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エダヒロ・ライブラリーレスター・R・ブラウン

情報更新日:2009年05月23日

漁場回復に向けた海洋保護地域の拡大を

 

                      レスター・R・ブラウン

第二次世界大戦後の人口急増と着実な収入の増加によって、海産物への需要は記録的な速度で高まった。同時に、大型冷凍加工船が登場し、トロール漁船での遠洋漁業が可能になるなど、漁業技術が発達したことで、漁業者は増大する世界中の需要に応えられるようになった。これを受け、1950年に1,900万トンだった海洋漁獲量は、1997年には9,300万トンという史上最高を記録した。

これは5倍の伸びであり、人口増加率の倍以上にあたる。この結果、世界中の天然魚介類の一人当たりの供給量は、1950年の7キロ(15.4ポンド)から、ピーク時の1988年には17キロに達したが、その後は14キロまで下降している。

人口が増加し、現代の食品流通システムが確立したことで、多くの人にとって海産物が身近な食品になり、その消費量が増加している。実際、魚介類に対する人々の欲求は、持続可能な海洋漁獲量を超えている。今日、75%の漁場では、持続可能な範囲ぎりぎりか、それを超えた漁業が行われている。その結果、多くの漁場では水揚げ量が減少しており、中には崩壊したところもある。

海洋漁場が直面する多くの脅威の中でも、漁場の存続を直接的に脅かしているのが乱獲である。魚の群れを追跡するソナーから、全漁船に装備されているものを合計すると地球何周分にもなる巨大な流し網まで、新たな漁業技術が発達するにつれ漁獲量が拡大してきた。実際、こうした漁獲量拡大の結果、過去50年に海洋大型魚の90%が姿を消したという、驚くべき研究報告が2003年の『ネイチャー』誌に掲載された。

世界中で漁場の崩壊が起こっている。500年の歴史があるカナダのタラ漁場は1990年代前半に崩壊し、およそ4万人の漁師と加工業者を失業に追いやった。やがて、米国ニューイングランド沖の漁場もそれに続いた。そして欧州でも、タラ漁場は衰退の一途をたどっている。カナダの場合と同様、欧州のタラ漁場も、もはや手遅れの段階まで取り尽くされてしまったのかもしれない。乱獲をやめずに自然の限界を超えてしまった国では、漁場の衰退や崩壊に直面することになるのだ。

大西洋で大量に捕獲されるクロマグロは、東京のすし屋に運ばれ、大型のものは10万ドル(約900万円)もの高値で取引されるのだが、驚くべきことにその数は94%も減少している。クロマグロのように寿命が長く成熟が遅い種が回復するには、漁業を完全にやめたとしても、何年もの時間がかかる。

米国のチェサピーク湾では、カキの年間水揚げ量が50年前には3,500万ポンド(約1万5,900トン)以上あったが、今ではかろうじて100万ポンド(約455トン)に届く程度である。乱獲、汚染、カキの病気、土壌浸食による沈泥の堆積といった致命的な組み合わせがその原因だ。

欧州連合(EU)加盟国など、国家間での協力に慣れている国々でさえ、持続可能なレベルの漁獲枠を決める交渉は難航する場合がある。1997年4月、EUはブリュッセルで、絶滅危惧種あるいは乱獲されている種について、「EUの全漁船の漁獲能力を最大30%抑える」という合意に達したが、これも長期にわたる交渉の結果だった。最終的にEUは漁獲量を減らすことで合意に達したのだが、この合意による削減とその後の削減を合わせても、EU域内の漁場の衰退を食い止めるのに十分なものとなっていない。

漁場が崩壊すると、残された漁場はさらに圧迫されることになる。地域的な不足は、瞬く間に世界的な不足になる。乱獲が行われていたEU海域での漁獲量が制限されたことで、多額の補助金を受けたEUの漁船団はアフリカ西海岸に向かい、カーボベルデ共和国、ギニアビサウ共和国、モーリタニア、モロッコ、セネガルの沿岸における漁業許可証を購入した。

そうしたEUの漁船は、中国、日本、ロシア、韓国、台湾からの漁船団と漁を競っている。モーリタニアやギニアビサウなど貧困にあえぐ国々にとって、漁業許可証販売による収益は、多いときで国家歳入の半分にまで及ぶこともある。しかし、アフリカ人にとって不運なことに、彼らの漁場もまた崩壊しつつある。

世界の魚介類供給を脅かしているのは、乱獲だけではない。海洋に生息している魚類のほぼ9割が、沿岸の湿地かマングローブ湿地、あるいは河川を産卵場所にしており、熱帯と亜熱帯地方の国々のマングローブ林では、その半分をはるかに上回る面積が失われている。先進国の沿岸湿地の消滅はさらに深刻だ。イタリアの沿岸湿地は、地中海にある多くの漁場の産卵場所となっているが、驚くべきことにその95%が消滅している。

熱帯と亜熱帯の海に生息する魚の繁殖地となっているサンゴ礁は、汚染や堆積に加え、大気中の二酸化炭素濃度上昇がもたらす海水温度の上昇と海洋酸性化による被害で脅かされている。2000年から2004年までの間、死滅したサンゴ礁、つまり生きたサンゴの9割が失われたサンゴ礁の割合は、世界全体で11%から20%に膨らんだ。

人間による負荷がますます増大しているため、残存するサンゴ礁の約24%は死滅の危機に瀕しており、さらに26%が今後数十年間でかなり消滅していく事態に直面している。サンゴ礁が衰退すれば、サンゴ礁に依存している漁場も同じ運命をたどる。

汚染は壊滅的な被害をもたらしている。このことは、化学肥料や下水から栄養素が流出することによってできるデッドゾーン(酸欠海域)を見れば分かる。米国では、コーン・ベルトと呼ばれる中西部のトウモロコシ栽培地帯から流出した栄養素や流域都市からの下水がミシシッピ川を通り、メキシコ湾に流れ出している。

急激な富栄養化は藻の大発生を招き、その藻は水中の分子状酸素を取り込みながら、やがて枯れて腐敗し、結果的には魚が死滅してしまう。この現象が、毎年夏になると、メキシコ湾にニュージャージー州ほどの広さに及ぶデッドゾーンを生み出すのだ。世界に今ある200以上のデッドゾーンは、「海の砂漠」となっている。魚がいないためトロール漁船の姿も見えない場所だ。

過去数十年にわたり、各国政府は魚種単位で漁獲量を制限することで、特定の漁場を保全しようとしてきた。こうした取り組みが功を奏した例もあったが、うまくいかずに崩壊してしまった漁場もあった。近年、別の方法への支持が高まりつつある。海洋保護区や海洋公園の設立である。漁業が制限された保護区は天然のふ化場となるため、周辺の漁場を再び潤すことにつながる。

2002年にヨハネスブルク(南アフリカ)で開かれた「持続可能な開発に関する世界首脳会議」で、沿岸諸国は国ごとに海洋公園ネットワークを構築することを約束した。各国のネットワークをつなぐことで世界的な海洋保護区ネットワークを確立することが可能となる。

同じ南アフリカのダーバンで2003年に開かれた「世界公園会議」では、各海洋生息地における漁業規制区域の割合を20~30%に引き上げるべきだという提言が出された。現在指定されている海洋保護区は、それぞれ規模は異なるものの、合計で海洋の0.6%に過ぎない。

英国ケンブリッジ大学保全科学グループのアンドリュー・バームフォード博士率いる科学者チームは、大規模な海洋保護区の運営費を概算した。その結果、世界の海洋の30%を保護区に指定した場合、その管理費用は年間120~140億ドル(約1兆800億~1兆2,600億円)であった。一方、海洋保護区が世界的なネットワークでつながれば、海洋保全、700~800億ドル(約63~72兆円)の年間海洋漁獲高の増加、そして100万人の新たな雇用がもたらされると見込まれている。

2001年には、主要な海洋科学者161人が連名で、海洋保護区の世界的ネットワーク構築に向けた緊急行動を呼びかける声明を発表した。科学者たちの訴えによると、海洋保護区が確立されさえすれば海洋生物は驚くほど早く回復する。海洋保護区が確立されてから1~2年以内で、魚の生息密度は91%、平均体長は最大31%、種の多様性は20%増加したという。

海洋生態系保全の長期的な取り組みにおいて、海洋保護区の設立が最優先課題であることは間違いないとしても、そのほかの対策も必要である。その一つは、世界中で200カ所ほどのデッドゾーンを生み出している肥料流出や未処理の下水による富栄養化を緩和する取り組みである。

さらに、各国政府は漁業助成金を廃止すべきである。現在、トロール漁船の数が多過ぎるため、潜在的な漁獲能力は海洋が維持できる漁獲量のほぼ2倍に達している。各国政府がばらまいている220億ドル(約1兆9,800億円)もの無益な漁業助成金が海を空っぽにしているのである。しかし、この助成金額よりもはるかに少ない120~140億ドル(約1兆800億~1兆2,600億円)の拠出で、世界的な海洋保護区ネットワークを管理すれば、漁場を回復することができる。

 

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