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エダヒロ・ライブラリー環境メールニュース

2006年11月24日

グッド・ニュースをお届けします(2006.11.23)

大切なこと
 

25日間しかないという、大変短い期間での翻訳となった、アル・ゴア元米副大統領の著書『不都合な真実』の翻訳が無事(たぶん......)終わりました。

1月に始まる日本での映画上映にあわせて、ランダムハウス講談社より出版される予定です。英語版は、こちらにあります。

翻訳が無事終わったというのは、私にとってのグッド・ニュースです(おかげで、安心して次のプロジェクトに取りかかれます!)。まあ、これは個人のささやかなグッド・ニュースですが、この本によって、世界にも日本にも、「持続可能な方向への歩み」「温暖化の脅威から遠ざかる動き」というグッド・ニュースが、さざなみのように生まれることを心から願っています。

「でもね、待たなくても、もうこんなに正しい方向への動きが始まっているよ」という、素敵な本が刊行されました。カナダを代表する環境活動家のデイビッド・スズキ氏らによる『グッド・ニュース ― 持続可能な社会はもう始まっている』です。

デヴィッド スズキ , ホリー ドレッセル (著), 中小路 佳代子、五頭 美知 (翻訳), 枝廣 淳子(監修)、ナチュラルスピリット(出版)

> 世界にはこんなにも「グッド・ニュース」があふれている!  環境問題を嘆いて
> いても始まらない。悪いニュースばかりに耳を傾けるのはもうよそう。自然環境
> のしくみを守り、復元できるような解決策を世界中から集めて報告する。

地球上のさまざまな現状を、「問題」という観点ではなく、「解決の道すじを実際にたどっている動きとして、生き生きと伝えてくれる本書は、「こういう本が出されること自体がグッド・ニュースです」といわれる、元気と気づきと考えるきっかけに満ちた本です。事例たっぷりで読み応えのある本です。よろしければぜひどうぞ!

辻信一さんが書かれた、珠玉のエッセイのような日本語版のまえがき、目次、訳者あとがきをご紹介します。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ここから引用〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


日本語版まえがき
明治学院大学国際学部教授、環境運動家
辻 信一

 まず本書の主著者であり、ぼくの友人であり師でもあるデヴィッド・スズキを紹介しましょう。彼の本のまえがきにこうして彼のことを紹介するなどと言えば、カナダだったら大笑いされることでしょう。それくらいデヴィッドは有名で、国民的な英雄とも言える存在なのです。

 二〇〇四年にカナダ放送協会(CBC)が実施した「最も偉大なカナダ人」調査で、デヴィッドは存命中の人物としては第一位となりました。また同じ頃にある全国誌が女性を対象に行なった「無人島に漂着する時に一緒にいたい男性は?」というアンケート調査でも、彼は並みいるスターやスポーツ選手をはるかに引き離してダントツの一位という人気でした。もうすぐ七〇歳というデヴィッドも、この時ばかりは「まだまだ捨てたもんじゃない」とニンマリしていたのでしょう。そんなデヴィッドを、妻のタラ・カリスが「みんなあなたの魚釣りの腕前を知っているのよ」と言ってからかったそうです。

 デヴィッドは一九三六年カナダ、バンクーバー生まれの日系三世です。太平洋戦争が勃発すると、幼い彼と家族は他の二万人の日系人と共に内陸の強制収容地に送られました。この強制移動・収容が人種差別に基づいていたことについては、一九八八年にカナダ政府が公式に認め、謝罪しています。

 父カオルの影響で、子どもの頃から自然の中で遊ぶことが大好きだったデヴィッドは、米国アマースト大学で生物学を専攻しました。その後、シカゴ大学で動物学の博士号を取得、三三歳でブリティッシュ・コロンビア大学の正教授になります。その間、将来のホープとして学界で注目を浴びる一方で、北米を揺るがした人種差別撤廃運動やベトナム反戦運動でも活躍。その頃の彼の写真を見ると、浅黒く焼けた肌に当時黒人の間ではやっていたアフロ・ヘア。それはどう見ても実験室だけに閉じこもっている科学者の姿ではありません。

 大学で教え始めたデヴィッドはやがて、「科学者として学生たちが抱いている倫理的な問題に対する疑問にちゃんと答えられない自分」を発見して衝撃を受けます。例えば、科学は繰り返し大量破壊兵器を発明したり、環境破壊を正当化する役割を担ってきた。彼自身、人種差別による迫害を受けたものとして、科学的真理の名のもとになされる主張が、社会に大きな悪影響を及ぼすという認識を、デヴィッドはこれ以上棚上げにしておくわけにはいかなくなってしまったのです。

 それはデヴィッドにとって長い旅の始まりでした。初めのうち社会における遺伝学の意味を問うていた彼は、徐々に科学的な知そのものの限界に思い至りました。

 科学は悪用されると大変だ。しかも現に、戦争や環境破壊へと悪用の度合いはますますひどくなる一方ではないか。科学とは何かを一般庶民に理解してもらわなければいけない。それこそが自分の役割ではないのか...。デヴィッドはそう思うようになったと言います。

 こうしてデヴィッドは、まずラジオの科学番組に登場、間もなくCBSテレビの人気長寿番組「ネイチャー・オブ・シングズ」のキャスターとなりました。子どもから大人まで、多くのカナダ人が「デヴィッドの番組を見ながら育った」と、まるで彼が自分の家族の一員であるかのように親しみを込めて言います。

 この番組は、単に自然の不思議さや美しさを描いてきたのではありません。その自然が今刻々と失われ、人類の生存の基盤であるはずの生態系が破壊されていることをも伝えながら、デヴィッドは生命操作の危険性や環境保全の重要性を茶の間の視聴者に訴え続けてきました。たびたび政治家ににらまれたり、大企業からの圧力を受けながらも、世論の強い支持によって番組は生き延びてきました。

 デヴィッドにとってのもうひとつの転機となったのは、カナダの先住民族である〝インディアン〟との出会いです。デヴィッドが特に好んで語るのは、ハイダ族のリーダーであり、文化伝承者であるグジャウとのエピソードです。ハイダ族の住む島々での原生林伐採を体をはって阻止しようとしていたグジャウを、テレビのキャスターとしてインタビューしたデヴィッドはこう尋ねました。「あなたはなぜ命を危険にさらしてまで伐採を止めようとするのか」。グジャウはこう答えました。「木が伐られても私は死にはしないだろう。しかし、その時私はもう私ではなくなってしまう」。森なしに、川なしに、海なしに自分は自分ではありえないというこの先住民族の世界観は、デヴィッドの中にいまだ根を張っていた西洋近代の科学的合理主義に痛烈な一撃を与えました。

 こうした先住民族の世界観に強い影響を受けたデヴィッドは、それまでの彼の環境運動がもっていた科学主義的な限界を自覚し、次第に先住民族の英知が、環境問題解決のカギを握っていると考えるようになります。そして彼は妻であり同志であるタラ・カリスとともに、先住民族との絆をもととして新しい運動の母体となる「デヴィッド・スズキ・ファンデーション」を立ち上げます。一九九一年のことです。翌九二年に出版されたピーター・クヌッソンとの共著『長老たちの英知』(未邦訳)では、現代科学の最先端にある知が、文化の中で培われた伝統的な知恵と、いかに共鳴し始めているかを描きました。

 その一九九二年はコロンブスの米大陸到達からちょうど五〇〇年。ぼくは友人たちと「もうひとつのコロンブス五〇〇年――先住民族の英知に学ぶ」という会議を明治学院大学で開き、内外の先住民族の方々を招きましたが、そこにデヴィッドは基調報告者として参加してくれました。この催しがきっかけとなって彼とぼくとは一緒に日本についての本を書くことになり、その後二年の間に日本のあちこちをともに旅しました。その成果が一九九六年に出版された『ぼくらの知らなかったニッポン』(未邦訳、その後アメリカで『もうひとつのニッポン』と改題して出版)です。

 その後、デヴィッド・スズキ・ファンデーションは大きな影響力をもつ環境団体へと急速に成長しましたし、最新刊の『デヴィッド・スズキ自伝』(未邦訳)まで続々と刊行されてきたデヴィッドの著作もそのほとんどすべてがベストセラーとなるほどの人気です。その中でも彼の科学者、ジャーナリスト、環境運動家としての仕事の集大成として特に重要なのが、テレビのドキュメンタリーシリーズにもなった『生命の聖なるバランス』(日本教文社刊)であり、今こうして日本の読者のもとに届けられた本書『グッド・ニュース』なのだとぼくは思っています。

 ふつう、環境の話といえば悪いニュースと相場が決まっています。そのことが、世界中の人々の間に広がってしまったあきらめや絶望感と密接に関係しているでしょう。デヴィッドと共著者のホリー・ドレッセルは本書で、環境問題の深刻さは、しかし、事実の半面にすぎないことを明らかにしてくれます。よくよく目を凝らし、耳をすませば、世界には多くの良いニュースがあって、数々の深刻な問題を解決に導く道筋を指し示してくれている。答えはそこにある。あとはただぼくたちが手を伸ばしてそれをつかみさえすればいいのだ、と。本書の表現を借りれば、自分たちがこれまで閉じ込められてきた「小箱」を抜け出すだけでいいのです。

 数年前、この本のための調査をしていたデヴィッドから、「日本からのグッド・ニュースも入れたいと思うのだが」という相談を受けたことを思い出します。ぼくなりにいくつかの事例を提供しようとしたのですが、本の刊行に間に合わずに残念な思いをしたものです。しかし、あれ以来、日本にも、本書の監修者でもある枝廣淳子さんを中心にした「ジャパン・フォー・サステナビリティ(http://www.japanfs.org/)」というグループが結成され、持続可能な世界へ向けての日本発のグッド・ニュースを海外へ発信し続けています。そこへ今、こうして、世界からのグッド・ニュースが一冊の本となって皆さんのもとに届いたわけです。その意味で本書の刊行こそが、一大グッド・ニュースです。

 最後に、デヴィッドから日本の読者に向けてのメッセージが届いていますので、それをご紹介します。

 第二次世界大戦後の日本の経済的な成功が、世界にとってのひとつの模範となったことは間違いありません。私は信じています。その日本が、今度は、真の持続可能な未来へと世界を導く役割を果たしうるのだということを。困難を回避し、危機を乗り越えるための方法は、実はふんだんにあるのです。「これしかない」と我々が思い込んできたものよりも、もっといいやり方はまだいくらでもあるのです。さあ、すばらしい未来を展望しながら、歩み出しましょう。 
――デヴィッド・スズキ


 ぼくはこれからも環境運動家として、デヴィッドについて歩いていこうと思っています。

 その途上で皆さんとお会いできたら幸いです。


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目次

謝辞

はじめに

第一章 蜂のようにくらす
何も傷つけないビジネス

第二章 同意を撤回する
民主主義の実践

第三章 コヨーテに草を育ててもらう
生物多様性の回復

第四章 リバー・ランズ・スルー・イット
水を守る

第五章 甘んじて屈辱を味わう
良い食べ物を育てる

第六章 ジャガーの気配を感じるか
森は誰のもの?

第七章 アホウドリの鳴き声
海の魚を捕り尽くさないで

第八章 プルトンとの闘い
有毒物質を減らし、大気を浄化する

第九章 小箱から抜け出す
新しい考え方、学び方

おわりに

団体・機関一覧

参考文献
索引

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訳者あとがき


オゾン層にあいた穴をどうやってふさぐのか、あなたは知らないでしょう。死んだ川にどうやってサケを呼びもどすのか、あなたは知らないでしょう。絶滅した動物をどうやって生きかえらせるのか、あなたは知らないでしょう。そして、今や砂漠となってしまった場所にどうやって森をよみがえらせるのか、あなたは知らないでしょう。どうやって直すのかわからないものを、こわしつづけるのはもうやめてください。
(『あなたが世界を変える日――12才の少女が環境サミットで語った伝説のスピーチ』〔ナマケモノ倶楽部/編・訳、学陽書房〕より抜粋)

この「伝説のスピーチ」を知っていますか? 一九九二年六月一一日、ブラジルのリオ・デ・ジャネイロで開かれた国連の地球環境サミットで、居並ぶ世界の首脳を前に、当時十二歳のカナダ人の少女がスピーチを行いました。このわずか六分間のスピーチが終わると、ロシアのゴルバチョフ前大統領や、後にアメリカ副大統領になるアル・ゴアを始めとする世界の要人たちがいっせいに立ち上がり、流れる涙をぬぐおうともせずに拍手を続けたといいます。

このときの少女、セヴァン・カリス=スズキは、その後も環境や持続可能性などに関するさまざまな活動を精力的に展開しており、日本のNGOに招かれて何度か来日もしています。二年ほど前、あのときのセヴァンと同じ年頃の娘をもつようになった私は、セヴァンのスピーチを読み返して改めて大きな感動を覚えました。そして彼女はいかにして、十二歳でこれほどの行動力と確固とした信念をもつ少女に育ったのかと思い、資料をあたりました。そして、セヴァン・スズキがあのデヴィッド・スズキの娘であることを知ったのです。

ああ、そうだったのか! カナダ人、スズキという姓――どうして気づかなかったのだろう! そう思いました。日本では、お父さんのデヴィッド・スズキの名を知る人の数は、おそらくセヴァンを知る人よりも少ないのではないかと思います。しかし、デヴィッド・スズキといえば、カナダでは知らぬ人のいないほどの国民的有名人ですし、その環境活動は世界的に知られています。

リオの地球環境サミットの数年前、私はカナダに一年間住んでいました。初めて会った人に「日本から来た」というと、決まって「デヴィッド・スズキを知っているか」と聞かれたものです。デヴィッドはバンクーバー生まれの日系三世なので、日本人の私にそのような質問が投げかけられたのでしょう。当時、彼はテレビや新聞、雑誌などのメディアにも頻繁に登場し、テレビで子供向けの環境番組を担当していました。また、環境教育用の本も多数執筆していたので、書店に行くと、デヴィッドのにこやかな笑顔が表紙に載った本をたくさん目にすることができました。その彼が日系人というだけで、日本人の私もなんとなく誇らしく思ったものです。

私がカナダに渡ったとき、日本はバブル崩壊の直前で、たいていの人々はあふれるモノを何の迷いもなく消費し続けていました。環境保護という意識はまだまだ薄く、「エコロジー」という言葉を知る人も少ないし、企業が「環境にやさしい」ことを売り物にすることなどない、そんな時代でした。その日本から海を越えて渡っていった先のカナダでは、家庭でも日常的に環境を意識した生活が営まれていました。小学校の教室の壁には、「Reduce, Reuse, Recycle(リデュース、リユース、リサイクル)」のスローガンが大きく掲げられていたのをはっきりと憶えています。

今でこそ、この3R推進の動きは日本でも盛んですが、十七年前の、しかも小学校でのことです。教室で出たゴミは子どもたち自身が分別して捨てていました。日本の環境教育との大きな違いに驚き、環境意識の高い大人を増やすには、子どもの頃からの教育が不可欠だなあとつくづく思ったものです。このように環境に対する意識が日本よりもずっと進んだ国の中で、デヴィッド・スズキはヒーロー的存在だったように記憶しています。

このときカナダで暮らした経験から環境問題に大きな興味を抱き、環境分野の活動や翻訳に携わることを志した私にとって、その原点ともなったデヴィッド・スズキの著書を翻訳する機会をいただけたことは無上の喜びでした。

本書は、デヴィッド・スズキと共著者ホリー・ドレッセルの二人が世界中を回り、実際に数十人の人から話を聞いたり、大量の研究資料を調べたりして書き上げたものです。書名の『グッド・ニュース』が示すとおり、世界各地からの良いニュースをたくさん紹介することで、私たちに解決策を示し、大きな勇気を与えてくれます。

原著の書名は、『Good News for a Change』といいますが、ここには二つの意味が掛け合わされていると思います。これまでは地球の環境悪化についての悪いニュースを伝えて警鐘を鳴らしてきたが「その方針を変えて良いニュース」について書いた本だという意味と、「変化を起こすための良いニュース」についての本だという意味です。確かに、十年前と比べれば、地球が直面しているさまざまな問題に気づいている人が圧倒的に多くなりました。今度は、どうすればそれを解決できるのか、どうすれば持続可能で社会的不平等のない世界を実現できるのか、その答えを見つける時です。

本書は、すでに世界のあちこちでその答えを見つけ出している人たちがいることを私たちに教えてくれます。世界中のさまざまな個人や組織の中に、変化を起こそうとする大きなうねりが起こっていることがわかり、大いに勇気づけられます。

二人の著者は、本書で紹介されているさまざまな方法論やプログラムの全体を一語で表すとしたら、それは「謙虚」だと言っています。自分たちの方針とその根底にある価値体系を一歩下がって見直す能力がとても重要だというのです。

この限りある地球に住む私たち全員が幸せに生きるためにはどうするべきか、それを考えるには、一人ひとりが自分自身の奥底にある価値観を見つめなおさなければなりません。そして、このような価値観の大変革がますます大きく広がれば、世界の未来は幸せで公平なものになり得るのです。著者と同じように私も、日本の読者の皆さんが、良いニュースに勇気づけられ、自分も行動を起こそうという気持ちになることを期待しています。

本書の翻訳は、第一章から五章までを中小路佳代子が、第六章から九章までを五頭美知が担当しました。最後になりましたが、本書の翻訳にあたって適切なアドバイスをくださった枝廣淳子氏に心から御礼申し上げます。また、本書の出版を実現してくださったナチュラル・スピリット社の今井博樹氏、翻訳原稿に丁寧に目を通してくださった編集者の田村知子氏に深く感謝いたします。

二〇〇六年三月
中小路佳代子・五頭美知


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜引用ここまで〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

さて今、成田空港への成田エクスプレスの車中です。アジアに派遣されている国際協力にかかわっている方々に、さらに効果的・効率的にプロジェクトを進めていただけるよう、システム思考をもとにした研修をおこなうために、タイへ向かっています。

アジアからも、日本からも、世界のそこここから、グッド・ニュースが生まれ、ひとつのグッド・ニュースが次のグッド・ニュースを生む「グッド・ニュース連鎖」をつくりながら、さざなみのように広がって、地球上を覆いつくし、宇宙を満たし、その過程で、環境破壊も温暖化の問題も、社会的不公正や人々の孤独や不幸せという問題も、解決に向けて動いていきますように!

そのために、私たち、できることしかできないけど、でもできることをやっていこう!と思うのですよね。

 

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