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エダヒロ・ライブラリーレスター・R・ブラウン

情報更新日:2009年08月17日

私たちの食べ物はどれほどの石油をつぎ込んでつくっているのか?

 

                       レスター・R・ブラウン

今日の石油を基盤とする文明は、生産量がじきに減少するであろう資源に全面的に依存するものである。1981年以降、石油の採掘量は、新たに発見される量を上回っており、その差はますます広がっている。2008年には、世界で採掘された石油は310億バレルだったのに対し、新たに発見された石油は90億バレルに満たなかった。世界の在来型石油(訳注:従来型の液体の石油)の埋蔵量は、年々急激な勢いで減少している。

これまでに発見された在来型石油の埋蔵量は全体でざっと2兆バレル、そのうちこれまでに採掘されたのは1兆バレルで、残り半分はまだ採掘されていない。だが、この数字を見るだけでは、大事な点を見落としてしまう。

安全保障の専門家であるマイケル・クレア氏が指摘するように、すでに採掘済みの1兆バレルの石油は扱いやすいものだった。すなわち「海岸や海岸近くで発見された石油、地表近くの大きな埋蔵地に集まっていた石油、そして、友好的で安全、かつ採掘が歓迎される場所で生産された石油」だ。

だが、残る1兆バレルは、クレア氏によれば、扱いにくい石油である。「沖合から遠く離れた場所や地下深くに眠っている石油、小規模で発見が難しい埋蔵地に点在する石油、そして、非友好的で、政治的にも不安定な場所や危険な場所で手に入れなくてはならない石油」だ。

このように石油生産量が頭打ちになるという見通しは、世界の食料安全保障に直接的な影響をもたらす。なぜなら、現代の農業は化石燃料の使用に大きく依存しているからだ。

たいていのトラクターはガソリンやディーゼル燃料を使用するし、灌漑用のポンプはディーゼル燃料や天然ガス、石炭火力発電による電力を利用する。また、肥料の生産にもエネルギーは大量に使われる。窒素肥料を構成する基本的なアンモニア成分の合成には天然ガスが使われるし、リンやカリウムの採掘、製造、輸出入はすべて石油に依存している。

農業の石油への依存度は、効率化によって減らすことができる。米国では、農業で直接消費するガソリンとディーゼル燃料の合計が、史上最高だった1973年の291億リットルから、2005年の約159億リットルへと45%減少した。ざっと計算すると、1トンの穀物を生産するのに使われる燃料が驚くことに、1973年の約125リットルから2005年には約45リットルへと、64%も減少したのである。

こうした成功の理由の一つは、米国の耕作地のおよそ2/5で、耕す回数を最小限に抑える最小耕うん法や、全く耕さない不耕起栽培への転換が行われたことである。

ところが、農業における燃料の消費量は、米国では減少してきているものの、多くの途上国では増加しつつある。なぜなら、これらの国々では役畜からトラクターへの切り替えが続いているからだ。例えば中国では、一世代前は耕作地を耕すのにもっぱら役畜を利用していたが、現在は、耕起作業の大半にトラクターを使っている。

米国では、肥料が農業のエネルギー消費量の20%を占める。世界全体では、この数字はもう少し大きくなるかもしれない。世界の都市化が進むにつれて、肥料への需要も高まる。人々が農村部から都市部へ移住するにつれて、人の排せつ物に含まれる栄養分を土壌に戻して再循環させることが難しくなるため、肥料をより多く使う必要があるのだ。

さらに、食料の貿易が全世界へ広がることによって、生産者と消費者との距離が何千キロも隔てられ、栄養素の循環がますます分断される可能性がある。例えば、米国は年間約8,000万トンの穀物を輸出しているが、穀物には、植物の基本栄養素である窒素、リン、カリウムが大量に含まれている。これらの栄養素の輸出が続けば、栄養素を補わない限り、米国の耕地に本来備わっている肥沃さは徐々に失われていくだろう。

もう一つの大きなエネルギー消費源が、灌漑である。地下水位の低下に伴い、世界各地で灌漑にこれまでよりも多くのエネルギーが必要とされている。米国では、農業で消費するエネルギーの19%近くが揚水に使われている。

地下水位の低下が進んでいるインドでは、総電力の半分以上を井戸から水をくみ上げるために使う州もある。不耕起栽培への転換などの流れによって、農業の石油集約度は低下しつつあるが、肥料の使用量の増加や農業の機械化の広がり、地下水位の低下が、これとは反対の作用をもたらしている。

農場でのエネルギー消費量に注目が集まることが多いが、米国食料システムのエネルギー消費量全体に占める農業の割合は1/5にすぎない。残りは、食料の輸送や加工、包装、販売、家庭での調理が占めている。米国の食料経済は、英国経済全体と同じくらいのエネルギーを消費しているのだ。

食料システムで使われるエネルギーの14%が、商品を農家から消費者に届けるのに使われる。これは食料生産に使われるエネルギーの2/3に相当する。また、食料システムで消費されるエネルギーのおよそ16%は、食品の缶詰めや冷凍、乾燥――冷凍濃縮オレンジジュースから豆の缶詰まであらゆるもの――に使われる。

小麦などの主食は、例えば米国から欧州までのように、昔から船で長距離輸送されていた。最近では、新鮮な果物や野菜が遠路はるばる空路で運ばれている。これほどエネルギー集約度の高い経済活動はほとんどない。

石油の安値を背景にフードマイレージ、すなわち、食料が生産者から消費者に届くまでの距離は伸びてきた。ワシントンD.C.の中心部にある、私の研究所に程近いスーパーマーケットで冬に店頭に並ぶ新鮮なブドウは、たいてい約8,000キロも離れたチリから空路で運ばれてくるものだ。

ごく日常的に行われている生鮮食品の長距離輸送の一つに、カリフォルニア州から人口密度の高い米国東海岸への輸送が挙げられる。こうした食品のほとんどは冷蔵・冷凍トラックで運ばれる。ある著述家は、食品の長距離輸送の将来を考える中で「およそ5,000キロも離れた所からシーザーサラダが運ばれてくるような日々は、そう長くは続かないかもしれない」と指摘している。

包装にも驚くほど多くのエネルギーが使われており、食料システム全体のエネルギー消費量に占める割合は7%である。包装に投入されるエネルギーの量が、中身の食品に使われるエネルギーの量を上回るのは珍しくない。包装や販売が、加工食品のコストの大半を占める場合もある。

米国の場合、農家の収入となるのは、消費者が食料品に払う金額の約2割で、作物によってはさらにずっと少ないものもある。あるアナリストが指摘しているように、「シリアルを食料品店に運ぶ際のコストは、箱の中身が空っぽでもいっぱいでも、さほど変わらないだろう」

食料システムの流れの中で最もエネルギーを使っているのは、家庭の台所である。食品を冷蔵・冷凍したり、調理したりするのに使われるエネルギーは、最初にそれを生産するのに使われるエネルギーよりもはるかに多い。食料システムで膨大なエネルギーを使うのは、農場のトラクターではなく、台所の冷蔵庫なのだ。食料システムの生産側の主役が石油だとすれば、消費側の主役は電力である。

要するに、石油が安かった時代に発展した現代の食料システムは、エネルギー価格が上昇し、化石燃料の供給が先細る中、今の仕組みのままでは存続できないだろうということである。

 

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