エダヒロ・ライブラリーレスター・R・ブラウン

情報更新日:2007年07月26日

新しい物質経済

 
レスター・R・ブラウン 自然界では、一方向の直線的な流れは長続きしない。また拡大し続ける経済においても、それが地球生態系の一部である以上、一方向の物質の流れは、長く持続し得ない。問題は、自然と共生できるように、物質経済をいかに設計しなおすかということである。過去半世紀にわたって進化してきた使い捨て経済は、異常なことであり、今やその使い捨て経済そのものが歴史のガラクタの山に向かいつつある。 ここ10年間に、原材料の使用量削減の可能性について3つの専門的な研究が行なわれてきた。初めに、環境保護主義者であり、ドイツ連邦議会の議員でもあったエルンスト・フォン・ワイツゼッカー(ヴッパタール気候、環境およびエネルギー研究所前所長)が「ファクター4(Factor Four)」を提唱した。 これは、現代の産業経済は、天然原料の使用量を当時のわずか4分の1に減らしても非常に効率的に機能するというものであった。この考えは、その数年後に、フリードリヒ・シュミット=ブレーク(Friedrich Schmidt-Bleek)の指導によりフランスで設立されたファクター10研究所(Factor Ten Institute)に引き継がれた。彼らは、資源生産性を現在の10倍まで上げることができるとし、それは、適切な奨励策があれば、既存の技術と管理方式で十分に達成できると結論付けている。 2002年にアメリカの建築家ウィリアム・マクドノウとドイツの化学者ミヒャエル・ブラウンガートが共同執筆した『Cradle to Cradle: Remaking the Way We Make Things』(仮邦題:ゆりかごからゆりかごへ:ものづくりの新しい方法)である。彼らはこの中で、廃棄物と汚染はいかなる犠牲を払っても避けるべきものであると主張。マクドノウは、「汚染は設計上の欠陥を象徴するものである」と述べている。 原材料の使用量を減らすカギの一つは、鉄のリサイクルである。他のあらゆる金属の使用量を合わせても、鉄の使用量には及ばない。鉄はその大半が自動車、家電、建設産業によって使用されている。米国では、鉄を主原料とした製品の中でリサイクル率が最も高いのは、自動車である。今日の車は価値がありすぎて、人目につかない廃品置き場に放置してさび付くままにしておくには、あまりにももったいないのである。 家電製品のリサイクル率は90パーセントと推定されている。2003年の米国でのスチール缶のリサイクル率は60パーセントとなったが、その要因の一つは、1980年代後半に始まった地方自治体のリサイクル活動であった。 米国では、2003年の鉄鋼生産において、約71パーセントがくず鉄、29パーセントが鉄鉱石を原料としていた。鉄のリサイクルが増加し始めたのは、一世代以上前の電気アーク炉の導入時期にさかのぼる。電気アーク炉を利用すれば、くず鉄からの鉄鋼生産が可能であり、鉄鉱石から生産する場合と比べ、3分の1のエネルギー使用ですむ。また、採掘を必要としないことから、環境破壊の源の一つを完全に絶つこともできる。米国、イタリア、そしてスペインでは、リサイクル用電気アーク炉が、全鉄鋼生産量の半分以上をまかなっている。 人口が安定し、成熟した工業国では、必要な鉄鋼のほとんどを、比較的容易にくず鉄のリサイクルによってまかなうことができる。なぜなら、経済の中で使用されている鉄の量が基本的に一定だからだ。家電、自動車、建物の数は全く増加しないか、増加してもわずかである。 しかしながら、工業化が始まったばかりの段階にある国々では、インフラ――工場、橋、高層ビル、または、自動車、バス、電車を含む輸送手段――の構築を必要としており、リサイクルにまわす鉄はほとんどないのである。 だが経済のしくみが改まれば、それまでの鉄鉱山をしのぎ、電気アーク炉を擁する小規模製鉄所(ミニミル)が台頭してくるだろう。電気アーク炉のあるミニミルでは、くず鉄を効率的に鉄鋼製品へと仕上げることができるからだ。 そして先進工業国では、天然原料よりもまず、それまでの経済活動で蓄積されてきた材料に頼るようになるだろう。鋼鉄やアルミニウムなどの金属の場合なら、利用する過程で生じる損失もごくわずかだ。適切な政策がとられれば、金属は永久に利用され、再利用されうるのである。 建設業界でも近年、古い建物を解体する際、後で建材を再利用できるよう分解するようになっている。例えば、米国最大の総合金融サービス企業「PNCファイナンシャルサービス(本社:ペンシルバニア州ピッツバーグ市)」が、ビジネス街に建っていた7階建てのビルを解体した際、主に発生したのは、2,500トンのコンクリート、350トンの鋼鉄、9トンのアルミニウム、そして天井用発泡タイルだった。 このうち、コンクリートは粉砕され、公園になる予定の現場に埋められた。鋼鉄とアルミニウムはリサイクル。天井用タイルも製造業者の元に戻され、リサイクルされた。この一連のリサイクルで、およそ20万ドル(約2,400万円)の廃棄処分費用を節約したことになる。建物をただ取り壊すのではなく分解していくことで、使われている材料のほとんどがリサイクルできるのだ。 ドイツでは、また最近では日本でも、自動車、家電、事務機器などの製品を、簡単に分解して部品をリサイクルできるようにデザインすることが義務付けられている。日本では、2001年5月、家電リサイクル法が国会で制定されたが、この法律は厳しく定められたもので、洗濯機やテレビ、エアコンなどの家電製品の廃棄を禁じている。 消費者は、リサイクル業者に廃棄処分費用(冷蔵庫1台に対して約7,000円、洗濯機1台に対して約4,000円にもなる)を支払う形で、家電のリサイクル費用を負担しているため、家電製品をより安く簡単に分解できるようデザインすることが強く求められているのだ。 中でもコンピュータは、技術が進歩するにつれ、わずか数年で時代遅れとなってしまうため、エコ・エコノミーを構築するためには、すばやく分解・リサイクルできるようにすることが最優先課題である。 また、材料のリサイクルだけでなく、飲料容器などの再利用を促進する対策もある。たとえば、フィンランドは清涼飲料への使い捨て容器の利用を禁止し、カナダのプリンスエドワード島は詰め替えできない飲料容器を一切使わないことに決めた。どちらの場合も、埋め立てごみの発生量は急激に減っている。 何度も使えるガラスビン1本を詰め替えるのに必要なエネルギーは、アルミ缶1本のリサイクルに必要なエネルギーの約10パーセントにすぎない。使用済みビン1本を洗浄、殺菌し、ラベルを貼り直すにはさほどエネルギーを要しないが、融点が摂氏660度のアルミ缶をリサイクルする過程では大量のエネルギーを必要とするのだ。 再利用できない容器の使用を禁止すれば、三方で利点が発生する。「材料とエネルギーの使用量」「ゴミの発生量」「大気と水質の汚染」が同時に削減できるというわけだ。 さらに、輸送燃料も節約できる。なぜならこの場合、容器を単純にもともとの瓶詰め工場あるいは醸造所へ戻すだけで済むからだ。詰め替えできない容器を使用してリサイクルするとなると、それがガラスであろうとアルミニウムであろうと、溶かして、新たに成型し、また瓶詰め工場や醸造所へと送り出す容器製造工場にどうしてもいったん運ばなくてはならない。 完全に汚染物質の排出をゼロにするために、製品のデザインにもまして欠かせないのが、製造工程のデザインを見直すことである。今日の多くの製造工程は、経済規模が今よりもずっと小さくて、汚染物質の量が生態系を圧迫していなかった時代に発展した。現在、「これでは続かない」と自覚する企業が次々と増えており、中にはデュポンのようにゼロエミッション(廃棄物ゼロ)を目標に掲げる企業も出てきた。 廃棄物を削減する別の方法として、生産の一工程から生じる廃棄物を別の工程の原料として利用できるように、体系的に工場を集約させることもできる。日本の大手電子機器メーカーであるNECは、他社に先駆けて、自社のさまざまな生産施設にこの方法を取り入れた多国籍企業の1つである。 実際、工業団地は企業と行政が共に設計に関わり、特に利用可能な廃棄物を排出する工場同士を組み合わせるよう工夫されている。現在、産業界では、まるで自然界のように、どこかの企業の廃棄物が別の企業の原料(食物)になるのである。 政府の調達方針により、劇的にリサイクルが促進される場合もある。例えばクリントン政権が1993年に出した大統領令では、「政府が購入する紙はすべて、1995年までに、古紙配合率20パーセント以上(2000年までには同配合率25パーセント)の再生紙にすること」と規定した。これにより、製紙会社はこぞって製造工程に古紙を配合するようになった。米国政府の紙購入量は世界一であるため、この大統領令により再生紙市場が急速に成長することになった。 原料依存度の低い新技術もまた、原料の使用削減に役立つ。広く分散する電波塔や衛星を利用して信号伝送する携帯電話は、今や発展途上国では完全に主流になっている。つまり、先進国が行ってきた何百万マイルもの銅線敷設のための投資は、途上国には不要なのである。 環境団体がその社会的価値を疑問視している産業の一つが、ボトル入り飲料水業界である。520万人の会員からなる組織WWF(世界自然保護基金)は、2001年に発表した研究で、先進諸国の消費者に対してボトル入り飲料水を購入しないよう訴えた。研究の結果、「ボトル入り飲料水は、水道水と比較して1000倍以上も値段が高い場合があるにもかかわらず、特に安全であるとか健康的というわけではない」とわかったからだ。 WWFによれば、米国や欧州では、水道水の品質基準は、ボトル入り飲料水よりも詳細に定められている。先進各国における巧みなマーケティングにより、多くの消費者が「ボトル入り飲料水の方が健康的である」と思い込んでいるが、WWFの研究で、この説を裏付けるものは何も見つからなかった。また一部の発展途上国の都市のように、飲料水が安全ではないところに住むものにとっては、ボトル入り飲料水を買うよりも、沸騰させるかろ過する方がはるかに安くて済む。 ボトル入り飲料水の利用がなくなっていけば、何十億本ものペットボトルや、水の運搬・配達のためのトラックが要らなくなるだろう。そうなれば、トラック輸送によって生じる交通渋滞、大気汚染、二酸化炭素レベルの上昇などもなくなるだろう。 次に、金鉱採掘が環境に与える影響についてざっと見直すと、「そもそも金鉱採掘産業は社会にとってプラスなのか?」という疑問が湧いてくる。水銀やシアン化物を大量に環境中に放出するだけでなく、年間2,500トンの金を生産するのに、7億5,000万トンもの鉱石の処理が必要になる。これは、10億トンの粗鋼を生産するのに25億トンの鉱石が処理されるのに次いで、2番目に多い処理量である。 毎年採掘される金の総量の8割以上が、宝飾品の製造に使用されている。宝飾品は、世界の人たちのうち、ほんの一握りの富裕層がステータスシンボル、つまり富を誇示する手段として身につけることが多い。 トルコの環境活動家として広く尊敬を集めるビーセル・レムケは、金鉱採掘の今後に疑問を投げ掛ける。広大な地域を、彼女いわく「月の砂漠」に変えるほどの価値があるのかと。レムケは「金」そのものに反対しているのではなく、金の鉱石を処理する際に放出される、シアン化物や水銀といった極めて有害な化学物質に反対しているのだ。 金に正当な市場価格をつけるなら、課税することだ。その税収を、水銀やシアン化物といった採掘による汚染の浄化と、鉱山地帯の景観修復にあてるのだ。こうした課税により、この貴金属のために社会が負担しているあらゆるコストが価格に反映されるため、金の価格は数倍に膨れ上がるだろう。 原料の使用を削減するもう一つの選択肢は、使用を促している助成金を撤廃することだろう。アルミニウム産業ほど、こうした助成金を受けている産業はない。たとえば、オーストラリアのシンクタンクであるオーストラリア研究所(The Australia Institute)の報告によると、同国の製錬業者は、助成金の支給を受 けて驚くほど安い料金で電力を購入している。他の産業は1キロワット時当たり約3.1~3.7円支払っているのに対し、製錬業者は約0.8~1.7円しか支払っていないという。 この巨額の助成金がなければ、私たちが使い捨てのアルミ製飲料容器を手にすることもないのかもしれない。このアルミニウムへの助成金は、間接的に航空産業と自動車産業への助成にもなっており、結果的に、エネルギーを大量に消費する移動を奨励しているのである。 物質経済を脱するための政策上の構想で、最も広く知られているのは、現在提案されている化石燃料の燃焼に課す税金である。この税金は、石炭・石油の採掘、それらの使用による大気汚染、気候変動のために社会が負担しているあらゆるコストを反映するものだ。この炭素税によって、エネルギー価格はより現実に即したものとなり、その価格がエネルギーを大量に消費する物質経済に浸透し、原料の使用量削減を促すだろう。 物質分野のエコ・エコノミーを構築する際の課題は、市場が常に偽りのないシグナルを送れるようにすることである。エルンスト・フォン・ワイツゼッカーの言葉を借りれば、「課題は、市場に生態学的な真実を語らせること」となる。市場に真実を語らせるには、炭素税だけでなく埋め立てごみ処理税も必要である。それによって、ごみを生み出す人たちがそれを一掃するコストを全面的に負うことになるのだから。 (翻訳:藤津、荒木、長谷川、長澤)
 

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