エダヒロ・ライブラリー執筆・連載

2017年06月08日

私たちの食べている卵と肉はどのようにつくられているか
―世界からおくれをとる日本(前編)

 

出典:岩波書店「世界」no.896 2017年6月号

アニマルウェルフェア――世界と日本のギャップ

 日本人は一人あたり年間に330個の卵を食べている。世界第3位の「卵食国民」である。食生活の西洋化に伴い、食肉の消費量も増えている。1960年には1人1年当たりの食肉(牛肉・豚肉・鶏肉)供給量は3.5㎏だったが、2013年はその約10倍の30㎏となっている。

 私たちの体を作るタンパク源として重要な卵と肉・ハムやベーコンなどの加工肉製品は、多くの人が毎日食べているにもかかわらず、どのようにつくられているか、日本ではあまり知られていない。そう痛感したのは、2016年5月に米国オレゴン州へ取材に行ったときだった。環境配慮にとどまらず、社会や地域の側面を考慮する「エシカル消費」(倫理的消費)の最新動向を調査するため、ポートランドをはじめいくつかの地域で、主に流通・小売の現場を見て歩いた。スーパーマーケットにしても、レストランやカフェにしても、キーワードは「オーガニック(有機)&ローカル(地産)」だった。

 それらの現場で繰り返し目にしたのが、「humanely grown meat(人道的に飼育された肉)」「hormone-free, antibiotics-free meat(成長ホルモンや抗生物質を与えていない肉)」「cage-free eggs(ケージ飼育をしていない鶏の卵)」である。背景にあるのは、「動物たちは生まれてから死ぬまで、その動物本来の行動をとることができ、幸福(well-being)な状態でなければならない」という「アニマルウェルフェア」の考え方だ。「アニマルウェルフェア(animal welfare)」は「動物福祉」と訳されるが、最近ではカタカナのまま使われることが多い。

 欧米には、このアニマルウェルフェア(以下、適宜AWと略)の認証制度がいくつもあり、消費者は肉製品、乳製品、卵などに貼られた認証ラベルを見て選ぶことができる。自然食品などで知られるホールフーズ・マーケットは、非営利組織と組んで「5ステップ評価基準」を採り入れ、米国およびカナダの全店舗で、販売しているすべての牛、豚、鶏、七面鳥の食肉がAW的にどのステップにあるかをラベルで示している。

 投資家もAWに注目し始めている。BBFAW(Business Benchmark on Farm Animal Welfare)が企業のAWへの取り組みを調べており、最新の調査では世界の主要食品企業90社のランキングを発表した。そして180兆円を運用する機関投資家が、AWに関する宣言に署名している。AWが食品業界への長期投資の価値を左右する重要課題であると認識し、投資家に対して食品会社への投資判断時にこのBBFAWのベンチマークを枠組みとするよう求めているのだ。

 ちなみに、BBFAWの調査対象企業は17カ国にわたるが、日本企業は入っていない。90社のうちAW方針を公表している企業は、2012年の46%から2015年には69%へ、AWの目的・目標を公表している企業は2012年の26%から2015年には54%へと増えている。

 これほどAWが大きな関心を集め、投資家すら注目する動きになっているのに、日本ではほとんど知られていないのではないか。そう思っていたところにちょうど、東京五輪で提供する食材に関する調達基準の議論が始まった。

 私は東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の中に設けられた専門委員会の一つ「街づくり・持続可能性委員会」の委員を務め、低炭素ワーキンググループ(以下WG)のメンバーである。お隣の持続可能な調達WGで、木材の調達コードに続いて、食材(農作物、畜産物、水産物)の調達基準の議論が2016年8月に始まったのだが、調達WGにはAWの専門家がいない。そこで、特別参加させてもらい、世界のAWの動向を伝え、ロンドンやリオの五輪に負けないレベルの畜産物の調達コードを策定してほしいと意見した。

 このときの議論では、農水省の外郭団体である畜産技術協会から「日本でも取り組んでおり、日本の現在の基準・やり方で十分である」という趣旨の発言があり、「日本の現状では不十分であるから、東京五輪を意識と取り組みを向上させる契機にすべき」とする私の主張との綱引きとなった。

 そもそも、卵や肉はどのようにつくられているのだろうか。帝京科学大学生命環境学部アニマルサイエンス学科の佐藤衆介教授や日本獣医生命科学大学の松木洋一名誉教授の知見も借りながら、世界の動向と日本の現状を伝える。そのうえで、日本としての取り組みについて考えていきたい。

「鳥かご」の中の採卵鳥――卵のつくられ方

 私たちのために卵を産んでくれる「採卵鶏」は、日本に1億7480万羽いる(農水省、2014年度)。1羽の採卵鶏は年間約300個の卵を産み、日本人は平均して年間330個の卵を食べているのだから、だれもが自分の採卵鶏を1羽以上、どこかに持っている計算になる。さて、〝あなたの採卵鶏〟はどのように飼われ、どのように卵を産んでいるのだろうか。

 採卵鶏の飼い方、つまり、卵のつくり方には四種類ある。
 一つは「バタリーケージ」である。バタリー(battery)とは、鳥かごを積み重ねた立体的な鶏の飼育舎で、ケージは鳥かごだ。鶏の入った金網の狭い箱がずらりと縦横に並んでいる映像を見たことがあるのではないだろうか。餌は目の前の樋からついばみ、産んだ卵は前へ転がるよう、ケージは斜めになっている。バタリーケージの一羽あたりの平均面積は通常20㎝×21.5㎝と、鶏の体よりも小さなスペースだ。このB5サイズのケージには、止まり木や巣、砂場などはなく、糞尿が下に落ちて処理しやすいよう、鶏の足元も金網である。

 二つめの飼い方は「エンリッチド(より豊かな)ケージ」を用いるものだ。1羽当たりの飼養面積は最低750㎠と広めに設定され、産卵場所、敷き材、止まり木など、鶏の生活環境を豊かにするものを設置することが決められている。

 三つめが「平飼い」(多段式も含む)で、屋内の地面に放し飼いにするものである。鶏という動物は、羽ばたき・羽づくろいをし、砂浴びをして羽をきれいにし、1日に1万回以上地面をつつき、止まり木で眠り、巣の中に隠れて卵を産みたい本能を持つ。その本能に従って過ごせる環境である。

 四つめの「放牧」は、屋内だけではなく、屋外にも出て行ける。最も自然に近い環境での飼育である。

 日本ではほとんどの採卵鶏がバタリーケージで飼われている。畜産技術協会の採卵鶏の飼養実態アンケート調査報告書(平成27年3月)によると、調査に回答した養鶏場の鶏舎棟数のうち92%がバタリーケージだ。1羽当たりの飼養面積は550㎠以下という回答が93%。大人の手の平を広げたとき親指から小指まで20㎝強だが、1辺がそれぐらいしかない。95%が「1つのケージに鶏を2羽以上入れている」。狭いケージの中で飛ぶことはもちろん、羽を伸ばすことも歩くこともできない。互いに押し合い踏みつけあってようやくエサを食べることができる。とにかく詰めこんで、エサだけ食べさせて、卵を得ようという、効率重視の卵生産方式である。

 窮屈なだけではない。前述の調査によると、全体の83.7%の農場で飼育している鶏は、ヒナのうちにくちばしを焼き切られている(「デビーク」「ビークトリミング」と呼ばれる)。鶏同士がつつき合い、傷つけるのを防ぐために行われる処置だが、くちばしの切断は、言うまでもなく痛みを伴うし、うまく食べたり飲んだりできなくなる鶏もいるという。

 鶏は1日1万回以上地面をつつくと言われるように、「つつきたい」欲求がとても強い生き物だ。その欲求がケージの中ではかなえられないため、一緒にいる鶏をつついてしまう。草地での放し飼いなど餌を求めて地面をつつける環境なら、鶏同士のつつき合いは減る。ケージであったとしても、「鶏は1本の紐があれば52日間つついて遊ぶ」という研究結果が示すように、つつきたい欲求を満たすことはできる。

 採卵鶏にとってのもう一つの受難は、「強制換羽」だ。通常の雌鶏は、秋から冬にかけて2〜4カ月間ほど休産するが、その間、古い羽毛が抜け落ちて新しい羽毛に換わる(換羽)。強制換羽とは、一定期間雌鶏にエサを与えず絶食させて、産卵を停止させ、羽毛の生え換わりを人工的に誘起するものだ。採卵期間が延びるため、コスト低減につながるとされている。前述の調査では、換羽誘導を「行っている」農場が66%。そのほとんどが「絶食法」「絶水絶食併用法」で行っている。

 一方、世界では、バタリーケージ廃止へ、さらにはケージそのものの廃止へと進んでいる。EUでは2012年1月より従来型バタリーケージが禁止となり、1羽当たり面積がそれまでの550㎠から750㎠に広げられ、止まり木や爪研ぎ、巣箱などを備えたエンリッチドケージがケージ飼育の最低基準となった。スイス、米国の6州、ブータンなどでも、法律でバタリーケージは禁止されている。また、くちばし切断や強制換羽も、世界では禁止の方向へ動いている。くちばし切断はノルウェーではすでに禁止されており、英国では2016年以降、オランダでは2018年以降の禁止が決まっている。絶食による強制換羽も、EUやスイス、米国のいくつかの州やインドではすでに禁止されている。

 世界では流通・小売業界でも、AW対応の卵への切り替えが大きな動きとなっている。2014年には、オーストラリアのマクドナルドが2017年までにケージフリーにすると発表、米国のスターバックスもケージ飼育の卵の段階的削減を発表した。2015年には、サブウェイが米国、カナダ、メキシコで2025年までにケージフリーにすると発表。世界最大級のホテル企業、ヒルトン・ワールドワイドも世界19カ国のホテルでケージ卵を2017年までに廃止すると発表したが、日本はこの対象から外れている。米国とカナダのマクドナルドが今後10年間でケージ卵を廃止すると発表した。米国ではこのほかに、ネスレが2020年までに、デニーズが2026年までに、世界最大の小売店であるウォルマートが2025年までに、ケージフリーにすると発表した。

 こうした動きはすでに、実際の販売の割合を変えつつある。英国では2003年から2011年にかけて、非ケージ卵の割合が31%から51%に増加。オーストリアでは2009年の5%から2016年には40%に、イタリアでは24%、ドイツでも57%に増加した。

 日本では、バタリーケージもくちばしの切断も絶食による強制換羽も、いずれも禁止・規制する法律は存在していない。小売や流通での意識も低く、米国のマクドナルドやデニーズなどはケージフリーへの移行を宣言しているが、日本のマクドナルドやデニーズでは対応する予定はないようだ。みなさんは近くのスーパーなどでケージフリーの卵を見たことがあるだろうか? グリーンコンシューマー全国一斉店舗調査2015の結果を見ると、97社122店舗のうち78%では、ケージフリーにあたる「放牧、放し飼い、平飼い」と表示された卵は販売されていなかった。

 また、麻布大学獣医学部動物応用科学科の動物資源経済学研究室が行った平成26年度畜産関係学術研究委託調査では、2013年4月から合計53週間の首都圏(東京、神奈川、埼玉、千葉)における週次の「日経POSデータ」を分析した結果、「平飼い卵」「放飼い卵」「有機卵」といった、AW対応鶏卵と考えられるものの合計シェアは1%前後であったとしている。このように、ほとんど「売られても買われてもいない」日本の現状は、ケージフリーの卵が全体の半数を超える欧州諸国やオーストラリアとは大きく異なることがわかる。

「鉄の檻」の中の母豚――豚肉のつくられ方

 豚肉は、価格も安定的に廉価で、ふだん食卓に上る回数も多いが、どのようにつくられているのだろうか。じつは、豚肉を安定供給するために、母豚にできるだけ効率よく子豚を産ませる仕組みができている。

 母豚は、発情に合わせて自然交配もしくは人工授精で交配させ、妊娠すると約114日後に出産する。21〜28日ほどで子豚が離乳した後、7日程度で発情が再開する。それに合わせて妊娠させることで、1年に2.5産のサイクルで出産を繰り返すことができる。子豚は離乳後、子豚だけの育成豚舎に移されて育成され、6カ月後に出荷される。

 日本には繁殖用に飼育される豚が964万3,000頭いる(2013年農林水産省統計調査)が、これらの母豚たちは、多くの場合、「方向転換も横を向くこともできない」環境で飼育されている。60〜70㎝×2〜2.1mという、自分の身体とほぼ同じ大きさの鉄の檻(妊娠ストール)に入れられている。目の前に餌槽と飲水器が備えられ、後ろ半分の床はスノコ構造で、排泄をそこで行わせるように幅を狭めている。妊娠ストールは母豚の管理(受胎・流産の確認・給餌制限、糞尿処理など)が容易であるという、人間にとっての利便性と効率性から使用されているが、母豚にとっては、方向転換どころか、首も左右に45度程度しか向けられず、食事もトイレも就寝も同じ場所で、ひたすら立っているか座っているしかない。畜産技術協会が全国の豚飼養農家(1,000軒)を対象に行った「豚の飼養実態アンケート調査報告書」(平成27年3月)によると、回答した農家の88.6%がストールを使用している。

 放牧中の豚は1日に6〜7時間かけて土を掘り返し、昆虫や植物の根などを探って食べるが、飼育されている母豚の餌は穀物の粉あるいはそれを水で溶いたもので、30分ほどで食べ終わってしまう。そこには掘り返す土もないし、歩くこともできない。残りの時間はただ立っているだけの窮屈・退屈極まりない環境で飼育されると、自分の前の柵を恒常的にくわえてかじる「柵かじり」、口のなかに餌が入っていないのに咀噛し続ける「偽咀囑」、水を必要以上に飲み続ける「多飲行動」といった異常行動が出現する。

 多くの場合、子豚にも受難が待ち受けている。生まれるとまず犬歯の切除が行われる。母豚の乳房や兄弟の子豚を傷つけないようにするためで、ニッパーや電動ヤスリが使われ、多くの場合麻酔もない。また、生まれて数日以内に尾を切断する。他の豚にかじられて傷つくことを防ぐためだ。そして、肉に雄臭をつけないこと、性行動を弱めることを目的として、外科的去勢が麻酔なしに行われることが多い。

 前述の飼養農家へのアンケート調査では、歯切りを行っている農場が63.6%、断尾を行っている農場が81.5%、子豚の去勢を行っている農場が94.6%であった。

 佐藤衆介教授は、「屋外で放牧飼育すると子豚の犬歯を切除しなくても母豚の乳房は傷つかないし、兄弟子豚の傷も表面的で増体には影響しないことも知られている。肉生産用豚は6カ月齢100〜115㎏体重という弱齢で屠畜されるため、雄臭や性行動といった問題はそれほどないとの報告もある。適正な餌と十分な水を与え、ワラや掘ることのできる土なども与え、適正な飼育密度で飼うと、『尾かじり』はほとんど起こらないことも報告されている」と指摘する。

 一方、世界では、EUやスイス、米国の10州、ニュージーランドやオーストラリア、カナダなどでは豚の妊娠ストールが禁止されている。麻酔なしでの去勢もノルウェーやカナダで禁止されており、EUでも2018年以降禁止される。

 企業も次々と妊娠ストールの段階的削減を発表し、移行を進めている。世界第1位の食肉加工会社JBS(ブラジル)、世界第3位の萬洲国際(中国)、世界第4位のブラジルフーズなどが続々と脱妊娠ストールを発表する中、世界第5位の日本ハムへ厳しい視線が向けられつつある。また、流通・小売分野でも、ヒルトン・ワールドワイドや、ウォルマート、スターバックス、ケロッグ、マクドナルド、バーガーキング、サブウェイなど多くの企業が妊娠ストールの段階的削減を発表しているが、2016年11月現在、これらの企業の日本支店はその対象となっていない。

後編へ続く

 

このページの先頭へ

このページの先頭へ