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エダヒロ・ライブラリー環境メールニュース

2005年11月04日

ニューヨーク市で犯罪が激減した理由は?〜「善きサマリア人の実験」の教えること(2005.04.28)

システム思考を学ぶ
 

「システム思考」に関連する興味深い話があります。ちょっと長くなりますが、ご紹介します。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ここから引用〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

1980年代から90年代にかけて、ニューヨーク市は犯罪が伝染病のように広がっていました。平均して年に2000件以上の殺人事件と60万件以上の重罪事件が発生していたのです。貧しい地区では特に、麻薬取引やギャングの抗争が日常茶飯事となっていたため、夕暮れ時になるとだれも外を歩かず、街路がゴーストタウンのようになっていました。そして地下鉄は特にひどく、無秩序としか言いようのない状況に陥っていました。

1992年、ニューヨーク市では2154件の殺人事件が起こり、62万6812件の重罪事件が起こりました。ところがその5年後、殺人事件の発生件数は64.3%も減って770件に、重罪事件もほぼ半分の35万5893件に激減していたのでした。

地下鉄では、1990年代の初めと終わりでは、重罪事件の発生は75%も減りました。街路にはふたたび人があふれ、自転車が戻り、玄関前の階段で立ち話をする住民の姿が見られるようになりました。

何が起こったのでしょうか? 大規模な人口移動があって、犯罪に走りやすい人々が出て行ったわけではありません。急にみんなが善悪の区別を意識するようになったとも考えにくいでしょう。犯罪を起こしやすい人々はまえと同じようにニューヨーク市に暮らしていたにもかかわらず、何らかの理由で、それら数万、数十万の人々が突然犯罪を起こさなくなったのです。どういうことなのでしょう?

犯罪の多発する地下鉄の再建計画を監督した新しい公団総裁のディビッド・ガンは、数十億ドルの予算を費やして、まず地下鉄の落書き清掃作戦をはじめたのでした。当時多くの人が、もっと大きな犯罪問題に対処すべきだ、地下鉄全体が崩壊寸前になっているときに、落書きにかまけるなんて、タイタニック号の甲板をごしごしこするのと同じぐらい的はずれだ、と批判しました。

しかし、ガンは頑として(^^;)譲らず、路線ごと、車両ごとに計画を立てて清掃していきました。折り返し駅では、清掃基地を設け、もし一台でも車両に落書きがあれば、その場で消すか、その車両を外すようにしました。徹底的に清掃したのです。

この落書き清掃作戦は1984年から90年までつづけられました。次に地下鉄警察の指揮官ブラットンは、地下鉄内で頻繁に起こる重罪事件への対処として、同じく、一見見当違いに思える作戦をとりました。無賃乗車の撲滅に取り組んだのです。それまでは見過ごされていた軽犯罪のたぐいで逮捕された人の数は、1990年から94年にかけて5倍に跳ね上がりました。そして、重罪事件は減っていったのです。

1994年にルドルフ・ジュリアーニがニューヨーク市長に当選すると、ブラットンはニューヨーク市警の長官に任命され、同じ戦略を全市に展開しました。市内の交差点に停まっている車の窓を拭いて金を要求する行為や公共の場所での泥酔、ゴミのポイ捨てなどの「生活環境犯罪」を厳しく取り締まるようになりました。そして、市内の犯罪は、地下鉄の場合と同じようにみるみる激減したのです。

この劇的な成功を支えたのは、犯罪学者のジェームズ・ウィルソンとジョージ・ケリングが発案した「割れた窓理論」でした。--割れたまま修理されていない窓のそばを通りかかった人は、誰も気にしていないし、誰も責任をとっていないと思うだろう。まもなくほかの窓も割れる。すると無法状態の雰囲気がたちまちそのビルから向かいの通りへと伝わり、ここでは何でも許されるという信号を発しはじめる。都市においては、たとえば落書きや風紀の乱れ、あつかましい物乞いなど、比較的些細な問題のすべてが"割れた窓"と等しく、より深刻な犯罪の呼び水になる。

これがふたりの犯罪学者の考えたことでした。「しつこい物乞いが通行人に迷惑をかけていても許されているような地区なら、強盗事件が起こってもその場に警察を呼んだり、あるいはその後に警察に訴え出る可能性は少ないだろうと犯罪者は考える」。

興味深い実話だと思いませんか? 私はずいぶんまえですが、最初にこの話を聞いたときに、面白いなあ!と感心しました。(一見すると、大きな問題に対する常識的な解決策に反するような理論なのに、それを大きな組織できちんと実践したことにも感心しました)

同時に、ゲシュタルト心理学に似ているな、と思いました。ゲシュタルトとは、部分部分、または要素要素をひとつの意味ある全体像にまとめたもので、「全体は部分の総和以上のものである」という考え方がゲシュタルト心理学の基本です。(たとえば、私たちが「二」という漢字を読めるのは、ただの2本の棒(部分)からゲシュタルトを構成しているからです)

つまり、「犯罪に走りやすい人」がいたとして、この要素だけでは犯罪は起こらない。これに「犯罪を犯してもだいじょうぶそうだ」という背景(別の部分)があってはじめて、犯罪が起こる。

とすると、犯罪を減らしたいなら、「人」だけではなく、その「背景」に取り組むこともできる。すべての人を「犯罪なんて考えたことがない」という善人に変えなくても、目的を達することができる、ということです。

このアプローチは、「部分」だけを見るのではなく「全体」を見なさい、その構造(=システム)を見なさい、というシステム思考にも重なります。

システム思考では、システムの構造を分析して理解したあと、そのシステムを変えるのに最も有効な介入点(レバレッジ・ポイント:てこをぐいと押したら大きく動くような、小さな力で大きな効果を得られるところ)を探します。ニューヨーク市の例では、地下鉄の落書きなどがまさにレバレッジ・ポイントだったのですね。

また、このニューヨーク市の事例から、ほかにもいろいろと考えさせられることがあります。たとえば、私たちはよく自分や他人の性格を「こういう性格だから」と決まっているものであるかのように言いますが、実際には性格も行動も、かなりそのときの背景によって変わってくることを示す実験がたくさんあります。

自分のことを考えても、いまは「たまたま」こういう環境で、こういう志向の人たちとこういう活動をしているから、私はこういう行動や性格的特性を示しているのだろうなあ、と思うのです。もちろん、どんな状況や環境の中でも、天使のような人もいれば極悪人もいるでしょうけど、多くの人は、けっこう背景や状況に左右される幅が大きいのではないか、と思うのです。

米軍兵士がイラクで信じられないような蛮行をおこなったというニュースを聞いたときにも、同じことを思いました。生まれつきの極悪人ではないのだと思うのです。「たまたま」そういう状況や環境にいたから、あのような行動を取ったのでしょう。同じ人が平和な環境でも同じ行為に至ったとは思えません。とすれば、責めるべきは、人間の人間性を失わせるような、戦争という環境や状況です。

このニューヨークの話から、とても良いニュースがあります。つまり、自分を変えたい、こういう自分になりたい、と思っているとしたら、ひたすら自分の人格や人徳を高める努力を重ねるだけではなく、自分の環境や状況を、そのような方向に変えていけばいいのです。「全体は部分の総和以上」なのです。背景の力を活かせばよいのです。

よく「友人を選びなさい」「こうなりたいと思う人の近くにいなさい」と言いますよね(実際に近くにいられなくても、その人だったらどうするだろうか?と考えるだけでもいいのです)。

私はよく「自分の進みたい同じ方向に進んでいこう、自分を高めていこうと思っている人たちといっしょに活動するといいですよ」と言います。これも「背景の力」を利用するということですね。

これまで2回の「自分マネジメントシステムを身につける半年コース」と「一年の計を立てる合宿ワークショップ」を開催しました。それぞれ12〜15人の参加者が、開講中も終了後も、メーリングリストで連絡を取り合い、自分の取り組みや結果や思いを報告し、エールやアドバイスを送りあって、支え合い、高め合って
いるのを、私はただただ「すごいなあ、素敵だなあ」と思って見ています。「全体は部分の総和以上」であり、「全体が部分部分に影響を与えて、さらに高まっていく」ことを実感しています。

自分を変えること、なりたい自分に近づくこと--自分を取り巻く環境や状況の小さな部分を変えることから、始まるのかもしれません。

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「背景の力」について、ニューヨーク市の事例に続いて、面白い実験がありますのでご紹介しましょう。

<善きサマリア人の実験>
プリンストン大の心理学者、ジョン・ダーリーとダニエル・バッソンがおこなったものです。

「善きサマリア人」というのは、新約聖書のルカ福音書にあるお話です。

「ある旅人が追いはぎに襲われ、半死半生のまま道ばたに捨てられた。通りかかった司祭もレビも(人徳あり敬虔なはずなのに)道の反対側を通り過ぎていった。ただ一人助けたのは、軽蔑されていた少数民族のサマリア人だった」というお話です。

この実験では、任意に選んだ神学生に、聖書のテーマに基づく談話を近くのビルまで歩いていって発表してくれるよう、依頼しました。歩いていく途中に、行き倒れている人に出会います。そのとき、どの神学生が立ち止まって、その人を助けようとするか?--これを調べようという実験です。

実験では、(1)学生が神学を選んだ動機の種類、(2)依頼する談話のテーマが「職業としての聖職者と宗教的使命の関係」か「善きサマリア人のたとえ話」か によって、立ち止まって助けようとするかどうかに差が出るかを見ました。

「人助けのような実践的なことをしたいから」という動機で、「善きサマリア人」の話をしにいこう、と思っている学生のほうが、きっと立ち止まって助ける割合が高いだろう、と思うでしょう? ところが、結果を見ると、動機や談話のテーマによる差は出ませんでした。

この実験では、もうひとつ学生への指示を変えていました。半分の学生には、「あ、遅刻だ。先方はすでに待っているから急いだ方がいい」と言って、送り出します。もう半分の学生には、「まだ時間はあるけど、そろそろ出かけたらどうか」と言って送り出したのでした。

学生の行動を唯一左右したのは、この「急いでいるかどうか」でした。急いでいるグループで立ち止まったのは10%、まだ数分の余裕があることを知っているグループで立ち止まったのは63%だったのです。

この実験の結論として、「行動の方向性を決めるに当たって、心に抱いている確信や、いま何を考えているより、行動しているときの背景のほうが実は重要である」ということが挙げられています。

私はこの実験に、「スローの力」も感じます。私たちが自分や人に対してぞんざいな対応をしてしまったり、地球環境のことを考えなかったりするのは、私たちの人格や性格、思考が悪いのではなくて、「つねに急かされている」という状況や背景の力が大きいのではないか、と。

そうしたときに、「スロー」の持っている潜在的な力を感じるのです。急かされていたら10%の人しか、自分や人や地球のために立ち止まり行動を変えないかもしれない。でも「スロー」でこころに余裕があれば、63%の人がそうするかもしれない。

このような「場の力」を、特に自分マネジメントのコースやワークショップをしているときに、強く感じます。昨日も「自分マネジメントシステムを身につけるための6ヶ月コース」の第5回だったのですが、月に1度、その「場」に集まるからこそ生まれる力やエネルギーを多くの参加者が感じているようです。

また、1月に「一年の計を立て、自分マネジメントシステムを身につけるワークショップ」を小淵沢のリゾートホテルで開催しました。人里離れた静かな森の中の瀟洒なホテルで、夜は満天の星、セミナールームも真っ白なコンクリート壁の四角い部屋ではなくて、まるで友だちのリビングルームみたいな温かい雰囲気の部屋で、窓のすぐ外には大きな木が茂っています。

慌ただしい日常から2日間だけ"身を引いて"、ゆっくりと自分と向き合う。まわりの人たちも、同じように自分のことや自分のやりたいこと、人生を大事にしたいと思って集まっている人たちです。

きっとそんな「場の力」が、「ここへ来てからぽんぽんアイディアが出てくる」「ふだん思ってもいなかったことを感じることができた」「いろいろともがいてきたけど、何を求めてもがいていたのか、自分の北極星が見つかった」という参加者の行動や気づきを喚起したのだろうなあ、と思うのです。

また、自分マネジメントシステムを身につけるコースでは、「自分が自分らしくいられる、または自分が自分の力を発揮できる場や環境を考えてみよう」というエクササイズをやります。同じ英語の勉強をするのでも、自宅ではなかなか進まないけど、会社帰りに喫茶店に寄って勉強することにしたらびっくりするほど集中して進むようになった、という人もいます。

上の実験や自分の体験からも、「場の力」があるのだとしたら、自分を居やすくしてくれる、自分を進めてくれる「場」を知り、積極的にそういう「場」をつくり、自分をその場に置いていくことも、自分を進めるうえで役に立つなあ、と思うのです。そして、大事なものを取り戻し、大事なことをおこなうには、急かされずに「スロー」でいられる場を、ときどきでも持ちたいものだなあ、と。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜引用ここまで〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

上記のニューヨーク市の事例はよく知られていますが、以下の本を参考に紹介しました。(善きサマリア人の実験もこの本に載っています)

『なぜあの商品は急に売れ出したのか―口コミ感染の法則』(飛鳥新社)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/487031469X/ref=ase_junkoedahiro-22/250-6216938-4333811

邦題を見ると、マーケティングか営業戦略部門向けの本のようですが、原題は、
The Tipping Point: How Little Things Can Make a Big Difference

「ココを押すとグラリと傾く転換点:小さな一押しが大きな変化につながる!」
みたいな感じです。

システム思考は、まさにこの「小さな一押しで大きく変えるためのツボ」を探し、試してみることで、状況や問題を対処療法的ではなく、根本的に解決していこう、というところが、とっても面白いのです。

「システム思考メールマガジン」で、6月頃から少しずつ体系的に情報提供をしていきますが、環境メールニュースでもひきつづき、システム思考についてもご紹介していきたいと思っています。

 

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