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えだブログ

2004
Jul
14

アランの会へのフィードバック

2004年07月14日

 昨日は神奈川県の校長先生が100数十人集まっていらっしゃるところで、話をさせてもらった。つい、力が入ってしまって、用意していった話が全部カバーできなかった……。

 ところで、学校には校長先生はひとりしかいない。だから「特別な存在」である。でも、あの大きな部屋いっぱいに校長先生がいらっしゃると、特に特別な存在ではなく感じられるなぁ、と面白かった。そして、だれに向かっても話す内容をお話ししたのだが、同じようにわかり、感じてくださったみたいなので、ますますそう思った。

 ところで、アランの会へのフィードバックがいろいろと届いているのを、ハムスターのプチが喜んで見ている。

 「へー、ヨン様より素敵な笑顔でした、って書いてあるよー」(^^;

 うん、確かにアランの笑顔はステキである。相手が誰でも、そこに100%いよう、100%の注意を向けよう、という人なので、100%の笑顔なのである。(^^;

 「アンタの通訳のことも書いてあるよ。アランとの息が合っていて、アートのような通訳でしたってさ」といったプチは、「アートって芸術でしょ? アンタの通訳、爆発したの?」とのたまった(ここは岡本太郎さんの地元なのである……。_ _;)

 あのように、講演型ではなく、パフォーマンス型の場合、通訳はいつもとちょっと違う難しさがある。内容の正確さはもちろん大切なのだが、「場の雰囲気」を盛り下げないようにする必要があるのだ。

 通訳が入るというだけで、聞き手にとってもタイミングがずれるし、アランだってワンテンポ置かなくてはならないので、やりにくくなるはずだ。こういう場面で、ふつうのつもりで通訳していると、十分に場を盛り下げてしまう結果になる。かといって、パフォーマンスをしているのはアランであって、通訳者ではない。だから通訳者が盛り上がっても異様である。(^^;

 大阪会場での公演がアランと組んだ最初だった。そのまえに着席での経済人への講演はあったが、これは「いつもの通訳」スタイルで問題なかった。大阪の会場ですぐに、それではいけない、とわかった。

 ので、はじまって2分後に、私はメモを捨てた。メモを取るのをやめたのである。そして、ちょうどお餅をつくときにひっくり返す人みたいに、「合いの手」的に通訳を入れることにしたのであった。アランも、こういう公演で通訳を入れるのは(少なくても日本で)はじめてである。だから、彼も話しながら調整しているのがわかる。お互いに会場と相手を見ながら、間合いを調整しつつ、話し、通訳をしているうちに、だいたいのテンポとペースがつかめてくる。

 いったんこのテンポとペースがつかめれば、ラッキーである。みなさんを楽しく引き込むように、通訳の合いの手を入れる感じで進める。こうやって話し手と通訳者の息があったとき、まるでいっしょにダンスを踊っているように楽しい。実際にとっても楽しかった。こういうときは、興奮は残っても、疲れはまったく感じない。

 大阪からの帰り、アランが「これまであちこちで通訳を入れて講演をしたことがあるけど、今日の通訳はすごくやりやすくてよかった」と言ってくれた。話し手に「やりやすい」と思ってもらえれば、通訳冥利に尽きる。

 ほー、よかった~、と思っていたら、アランが「明日の東京では、このコメントは入れないようにする。あのジョークはやめて、こういう言い方をしよう」とすぐに細かく自分のパフォーマンスを振り返って、改善を考え始めたのにびっくりした。同じく講演もする立場として、自分はまだ甘いなー、と刺激を受けたのであった。
 
 そして翌日。本当に言ったとおりに自分の発言やパフォーマンスをコントロールして、「今回はこうしたい」と言った姿に近づけているようすに、通訳しながら感動していた私であった。

 

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