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エダヒロ・ライブラリーレスター・R・ブラウン

情報更新日:2005年06月12日

持続可能でない水利用による世界の食糧バブル経済

 
レスター・R・ブラウン 2003年3月16日、水に関する世界の見通しについて議論するため、1万人もの参加者が日本で開催される「第3回世界水フォーラム」に集まる。議論の演題としては「水不足」が多く取り上げられるだろうが、間接的に「食糧不足」について議論することになる。なぜならば、河川や地下水からの取水量の70%は灌漑用水として使われているからである。 世界の水需要はこの50年間に3倍に増えており、多くの国で帯水層の持続可能な供給量を超え、地下水位が低下している。実際には、各国政府は地下水を過剰に汲み上げることによって、増加する食糧需要を満たしている。この方法では、いったん帯水層が枯渇すれば、食糧生産量が急減することは間違いない。各国政府は、知ってか知らずか、「食糧バブル」経済を生み出しているのである。 水使用量の増大に伴い、世界は莫大な水不足に直面している。近年になって始まったこの水不足は、ほとんど目には見えないが、急速に拡大している。差し迫る水危機は通常、地下水位の低下というかたちをとるため、目には見えない。井戸が枯れてはじめて、人々が地下水位の低下に気づくことが多いのである。 いったん水の需要が帯水層の持続可能な供給量を上回ると、その差は毎年拡大していく。需要が供給量を超えた最初の一年間は、地下水位の低下はごくわずかであり、ほとんど気づかないほどの減少だろう。しかし、その後は毎年、前年以上の勢いで地下水位が低下していく。 ディーゼルポンプや電動ポンプのおかげで、地下水を過剰に汲み上げることが可能となったのだが、このような技術はほぼ同時期に全世界に普及した。ほとんど同時に帯水層が枯渇するということは、多くの国々で、ほとんど同時に穀物収穫量が減少するということだ。しかも、世界の人口が年間7000万人以上ずつ増えている時にである。 帯水層は何十という国々で枯渇しはじめており、中国、インド、米国という世界の穀物収穫量の半分を生産する3ヶ国でも同じである。中国の小麦の半分以上ととうもろこしの3分の1を産出する華北平原では、10年前には毎年1.5メートルずつ低下していた地下水位が、現在では毎年3メートルずつ低下している。 地下水を汲み上げすぎたため、浅いところにある帯水層はほとんど枯渇してしまった。こうなると、毎年汲み上げられる地下水の量は、毎年の降雨から補給される量に制限されてしまう。このため、深い帯水層まで井戸を掘り進まざるをえないのだが、不幸なことに、深層の帯水層には地下水が補給されないのである。 北京の地質環境監視研究所の所長へ・チンチャン氏は、華北平原での深層地下水の枯渇に伴い、この地域で最後の頼みの綱である水の蓄えが失われつつある、と指摘している。同氏の心配は「北京周辺では今では 1000メートルもの深さまで井戸を掘らないと淡水を得られず、そのために水の供給コストが急騰しているという話を聞いている」という世界銀行の報告書とも一致している。この報告書では、世界銀行としては珍しいほど強い調子で「水の需給バランスを速やかに均衡状態に戻すことができなければ、将来世代は破局的な結末に直面するだろう」と予測している。 今や10億の人口を抱えるインドでは、国の主要穀倉地帯であるパンジャブ州をはじめ、ハルヤナ、グジャラート、ラジャスタン、アンドラプラデシュ、タミルナドウなどのいくつもの州で、帯水層からの汲み上げすぎが進んでいる。直近のデータによると、パンジャブ州とハルヤナ州では地下水位が年間1メートル近く低下している。国際水管理研究所の元所長であったデビッド・セクラー氏は、帯水層の枯渇により、インドの穀物生産量は20%減少しかねないと推測している。 アメリカでは、3大穀物生産地であるテキサス、オクラホマ及びカンザス州で、30メートル以上地下水位が下がっているところがある。その結果、南部のグレートプレインズの何千もの農場で井戸が枯渇している。 1億4000万人の人口を擁し、今なお毎年400万人ずつ人口が増えつづけているパキスタンでも、帯水層からの過剰な揚水がおこなわれている。土地の肥沃なパンジャブ平野のパキスタン側でも、 地下水位の低下状況はインド側と変わらないようだ。そこよりも乾燥地帯であるバルチスタン州では、州都のクエッタ近郊での年間3.5メートルずつ地下水位が低下している。世界自然保護基金の水の専門家であるリチャード・ガースタン氏は「このペースで水が消費されるなら、15年以内にクエッタには水がなくなるだろう」と話している。 イエメンでは、年間に約2メートルずつ地下水位が低下している。イエメン政府は打開策を求めて、首都のあるサナア盆地に実験的に2キロの深さまで井戸を掘った。2キロの深さといえば、通常は石油の掘削で聞く深さである。しかし、地下水は見つからなかった。 1900万人の人口を抱え、年間3.3%という世界でも最も高い人口増加率を示す国のひとつであり、国の至る所で地下水位が低下しているイエメンは、急速に、救い難い水事情を抱える国へと変わりつつある。世界銀行の職員、クリストファー・ワード氏は、「地下水がこのようなペースで汲み上げられていくなら、次の世代になる前に消えてしまう農業経済も出てくるかもしれない」と述べている。 メキシコ――現在の人口は1億400万人、2050年までに1億5000万人に達する見込み――でも、水需要が供給量を超えている。たとえば農業の盛んなグアナファト州では、年に2メートル以上地下水位が低下している。全国的に見て、地下から汲み上げている水の52%は、汲み上げすぎの帯水層からの水である。 かつて水不足は地域的な問題だったが、現在では、穀物の取引を通じて国境を越える問題となっている。1トンの穀物を生産するには1000トンの水が必要なため、穀物を輸入することは水を輸入する最も効率的な方法なのである。 供給できる水をほぼすべて使ってしまっている国では、都市用水や工業用水の需要の伸びに対応するため、灌漑用水を転用する。そして、その分の農業生産力の低下を、穀物を輸入することで補おうとする。水不足が深刻化するにつれ、国際市場での穀物をめぐる競争も激化するだろう。ある意味では、穀物の先物取引は、水の先物取引と同じなのである。 中国では、帯水層の枯渇、灌漑用水の都市用水への転用、穀物の支持価格の引き下げが重なって、穀物収穫高が減少している。1998年のピーク時には3億9200万トンあった穀物収穫高は、2002年には3億4600万トンにまで落ち込んでいる。中国の食糧バブルがはじけようとしているのかもしれない。これまでの3年間、中国は備蓄を取り崩すことで穀物収穫量の不足を補ってきたが、まもなくこの不足分を国際市場から調達せざるをえなくなるだろう。そうなれば、国際穀物市場を揺り動かすかもしれない。 灌漑効率の向上や都市排水の再利用ですでに目覚しい成果を挙げている国もあるが、大方の水不足対策は、もっとダムを建設し、もっと井戸を掘ろう、というものだ。しかし、現在では水の供給量を増すことは難しくなる一方だ。供給量を増やす以外の対策は唯一、人口を安定させ水の生産性を上げることによって、需要を減らすことである。 2050年までに増加する30億人のほぼすべてが、すでに水が不足している発展途上国に生まれることを考えれば、水と人との良好なバランスを達成できるか否かは、ひとえに人口の安定化にかかっているのかもしれない。 水の状況を安定させる次のステップは、これまで土地の生産性を上げてきたのと同じように、今度は水の生産性を上げることである。第二次世界大戦後、新たな耕作地がほとんどないのに2000年までに人口の倍増が予想されたため、世界は農地の生産性を上げるために大々的な取り組みを始めた。その結果、土地生産性は1950年から2000年までに約3倍に高まった。今度は水に対して取り組むべき時である。
 

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