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エダヒロ・ライブラリー環境メールニュース

2008年02月29日

熊崎実氏「スギ人工林を厄介視するのではなく温暖化防止に役立てよう」後編(2008.02.29)

森林のこと
 

(前号よりつづく)

●森林は自然エネルギーの宝庫
 
温室効果ガスの大幅な削減に向けて世界はようやく動き出した。この目標を達成するには、途方もなく膨らんでしまった私たちのエネルギー消費を可能な限り圧縮すると同時に、枯渇性の化石エネルギーを再生可能な「自然エネルギー」にできるだけ転換していくしかない。

現在のところ、先進工業国のなかで一次エネルギー供給に占める自然エネルギーの比率が高いのは、スウェーデン、フィンランド、オーストリアなどで、20〜30%に達している。EU25カ国の平均は2005年の時点で6.4%ほどだが、人口1人当たりの森林面積が多い国ほど自然エネルギーの比率が高いと言われている。というのも、自然エネルギーのうち木質系を主としたバイオマスがEU全体で自然エネルギーの66%を占め、ついで小水力発電が22%のシェアをもつからである。この両者はいわば森林の産物だ。森の多い国ほどエネルギー自給の可能性が高い。

日本も森林に恵まれた国である。ところが一次エネルギー供給に占める自然エネルギーの割合は、小水力発電を含めてもわずかに1.5%。各種の統計データから木質バイオマス由来のエネルギー量を計算すると、220ペタジュール(PJ)、一次エネルギー供給の約1%ほどになるが、このうちの3/4はパルプ工場の廃液(黒液)で占められている。しかもパルプ用チップの9割は外国産だ。さらに製材・合板用丸太の55%が外材であり、薪や木炭においても自給率は16%という低さである。国内の森林から出てくる木質バイオマスでエネルギーとして利用されているのは、全部あわせてもせいぜい40PJ、一次エネルギー供給の0.2%ほどにしかならない。驚くほどの低さである。

その一方で、2006年に公表された「日本国温室効果ガスインベントリ報告書」(地球環境センター)によると、日本の森林は2004年度で約9,400万tのCO2を吸収しているという。つまりたった1年間で、バイオマスに換算して5,000万t(絶乾)以上、発熱量でいえば1,000PJものエネルギーが国内の森林に貯め込まれていることになる。しかもこの年間貯留量は1990年に比べて26%も増加している。近年における木材生産の不振を反映して、森林成長量の大半が利用されないまま森林に蓄積されているのだ。

年々森林に貯め込まれる膨大な木質バイオマスが化石燃料に代わるエネルギー源として利用できれば、エネルギーの安全保障や地球温暖化防止への寄与はきわめて大きい。また中山間地の地場資源が活用されることで雇用と所得は増え、地域経済の振興にも役立つであろう。そのうえ森林生態系が健全になるとすれば、一石三鳥にも四鳥にもなる。

ただし国内の森林にどれほどエネルギー用の木質バイオマスが蓄積されていても、森林からそれだけを直接取り出して、利用するわけには行かない。燃料に向けられるバイオマスのほとんどは、森林での木材伐採や、製材など木材の加工にともなって発生する残廃材であるからだ。わが国の木質エネルギーの生産量がEU諸国に比して格段に低いのは、国内の林業活動が不振を極めているからである。そのうえ、林業・林産業の近代化が後れていて、そこから発生する残廃材を有効に利用することがきわめて難しくなっている。木質バイオマスの利用推進は林業・林産業の変革と一体にして考えなければならない6)。

●木質エネルギーの本命は熱生産だ

木質バイオマスのエネルギー変換にはさまざまな方式がある。最近では木材からのエタノールの生産が話題になっているが、まだまだ生産コストが高く、商用化にはほど遠い。現在のところ、化石燃料との競争力が強いのは、形質の雑多な木質バイオマスを均質なチップやペレットに加工してストーブやボイラーで直接燃やし、熱や電気を生産する方式だ。幸いなことに、木材を効率的に燃焼させる技術が長足の進歩を遂げた。煙や一酸化炭素などの有害物質もほとんど出なくなっている。効率性、快適性、利便性が大幅に改善され、化石燃料のそれと大差がなくなった。

またCO2の排出削減の観点からも単純燃焼の熱生産が有利なようだ。表1は、ヨーロッパの最近のデータにもとづいて、バイオマスを対象とした主要なエネルギー変換技術の効率を比較したものだ。バイオマスを発電だけに使うと、燃料の有するエネルギーのうち、電気に換えられるのは、せいぜい30%。エタノール発酵でも40%か50%である。これに対して直接燃焼であれば、燃料のもつ熱量の85〜90%が有効な熱に変換できる。発電に使う場合も、電気とともに熱も取るコージェネレーションなら、CO2削減効果はかなり大きくなる。

21世紀に入って、石油や天然ガスの価格が急騰し、ヨーロッパのエネルギー市場では木質燃料の競争力が一段と強化された。化石燃料を使うボイラーやストーブが木質焚きのそれに次々と置き換えられている。なかでも木質ペレット市場の拡張がすさまじい。その一例としてドイツとオーストリアにおけるペレットボイラーの販売台数がこの10年でどのように増えてきたかを見てみよう(図1)。ヨーロッパの後発組であったドイツでとくに伸びており、07年のペレット生産量はすでに100万トンを超えた。長年第1位にあったスウェーデンをいずれ追い抜くのではないかと言われている。

なぜこのように伸びているのか。ドイツエネルギーペレット協会は平均的な世帯の暖房について熱源別の比較を行なっている(表2)。まず熱量当たりのCO2排出量では、カーボンニュートラルな木質燃料の低さが目立つ。ペレットは加工度が高いだけに、薪よりも排出量が大きくなるが、それでも石油の1/5、電気の1/10という低さである。

次に熱量当たりの燃料の単価では木質燃料のほうが断然安くなった。2004年の前半あたりまで木質ペレットと軽油の価格はほぼ拮抗して推移していたが、その後はっきりと開いてきている。ただ木質燃料の場合は、燃焼器具が割高になっていて、年間のトータルの暖房費用で見ると、化石燃料に劣るケースが多かった。それが総暖房費でもガスや石油に十分対抗できるでところまできている。

●木質マテリアルのカスケード利用

木質チップやペレットはすでに国際商品である。各国間のコスト削減競争が今後さらに熾烈化することは間違いない。チップにしろペレットにしろ、木質エネルギーのコストを引下げる最良の方途は、通常の木材生産・木材加工の流れのなかに組み入れ、山で伐倒され、(あるいは周辺から集められた)木質マテリアルを全部使いつくすシステムをつくることだ。

もともと木材はいろいろな用途に向けられる多芸な資材である。逆に木材から一つだけの製品を得ようとすると、捨てる部分が多くなって、割高になってしまう。大切なのは「カスケード」利用だ。カスケード利用というのは山から下りてくる木質材料を良いものから順々に無駄なく使い尽くすシステムであって、原理的には石油の精製施設(リファイナリー)にもたとえられる(図2)。

40〜50年生のスギ林が間伐されたとしよう。最良の太い丸太からは無垢の製材品がとれるだろう。もう少し質の低い並材は集成材や合板の製造に向けられる。問題は構造材として使えない部分である。従来であれば、まずパルプ用・ボード用のチップに向けられていた。ところが化石燃料価格の上昇で木質チップや燃料用チップの生産も有力な選択肢になってきた。将来的には輸送用燃料の製造も浮上すると予想されている。大型のボイラーで燃やして熱の生産や発電に供するのは、ほかに使い道のない樹皮や低質の木屑などである。ここで生産された熱や電気は木材の乾燥、加工、液体燃料の製造などに向けられよう。

単品生産では採算の取れないものでも、カスケード利用の流れの中なら採算が取れる。これこそ木材利用の本来の姿であり、それはまた製材品や合板の製造コストを低下させる有力な方途でもある。わが国では製材工場の規模が小さすぎて木屑焚きのボイラーが入れられないという弱点を抱えていた。ようやく近年になって変化の兆しが見え始めている。製材工場の大型化が進み、国産材を利用した本格的な合板工場や集成材工場も出てきて、カスケード利用の体制が整いつつある。

遠い先のことはともかく、すぐにも実行できることがいくつかある。現在、中山間地で行われている素材生産や製材加工のなかで良質の燃料用チップを生産することはそれほど難しいことではない。それをベースにエネルギーサービス事業を展開すればよい。具体的には地域の公共施設や工場などで使われている重油ボイラーをチップボイラーに替えてもらい、装置の据付(レンタルを含む)からメインテナンス、燃料供給の一切を引受けるのである。都市部では木質ぺレットが中心になるだろう。ヨーロッパでは、石油価格の高騰が続くなかで、チップやペレットを軸にしたエネルギーサービス事業に注目が集まっている。

ただしこの場合でも、木質チップやペレットの生産を孤立した単独の事業にしないで、一般材の生産・加工の流れの中にうまく組み入れることを考えなければならない。また販売面では、燃料だけを売るのではなく、それにサービスをくっつけて売ることを考えるべきであろう。  森林に恵まれた中山間地はエネルギー自給の大きな可能性を秘めている。必要なエネルギーのすべてを都市から得ているという今日の状況こそ異常なのだ。地域の経済振興はエネルギーの自給から始まると言っても過言ではない。

引用文献
1)只木良也「誰が名付けた?“スギ花粉症”」『岳』28(9)、2005
2)四手井綱英『森林』法政大学出版局、1985、172
3)C.トットマン(熊崎実訳)『日本人はどのようにして森をつくってきたのか』築地書館、1998
4)R.プロッホマン(熊崎実訳)「林業資源と環境(上、下)」『林業技術』No.520,521、1985
5)P.ブランドン(熊崎実訳)「日本の製材業の展望と政策」『山林』No.1394、2000
6)熊崎実「林業再生と森林バイオマスの利用」『季刊環境研究』142、2006

 

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