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エダヒロ・ライブラリー環境メールニュース

2005年05月17日

そのままつたえるべきこと

コミュニケーション
 
先ほど空港のラウンジで「環境報告書」のレポートを書き、日本へ向かう飛行機に乗りこみました。が、なかなか動き出しません。どうしたのかな、と思っていたら、機長から英語のアナウンスが入りました。 「電子機器の不具合で、計器が正常に動きません。ただいま原因追求と対策をおこなっております。それほどかからずに離陸できることを期待しておりますが、また状況をお知らせします。」 あら、こわい、そんな計器で太平洋を飛べるのかな、と思っていると、美しい日本語でスチュワーデスさんが、「ただいまの機長の報告ですが」と放送。 「ご搭乗機はただいま機体整備をしております。もうしばらくお待ちくださいませ。」 あ、これなんだよな〜、と思いました。「計器が正常に動かない」というコワイ事実が、「機体整備」というコワクない言葉に置きかえられてしまうんですね。 「乗客に余計な心配をかけたくない」という優しい親心と、「余計なことを知らせて騒がれてはうるさくて困る」という自己防衛なのでしょうか? そして、環境報告にしても、遺伝子組み替え作物の表示にしても、政府や一部企業の対応に、同じ"心情"が見て取れませんか? アメリカの国内線に乗った経験だと 「機体後部に昨夜認められなかった凹みが見つかりました。ただいま整備工が詳しく調べているところです。」 「整備データと比べたところ、大丈夫であるという判断です。」 「現在この結果の書類を作成しております。あと数分で離陸できる予定です。」と、刻一刻、自分の置かれている状況が知らされます。(そしてこのようなことが結構よくあるのです。それはそれでコワイ) 「状況を知る」ことは、「自己責任」に結びつくと思います。「機体整備」と聞いて逃げ出す人はいないでしょうが、「計器異常」や「凹み」という状況を知れば、コワイと思う人はその場で飛行機を降りることができます。つまり、「状況を知っても乗りつづけている」のは、自己責任ではないか。 遺伝子組み替え作物やクローン牛の表示にしても、ちゃんと表示してあとは消費者の「自己責任」に任せばよいように思います。「安全性は大丈夫なのだから、消費者に余計な心配をさせないように、表示しない」というのは、それこそ余計なお節介だと思います。安全性以外の、たとえば宗教上とか、感情的な理由で、組み替えやクローンを口にしたくない人はどうしたらよいのでしょう? 先のレポートで、ソニーの環境報告書を例に、「影の部分」をあえて明らかにするのは勇気が要るだろうけど、健全なことだと思う、と書きました。 私は臨床心理学の出身なのですが、人間でも自分の「影の部分」を外に出すまい、自分でも認めまい、と抑圧していると、そこでエネルギーをたくさん使って消耗し、神経症になったりするのですよ。企業も同じじゃないかな? どうでしょう? 企業の方のご意見を伺いたいです。 さて、ふたたび機長からの英語アナウンスが入りました。 「計器の異常は正すことができました。ただいま報告書類を作成中です。あと数分お待ちください。」 何かあるときちんと書類に残す、という文書管理のシステムがちゃんとできているのだなぁ、マネジメントシステムが「運用」されているってことだなぁ、と思って聞いていると、 日本語スチュワーデスさん、 「ご搭乗機はあと数分で離陸の予定です。どなた様もお座席ベルトを・・・」 機長のメッセージをそのまま訳してくれたら、環境報告書の理解が広まるだろうに、と思うのは飛び過ぎかしらね?(^^;)
 

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