エダヒロ・ライブラリーレスター・R・ブラウン

情報更新日:2008年02月21日

地下水位の低下と河川の枯渇

 

                         レスター・R・ブラウン

過去半世紀の間に、世界の水需要は3倍になった。さらに、水力発電の需要量はそれを上回るスピードで増えており、河川の分水やダムによって多くの河川が枯渇している。地下水位の低下に伴い川に流れ込んでいたわき水が枯渇し、その流量が減少している。

世界三大穀物生産国である中国、インド、米国を含め、多くの国々が増え続ける水の需要を満たそうと躍起になり、帯水層から過剰に水をくみ上げている。世界人口の半数以上の人々が、地下水位の低下が進む国々で暮らしているのである。

帯水層には、水が補給されるものとされないもの(化石帯水層)の2種類がある。インドの帯水層の大部分や、中国華北平原にある浅い帯水層は前者にあたるため、枯渇すると最大揚水量はおのずと補給量にまで落ち込んでしまう。

一方、米国の広大なオガララ帯水層や華北平原にある深層の帯水層、サウジアラビアの帯水層のような化石帯水層の場合、枯渇すれば揚水は不可能になる。灌漑用水を失った農家には、必要な降雨量があれば、生産性の低い乾燥地農業に戻るという選択肢がある。だが米国南西部や中東のようにもっと乾燥した地域では、灌漑用水を失うことは、農業の終わりを意味する。

北京の米国大使館によれば、中国の一部地域では、今や地下300メートルの深さから水をくみ上げる小麦生産農家もあるという。これほど深い所から水をくみ上げると揚水費用があまりに高くなってしまうので、灌漑農業をあきらめ、生産性の低い乾燥地農業に戻らざるを得ない農家も多い。世界銀行による調査では、中国では北部の3つの河川流域―北京と天津を流れる海河、黄河、黄河の南を流れる准河(わいが)で過剰揚水が行われているという。海河流域では、年間400億トン近くの水が不足している(1トン=1立方メートル)。1トンの穀物を生産するには1,000トンの水が必要なので、帯水層が枯渇すれば穀物収穫量は4,000万トン減となってしまう。これは1億2,000万人を養える量である。

インドでは、水不足が特に深刻化している。というのも、実際の食糧消費量と生存に必要な食糧との差が極めて不安定で余裕がないためにほかならない。インドの水事情に関する調査では、イギリスの『ニュー・サイエンティスト』誌にフレッド・ピアース氏の報告がある。それによると、2,100万個の井戸を掘削した影響でほぼ国中の地下水位が下がっているという。グジャラート州北部では、地下水位が年間6メートルずつ低下している。人口6,200万人を超える、インド南部のタミルナドゥ州では、至る所で井戸が干上がって地下水位が低下し、小規模農家が所有する井戸の95%が枯渇してしまったという。ここ10年間で同州の灌漑地域は半分にまで縮小している。

地下水位が低下したため、井戸の掘削に石油採掘技術を応用し、地下1,000メートルの深さまで掘っている所もある。地下水源が完全に枯渇してしまった地域では、農業用水は雨に頼るしかなく、飲料水はトラックで輸送されてくる。グジャラート州にある国際水管理研究所の地下水研究所長トゥーシャー・シャー氏は、インドの水事情についてこう述べている。「風船が破裂するように、今の状態が限界に達すれば、インドの農村部の多くは未曾有の大混乱に陥るだろう」

米国農務省の報告によると、国の3大穀物生産州であるテキサス、オクラホマ、カンザスの一部で、地下水位が30メートル以上低下し、その結果、大平原南部の数千の農家で井戸が枯渇状態にあるという。こうした地下水の掘削は国内の穀物生産に打撃を与えているが、灌漑農業によって作られる穀物は、インドが全穀物の約5分の3、中国が約4分の3であるのに対し、米国はわずか5分の1程度である。

1億5,800万人の人口を抱え、今なお毎年300万人の人口増加を続けるパキスタンでも地下水の掘削が続いている。肥沃なパンジャブ平原のパキスタン側ではインド側と同じように水位が低下しているようだ。双子都市のイスラマバードとラーワルピンディーの近辺にある観測井戸の記録からは、水位が1982年から2000年の間に毎年1メートルから2メートル近い範囲で下がっていることが判明している。

またバルチスタン州の州都クエッタ周辺の地下水位の低下は年間3.5メートルにもなる。WWF(世界自然保護基金)で水問題の専門家として携わり、パキスタンの水問題の調査メンバーでもあるリチャード・ガースタング氏は、2001年に次のように語っている。「もし今のペースで水が消費されるなら、クエッタでは15年以内に水がすっかりなくなってしまうだろう」

次はイランだが、人口7,000万人のこの国でも年平均50億トンの水が帯水層から過剰に揚水されている。50億トンといえば、イランの年間穀物の3分の1が収穫できるほどの量だ。イラン北東部の、面積は狭いが肥沃なチェナラン平原では、1990年代の後半から地下水位は毎年2.8メートルずつ下がり続けている。灌漑やマシュハド近郊の都市に飲料水を供給するために井戸の掘削をしたことがその原因だ。イラン東部では井戸水の枯渇とともに人々が村を捨て、次々と「水難民」が生まれている。

2,500万人の人口を抱えるサウジアラビアは、石油は豊富だが水は乏しい。この国は、もっぱら補助金を頼りに地中深くの化石帯水層から水をくみ上げ、広く灌漑農業を展開してきた。また数年間オイルマネーを使うことで、世界の市場価格の5倍もの値段で政府は小麦を買い上げてもきた。しかし、その後財政状況は悪化し、政府からのこうした補助金は打ち切らざるを得なくなっている。その結果、1992年には400万トンあった小麦の収穫は2005年には約200万トンへと落ち込んでしまった。今やサウジアラビアの農家の中には、1,200メートルもの深い地層から水をくみ上げているところもある。

人口2,100万人の隣国イエメンでは、国のほぼ全域で地下水位が毎年2メートル程ずつ下がり続けている。帯水層に沁みこむ自然からの持続可能な補給量以上に水が消費されているからだ。特にイエメン西部のサヌア盆地では、年間補給量の4,200万トンを5倍も上回る約2億2,400万トンの水が取水されているため、盆地の地下水位は1年間で6メートルも低下している。世界銀行の予測によると、200万人の人々が暮し、首都のサヌアがあるこのサヌア盆地は、2010年を迎えるまでに一滴の水もない地に変貌しているだろう、という。

他国に先駆けて灌漑用水の利用効率向上に取り組んだイスラエルでさえ、二大帯水層――沿岸部の帯水層とパレスチナ人も利用する山沿いの帯水層――が枯渇しつつある。イスラエルの人口は、自然増加と移民とによって増加ペースが加速し、水の供給が追いつかなくなっている。山沿いの地方では、イスラエル人とパレスチナ人の間で水の配分をめぐる争いが続いている。また、深刻な水不足のため、イスラエル政府は小麦の灌漑栽培を禁止した。

現在1億700万人の人口を抱え、2050年までには人口が1億4,000万人に達すると予想されるメキシコでは、水の需要が供給を上回っている。メキシコシティの水問題はよく知られているが、地方も水不足に悩まされている。例えば農業中心のグアナフアト州では、地下水位が毎年2メートル以上低下している。国全体では、地下からくみ上げられる水の51%が、過剰揚水されている帯水層の水である。

帯水層の過剰揚水は多くの国でほとんど同時に起きているため、帯水層の枯渇とそれに伴う収穫量の縮小も、ほぼ同時に起きるだろう。帯水層の枯渇が加速していることは、その日が早晩やってきて、対処できないほどの食糧不足に陥るかもしれないことを示唆している。

地下水位の低下を目にすることはほとんどないが、海に到達する前に川が干上がるのははっきりと目に見える。この現象が見られるのは米国南西部のコロラド川と、中国北部最大の河川である黄河だ。他にも乾季になると干上がるか、ごくわずかの流量となるのが、エジプトの生命線であるナイル川、パキスタンの灌漑用水の大半を供給するインダス川、インドの人口の密集するガンジス平原のガンジス川である。これらよりも小さい川には、完全に消えてしまったものも多い。

1950年以降、15メートルを超える高さのダムの数は5,000基から45,000基に増えた。いずれのダムも、川の流れの一部を奪っている。技術者たちは発電のためのダムが川から取るのはエネルギーだけで、水を取るわけではないと口癖のように言う。しかし、貯水池からの蒸発量が増えるため、それが完全に正しいというわけではない。蒸発率の高い乾燥地帯か半乾燥地帯では、貯水池から1年間に失われる水量は、通常、貯水能力の10%に及ぶ。

コロラド川は現在ではほとんど海に到達することはない。コロラド州、ユタ州、アリゾナ州、ネバダ州、そして最も重要なことにカリフォルニア州が、コロラド川の水に大きく依存しており、コロラド川はカリフォルニア湾に到達する前に干上がってしまうのだ。この過剰な水需要が漁場を含む川の生態系を破壊している。

中央アジアでも同じような状況である。アムダリヤ川(シルダリヤ川とともにアラル海に注ぐ川)は、中央アジアの綿花畑を灌漑するために取水されている。1980年代後半に、水位があまりに低下したので、アラル海は2つに分断された。北アラル海は再生しようとする近年の努力により水位がある程度回復したが、南アラル海の水位は戻りそうにない。

黄海にたどり着くまでに5つの省を横切り、およそ4,000キロメートルにわたって流れる中国の黄河は、数十年にわたり、増大する圧力に苦しんでいる。 黄河が初めて干上がったのは1972年。1985年以降は海にたどり着けないことが頻繁にあるのだ。ここ近年、より徹底した河川の管理を行い、貯水容量も増やすことで、年間を通して黄海に水が流れるよう促しているにもかかわらずである。別の古代文明発祥の地、ナイル川も今やかろうじて海に注いでいるという状態だ。

水の分析専門家サンドラ・ポステルの著書『水不足が世界を脅かす』(Pillarof Sand)には、アスワンハイダムが建設されるまでは毎年約320億立方メートルの水が地中海に流れていたという記述がある。ところがダムの建設後、灌漑用水の増加やダムの水の蒸発、その他の需要のために、地中海に流れ出る水量は、20億立方メートル以下にまで減少してしまった。

パキスタンは本来、エジプトのように河川流域で発祥した文明であるだけに、インダス川に強く依存している。ヒマラヤ山脈を源とし、インド洋に向けて西方に流れているインダス川は、表流水を供給するだけでなく、地方に点在する灌漑用井戸の水源となる帯水層にも水を供給しているのだ。そのインダス川も伸び続ける水の需要に直面し、下流域で干上がり始めている。2050年には人口が3億500万人に達する見込みのパキスタンは現在、窮地に立たされている。

東南アジアでは、中国がメコン川の上流で複数のダムを建設しているため、同河川の流量が減少している。そのため、合計1億6,800万の人口を抱えるメコン川下流の国々――カンボジア、ラオス、タイ、ベトナムなど――は、「川の水が減った」と文句を言う。だが、愚痴をこぼしたところで、メコン川の水力と水を利用しようとする中国の動きを阻止するのにはほど遠い。

同じ問題がチグリス、ユーフラテスの両河川にも起こっている。どちらの川もトルコ共和国から、シリア、イラクを経て、ペルシャ湾まで流れている。シュメール文明などの古代文明を生み出したこの水系も、現在、過剰にくみ上げられている。また、トルコとイラクに複数の大きなダムが建設されたことにより、かつての「肥沃な三日月地帯」に流れ込む水が減少してしまった。以前このデルタ地帯を潤していた広大な湿地の90%以上がダムの影響もあって破壊されているのだ。

前述したこれらの水系では、事実上、流域の水がすべて使われている。上流の人々が多くの水を使えば、下流の人々が使う水は必ず少なくなる。需要が膨らみ続ける限り、水の需要と供給のバランスを取ることが必須だ。それができなければ、水位は下がり続け、さらに多くの河川が干上がり、もっと多くの湖と湿地が消滅することになるだろう。

 

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