エダヒロ・ライブラリー執筆・連載

2013年03月15日

環境問題解決の〝共創〟に向けて対話の力を

 
★誌面のPDFはこちらをご参照ください 《同時通訳に目標を定め二年で実現》 ――枝廣さんは環境ジャーナリストとしてご活躍され、資源エネルギー庁の基本問題委員会委員として「エネルギー基本計画」策定に向けてのご提言もされています。そこに至る段階で、普通の主婦から同時通訳になられたという経歴が興味深いですね。 枝廣 二十九歳のとき、たまたま夫が転勤でアメリカに二年行くことが決まりました。まだ一歳にもならない子どもがいたので、外で何かすることはできないだろうけど、せっかく行くのだから何か身につけて帰ってきたい。何がいいかと考えて、ずっと苦手意識があった英語を勉強することにしたのです。期間が限られているので、二年後に到達したいところはどこかをまず考え、日本に帰るときには同時通訳ができるようになっていたいという目標、ビジョンを最初に決めたのです。 では、そのためには何をしたらいいのかを少しずつ落とし込んでいって、今日は何を勉強したらいい、明日は何を......と決めて一生懸命勉強した結果、日本に帰ってから通訳の仕事ができるようになりました。そのような自分の経験もありますので、将来から現在を振り返る「バックキャスティング」という方法について、あちこちでお話をしています。 会社もそうでしょうけど、どうしても目の前のことばかり一生懸命になりすぎるあまり、それ以外のことがなかなか考えられず、前に進めなくなります。そうならないためには、現状がどうか、どういう問題に直面しているかはひとまず置いておいて、すべてが思い通りいったらどうなるかと、かなえたい究極の目標、理想の姿をまず描きます。その理想像から現状を振り返り、そこに到達するには何をすべきかを考えていくわけです。 ――そのビジョニングでは、いかに綿密になるべき姿を描くかどうかが鍵ですね。 枝廣 そうです。努力を続けていかなければってくれます。ただ、ビジョンは、やはり現状から遠いのですね。今日、明日頑張れば到達できるのはビジョンとは言わないのです。その遠い目標を掲げて、自分で進めていく仕組みをマネジメントシステムということを日本に帰ってから知りました。PDCA(計画・ 実行・評価・改善)とよくいうものです。   ところが日本人は、計画は立てるのですが、振り返りをせず、やりっ放しで終わってしまいます。反省は得意なのですが、これは過去形で語られるものです。「何がいけなかったか」「誰が駄目だったか」と。一方、振り返りは、現在形か未来形です。「何があれば計画したことができるのか」と考えて、次の計画につなげていくことが大事なのです。これも二年間、試行錯誤しているうちに、自分はこのほうが進むという体験から発見しました。 大きな目標を掲げ、マネジメントシステムを着実に回す――この両輪が必要です。 ――それでもスランプはありますよね。 枝廣 たしかに、進歩を感じられなくなる状態はあって、それはつらいものです。私の場合は、昔のノートを見て、「始めた時から見たら、ここまで来たじゃない」と、自分のこれまでに対する自信、信頼を持つことで元気になりました。甘やかされたいタイプなので、自分を褒める工夫をいろいろとしました。ただ、自分を叱咤激励して進むタイプの人もいるでしょう。 目的は自分を進め続けることにあることを忘れず、自分に合った工夫やコツを見つけ出すことが大事です。私も成功した工夫の陰で十ぐらいは失敗をしています。 もう一つ、うまくいったとき、少し抽象化して自分の学びとして蓄積する癖をつけました。例えば、子育てをしながら時間をつくるのに、朝二時起きが自分にはいいとわかりました。そのとき得た教訓は、「朝二時起きがいい」ではなく、「自分に合っていれば、世の中の常識と違っていてもいい」ということでした。このようにすると、他のことにも展開できるので、経験から学べる率が高まり、生きるのが楽になっていくのです。 よく「失敗から学ぶ」といいますが、私は成功から学んだほうがいいと思います。成功要因を分析して、次にも盛り込むほうが、成功率が高まるのです。挫折した経験をよく聞かれるのですが、「手段にはしょっちゅう挫折しています。ただ、目的で挫折したことはありません」と答えます。 先ほどの例だと、「時間をつくる」という目的に対して、「早起き」は手段です。私の本を読んで早起きを目指した人がたくさんいるのですが、人によっては挫折します。そのとき「私は自分の時間はつくれない」と、目的まで諦めてしまう人が多いのですが、手段が失敗しただけだから、別の時間の作り方を工夫すればいいわけです。 目の前のことに夢中になると、しばしば手段と目的が入れ違ってしまいます。自分の考えていることが、手段なのか目的なのかを意識することは、すごく大事ですね。 《本当に大事なものを大事にできる仕事へ》 ――通訳の仕事が軌道に乗ったのに、なぜ環境ジャーナリストに転身されたのですか。 枝廣 同時通訳の仕事は、上のクラスになると収入の点ではいいし、毎日行く場所が違うというのも最初は刺激的でした。しかし、続けているうちに、蓄積がないなと思うようになったのです。そこで、教育学部出身だったのと、通訳で出会ったレスター・ブラウンという素敵な環境問題の人がいたので、環境と教育の分野を勉強するようにしました。そうすると、「環境の仕事だったら枝廣さんに」と、通訳の仕事の中で環境にシフトして、翻訳の仕事も持ち込まれるようになりました。 ――アル・ゴアさんの『不都合な真実』は大きな話題になりましたね。 枝廣 それはレスター・ブラウンなどの翻訳をした実績があっていただいた話です。ただ、通訳や翻訳だと、自分が間違っていると思うことも、そのまま伝えないといけません。しかも、勉強を進めると自分でも言いたいことができてくる。そこで、自分が大事にしたいものを大事にできる仕事をしたいと思い、少しずつ今の仕事にシフトしてきました。 ――環境問題には、さまざまな問題がありますが、現状をどう見ていますか。 枝廣 排水などのローカルな問題も、温暖化のようなグローバルな問題もありますね。そして、有害なものが間違って外に出て問題を起こす公害や放射能などの問題がある一方で、CO2のように、それ自体は有害ではないけれどもバランスを崩してたくさんあると問題を起こすものがあります。 欧米や日本では、公害のようなレベルの問題はほとんど解決しています。発展途上国では、まだまだそのような問題が起こりますが、有害なものについては、それぞれの地域で手を打つことがかなり可能です。 一方、グローバルな問題は簡単ではありません。大きくは温暖化と、生物多様性の減少という二つの問題があります。この二つは別のものですが、つながっている部分も大きいのです。温暖化が進むと種の絶滅が早まりますから。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の推定によると、年一・五〜五・五キロメートルの速さで気候帯が北に移動しています。 動物や鳥は移動できますが、植物が種子を飛ばしたりして移動できるのは、最大でも年に二キロといわれていて、気候変動の速度に追いつかず、絶滅していきます。すると、CO2を吸収するところが減るから、ますます温暖化が進むという悪循環になります。 ただ、すぐに人類が絶滅するわけではありません。ハリケーンや台風が強くなったり、異常気象が続いたり、熱射病の死者が増えたり、山火事が増えたりという感じになります。また、日本でも昨年、温暖化対策税が導入されましたが、コスト上昇につながるような、企業のデメリットも増えてきます。 ――その世界的な取り組みを、気候変動と生物多様性の二つのCOP(枠組み条約締約国会議)で進めようとしているのですが、コンセンサスが難しいようですね。 枝廣 国際社会がみんなで力を合わせて先に進もうという機運がなかなか生まれないのです。気候変動では二〇一二年にCOP18が行われましたが、COP15くらいからずっと同じで、先進国は途上国に「削減しなさい」と言い、途上国は「だったら資金を下さい」と言うような対立から先に進めないでいます。ガバナンスが機能していないのです。 《対話の力でつながりを取り戻す》 枝廣 これからは、個別の企業や生活者がどう考えて、どう動くかというところにしか頼れない気がするのです。3・11の後は、お上に頼らず自分で考えて選んでいく人が増えていることもあり、一緒に問題解決策を作るための対話に力を入れています。  これまでの環境問題や社会問題は、誰かが答えを作って、それをどう伝えてみんなで動かすかという考え方でした。ところが、環境を重視しようと思うと経済に問題が出たりするのが現実です。そのような幸せと経済と社会との間の問題では、誰かが解を作って伝えるより、みんなで折り合いをつけ、"共創"していかなければならないのです。 それには対話の力が必要ですが、例えば原発の問題でも、賛成派と反対派に分かれ、一緒に話をする場がこれまではありませんでした。ですから、一緒に話をしたり、市民の前でそれぞれの意見を言ったりする場をつくっています。そのとき、声の大きな人が勝つのではなく、考えや背景や立場が違う人たちが、自分にはこう見えるということを出し合って、「全体がこうだからこうしよう」と、みんなで決める。そのような対話の作法も含め、解決を共創する力を身につけることが大切です。 ――環境への思いを持つ企業が、参考にできる基準のようなものはありますか。 枝廣 ESR(生態系サービス評価)というものがあります。生態系サービスとは、いわゆる「自然の恵み」のような、食料や原材料などの供給サービスのほか、水や空気をきれいにし、気候を調整したり、自然災害の被害を緩和する調整サービス、癒やしをもたらす文化的サービス、生物が生きる上で必要な基礎的環境をつくる基盤サービスがあります。 そのうち供給サービスと調整サービスは、企業活動との関わりを評価するものです。企業は生物多様性に二つの意味で関わっています。 まず、どんな商品でも原材料の元をたどれば地球に"依存"しています。そこから企業が何をどのような形で作るかによって地球に"影響"を与えます。この依存と影響を数値化して分析してみると、特に依存のところでビジネスリスクがあることを発見する企業が多いのですね。 例えば味の素ですが、原料にカツオを使っていて大きく依存しています。ところが、調べるとカツオが世界で減ってきている。いなくなったら大変だということで、カツオの生態研究のような基礎的なところから始めて、カツオを守る研究に踏み出しているのです。 ――生物多様性を守ることが暮らしや経済活動の基盤を守ることにつながるのですね。 枝廣 そうです。多様な生物がいることで、いろいろな生き物がつながり、バランスを取って、いろいろなものを生み出したり調整したりする力が発揮されます。それを守ることは、私たち人間のためでもあるのです。 例えば、防潮林も生態系サービスですが、津波が来たときに内陸の被害が違うわけです。 その被害額を比べることで、調整サービスの値段を計算することができるのです。あるいは、アメリカではハリケーン・カトリーナで、ニューオリンズが大きな被害を受けました。そのしばらく前に湿地を埋め立てたのですが、ハリケーンの数カ月前に生態学者たちが、湿地帯という緩衝地を失うと大きな被害が出るという声明を出していました。 その予想が現実化したのです。目の前のことだけを考えると埋め立てて利用するほうがよくても、レジリアンスを失っているのです。 レジリアンスとは、竹の強さを思い浮かべていただくといいのですが、強い風が吹いたり重い雪が載るとしなって、風や雪がなくなると元に戻る。このしなやかに立ち戻る力のことです。多様性を減らすことは、一番レジリアンスにとって問題です。何かあったときに全滅になってしまいかねないからです。   3・11のときも、生産や物流がストップしましたが、あれはジャストインタイムで在庫を持たなかったり、部品の供給元が一つしかなかったりしたことで、止まったわけです。 短い時間軸で経済効率を高めようとすると、必要だけど無駄に見える中長期のしなやかな強さを損ないがちです。もう少し中長期的に物事を考える必要があると思うのですが、企業の皆さんと話をすると、「乗り換える船がないので、今のやり方を続けるしかない」とおっしゃいます。しかし、余力がある間に長期的なことを考えて切り替えを図らなければ、未来世代には持続可能ではなくなってしまう。自分たちも持続可能で未来世代にも持続可能にするにはどうしたらいいか、折り合いをどこでつけるかを考えなければなりません。 問題が起こるときは、大事なものとのつながりが切れたときだと思うのです。地域とのつながりが切れると教育問題などが起き、地球とのつながりが切れると環境問題が起きる。 私たちの活動は、本当に大事なものとのつながりを取り戻すお手伝いだと思うのです。それを通じて、未来世代も含めた本当の幸せを得られる世界に少しずつ動いていける社会になるといいと思っています。 ――そのためにGPI(真の進歩指標)のような新たな指標、新たな価値観も必要なのですね。本日はありがとうございました。
 

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