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エダヒロ・ライブラリー環境メールニュース

2007年05月15日

稚内新エネルギー研究会「レラヴィ」よりステファン・スズキさんのお話(2007.05.15)

水・資源のこと
温暖化
 

日本最北端の町に、「地域における新エネルギーの調査・研究を進め地域振興の可能性を希求するとともに、地域の環境に配慮し、稚内市における新エネルギーの普及啓発に寄与する」目的で活動している稚内新エネルギー研究会があります。
http://www.rera-vie.jp/

この春、同研究会主催のフォーラムに呼んでいただいて、講演をさせていただきました。そのときいただいた稚内新エネルギー研究会の広報誌「レラヴィ」は素敵な小冊子で、なかでも「ぜひこれは多くの方に読んでほしい」と思う記事がありました。

ウェブサイトの長谷川伸一会長の挨拶文にこのようなくだりがあります。

> 私たちがひとつの目標としているのは、北欧の小国デンマークの試みである。
>
> オイルショック時には、エネルギー自給率がわずか2%に過ぎなかったデンマー
> クは、30年の間に、原発を持つことなく、エネルギー自給率140%のエネルギー
> 輸出国となった。
>
> デンマークは北海道と同程度の人口と北海道の約半分の面積の国土でありながら、
> 風力発電を基盤としたエネルギー政策から、2001年末現在で約6500基もの風車を
> もつに至る。
>
> デンマークにおいて風力発電は一大産業となり、今や風力発電機の世界シェアは
> 50%、Vestas社は9300人を雇用する世界最大の風力発電機メーカーとなっている。
>
> 私たちが目指す稚内は、単なる見物客が訪れるだけのモデルタウンではない。新
> エネルギーを導入することが最終の目的ではない。デンマークに倣い、新エネル
> ギー関連産業を興し、地域に根付かせることである。雇用が生まれれば、人は自
> 然に戻ってくる。そして、それが地球環境に貢献する仕事であれば働く誇りと喜
> びも生まれる。
>
> 私たちが目指すまちづくりは、ここに住む人々が「地球環境に優しい暮らし」と
> 「心の豊かさ」を実感できる新エネルギー最先端都市としての地域の再生なので
> ある。
>
> 今、日本最北端のまちがこんな夢を抱いて動き出したことをお伝えしたいと思う。
>

このお手本こと、デンマークのステファン・スズキさんのお話です。

稚内新エネルギー研究会のご快諾を得て、広報誌「レラヴィ」Vol.1からスズキさんの記事をご紹介します。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ここから引用〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

風のエネルギーで豊かな街づくり 〜エネルギーの地産地消〜

石油に頼らなくても快適な生活ができる デンマークは私たちにそう教えてくれる

地球を愛する人たち

愛知県でいま、愛・地球博が開催されている。テーマは環境。

大人気のキッコロとモリゾーは、瀬戸市に残る豊かな里山「海上の森」に住む森の精である。この森の一角に人工の環境パビリオンを作っての環境博である。そうであるだけに、この地球博には森の精と共生できる知恵を創造するといういっそう重い責任がある。「市民参加」という万博史上初めての試みは、この責任を共有する手がかりとなるだろうか。

その市民参加の一環として、「地球を愛する100人」というプロジェクトが試みられている。瀬戸会場の市民パビリオンでは、市民が選んだ一〇〇人が世界から招かれ、暑い最中に熱いトークやイベントが展開されている。

ケンジ・ステファン・スズキさんも、その一人だ。

五月六日、はるばるデンマークからやって来て、瀬戸の会場で「地球に住む私たちの役割 ――私たちは何をすべきか」と語りかけ、熱いトークイベントを展開した。


そして、五月十一日、稚内にも来てくれた。地球を舞台に活躍し、日本各地での講演をこなすという忙しさの中である。スズキさんは、デンマークの日本大使館に勤めていたが、デンマークに魅了されてそこに移り住んでしまった。その後、デンマークの風力発電やバイオマスプラントを日本に普及させる事業を手がけ、一九九七年にはその名もユニークな「風のがっこう」を設立した。地球に住む私たちの役割を考え、それを実践する人材の育成が目標である。

石油にたよる暮らしのなかで

スズキさんが稚内の地で私たちに問いかけた内容は、衝撃的といえるほど強烈なものだった。


「携帯電話はなくても生活できますが、エネルギーと食糧がなければ生きていけません。あなたたちはそれが自給できていますか…」

 エネルギーと食料の自給…?

 携帯電話や自動車を作って売り、代わりにエネルギーや食料を輸入する。そういう暮らしをしてきた私たちは、この問いの前に絶句する。必要なモノは稼いだお金で買うしかない、それが資源の少ない日本で生きていく術だという感覚が、私たちの身体には深く染み込んでいる。

スズキさんは、私たちの暮らしを象徴する下のような資料を提示して、こう解説した。

 北海道とデンマークの人口はほぼ同じだが、北海道の人々はデンマークより二倍も広い土地で暮らしている。また、デンマークの土壌は氷河が運んだ砂利層で痩せており、北海道の方がずっと肥沃だ。だから、デンマークの人たちより条件は恵まれている。

 ところが、デンマークでは一人で毎年一八五〇ドルの黒字を稼いでいるのに、北海道の人たちは八四〇ドルの赤字にあえいでいる。その理由は、輸出を大幅に上回る千二百ドルの輸入にある。輸入の四二%は石油などのエネルギー、二四%は食料である。

 この数字が示す現実はどのようなものだろう。

 いまガソリンや灯油の値段が高騰し、日々の暮らしに重くのしかかっている。私たちが使うエネルギーの九六%は海外の石油や石炭に頼っているからである。北海道が石油に依存する度合いは日本の中で最も高い。暮らしの基礎という点で、北海道の人々は実に危うい状態にある。それがこの数字の意味である。

 もうひとつ。北海道の人々の暮らしが赤字なのに対して、デンマークの人々ははるかに多くの黒字を稼ぎ出している。それは私たちが怠けていて、デンマークの人々が多く働いているからなのだろうか。スズキさんは、こうも言った。

「デンマークの人たちは、一週間に三七時間程度しか働きません」

 デンマークの労働時間は週三七時間の完全週休二日制、年間有給休暇は五週間で、さらに福祉休暇・出産休暇が二八週間(父親は産後四週間)ある。子供の学費はすべて無料で、十八歳になると学生は生活費が支給される。教育費無料が国の原則だ。

 過労死と過労自殺が急増し、学費を払えず進学できない若者が増えているという日本の現実を思うとき、私たちはここでもまた絶句する。

デンマークの挑戦

 少なく働いて、たくさん稼ぎ、快適に暮らす。デンマークでは当たり前の現実だが、私たちには夢のまた夢のような世界だ。なぜだろう。ポイントは、暮らしを支える四つの要素を安全かつ安定的に確保しているからだと、スズキさんは指摘する。水と空気とエネルギーと食料の四つである。

「水や空気がが汚れれると、人間の健康が損なわれます。病人が増えれば余計な医療費や福祉費の負担を生み出します。また、エネルギーや食糧がきちんと確保できなければ暮らしは安定しません。そこでもまた余計な費用がかかります。食糧や環境やエネルギーは暮らしの基礎であり、経済の発展や福祉の向上や安全保障の問題と密接に関係しているのです。」

 なるほど。だが、私たちの国では福祉と環境はそれぞれ別々の問題である。福祉政策と環境政策が接点をもつことも難しそうだ。

 暮らしを支える四つの要素をいかに安全かつ安定的に供給するか、それを支える人材をいかに育てるか。デンマークが取り組んできたのはこれだと、スズキさんはいう。

 資源の少ない国という点では、日本よりデンマークの方がずっと厳しい。その厳しい状況から抜け出す努力と政治が、いま着実に実を結んでいるようだ。たとえば、環境とエネルギー。

 デンマークは一九七〇年代まで、消費エネルギーのほとんどを石油の輸入に頼っていた。当時のエネルギー自給率は二%でしかなく、石油ショックによる暮らしの混乱は大きかった。日本と事情は全く同じだった。だが、その現状から抜け出そうと努力して三十年。今ではエネルギー自給率は一四〇%。つまり、エネルギーの多くを輸出するまでになっている。ついでに言うと、原子力発電はゼロである。

 日本はといえば、エネルギー自給率は今も四%。それどころか、石油の消費量は拡大している。石油ショックの経験から私たちは何も学ばなかった。その結果が、いまガソリンや灯油の価格高騰にあえぐことになっている。

 ついでに原子力発電に関していえば、日本はこれをエネルギー自給率向上の柱にしている。しかし、それは問題を先送りするだけで、将来の世代にとてつもなく重い負担を残すことになる。

 原発の寿命は約四十年。使い終われば順次解体しなければならない。日本には五三基の原発があるが、その解体費用は約六十兆円。今の世代が使ったものを四十年後の世代がこれだけ負担しなければならない。さらに、原発の廃棄物は百万年のあいだ隔離保存…。想像を絶する。何というリスクか。

 デンマークのエネルギー自給体制には、北海油田の開発も大きく寄与している。しかし、地球環境の持続可能性という長い目で見たとき、石油など再生不可能な化石エネルギーではなく、風力などの自然エネルギーやバイオガスなどの新エネルギーが威力を発揮するはずである。デンマークは明確にその方向を選択している。

 CO2削減と地球温暖化防止が人類の差し迫った課題となる中で、デンマークは私たちの一歩も二歩も先を行っている。

 CO2については二〇〇五年までに一九九八年に比べて二〇%削減することを目標にし、そのために国内のエネルギー消費量を二〇〇五年までに一九九八年に比べて一五%削減する。一方、エネルギー源は原子力をゼロにして、風力やバイオなどの再生可能エネルギーに切り替えるなどの政策が進められている。京都議定書のはるか先を考えて手を打っている。

自然のエネルギーを暮らしに

このようなデンマークの取り組みについては、最近日本でもよく耳にするようになった。しかし、スズキさんは稚内でもっと興味深い話をしてくれた。

 こういう話だ。デンマークの人々は風力発電やバイオガスに取り組んでいる。しかし、それは町おこしのためとか、経済の活性化のためとか、地球温暖化防止に貢献するためといったことを目指してやっているわけではない。

「デンマークの人たちがなぜ風車やバイオガスプラントを建てるかというと、それは自分たちの生活のためです。風車やバイオを日常生活の中に組み込んでいるのです。」

 風車やバイオを日常生活全体の中に組み込んでいる…? どういうことだろう。

スズキさんは、年間二万五千頭出荷するある養豚農家の事例を紹介してくれた。

「この農家は農場から出る糞尿でバイオガスをつくり、そのガスで発電機を回して電気を起こし、必要な電気をまかなっています。余分の電気は売るのですが、それが大きな収入源になっています。また、発電機のエンジンはすごい熱を持つから、その排気ガスのところに水を通したベルトを巻きつけてお湯をつくります。お湯は台所や風呂場に使い、暖房にもなる。また、豚は裸で生活しているから、豚小屋も暖めなければならない。暖房などのお湯はかつては灯油を使っていたが、今ではその熱量を豚の糞尿から取り出すから、灯油代が大幅に節約されます。」

 養豚農家が豚を飼育するだけでなく、電気も作っている…。それを家庭や豚小屋の暖房に使っている…。おまけに、電気を売って家計の足しにしている…。

 これなら石油価格が上がっても生活に影響がでるわけではない。

 スズキさんは、「ドイツのおじいさん」の事例も紹介してくれた。

「ぼくはドイツのあるおじいさんの農家をを見に行ったけど、殻は三十五頭しか飼っていない。そこで、バイオガスプラントを作り、それで電気とお湯をつくっていた。田舎には温水プールなどないから、畑にビニールシートを張って、そこに温水プールを作ったら、近所の子どもたちが遊びに来ていました。」

 なるほど。風車やバイオが日常生活全体の中に組み込まれているというのは、こういうことなのか。

 電気を作るのは電力会社というのが、私たちの社会の常識だ。だから、風力発電やバイオガスも、どこかの大きな企業が大きな資金力に物を言わせてやる事業というイメージが、私たちにはある。

デンマークではそうではない。努力や熱意は並大抵のことではないだろうが、それでもごく普通の市民が工夫してバイオガスプラントをつくり、必要な電気を自分でまかなう。身近にあるエネルギー資源を自分の暮らしに生かしている。 自然エネルギーに対する私たちの取り組み方とデンマークとの決定的な違いは、ここにある。デンマークの人たちは特別の技術を持っているわけではない。資金という点では、デンマークなど日本の足元にも及ばない。技術の点でも、私たちはモノづくりの日本を誇るほど技術の伝統がある。にもかかわらず、である。

風のエネルギーで豊かな暮らしを

 風という資源が豊富で、牧畜や農業が盛んな北海道で、なぜそれをしないのか、とてももったいないと、スズキさんはいう。そして、こう指摘する。

「北海道の人たちが年間千二百ドルのお金を払って買っているのは、石油などのエネルギーと食糧ですよ。稚内の人たちは、これだけ寒いところで生活しているから相当の石油を使っているはずです。家計に占める燃料代も相当なものでしょう。石油の消費を減らさなかったら生活は豊かにならないはずです。だから、暮らしを楽にしようと思ったら石油を使わない方法、買わなくてもすむ方法を考えなければならないはずです。」

 デンマーク人ならそうすると、スズキさんはいう。

 私たち日本人はどうか。お金をたくさん稼ぐのが、暮らしを楽にする一番の方法…。しかし、石油の値段が上がれば、稼いだお金がそれに回るだけ。それは実感している。

 石油ショックから三十年、何も手を打たず、何も学ばず、ひたすら安い石油に頼って問題を先送りしてきた。そのツケがこういう結果になっている。だが、今の状態が維持できないことは、誰でも予想できる。ならば、どうするのか。

「風のエネルギーを利用して電気を起こし、石油の消費量を減らすのに使用すればいい。灯油が必要な寒い季節は風の吹く季節だから、風車はドンドン電気を作ってくれます。それを市役所や学校や各家庭で使う。電気のまま使うだけでなく、それをお湯にしたらいい。そうすれば石油に頼った暖房費が節約できる。また、冬の野菜は温室で栽培する。封書あの電気を北海道電力に売電するより、それをお湯にするほうがプラスになってくる可能性だってある」

 確かに、すぐにできることではない。時間はかかる。しかし、三十年かけなくてもできる。石油を遠くの中近東から買ったり、冬の食料を南半球から持ってきたりするより、この方がずっと安全で安定する。

 三十年後も地球上の石油資源が枯渇しないことは、今でははっきりしている。しかし、三十年後まで石油を使い続けることが不可能だというのは、もっとはっきりしている。

 また、スズキさんはこうも言う。

「暖房用のお湯はだいたい六十度以下の温度で足りますが、その暖房に使った後のさらに低い温度のお湯でも雪を解かすことはできます。冬の寒い時期、北海道の暮らしは除雪に終われますが、冬のエネルギーはこの問題の解決にも役立つはずです。」

 除雪は北海道では大きな産業になっており、多くの雇用機会を生み出している。しかし、自治体にとっては大きな負担である。財政難なのに、実に無駄なお金を使っている。

 もしそのお金を風力発電に振り向ければ、長い目で見て自治体の経費削減になるはずだ。それ以上に大切なことは、この風のエネルギーを利用した快適な街づくりための仕事が生み出される。

 早朝から雪をかき集めてただ捨てるだけの仕事よりは、快適な街づくりのための仕事の方が、仕事をする本人にとってもやりがいになるはずだ。

稚内は世界の中近東?

 風は稚内に固有の資源であり、市民の共有資産である。これを有効に使わない手はないと、スズキさんはいう。実にもったいない、と。そして、こうも指摘し。

「いま稚内に風車がどんどん建っています。風車で電気を起こして、それを電力会社に売るという事業ですが、これは稚内にとってどういうメリットがありますか?稚内の活性化につながりますか?多少の税金収入や数人の働き口ができるでしょう。でも、今のままではほとんど何のメリットもないし、稚内の活性化にもつながらないでしょう。」

 確かに、そうだ。ここで作られた電気はどう使われるのだろうか。私たち稚内市民にとって、風力発電はどういう意味があるのだろう。それで暮らしが快適になるのか?

 風力発電は石油や原子力と違って、CO2を出さず、無限に利用可能な、地球環境にやさしい発電だ。CO2削減が人類の課題となっている今日、風力発電はその解決に大きな威力を発揮するかもしれない。

 でも、私たちはCO2削減に貢献するために生きているわけではない。快適な生活をし、より良く生きたい。そういう暮らしをする上で、風力発電はどう関わっているのか。

 そして、デンマークの人たちが三十年かけてやってきたことも、それだろう。

 稚内は風の街。いつもはやっかいものでしかない稚内の風。しかし、稚内に特有の風がこれまで多くの恵みをもたらしてくれた。昆布や棒鱈やホタテ…。 風は稚内の大切な資源。いま、それが無限のエネルギー源として役立とうとしている。

 しかし、今のままでは、稚内は石油を輸出するだけの発展途上の国々と同じ状態になりかねない。

 稚内の大切な資源を、稚内の快適な暮らしづくりに生かしていく。風力エネル
ギーをどう生かすかは、まずもって稚内市民が考え、市民が決める。稚内が世界の中近東にならないためにはまずこの資源を自分たちの暮らしに生かすことを考えなければ…。

 

 スズキさんは、こう言っている。

「風力のエネルギーは、稚内の資源として、稚内の住民にしか渡さないという条例を作ってはどうですか」

 風力エネルギーの持ち出しを制限する?また突拍子もないことを…。

 ところが、である。

「デンマークには、少し前までありましたよ。デンマークでは、風のエネルギーは地元の大切な資源であり、住民の固有財産とみなされていました。ですから、ある地域に風車を建てたり、それに投資したりするにはその地域に十年以上すんでいることとか、投資する人は給与所得者か自営業者としてそこで生活をしている人に限るといった規制がありました。そうしないとコペンハーゲンに住んでいる金持ちが北ユトランド半島の風の吹くところに土地を借りて風車を建て、その電気を売って儲けるということになる。地元に住んでいる人たちには何のメリットもない。風は地域の大切な資源なのです。」

 世界の投機マネーは、環境であろうと戦争であろうと、利益がでるなら地球の隅々を探査する。開発途上の国々に限りない悲劇を生み出したマネーの動きを考えるなら、風力エネルギーに対する投資の制限は、少しも突拍子なことではない。

 このデンマークの規制は二〇〇〇年には廃止された。九〇年代に入って急速に風車建設が進んで陸上での風車の設置場所が少なくなり、新たな設置場所が海上に移行するにつれて、この規制が根拠を失ったのである。海は「国民の共有財産」だからである。

 だが、風のエネルギーを地域の、また国民の共有財産とし、それを地域の暮らしに役立て、国づくりに生かしていくという方向には変わりない。

風のがっこう稚内

 どのように役立て、どのように生かしていくのか。それは風の街・稚内の市民が自ら決めていくことである。

 風力エネルギー投資制限条例とまではいかなくても、風のエネルギーを地域の暮らしに生かしていく道を探ることが大切だ。スズキさんが稚内で問いかけたのは、このことだろう。

「風という稚内に固有のエネルギー資源を日常生活の中に組み込んでいくこと」

 今スズキさんは「風のがっこう」の創始者として、地球を駆け回っている。私たちがそこから学ぶことは限りなくある。

 しかし、もしこの稚内に「風のがっこう稚内」が出来るとしたら、それは他のどこにもない稚内だけの、オンリー・ワンでなければならないだろう。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜引用ここまで〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

稚内新エネルギー研究会のウェブサイトには、最北端の地で繰り広げられつつあるさまざまなプロジェクトの紹介などもあり、今後の展開がとても楽しみです。
http://www.rera-vie.jp/

 

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