エダヒロ・ライブラリーレスター・R・ブラウン

情報更新日:2009年02月12日

水の生産性向上を目指して

 

                       レスター・R・ブラウン

レスター・ブラウン氏のアースポリシー研究所から届いた、『プランB3.0:人類文明を救うために』(Plan B 3.0)より「水の生産性向上を目指して」、実践和訳チームが訳してくれましたので、お届けします。

そういえば、先日「チームに訳してもらえるので、英語で出ている情報も日本語で読めてありがたいです」とメールをいただき、とてもうれしかったです。

実践和訳チームは、合格率5%というトライアルをくぐり抜けた精鋭30余名が切磋琢磨しつつそれぞれの翻訳力を向上しているグループで、すべてボランティアでメールニュース用の翻訳をやってくれています。

昔はすべて私が訳していましたが、その時間がとれなくなっている今、このチームのおかげで、レスター・ブラウン氏をはじめ、世界の情報を日本語でお届けすることができています。本当に助かっています。(現在チームメンバーの募集はおこなっていません)

~~~~~~~~~~~~~ここから引用~~~~~~~~~~~~~~~~

水の生産性向上を目指して

http://www.earthpolicy.org/Books/Seg/PB3ch09_ss3.htm

レスター・R・ブラウン

水不足が起き食糧生産の伸びにストップがかかり始めたことで、水の生産性を上げる努力が世界中で求められている。こうした動きは、20世紀後半に土地の生産性を3倍近くまで高めようとしたときに似ている。

灌漑用水の平均的な生産性は、現在、世界全体では水1トン当たりほぼ穀物1キログラム。1トンの穀物だとその収穫には1,000トンの水がいる。したがって世界中で利用されている水の70%が灌漑用だとしても驚くに当たらない。そこで、水の生産性を全体として向上させるには、灌漑用水の利用効率を高めることが鍵となる。

地表水事業、つまりダムを造り、その水を網の目のように張り巡らされた水路を通して農家に送るという計画でも、灌漑用水が100%作物に行き渡ることはない。水は途中で蒸発したり、地下に浸みこんだり、流出したりする。

水政策アナリストのサンドラ・ポステルと エイミー・ビッカースの調査によると、地表水が灌漑に有効に利用される度合いは、インド、メキシコ、パキスタン、フィリピン、タイで25~40%、マレーシア、モロッコで40~45%、イスラエル、日本、台湾で50~60%であるという。灌漑における水の利用効率は灌漑システム
のタイプや状態だけでなく、土壌型、気温、湿度の影響を受ける。低温湿潤地帯に比べ高温乾燥地帯では、灌漑に使用される水の蒸発率ははるかに高い。

2004年、中国水利大臣の汪恕誠は、灌漑用水の効率を上げる国の計画についてそのあらましを私に語ってくれた。2000年に43%であった灌漑用水の利用効率を2010年に51%、2030年には55%に上げるというのだ。その具体策として、水価格の引き上げ、灌漑効率化技術の導入に対する奨励金の支給、灌漑効率化を管理する地方機関の設立などを彼は挙げていた。このような目標を達成した暁には、国家の食糧安全保障は確実なものになる、そう彼は感じているようだった。

灌漑用水の利用効率を上げるなら、洪水灌漑や畦間灌漑のような低効率のシステムをやめて、そのための切り札とされる散水灌漑や点滴灌漑に移行することである。洪水灌漑や畦間灌漑を低圧スプリンクラーによる灌漑システムに変更することで、水はほぼ30%節約できる。点滴灌漑に変えるなら半分ですむ。

それにこの灌漑法では水の蒸発が最小限に抑えられ安定した給水が得られるため、収穫量も増大する。点滴灌漑システムは、労働力を大量に必要とすると同時に水の利用効率が高いことから、労働力が過剰で水不足に悩む国にとっては最適である。

キプロス、イスラエル、ヨルダンなどの小国は、点滴灌漑に大きく依存している。一方、この効率のよい技術は、インド、中国では灌漑地の1~3%、米国では約4%と、これら三大農業国ではほとんど活用されていない。

近年、100本ほどの野菜苗を栽培する約25平方メートルの小菜園用に、小型の点滴灌漑システムが開発された。といっても実質的には水をいれたバケツであり、水の重みを利用し、柔らかいビニール管を通して水をまくだけである。

これよりもいく分規模が大きいドラム缶を使ったシステムだと、125平方メートルの土地に給水できる。そのほか、簡単に移動できるビニール管を使った大規模な点滴灌漑システムも普及し始めている。こうした単純なシステムだと、1年でそのコストが回収できる。水にかかるコストを下げ、生産高を上げることによって、小自作農の収入を劇的に増加させることも可能なのだ。

サンドラ・ポステルの予測によると、さまざまな規模の点滴灌漑技術を組み合わせることによって、世界の耕作地総面積の約1/10を占めている1,000万ヘクタールものインドの耕作地を採算の取れる形で灌漑できるという(水不足を補うため、現在、点滴灌漑の導入が拡大している中国についても、同じ可能性があると彼女は考えている)。

インドのパンジャブ州では、地下水面の急速な低下を受け、2007年に州の農民委員会が、田植えの時期を5月から6月下旬もしくは7月上旬に遅らせるよう勧告した。そうすれば、田植えの時期が雨期と重なることになるため、灌漑用水は約1/3減らせるだろう。地下水の使用を減らすことができれば、地下水面の安定化につながる。同州のいくつかの地域では、地下5メートルにあった地下水位が、30メートルにまで低下しているのだ。

組織の機能転換――具体的には、灌漑システムの管理責任を、政府機関から地元の水利組合に移すこと――によって、さらに水の利用効率が高められる。多くの国では、農業従事者たちが、こうした責任を担うために地元での組合作りを始めている。水管理をうまく行えば経済的恩恵を享受できるため、彼らは地元から遠く離れた政府機関よりも優れた水管理を行っている。

こうした水利組合が非常に発達しているのがメキシコだ。2002年時点で、国営灌漑地区の80%以上が農民組合の管理下に置かれた。政府にとって、このような転換がもたらす利点の一つは、灌漑システムの維持コストが各地域の負担になるため、国の出費が抑えられるということだ。

そうなると、多くの場合組合は灌漑用水の料金をこれまでよりも高く請求しなければならなくなるが、農業従事者にとっては、水供給の自己管理によってもたらされる農業収益のほうが、こうした追加費用よりもはるかに価値があるのだ。

一方、チュニジアでは水利組合が灌漑用水と家庭用水の両方を管理している。組合は国内のほぼ全域にわたっており、その数は1987年の340から1999年には2,575に増加した。今では、ほかの多くの国にもこのような組織があり、自国の水資源を管理している。

こうした組織はかつて、公的に開発された大規模灌漑システムを運営するために設立されたが、最近では、地方の地下水灌漑の管理を目的に設立されるものも出てきた。どちらも、その最終目標は、帯水層の枯渇とそれがもたらす経済の崩壊を避けるために地下水面を安定させることである。

ところで、水の低価格が原因で、水の生産性が低くなることがよくある。多くの国では、水に対する補助金制度がかえって水価格を低くし、実際は水不足でも「水が豊富にある」という印象をつくり上げてしまう。水が不足してくれば、それに応じて価格を設定しなければならない。

中国北部のいくつかの省では、政府が住民に水の無駄遣いをやめさせようと、水価格を少しずつ引き上げている。水価格が今までよりも高くなると、すべての水利用者に影響が及び、水をより効率的に使うための灌漑技術や産業プロセス、家電製品などへの投資が進む。

今、必要とされるのは新たな見方、つまり水利用についての新しい考え方である。例えば、できる限り水の利用効率がよい作物に転換すれば、水の生産性が高まる。北京周辺では、栽培に大量の水を必要とするという理由で、コメの生産が徐々に中止されてきている。

エジプトもまた、コメの生産を制限しているという。灌漑地で作物生産量を増やす方法ならどんなものでも、灌漑用水の生産性を高めてくれる。同じように、穀物をより効率よく動物性タンパク質に変えられるなら、いかなる方法でも、事実上、水の生産性を高めてくれるのだ。

また、健康によくないほど畜産品を消費する人々が食物連鎖の下方に属する食物を摂取するようになれば、水の使用量は減る。米国では、食用と飼料用を合わせた穀物消費量が年平均で一人当たり約800キログラム(1トンの4/5)である。そうした米国で、肉と牛乳、卵の消費量がほんの少し減れば、一人当たりの穀物消費量は簡単に100キログラム減らせるだろう。そして、3億人の米国人がこのように消費を減らすなら、穀物消費量を3,000万トン、灌漑用水使用量を300億トンも減らせるのだ。

世界中の帯水層と河川からの水の使用量を、持続可能な供給量にまで抑えるためには、農業だけでなく経済全体における幅広い対策が必要である。先に述べたさまざまな対策に加え、水効率のよい産業プロセスの導入や、より節水できる家電製品の使用なども明らかに取り組むべき対策である。さらにもうひとつ明らかな対策は、都市の水道水をリサイクルすることだ。これは、深刻な水不足に直面している国々で検討されるべき対策である。

 

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