エダヒロ・ライブラリー執筆・連載

2017年06月08日

私たちの食べている卵と肉はどのようにつくられているか
―世界からおくれをとる日本(後編)

 

 出典:岩波書店「世界」no.896 2017年6月号

前編はこちらをご覧ください)

世界的に進むアニマルウェルフェアの取り組み

 世界のAWを先導する欧州では、どのようにこの考え方が生まれ、進展してきたのだろうか。佐藤衆介教授の『アニマルウェルフェア 動物の幸せについての科学と倫理』によると、まず英国で、家畜福祉や自然保護の活動家であったルース・ハリソンが1964年に出した著書『アニマル・マシーン』により、近代畜産における家畜飼育法の虐待性や薬剤多投による畜産物の汚染が大きな社会問題になった。英国議会が立ち上げた「集約畜産下での家畜のウェルフェアに関する専門委員会」は、飼育基準を提示し、さらに正確な基準をつくるために、応用動物行動学が進展することが重要であると指摘した。飼育方式の基準化の動きはその後西欧に広がり、欧州審議会では家畜のウェルフェアに関する協定が次々と成立した。「家畜のウェルフェアを守る発想は、西欧では1960〜80年代に出現した」と佐藤教授は述べている。

 そういった下地の上に、従来型の工場畜産への見直しを大きく進める契機となったのが、1986年に英国で発見されたBSE(牛海綿状脳症、狂牛病)であると、松木名誉教授は指摘する。「家畜は本来の生理的な行動要求に沿った飼い方をしなくてはいけないのではないか」と、食の安全の問題と家畜の福祉がつながったのである。ちなみに、私がオレゴン州に取材に行った際にも、「ホルモンや抗生物質を投与されている肉や卵は食べたくない」という食の安全への希求がAW対応商品への需要の大きな原動力であることを感じた。

 EUの基本原則となるアムステルダム条約(1999年5月1日施行)では、締約国に「動物保護の改善とAWに対する配慮」を求めている。「動物は意識ある存在」と表現し、動物を保護し、AWに配慮するという倫理を、法律による規制へと具現化することに欧州各国は合意したのである。

 動物の飼育・輸送・屠畜方法をAW対応にすると、畜産物の生産コストは上昇する。EUの委員会によると、AWに則った飼育方法に改善することによる生産費の上昇は、豚肉では0.5〜1.8%、卵ではケージを広げて8%、ケージ禁止で16%と試算されている。そこでEUでは2005年を目途に、農業共通政策としてAW法の遵守農家に対して補助金を出すことを決定した。佐藤教授によると「農家あたりの上限額は規定されているものの、年間1家畜単位あたり最高500ユーロ(約6万5,000円)」という(家畜単位とは成牛を1とした場合の相対値で、ブタは0.2、ヒツジ・ヤギは0.1、ニワトリは0.01であり、各畜種を共通に扱うことができるので、便利でよく使われる指標とのこと)。なお、ベルギーではケージ卵とケージフリー卵の値段はほぼ同じになっているとの報告もある。

 2002年には、もともと動物の病気の伝播を防ぐために1924年に発足した国際獣疫事務局(OIE)がAWの作業部会を立ち上げ、「輸送やと畜等に関する基準」を策定。その後、ブロイラー、肉用牛、乳用牛などを対象に「AWの測定項目並びに畜舎及び飼養管理に関する推奨事項」を策定し、現在、肉用豚や採卵鶏に関する基準の策定中である。

 AWの枠組みとして世界の共通認識となっているのは「5つの自由」だ。①空腹および渇きからの自由(健康と活力を維持させるため、新鮮な水および餌の提供)、②不快からの自由(庇陰場所や快適な休息場所などの提供も含む適切な飼育環境の提供)、③苦痛、損傷、疾病からの自由(予防および的確な診断と迅速な処置)、④正常行動発現の自由(十分な空間、適切な刺激、そして仲間との同居)、⑤恐怖および苦悩からの自由(心理的苦悩を避ける状況および取り扱いの確保)である。

 EUや北米、グローバル企業などを中心に、世界的に、5つの自由を守るAWの取り組みが進んでいるのは、本来の動物らしい行動を尊重するとともに、自然な行動や環境は動物のストレスを減らし、食の安全にもつながるとの考えからだ。

日本ではなぜ進まないのか

 では、日本はどのような状況だろうか。日本で牛や豚、鶏などを対象とした法律は、「動物愛護管理法(動物の愛護及び管理に関する法律)」である。その目的は、「愛護」については「動物愛護の気風を招来し、生命尊重、友愛及び平和の情操を涵養」することで、「管理」は「動物による人の生命、身体及び財産への侵害防止並びに生活環境の保全上の支障を防止」することとされている。「管理」の面は人間を守るための法律であることがわかる。そして、ここでの「愛護」という考え方が、他国と大きく異なる特徴的なものである。

 佐藤教授は、「この『愛護』がウェルフェアを進展させる上での障害になっているのではないか。愛護とは愛であるから、つながりの中から、配慮を考えていく。つまり、自分と心理的な関係が近いものと近くないもので扱い方が違うということになる。他方、西洋のウェルフェアの考え方は、愛とはまったく関係なく、個体の存在を尊重するということ。個人主義ではない日本では、そういう発想は理解しにくいのかもしれない」と指摘している。

 しかし日本も、国際的なAWの動きから無縁ではいられない。日本はOIEの加盟国でもあり、OIEが次々と策定するAW基準に対応していく必要がある。そこで、「アニマルウェルフェアに関する国際的な動きに対応するため、我が国の実情を踏まえ、家畜別にアニマルウェルフェアに対応した飼養管理の検討を行う」検討委員会が設置され、農林水産省・(社団)畜産技術協会が2011年に「アニマルウェルフェアの考え方に対応した家畜の飼養管理指針」を策定した。

 この指針には、5つの自由の実現のためとして、「家畜の健康状態を把握するため、毎日観察や記録を行う」「家畜の丁寧な扱い」「良質な飼料や水の給与」「飼養スペースを適切にする」「家畜にとって快適な温度を保つ」「換気を適切に行う」「鶏舎等の清掃・消毒を行い清潔に保つ」「有害動物等の防除、駆除」といったポイントが記載されている。

 NPO法人アニマルライツセンターの岡田千尋代表理事は、「OIEでは、加盟国全てが対応できそうな内容を規定するため、5つの自由の中でも、『正常な行動の自由』『精神的苦痛からの自由』が外れる傾向にあるが、日本では、飼養管理指針でも顕著なように、正常な行動の自由と、行動の自由がないことによる精神的苦痛が重視されない傾向にある。輸出が少なく、世界的な目にさらされてこなかった日本の畜産は、世界的なAWの流れから取り残されている」と指摘する。

 この指摘は、国際的な動物保護NGOワールド・アニマル・プロテクションによる畜産動物の保護に関する国際評価を見ても明らかである。英国やドイツはAランク、フランス、メキシコ、ブラジルなどはBランク、中国、インド、タイなどはCランクであるのに対し、日本はDランクなのだ。佐藤教授も「中国やタイは、EUなどに食肉を輸出しているのでAWに対応している。日本も高級牛肉などを輸出しているが、今後は世界からの目が厳しくなるだろう」と言う。農産物輸出を成長産業とする政府の視野にAWは入っているだろうか。

2020年東京オリンピックの食材調達

 現在行われている東京五輪の調達基準の議論では「日本には、OIEに対応するための飼養管理指針があるので、それで対応すればよい」という意見がある。これまで見てきたように、OIEの基準自体が5つの自由のすべてを盛り込んでいるとはいえず、世界の先進的な企業や業界はさらに高いレベルのAWへの移行を進めている。日本の飼養管理指針には、一羽あたりの飼養面積や具体的な設備内容などの記述はなく、動物の自然な正常行動の発現への視点も弱く、欧米で禁止されるバタリーケージや拘束飼育を容認する内容となっている。また、法令ではないため、強制力はなく、動物取り扱いの考え方の紹介に留まっている上、生産者の認知度も低い。

 ロンドンやリオ五輪での調達はどうだったのだろうか。アニマルライツセンターは、「ロンドン五輪の調達では、鶏卵は2012年以降EUがバタリーケージを禁止している上、さらに進めて放牧を基準に、オーガニックを推奨とした。鶏肉は平飼い・放牧・オーガニックを推奨。豚肉も妊娠ストールを禁止。牛肉はもともと放牧がほとんどだが、オーガニックを推奨とし、英国マクドナルドが放牧牛乳を使用した。リオ五輪では、鶏卵はケージフリー、牛肉は熱帯雨林への配慮を打ち出し、豚肉もブラジル最大手の企業が2016年までに妊娠ストールを廃止するなど、官民合わせて高いレベルでのAW対応が打ち出されていた」と言う。

 このままでは東京五輪の食材調達におけるAW対応はロンドンやリオより後退する恐れがある。

 東京五輪への注目が集まる中、農水省でも「アニマルウェルフェアの考え方に対応した飼養管理指針」の周知・普及を図ろうとしている。畜産技術協会の調査では、この指針の認知度は、豚と採卵鶏の農家では五割を超えているものの、ブロイラー、肉用牛、乳用牛の農家では2〜3割に過ぎない。認知度アップは「アニマルウェルフェア」の概念を生産者に広げるためには役立つが、前述のとおり、この飼養管理指針への準拠だけでは、世界レベルのAW対応には届かない。

 もう一つの動きは、農林水産省が導入を推奨する農業生産工程管理手法の一つ、JGAP(食の安全や環境保全に取り組む農場・団体に与えられる認証)の領域拡大だ。GAP(Good Agriculture Practice)は欧州を中心に開発され世界に広がっているが、その日本版JGAPでは、適切な農場管理の基準として、農薬や肥料、水や土、放射能の管理などに基準が定められている。青果物、穀物、茶に加えて、畜産物向けの基準書も作成された。

 本年3月24日の組織委員会で承認された東京五輪の調達基準には、次のように記されている。「GAP取得チャレンジシステムについては、農林水産省の補助事業により実施するものであり、JGAP取得を推進するため、家畜伝染病予防法に基づく飼養衛生管理基準、畜産物の生産衛生管理ハンドブック、アニマルウェルフェアの考え方に対応した家畜の飼養管理指針、環境と調和のとれた農業生産活動規範の各チェックシートをベースに、JGAP取得につながる取組・項目をリスト形式で提示し、生産者が自己点検した内容を第三者(事業実施主体)によって確認するもので、平成29年度より運用開始予定のもの」

 佐藤教授は「JGAPにはいろいろな項目があるので、AWはあくまでその一部。しかも、認証をとるのは大変だろうからと『チャレンジする』と宣言した農家を公表するもの」と指摘する。これだけでは、東京五輪を契機に日本の農家が高いレベルのAWをめざす強い原動力にはならないだろう。

 佐藤教授は「2016年12月に、国際標準化機構(ISO)とOIEから国際基準『アニマルウェルフェアマネジメント―フードサプライチェーンの組織に対する一般要求事項及びガイダンス』が出された。3年後の見直し後に正式規格になるだろう。日本にもISO認証団体があるので、認証を求める農家が出てくれば日本でも認証が始まる」という。

 日本の農家にとっては高い要求事項もあるだろう。それでも、2020年に向けて、農家のISO認証取得を支援し、認証された農家の畜産物を東京五輪で優先的に調達することが、畜産物の調達の面でも世界に誇れる東京五輪とするとともに、東京五輪をきっかけに、AW後進国である日本を大きく前進させることになるのではないだろうか。

「エシカル消費」への関心を――日本の今後に向けて

 日本には、「アニマルウェルフェア」という言葉が出てくるずっと以前から、AWの先進事例のような取り組みをしてきた農家もある。また、AWに関するセミナーや農場・屠畜場の見学会などに取り組んできた「北海道・農業と動物福祉の研究会」を法人化する形で、(一社)アニマルウェルフェア畜産協会が2016年5月に設立され、日々の飼育管理で配慮すべき基準をクリアしていれば、ロゴマークをつけられる国内初の「アニマルウェルフェア畜産認証制度」を創設した。6月には日本のAW畜産実践者が主体となり、流通・飲食・消費者と共に、AW畜産の将来価値を高める国内初のコミュニティとして、AWFCジャパン(アニマルウェルフェアフードコミュニティジャパン)も立ち上がっている。

 一方、消費者側でも「エシカル消費」(倫理的消費)への関心を持つ人が少しずつ増えており、そこには環境配慮やフェアトレードなどの側面に加えて、AWの観点も含まれる。

 東京都市大学の枝廣研究室では、AWに関する意識と取り組みについて調査している。昨年12月に一般の人々300人を対象にインターネット調査を行った結果、9割近くは「アニマルウェルフェア」という言葉を聞いたことがなく、意味を知っていたのは1人だけだった。しかし、AWの考え方を説明した上で、「日本の畜産業界もAW重視の方向に変えていくべきだと思うか」を尋ねたところ、「思う」「どちらかといえば思う」との回答が約6割に達した。

 食肉や卵を扱う48の企業を対象としたアンケート調査では、「まだ回答できる段階にない」など無回答の企業も多く、回答企業でも社名は公表しないとした企業も多かった。回答した12社のうち、10社が「AWを事業に関わる課題として認識している」ものの、ガイドラインなどを公表している企業は2社だけだった。「特に取り組みは行っていないが、消費者も理解・必要性を感じていない」「日本国内の市場はまだ無関心で、商業ベースには乗らないため、現状では目標・ターゲットの設定は不要」といったコメントが寄せられた。

 これらのことから、生産者側は「消費者のニーズがないから」というスタンスであり、一方消費者側は、欧米のように認証ラベルも情報提供もない中では「知らない」「選びようがない」状況にあることがわかる。この「卵が先か鶏が先か」という状況を打破して、日本のAWのレベルをせめて欧米並みに引き上げるために不可欠なものが3つあると考える。

 一つめは、政府・農水省の中長期的なビジョンに基づいた現実的な移行プランの策定と実行である。現在、世界のAWを牽引するEUでは、たとえば、バタリーケージ禁止などの改善に向けて10年ほどの移行期間を置き、補助金などの仕組みを整えて、農家の移行をリードしている。日本も、OIEの基準が改定されたらそれにあわせて改定する、という対応型ではなく、日本の畜産をどうしていきたいのか、これまで重視してきた生産性とAWを両立させるにはどうしたらよいのか、中長期的なビジョンを打ち出し、実行していく必要がある。指針だけ作って、あとは農家や消費者に任せるという現状のやり方では大きな変革は望めない。

 二つめは、飼養基準などの土台となる科学的な分析力の向上である。EUの基準などは応用動物学、畜産経済学などの専門家による詳細な科学的根拠に基づいており、飼養施設の改善によるコストや生産性への影響も数値化した上で、議論が行われる。残念ながら、日本にはAWに関わる研究者が少なく、農水省関連の研究機関でもそれほど研究が行われていないのが現状である。先述したように民間の認証制度も始まった中、本当に消費者が信頼できる基準や認証をつくっていく上でも、国として本気で研究等を支援する覚悟と資金が必要だ。アニマルライツセンターが指摘するように、2015年度の日本の畜産動物のAW関連予算は2,000万円しかなく、EUの年間予算140億円にくらべるとまだまだ国として本腰を入れてこの問題に取り組んでいるとはいい難い。

 そして、三つめは、消費者である私たち一人ひとりが知ること、意識すること、選ぶこと、声に出すことである。

 まずは、毎日のようにお世話になっている卵や肉がどのようにつくられているのかを知ることだ。アニマルライツセンターなど、現状と世界の状況をわかりやすく伝える活動をしているNGOもある。書籍やウェブサイトなどでぜひ情報を得て知ってほしい。そして、卵や肉を食べるときには、意識すること。一瞬でもよい、「どこでどのように育てられた鶏の卵なのだろうか?」と思いを馳せてほしい。

 そして、選ぶこと。AW対応の卵は高く感じるかもしれない。しかし、AW対応ではない通常の卵が不当に安すぎるのだ。採卵鶏が鶏らしく生きられる環境で飼育されるためのコストは、卵を食べる私たちが払うべきコストではないか。また、日本ではまだ売り場に置いていないことが多いため、そもそも選択肢がないことも多い。そういうときは声に出してほしい。「お客さまが求めていることがわかれば、平飼いや放牧の卵を置くようにしている」という小売店もある。

 畜産動物のAWについて話すと、「どうせ殺して食べてしまうのだから、そんなことを考えなくても」という人もいる。私たち人間も「どうせ死んでしまうのだから、生きている間、人間らしく生きられなくてもいい」と思うだろうか? AWと向き合うことは、実は、私たち「一人ひとりがいかに生きるのか」にも直結しているのだ。

【関連情報】
2017年1月31日
9割の人が知らない「アニマルウェルフェア」
~消費者の意識と行動が企業の動物福祉の取り組みを変える~(プレスリリース)

 

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