害化学物質の排出量は減っているとのこと、効果があるようです。

ただし、米国のTRIで取り扱っているのは約600種、日本のPRTRでは(上記のウェブサイトに書いてあるように)354物質(平成22年度以降は462物質)とのこと。

9月26日付の朝日新聞に、米国化学会のDB登録数によって、人類が見つけたりつくり出した化学物質が5000万種を超えたことがわかった、という記事がありました。

1000万種に達するまでは、1957年から33年かかったが、最近加速しており、2008年11月に4000万種に達した後、この9ヵ月でさらに1000万種が加わった、とのこと。

もちろんそのすべてが有害であるわけではありませんが、たとえば、レスターが書いている新生児のように、たくさんの化学物質が体内に入ったとき、個別には無害であっても、組み合わせても無害かどうかはわからないし、膨大な数の組み合わせについて検査はされていないでしょう。。。


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■そろそろ蛇口を締めた方がよいのでは……?


JFSのウェブサイトに載せさせてもらっているハイムーンこと高月先生のマンガを思い出してしまいます。
http://www.japanfs.org/ja/manga/pages/007831.html#more

蛇口を開けっ放しで、あとでの処理をがんばろうとするより(そして多くを見逃してしまうより)、そろそろ蛇口を締めた方がいいんじゃない?ということ、ほかにもよくありませんか? 

TRIやPRTRという制度は、これまで見えなかったある情報を見えるようにすることで、企業の行動に影響を与え、ターゲットである有害化学物質の排出量を減らすという目的に役立っています。

こういう制度を作ることができる人間として、今度は蛇口を締める方向に向かうための制度やしくみが考えられないでしょうか?

 

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