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エダヒロ・ライブラリーレスター・R・ブラウン

情報更新日:2008年08月16日

インドと中国 山岳氷河融解で穀物収穫量減少へ

 

                       レスター・R・ブラウン

世界は今、気候変動の影響により河川からの灌漑用水の供給量が減少するという事態に見舞われている。ヒマラヤ山脈とチベット・青海高原の山岳氷河は融解しており、インドと中国の主要河川には間もなく、乾季の河川水を維持するのに必要な融氷が流れ込まなくなるだろう。ガンジス川、黄河、揚子江の流域では、灌漑農業用水を河川に大きく依存しているため、乾季の流量が減少すると農作物の収穫量が減ることになる。

世界は、アジアの山岳氷河の融解が引き起こすような、今後大規模になるであろう食糧生産危機に直面したことがない。中国とインドは、人間の主食である小麦とコメの生産大国だ。小麦収穫量は中国、インド、米国の順に多く、中国の収穫量は米国のほぼ2倍である。コメも、中国とインド両国で世界の収穫量の半分以上を占めており、ほかの主要生産国を大きく引き離している。

気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、ヒマラヤの氷河が急速に後退しており、2035年までには多くの氷河が完全に溶けてしまう可能性があると報告している。もし、乾季にガンジス川を流れる水の7割を供給している巨大なガンゴトリ氷河が消失したら、ガンジス川は、雨季には水が流れるが、最も灌漑用水が必要となる夏の乾季に水がない季節河川となってしまうだろう。

また、氷河学の第一人者、姚 壇棟氏(中国)の報告によれば、中国西部に位置するチベット・青海高原の氷河の融解が加速しているという。また同氏は、この氷河の2/3は、黄河と揚子江における乾季の流量を大幅に減らしながら、2060年には消滅するだろうと考えている。そうなれば、中国北部の乾燥地帯を流れる黄河も、ガンジス川と同じように季節河川になってしまうかもしれない。姚氏はまた、チベット・青海高原の氷河の融解が続けば、「(この氷河の融解は)最終的には、生態学上の悲劇をもたらすだろう」とも語っている。

インドと中国は、こうした将来の河川水途絶の危機に直面しているのと同時に、両国とも、灌漑に利用している地下水資源が過剰揚水によって枯渇しつつある。中国の主要な穀倉地帯である華北平原の地下水位があちこちで低下しているのは、その一例である。帯水層が枯渇すると、揚水のペースはどうしてもその帯水層に水が戻ってくるペースまで落ちてしまう。インドでも地下水位が低下しており、ほとんどすべての州で井戸が枯渇しそうな状況だ。

すでに深刻な状況にあるこの地下水資源の減少に、灌漑用河川水の消失が追い打ちをかければ、手の打ちようのない食糧不足の事態に発展する可能性がある。ガンジス川を例にとれば、インドの表流水灌漑における最大の水源であるこの川は、ガンジス川流域に住む4億700万人にとって主要な水源でもあるのだ。

中国では、黄河と揚子江のどちらも、乾季にはその流量の多くを融氷に頼っている。黄河流域には1億4,700万人が生活しているが、この地帯は降雨量が少なく、彼らの運命は黄河に大きく左右される。揚子江は中国の表流水灌漑における最大の水源で、中国が生産するコメ1億3,000万トンの半分以上の生産を支えているが、この揚子江の水はまた、その流域に住む3億6,800万人によって灌漑用水以外のさまざまな用途にも利用されている。
(データについてはhttp://www.earthpolicy.org/Updates/2008/Update71_data.htmを参照)

揚子江やガンジス川流域の人口は、中国、インド以外のどの国の人口よりも多い。それに加えて、現在進行中の地下水供給量の減少や今後予想される河川水供給量の減少の背景にあるのは、恐るべき人口増加である。2050年までにインドでは4億9,000万人、中国では8,000万人が増えると予想されている。

近年、穀物価格が記録的な高値をつけ、その解決策が見えない中で、この2大穀物生産国の小麦や米の収穫が水不足によって落ち込むようなことでもあれば、インドや中国の人々ばかりでなく世界中の消費者に多大な影響が及ぶことになる。インド、中国の両国では当然、食糧価格が上がり国民一人当たりの穀物消費量が減少することが予想される。5歳未満の子どもの40%強が体重不足、栄養不足に陥っているインドでは、飢餓が深刻化し子どもの死亡率が上昇するだろう。

中国はすでに食糧価格の上昇に歯止めをかけようと躍起になっているが、食糧供給が逼迫してくれば、社会不安が拡大する可能性は高い。食糧安全保障は中国にとって特に神経をとがらせる問題である。中国では50歳以上であれば誰もが1959年から1961年にかけての大飢饉を経験している。この大飢饉による餓死者の数は、公式発表で3,000万人に上っている。中国政府がここ数十年間、懸命に穀物の自給を達成し、維持しようとしてきたのにはこのような事情もあるのだ。

食糧不足が顕在化すれば、中国は、巨額のドル資産を使って穀物を輸入し、国内の食糧価格引き下げを図ろうとするだろう。その輸入の大半は世界の穀物輸出大国である米国からということになる。10年ほど前までは大豆をほぼ自給していた中国であるが、現在すでに大豆の国内供給の70%を輸入に依存しており、そのため大豆の国際価格は過去最高値にまで押し上げられている。

灌漑用水量が減少していくと、米国が収穫する穀物を中国と米国の消費者同士が奪い合うことになろう。インドもまた大量の穀物輸入に踏み切ることが考えられる。ことに、このまま穀物価格の上昇が続けばその可能性は高い。もっとも、インドにはそれだけの経済力がないかもしれないが。この先、多くのインド国民は――すでに飢えの限界にある者もいるのであるが――さらに深刻な食糧不足に見舞われることだろう。

氷河学者のおかげで、私たちは、氷河がどれほど早く縮小しているかをはっきりと認識することができた。今すべきことは彼らの発見をもとにして、氷河保全を目的とした、国レベルのエネルギー政策を立案することである。問題は山岳氷河の行く末だけではない。世界の穀物収穫量の今後もまた、問題なのだ。

文明を脅かすこのシナリオに代わる選択肢は、旧態依然のエネルギー政策に見切りをつけ、炭素排出量を80%削減する方向へと進むことである。だが、多くの政治指導者が提案している2050年までではない。それでは遅すぎるからだ。

『プランB3.0』(http://www.earth-policy.org/Books/PB3/index.htmにてダウンロード可能)にまとめたように、2020年までに削減をしなくてはならない。最初の一歩としては、新しく石炭火力発電所を建設するのを止めることだ。米国では、そうした動きが急速に勢いを増している。

石炭火力発電所新設計画のほとんどが中国とインドによるものだが、皮肉なことに、この2カ国こそがまさに、石炭燃焼で排出される炭素によって、食糧安全保障が最も大きな脅威にさらされている国なのである。いまや、両国にとっての優先課題は、石炭火力発電所へ振り向けているエネルギー投資を、省エネ化や風力、太陽熱、地熱による発電所への投資に切り替えて、山岳氷河を守る努力をすることだ。例えば中国では、風力発電のみで今の発電能力を2倍にすることができる。

衰退・崩壊の道をたどった古代文明を研究するとわかるが、多くの場合、文明崩壊の原因となったのは、収穫量の減少だった。卓越した古代文明であったシュメール文明を崩壊に導いたのは、土中の塩分濃度上昇が原因で小麦と大麦の収穫量が減少したことである。マヤ文明の終焉のきっかけは、森林伐採とその後の土壌浸食によって、徐々に農耕が衰えていったことだ。私たちの生きる21世紀の文明において、作物収穫の将来を脅かしているのは、大気中の二酸化炭素濃度の上昇と、それにともなう気温上昇である。

問題は、アジアやそのほか各地の主要な川を潤していた山岳氷河が気温の上昇で溶けてしまう前に、そして、穀物収穫量が落ち込んで今の文明が破綻に陥る前に、私たちが、大気中の二酸化炭素濃度を下げるための総動員体制をとれるか否かである。そのつもりがあるのなら、幸いなことに、二酸化炭素濃度を大幅に下げるための省エネ技術や再生可能エネルギーの技術はすでにあるのだ。

 

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