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エダヒロ・ライブラリーレスター・R・ブラウン

情報更新日:2005年06月12日

地球を覆う舗装:自動車と作物の「地面の取り合い」

 

レスター・R・ブラウン

21世紀が始まったが、自動車と作物の"耕作地の取り合い"が激化している。これまで耕作地の舗装化が主に進んできたのは、世界中に5億2000万台ある自動車の8割を所有する先進国であった。ところが現在では、発展途上国でもあちこちの農地が舗装道路の犠牲になっている。途上国にはおなかをすかせた人々がたくさんいることを考えても、自動車の今後の役割に疑問符が点滅する状況となってきた。

先進国ではこれまで、何百万ヘクタールという耕作地が舗装され、道路や駐車場に姿を変えてきた。たとえば、米国では自動車1台あたり、平均0.07ヘクタールの舗装道路や駐車場が必要である。米国の車両が5台増えるごとに、フットボール場ほどの広さの地面がアスファルトで覆われることになる。

耕作地は平らで水はけがよいために農地に適しているのだが、まさしくその故に道路建設にも向いている。そしてそれだけの理由で舗装されてしまうこともよくある。いったん舗装されてしまうと、その地面は簡単には再生できない。環境主義者のルパート・カトラーがかつていったように、「アスファルトは土地の最終作物」なのだ。

米国には2億1400万台の自動車両があるが、これまで630万キロメートルもの道路を舗装している。これは、赤道のところで地球を157周りするほどの距離である。自動車のためには、道路だけではなく、駐車場も必要だ。2億1400万台もの自動車やトラックのための駐車場を想像してみるがよい。想像し難ければ、1000台の自動車を収容する駐車場をイメージして、それが21万4000もあるところを想像してみればよい。

どのようなイメージを思い描こうと、米国では推計1600万ヘクタールの土地が道路と駐車場として使われている。昨年米国の農家が小麦を作付けした面積は2100万ヘクタールであった。舗装道路と駐車場面積は、小麦作付け面積に近づきつつあることがわかる。しかし先進国では、この舗装化の動きは鈍化しつつある。というのも、自動車が飽和状態になってきたからだ。米国では4人に3台自動車両がある計算だ。西洋や日本では通常、2人に1台の割合である。

しかしながら、自動車両数がまだ少なく、耕作地も不足している発展途上国で、今まさに舗装化が進行中である。世界全体の車両数は5億2000万台で、毎年1100万台ずつ増えているが、その増加のうち発展途上国の占める割合が増えている。つまり、自動車と作物の土地争いは、飢餓が日常茶飯事である国々の小麦畑や田んぼで繰り広げられているのである。合わせて世界人口の38%を占める中国とインド両国での「自動車vs作物」の顛末は、世界中の食糧安全保障を左右することになろう。

ドイツ、英国、日本のように、人口密度が高い自動車中心の先進国では、車両1台あたり平均0.02ヘクタールの土地が舗装されている。その過程で、非常に生産性の高い耕作地の一部を失っている。同様に、中国やインドでも、工業化が耕作地に大きな圧力をかけている。中国の面積は米国とほぼ同じであるが、13億人の中国人は国の中でもたった3分の1の土地に密集して住んでいる。東海岸と南海岸沿いの1000マイルの地域であるが、そこは耕作地が広がる地域でもある。

中国には現在1300万台の自動車両しかない。しかしある日、日本のように2人に1台ずつ自動車を所有するようになれば、6億4000万台の車両を有することになる。このような膨大な車両数はとてつもないと思えるかもしれないが、中国はすでに鉄鋼生産量、肥料使用量、牛肉生産量で米国を追いぬいていることを思い出してほしい。1980年以来、中国経済は巨大で、世界でももっとも著しく成長している経済なのである。

ヨーロッパや日本のように、中国でも車両1台あたり0.02ヘクタールの地面を舗装すると考えると、6億4000万台では1300万ヘクタール近くの地面を舗装することになる。多くの場合、耕作地をつぶして舗装することになるだろう。この面積は、中国の田んぼ面積2300万ヘクタールの半分以上にあたる。一部では二期作も行って、主食であるコメを1億3500万トン生産している田んぼである。中国南部の農家が、自動車のために二期作の田を1ヘクタール失うことになれば、その収量に及ぼす影響は2ヘクタール分となる。4人に1台という、日本の車両所有率の半分で考えたとしても、相当な耕作地が犠牲になるだろう。

インドの状況も似たり寄ったりである。インドの面積は中国の3分の1しかないが、人口はやはり10億を超えており、現在800万台の自動車両がある。いまでさえ、村や都市がどんどん広がっているせいで、耕作地がつぶされている。そのうえ、自動車のために地面を舗装することになれば、インドの耕作地は大きく減ってしまうだろう。インドでは2050年までに人口がさらに5億1500万人増えると予測されている。貴重な耕作地を道路や駐車場のためにアスファルトで覆ってしまう余裕はないはずだ。

中国やインドにしても、インドネシアやバングラデシュ、パキスタン、イラン、エジプト、メキシコなどやはり人口密度の高い国々にしても、自動車中心の交通輸送システムと国民への食糧供給を両立させるだけの土地はない。土地をめぐる自動車と作物の争いは、持てる者と持たざる者の争いとなりつつある。つまり、自動車が買える豊かな人々と、食べることにさえも必死な貧しい人々との戦いなのだ。

全国民から集めた税収で自動車インフラを補助している政府は、実際には、貧しい人々から集めたお金で金持ちの自動車を支援しているのである。自動車中心の交通輸送網を作るために補助金を出すということは、政府は耕作地の舗装化にも補助金を出しているということだ。発展途上国での自動車の所有が一握りの富裕層に限られているとすると――現在はそのような状況のようだが――、貧困層から富裕層への所得移転がほとんど目に見えない形で継続することになる。

土地が不足している世界では、自動車の今後について改めて考え直す時期がきている。一握りの豊かな人々だけではなく、国民全体に移動手段を提供できる交通輸送網を考え、しかも、食糧安全保障を脅かさずに済むにはどうしたらよいか、を考えなくてはならない。1994年に中国政府が、「自動車産業を今後20~30年の成長産業のひとつにする」と発表したときに、著名な科学者たち――その多くが国家科学技術院の会員だった――が、この決定に反対する白書を作成した。白書には、中国が自動者中心の交通輸送網を作ってはならない理由をいくつか挙げられたが、最初の理由は「中国には、国民に食糧を供給し、かつ自動車に土地を提供できるほど、耕作地はない」というものだった。

この科学者チームは、道路や駐車場といった自動車のインフラを作る代わりに、中国は最新式のライトレールシステムを作って、バスや自転車でその間隙を埋めるような交通網づくりに注力すべきだ、と提言した。こうすれば、渋滞の激しい自動車中心の交通網よりもずっと多くの人々に移動手段を提供できるばかりではなく、耕作地をも保護することができよう。

気候変動や大気汚染、交通渋滞など、どこであっても自動車中心の交通輸送網の構築という目標に首を傾げるべき理由はたくさんある。しかし、「耕作地が減ってしまう」ということだけでも十分な理由ではないだろうか。現在60億人の人口を抱える世界に、今世紀半ばにはさらに30億人が付け加わるが、この増加分のほとんどすべてが発展途上国で生じる。発展途上国には、すべての人に食糧を供給し、かつ自動車にも対応できるほどの土地はないのである。今後の食糧安全保障はいまや、交通輸送予算の再構築にかかっている。高速道路などの自動車インフラへの投資を減らし、鉄道や自転車のインフラへの投資を増やす、ということである。

 

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