エダヒロ・ライブラリー執筆・連載

第18回

日本の「中期目標」に思う

 

 2020年までの日本の温室効果ガス排出削減の中期目標を、「05年比15%減」とする方針が6月10日に発表されました。この目標については、各メディアでも、さまざまな見方が報じられていましたが、私は大きく3つの問題があると思っています。
 1つめに、目標設定が科学に基づいていないという点があります。欧米の政治家のスピーチの多くには、「IPCCでは」「科学によると」という前提の上に、自分たちはどうするか、という説明があります。科学をベースに政治や政策を考えているのです。ところが、日本の政治(政治家)は、科学など、絶対的なぶれない軸を持たず、対人関係や距離感という相対的な立ち位置で考えているようです。「米国がそう出るなら日本はこう出よう」「民主党がそう来るなら自民党はこうだ」といった具合です。
 今回の中期目標を発表する麻生総理のスピーチにも、「科学」という単語は2回だけ、「IPCC」にいたっては一度も出てきませんでした。「温暖化の科学がどうなっているのか」を、しっかり認識した上での判断とは、残念ながらとても思えません。「産業界の求める4%増と、NGOの求める25%減の間を取った」という声も聞かれました。ケンカ両成敗の発想ではなく、温暖化を止めるという目的に照らして「どうあるべきか」で判断すべきではないでしょうか。
 2つめに、基準年を1990年から2005年に変えて、数字を大きく見せようとしている、という問題があります。検討過程の議論では1990年比を基準にしていましたが、結論として出した目標の小ささを分かりづらくするために、国際的な標準となっている90年比を使わず、基準年を2005年に変えているのです。日本は1990年から2005年の間に、排出量が7.7%増えていますから、「05年比15%減」を90年比にすると、たった8%減となります。
 3つめの問題がまさにここで、今回発表された目標の数字は小さすぎます。温暖化を止めるというそもそもの目的に対しても、そのための2050年の長期目標に対しても、資源・エネルギー制約の時代に向けて、日本の社会や経済の構造を変えていくというサバイバルのためにも、途上国や米国を巻き込んで、今後の国際体制をつくっていく上でも、あらゆる面から見ても小さすぎるのです。

より高い目標を掲げるために

 ただし、この中期目標をはじめ、削減目標について考える際に、ひとつ知っておくべきことがあります。ここで、温室効果ガスの削減方法を整理しましょう。大きく次の3つの方法があります。
① 省エネや自然エネルギーへの転換によって、自国内での排出量を減らす
② 森林吸収源を増やすことで、吸収量を増やす
③ CDM(京都議定書に盛り込まれた温室効果ガスの削減対策の一つ)などの枠組みで、海外から排出量を買ってくる
 どの国の削減目標を見る場合も、この3つのうち、どれが入っているのかをチェックする必要があります。たとえば、日本が京都議定書で約束した「マイナス6%」は、②の森林吸収源で3.8%、③の海外からの購入分が1.6%となっていたので、国内で減らす①の分は、実は「マイナス0.6%」なのです。一方で、今回の中期目標は、森林吸収源や海外からの排出量購入を入れずに、本当に国内で減らす分についての目標です。
 現在EUや米国も中期目標を発表していますが、ここを整理しないで、見かけ上の数値目標だけを比べてみても、意味がありません。EUは「90年比マイナス20%」という数字を掲げていますが、ここには途上国などでの削減を自国分としてカウントするCDMも含まれています。
 日本政府が今回、本当に国内で減らす分だけを対象に中期目標を設定した姿勢は評価できますが、その上で目標値が小さすぎると思っています。
 今年12月にデンマークのコペンハーゲンで開催される、国連気候変動枠組み条約第15回締約国会議(COP15)に向けて、目標の積み上げも含め、もっと国全体で議論をしていかなくては、と思っています。今回、中期発表を発表したからオシマイ! ではないのです。
 世論が変われば、または政権が変われば、目標を引き上げられる可能性も出てくることと思います。ぜひ、そのような世論をつくっていきましょう。

2009年9月号

 

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