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エダヒロ・ライブラリー環境メールニュース

2007年06月12日

社会が変える「環境金融」 SRI拡大に向けた日本の五つの課題(2007.06.09)

新しいあり方へ
 

『グローバルネット』2006年10月号(191号)
http://www.gef.or.jp/activity/publication/globalnet/index.html

特集/社会が変える「環境金融」より

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ここから引用〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

SRI拡大に向けた日本の五つの課題

大和総研経営戦略研究所主任研究員
河口 真理子

■S R Iとは
 今、社会を変えるツールとしてお金の重要性と、社会性に配慮したお金の流れであるSRI(社会的責任投資)に関心が集まっている。SRIとは、広い意味では投資対象の社会的・環境的側面に配慮した投資行動および融資行動を指す。ただし、実際には株式を対象としたSRIが一般的である。具体的には、株式投資を行う際に、企業の財務評価にCSRの評価(SRIスクリーン)を加味して投資判断を下す投資手法と、投資先に対してその会社の社会的・環境的な取り組みを株主として働きかける行動(エンゲージメント)の2側面がある。

 こうしたSRIの考え方は、20世紀初頭の米国の教会で、「アルコールや武器などキリスト教の教義から外れる事業に投資しない」という「倫理的な投資」として始まった。その後1960年代の公民権運動や反戦運動などの高まりの中で、社会運動の一環として株主が企業に対して社会的な行動を働きかける手段としてのSRIが注目されるようになった。

その後90年代以降になると、地球環境問題やグローバル経済における貧富の差の拡大などの課題が明確になる中で、企業経営におけるESG問題――環境(Environment)、人権労働などの社会的問題(Social)、コーポレートガバナンス(Governance)――の重要性が高く認識されるようになった。

そして、投資家も財務評価に加えESG問題を評価することが、より精度の高い企業価値評価につながると認識するようになり、SRIの市場参加者は公的年金基金などの大手機関投資家に広がりを見せ始めた。

■較差広がる日本と欧米背景に投資家層の違い
 米国でのSRI運用資産の残高は、2005年末時点で2兆2,900億ドル(約270兆円)、全資産運用残高の1割程度を占めると推定されている。これは1995年の水準の3.6倍である。欧州では、SRI運用資産の残高は2005年末に1兆ユーロ(150兆円)となり、全運用資産残高に占める割合が国によって異なるが、10〜15%程度と推定される規模になっている。

ちなみにこれは3年前の2002年末と比較して106%の伸びである一方、日本でのSRIの市場規模は2006年夏現在で3,000億円にも満たないと推計される。なぜこのように大きな較差が生まれたのか?

 その最大の答えは投資家層の違いにある。日本の場合、SRI市場の大部分は公募型のSRI投資信託である。これは基本的に個人投資家をターゲットとし、1万円や10万円単位の小口の投資で、証券会社や銀行、郵便局の窓口で購入できる金融商品である。2006年8月現在で21本、総資産合計は2,500億円弱にとどまる。これ以外にも、企業年金や教職員年金などの一部で試験的にSRIでの運用を行っているところがあるが、それらを合わせても総額で3,000億円に満たないと推定される。つまり日本のSRI市場は、「透明性が高く、企業倫理がしっかりしていて、環境に配慮し、女性活用に積極的で地域との共生を図る企業を応援したい」という個人投資家によって支えられているのである。

 これに対し、欧米市場では個人投資家の比率は極めて小さい。SRIの主要なプレーヤーは、年金基金や大学の財団や労働組合、保険会社などの機関投資家の資金である。アメリカの場合、SRIスクリーン運用残高のうちSRI型投信のウェイトは10%程度で、残りのSRI運用のほぼ8割は公的年金の運用とされる。欧州の場合も、SRI市場に占める個人投資家の割合はわずか6%と推計される。そして9割以上を占める機関投資家による運用の大部分が年金基金や宗教団体、病院や労働組合などの資産である。欧米では機関投資家がSRIを支えているといってよい。ただし、欧州でも個人投資家のSRI残高は10兆円規模あり、日本のSRI市場に比べると数段大きいという点には留意しなければならない。

■トップの引き上げと裾野の拡大
 一般的に欧米でも、SRI市場拡大のための課題としては、(1)企業側がより精度の高いCSR情報を開示すること、(2)SRI評価手法の精緻化、(3)SRI型の金融商品のメニュー拡大、(4)社会全体のSRI認知度を高めること――が挙げられる。

 日本の場合これに加えて、(5)トップの引き上げ(機関投資家によるSRI運用を増やすこと)、(6)裾野の拡大(SRIに理解がある個人投資家層を広げること)――の2点が急務である。

 (6)に関しては投資教育のカリキュラムにSRIの考え方を組み込み、広く啓発活動を行うことが求められる。

 (5)に関して、機関投資家のうちSRIと最も親和性が高いのが年金基金である。年金基金の目的は退職後の生活を保障することにあるので、10年20年という長期運用が基本である。長期運用とは端的に言えば、10年後20年後に大きく成長する企業を予測し、投資することである。

その判断材料は、足元の業績や財務体質だけでなく、持続的に社会から受け入れられ尊敬される企業体質の有無となる。環境に配慮し、従業員・地域社会・取引先・消費者などのステークホルダーから評価される企業でなければ長期的な成長は期待しづらい。すなわち長期投資には、SRIの観点がおのずと組み込まれているのである。

 ただし、一方で、年金基金には受託者責任という壁がある。受託者責任とは、多数の労働者(委託者)から運用を受託している運用機関には、委託者利益の最大化のためだけに最高の技術とノウハウをもとに最善の努力をする責任があるというものである。

 日本の機関投資家の間では、「SRIとは倫理投資である」という認識がいまだ強く、SRI=運用者の倫理的・社会的価値判断に基づく投資であり、それは受託者責任上許容できない、と否定されることが多い。

 最近では、SRIはESG問題を投資判断上考慮することと理解している運用担当者も増えているが、ESGのどの要素や側面が企業価値にどのくらいの影響を与えるのかという定量的なデータが不足しているために、運用機関が組織的に正式にSRI運用にゴーサインを出すのに二の足を踏んでいるという状況である。

 しかし今年の4月、国連環境計画金融イニシアティブ(UNEP FI)と国連グローバルコンパクトが合同で発表した責任投資原則(Principles for Responsible Investment;PRI)では、「ESG問題がパフォーマンスに影響を与えていることを確信し、それらを投資プロセスに組み込む」ことを明言している。

この原則には、欧米の主要な年金基金など103機関(2006年9月現在)が署名し、「年金基金のSRI運用にはなんら問題がない」という見方が世界の趨勢になりつつある。署名した年金基金の運用を受託する日本の機関はSRIを運用せざるを得なくなるし、日本の年金基金も海外の年金基金の動向を考慮せざるを得なくなる。

 もう一つの有力な機関投資家は企業である。多くの日本企業はCSRに熱心である。彼らの新しいCSR対策として、自社の資産運用にSRIを導入することも可能だ。現に新日本石油では、CSRの一環として年金基金の一部でSRI運用を採用し、キッコーマン年金基金はPRIに署名している。

 年金基金と企業という二つの機関投資家を動かすためには、世論の高まりが必要である。社会的にSRIが広く認知されれば、多くの国民=年金の受託者が積極的にSRI運用に理解を示すようになるし、またステークホルダーとしてCSR先進企業に対してSRI運用を働きかけることで、SRI投資家の厚味ができ、社会性に配慮したお金の流れができると期待される。

(おわり)

 

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