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エダヒロ・ライブラリー環境メールニュース

2008年12月29日

生態系版スターン・レビュー「生態系と生物多様性の経済」(2008.12.29)

生物多様性
 

今日、12月29日は、「生物多様性条約」が発効した日だそうです。

生物多様性条約(生物の多様性に関する条約:Convention on Biological Diversity)は、1992年5月22日に採択され、同年6月にリオデジャネイロで開催された国連環境開発会議(通称・地球 サミット)で署名が開始され、翌1993年12月29日に発効したのだそうです。

「国際生物多様性の日」は、年末の慌ただしい時期を避けて、採択日である5月22日になっていますが、15年前の今日発効したのですね。

気候変動(温暖化)に関する世界の議論に大きな影響を与えたものの1つは「スターン・レビュー」でした。このニコラス・スターン氏へのインタビュー、こちらに収めれていますので、よろしければご覧ください。

『NHK未来への提言 地球温暖化に挑む 世界の叡智が語る打開策』(NHK出版刊)

この本の「インタビューを終えて」にも書いていますが、

> ニコラス・スターン氏からの大事なメッセージは、「何かを行うときのコスト」
> (cost of action)だけではなく、「それをしなかったときのコスト」(cost of
> inaction)も考えるべき、ということだろう。

つまり、気候変動のリスクとコストはこのままでは世界のGDPの5〜20%に達する一方、それを防ぐために先手を打って対策を進めるコストは世界のGDPの1%ですむ、というのがスターン・レビューのいちばんのメッセージです。

さて、生物多様性条約は、15年前に、気候変動枠組み条約と同じく地球サミットを契機に取り組みが始まったにもかかわらず、温暖化に比べて意識も取り組みも、これまであまり進んできませんでした。

その理由には、温暖化のCO2のように「これを減らせばよい」という標的がしぼれないこと、そして、温暖化に対しては、スターン・レビューで出されたように「対策を打たなかったときのコストとリスク」がなおいっそうわかりにくいことなどがあったのだと思います。

そこで、このままでは生態系の劣化によってどのようなコストやリスクが出てくるのか、という「生態系と生物多様性の経済」(TEEB: The Economics of Ecosystems & Biodiversity) の策定が進められています。今年9月に開催された生物多様性条約第9回締約国会合で、その中間報告が発表されました。「生態系版スターンレビュー」と言われています。
http://ec.europa.eu/environment/nature/biodiversity/economics/pdf/teeb_report.pdf(英語)

こちらのサマリー(要約)を「持続可能な森林経営のための勉強部屋」を主宰されている藤原敬氏が仮訳されています。ご快諾を得て、ご紹介させていただきます。

ちなみに、「持続可能な森林経営のための勉強部屋」は、さまざまな森林をめぐる分野やテーマについて、専門家と業界関係者、一般の方々をつなぐ、とても勉強になるサイトです。私もよく勉強させてもらっています。
ttp://jsfmf.net/


生態系と生物多様性の経済(2008/9/13)(2008/12/13改定)

http://jsfmf.net/kokusai/TEEBmid/TEEBmid.htm

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ここから引用〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

The economics of ecosystems and biodiversity
生態系と生物多様性の経済学(中間報告)

http://jsfmf.net/kokusai/TEEBmid/TEEBmid.htm

 

Pavan Sukhdev, Study Leader
藤原仮訳


概要

自然は、人間社会に食物、繊維、清潔な水、健全な土壌、炭素の貯蔵など幅広い恩恵を与えている。私たちの生活はこれらの「生態系サービス」が継続的に提供されていることに深く依存しているが、これらのサービスは通常、価格が設定されず市場のない公共財であり、現代の経済に組み入れられることが少ない。その結果、生物多様性は低下し、生態系は継続的に劣化しつつあり、その結果を我々が被る立場にある。

「ミレニアム生態系評価」Millennium Ecosystem Assessment,の中で発展した考えに触発され、我々の事業、「生態系と生物多様性の経済学(TEEB)」は、生態系サービスの真の経済的価値についてのよりよい理解を促進し、この価値の適切な評価を行う経済学的ツールを提供することを目標とする。私たちは、仕事の結果が、生物多様性保護のためのより効果的な政策と、生物多様性条約の目的達成のために寄与することを確信している。

TEEBは2つのフェーズに分かれており、この中間報告はフェーズIの結果である。この結果は、生態系と生物多様性の重要性、そして、現在の悪化の傾向を反転する何からの努力がなされなかった場合の深刻な事態を描写している。フェースIIはされにこれを発展させるとともに、正しい政策手段のためにどのようにこれらの知識を使うべきかを示すことになる。

フェーズI

現代世界は、すでに多くの生物多様性を喪失している。近年の商品と食料価格の圧力は、この喪失の結果の社会への影響を示している。種の絶滅と生態系の悪化が人類の生存と密接な関係があるこことから、早急な救済措置が求められている。

経済成長と自然生態系の農業生産への転換は、当然のことながら今後も継続するであろう。我々は、国家と個人の経済的な発展を図る適法的な施策を否定することはできないし、また否定するべきではない。

しかしながら、重要なことは、この発展が、自然生態系の真の価値を正しく計測することを保証することである。このことが、経済にとっても環境の管理にとっても中心的課題である。

この報告書の第1章、2章において、適切な政策がとられなかった場合、現在の生物多様性の悪化と関連した生態系サービスの喪失の傾向は継続ないし加速し、いくつかの生態系は修復不可能な破壊に至であろうことを明らかにしている。なにも手段を講じなかったことのコストは、2050年における自然体(Business-as-usual)シナリオによると、以下の深刻な事態に陥る:

●2000年時点で残された自然地域の11%は、農地造成と基盤整備および温暖化のために喪失する
●負荷の少ない農業が行われている農地のうち40%が集約的農地となり、生物多様性が喪失する
●60%の珊瑚礁が、漁業・汚染・疫病・外来種・温暖化による白化などにより、2030年までに失われる

地上と海洋における今日の傾向は、生物多様性の喪失が、人類の健康と福祉に対して危険な段階であること示している。温暖化がこの傾向に拍車をかけている。

気候変動と同じように、生物多様性の喪失の継続によってもっとも影響を被るのは貧困層である。これらの階層は、政策の誤りと経済分析の欠陥によって悪影響を被っている生態系のサービスに、最も依存している。

我々の作業の最終目的は、政策決定の中に生態系の価値を組み入れるツールを、政策決定者に提供することである。そこで、第3章においては生態系経済学が未だ開発中の規程であることから、開発摘要中のおもな手法を紹介する。とりわけ、現代と将来の世代間、世界の中の地域間、開発の段階間の間の、倫理的な選択という問題である。これらのことを考慮しないなら、ミレニアム発展目標を達成することはできない。

いくつかの有力な政策が実施に移されている。第4章において、いくつかの国で実施されており、今後、改良発展が期待され、他の地域でも再現すべき事例を紹介している。これらの例は様々な異なった分野に由来しているが、生態系と生物多様性の経済学に開発にとって共通のメッセージを送っている。
●次世代の利益のために現在の補助金を再考する
●新たな市場を創設し適切な政策手段を導入することにより、現在認められてい
ない生態系のサービスに対価を払い、生態系の破壊のコストを考慮する
●保全の効用を共有する
●生態系サービスの費用と便益を測定する

フェーズII

フェーズIIにおいて我々が検討する経済的な手段は、空間特定的であり、生態系がどのように機能し、そのサービスがどのように伝播されるかについての我々の知識に基づくものである。我々は、生態系と関連するサービスが特定の政策に応じて変化するかを分析するであろう。倫理的事項、公平性、自然の過程と人間の行動におけるリスクと不透明性を考慮することが重要である。

ほとんどの生物多様性と生態系の効用は公共財であり価格がない。この問題を解決するのにいくつかの手法がある。特に、公共財の流れを保全すること対する対価の支払い、生態系サービスの供給と使用に関する取引価格を設定するコンプライアンス市場とも言うべきものの推奨などである。

一例を示せば、生態系サービスへの支払い(PES)。これは、生物多様性の悪化や持続可能な発展を阻害する不均衡を是正する要求を創造する。フェーズIIはPESへの投資事例その他の事例を検討することになるだろう。

新たな市場はすでに、生物多様性と生態系サービスへの支払いと支持を形成しつつある。成功するためには適切な制度的な枠組み、刺激策、融資、監督、すなわち投資と資源が必要である。過去において、国家は唯一生態系の管理に責任があるものとされてきた。しかし、市場が、時には公的な資金によらず、役割を果たす必要があることが明白になってきた。

もっとも基礎的な要請は、経済の状況を示すGDPに代わる指標を開発することである。国民経済計算の仕組みがより包括的なものとなり、生態系と生物多様性のサービスを考慮できるようにする必要がある。これらの効用を組み入れることにより、保全の方策への適切な財政措置を策定し採用するように政策決定者を支援することになる。

国家、企業、個人は地球の自然資源を利用するコストと政策の結果に対する正確な認識が必要である。我々は生物多様性と自然生態系の真の価値を反映した政策は、生態系の物資やサービスなかんずく食糧と水の透明性のある社会的に公平な仕方で提供することにより、持続可能な開発に寄与するものである。このことは、単に生物多様性、生態系そして生態系サービスを保全するだけでなく、現在及び将来の人類の生活の質を改善するものである。

もしも、我々がこの高い目標を達成しようとするなら、国家と国際機関、学会、企業、市民社会における知識技能及び才能を引き上げなければならない。我々は、2009年と2010年に向けて、開かれた柔軟な制度的、協働した、さらに実質を伴った計画が実施されることを期待している。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜引用ここまで〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

藤原さん、ありがとうございました!
全文をお読みになりたい方は、日本生態系協会の以下のページへどうぞ。
http://www.ecosys.or.jp/teeb/index.html

> もっとも基礎的な要請は、経済の状況を示すGDPに代わる指標を開発することで
> ある。

温暖化対策にしても、生物多様性保全にしても、そして「本当の幸せ」を社会の中で実現していくにも、「GDPに代わる指標」を作っていくことの重要性は、来年さらに増していきそうです。

 

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