○解決策
それでは、「意識は高いが、行動はしていない」層に対してどのように働き掛ければ良いのでしょうか。行動につながるような意識啓発を行うためにはどうすれば良いのでしょうか。単純な情報提供ではなく、例えば心理学的、もしくはマーケティング的アプローチを踏まえた情報提供の方法が一つの解決策になってくると思います。
もう一つの解決策は、「意識があってもなくても行動したくなる、もしくは、しないと損する仕組みを作っていく」ということです。例えば、「炭素に価格をつける」という方法があります。「炭素をたくさん出す人はたくさんお金を払いなさい」ということです。それが炭素税という形でも、排出量取引という形でも、炭素に価格がつけば、温暖化が起こっていない、起こってもかまわないと考えている人たちでも、損得勘定が入ってくることで行動は変わってくるのです。
○温暖化防止の「行動」を広げるためには
温暖化防止の行動は、スローガンによる意識啓発が中心であったことからわかるように、いってみれば根性論で進めてきたように思います。「解かるまで繰り返す、解からないのは相手が悪い」という考えに基づいているようです。それで伝わる人も中にはいるのですが、それだけでは多くの人になかなか拡がっていかないと思います。
大切なのは、「意識があってもなくても行動する」仕組みを作っていくこと、それと同時に、価値観や行動が実際に変わっていくような意識啓発を行うことだと考えています。先程述べたように、マーケティングやコミュニケーションの理論を「環境面での行動変容」に実践していく必要があります。これまで温暖化のさまざまな会議は、温暖化科学者をはじめ自然科学を専門とする研究者が主力メンバーでしたが、これからは人の行動をいかに変えるかという観点で、心理学者や社会学者、マーケティングやコミュニケーションの専門家がもっと入ってくるべきだと思っています。
私がこれまでいろいろ取り組んできたなかで重要視しているのは、「本質的に大事なことをわかりやすく伝える」ということに加え、「未来を考える補助線を引く」、言い換えれば「やっている自分をイメージできる手段や方法」を提供するということです。普通、ほとんどの人は現在もしくは極めて近い将来のことしか考えようとはしません。しかし、「このまま行くとどうなるでしょうか」というように、「補助線」を引いてあげると、やはりそういう将来は嫌だなと思う人がたくさん現れてきます。そのような「補助線」を引くといったサポートが重要であると考えています。
○広げるための戦略
これまでとは違う価値観や行動を始めること、例えば、「温暖化を防止しよう、もしくはそういう行動をとろう」ということは、「イノベーション」という言葉で表現できます。「イノベーション」とは新しい考え方とか、新しい技術や製品ですが、新しい考えやモノは、どうやって拡がるのでしょうか。爆発的に拡がるものもあれば、せっかく創り上げて投入しても鳴かず飛ばずで終わってしまうものもたくさんあります。
広げるための戦略には「イノベーション普及理論」(『イノベーション普及理論』1962年エレベット・ロジャーズ)が参考になります。イノベーションの普及率を縦軸に置き、イノベーションの拡がる時間を横軸に置いてグラフを描くと、S字曲線、あるいは成長曲線といわれる曲線となります。
この曲線からわかるように、何かを普及しようと始めても、最初はなかなか拡がりません。言い換えるとなかなか離陸できませんが、うまく「離陸期」を過ぎると急激に拡がっていきます。この「イノベーション導入曲線」を早期にそして急勾配で立ち上げるためには何が必要かも、この理論で説明されています。
最初に何が必要か。まず、新しい考え方の持ち主や新しい製品を作る人が必要です。でも、それだけでは、世の中に新しい考え方や製品は拡がりません。それをわかりやすく伝える人が必要になります。その人たちが、要するにこういうことなんだよ、こういうプラスがあるんだよ、ということを上手く伝えて初めて、社会のなかでもフットワークの軽い人たちが、それではやってみようと始めるのです。例えばマイ箸が流行した頃、マイバックが始まった頃を考えても、最初から試してみる人が少数いて、その人たちの様子を見てから社会の主流派はついていく――だいたいはこのように拡がっていくと考えられています。しかし、残念なことに、世の中はこれだけではなくて、何と言われようと新しいことは嫌だという保守派もいます。また、お前が言うことはやらないぞというひねくれ者もいます。このような構造の中で、私たち温暖化の防止活動を推進する人たちはどのように伝えるのが効果的なのでしょうか。
大事なのは、自分が今伝えようとしている相手は、どの段階にいるのかを知ることです。知らない人に知らせるための伝え方だけでは十分ではありません。既に知っている人たちに「こういうものがありますよ」と伝えても意味がありません。それを採り入れようと思ってもらうための伝え方が必要になってきます。「この段階にいる人をこちらの段階に連れていくためにはどのように伝えるか」ということを、私たち伝える側が考えていく必要があるのです。
人はどういうときに行動を変えるのでしょうか。行動の変化が起こる条件を述べた「ギルマンの方程式」が役に立ちます。まず、従来のものよりも新しいもの、例えばガソリン車に乗るよりもハイブリッド車に乗る方が良いと思わないと人は行動を変えません。加えて、その時に変化のためのコストが余りにも大きいと人は行動を変えません。
従って、私たち変化をサポートする立場としては、古いやり方よりも新しいやり方が良いことを伝えると同時に、新しいやり方に変えるのはそんなに大変ではない、ということを効果的に上手に伝えていくことが大事です。
○コミュニケーションを考える軸
イノベーションをできるだけ速く普及するためには、次の五つの要因が重要であるといわれています。
【普及を速くする五つの要因】
●相対的な利点(の認識)
●わかりやすさ(理解しやすさ、導入しやすさ)
●試しやすさ
●観測しやすさ(効果の見やすさ)
●両立しやすさ(価値観や自己の変革を要するものは受け入れにくい)
新しいことを伝えたい立場にいる人たちは、これらの要因を意識し、上手に行動変容を促すコミュニケーションすることが大事になります。
これまでは、企業もNGOも「良いことをやっていればわかってもらえる」と考える場合が多かったのですが、そうではなくて、何を誰に伝えるのか、それをしっかりと考えて戦略を作っていくことが重要となります。これからは、一方通行で伝えるのではなく、伝えたことに対してアンケートをとったりフィードバックをもらうことから更に進めて、共に創るという意味での「共創」に向かっていく考え方が大切です。
どのようにすれば、市民、企業、あるいは行政という役割を超えてみんなで共に創っていくことができるのでしょうか。みんなで創っていく場合、消費者もしくは生活者の果たす役割が非常に重要だと考えています。
ヨーロッパの国ではGDPは増えているが、CO2は減っているといわれています。つまり、ヨーロッパの国ではGDPとCO2のデカップリングができているという言い方もできます。
ただし、気をつけなければならないことがあります。デンマークの研究者が述べていますが、デンマーク国内だけをみるとGDPとCO2のデカップリングができているが、海外から輸入したものもカウントするとデンマークのCO2は減っていないという研究があるとのことです。現在CO2は生産するところでカウントしています。例えば、中国などの国外で生産すればするほどデンマークのCO2の排出量は減るわけです。従って、生産でカウントするのではなく消費でカウントするように変えていくことが望ましいという考えが出てきています。どこで作っているかに係らず使う人たちのところでカウントする。その場合、日本の企業にとってはプラスになるでしょう。たとえば、鉄を1トン作るのに一番効率的なのは、日本の企業だからです。生産時のCO2の排出量が少なければ、それを世界の消費者が求めるようになります。今は便宜上生産地でカウントされていますが、本当は消費側でカウントされるべきものであるし、そのようになってくると思います。その時「生産者側はGDPとCO2のデカップリングをして、消費者や生活者側は幸せとCO2のデカップリングをする」そのような時代になると思っています。
現在、スマートグリッドに関する話で賑わっていますが、送電線がスマートになるだけではなくて、私たち消費者ができるだけ少ないCO2で最大の幸せを得る「スマートコンシューマー」へと変わっていく必要があると思います。その意味でも生活者、消費者は、どのような立場にたつのか、どのような立場で考えるのか、これから非常に重要だと思うのです。
事業体や企業は社会が必要とする限り存在できます。しかし社会が必要とするものは時代によって変わります。ですから企業が存続するためには、今やることをしっかりやりつつも、少し先を見てこれからどんな時代になり、人々のニーズはどう変わるのか、社会は何を求めるようになるのか、そして企業はそれにどう応えていくのかを考えないといけないのです。そうでなければ社会から不要とされ存続できなくなってしまいます。
そこでこれからどんな時代に突入していくのか、資源や温暖化の話を中心に紹介していきます。
○地球温暖化は症状の一つに過ぎない
地球温暖化の問題が世界的に注目されています。今後も今までどおりに石炭や石油を使いたいだけ使い、高い経済成長を目指す世界が続いたら、2100年には平均気温がおよそ2~6度上昇(1950年比)することがシミュレーションから分かります。
来年は国連気候変動枠組み条約第15回締約国会議(COP15、コペンハーゲン会議)を控えており、日本でも鳩山元首相が「2020年までに温室効果ガスを1990年比25%削減する」という中期目標を表明しています。ところが実際の二酸化炭素の量は減るどころか増える一方です。京都議定書では温室効果ガスは6種類決められており、日本ではその95%が二酸化炭素なので、温暖化を止めるには二酸化炭素を減らそうという話になるわけです。しかし、問題は温暖化だけではないのです。
生物多様性の問題もその一つです。地球上にはたくさんの生物が生きていますが、環境の変化によって通常の1000倍のスピードで生き物が絶滅しています。例えば世界ではミツバチが300億羽もいなくなったと言われています。カリフォルニアのアーモンドの産地では、今まで農家の人は広大な畑にミツバチを放ってアーモンドの花を受粉させていましたが、ミツバチがいないので人を雇ってアーモンドの花を受粉させていると聞きました。
またエネルギーの問題も深刻です。毎日の暮らしは電気や石油などのエネルギーがなければ成り立ちません。私たちはそのエネルギーの大部分を石炭・石油などの化石燃料に頼っていますが、石油の生産量には限界があることが分かってきました。石油の生産量がある時点でピークに達し、その後は減っていくという問題です。この「ある時点」を「ピークオイル」と呼びますが、それがいつなのかが世界中で議論されています。ピークオイル以降も新興国を中心に石油の需要は伸び続けるため、需給バランスが崩れ、価格が上がります。企業の事業費の中で石油の占める割合が高い企業にとっては大きな打撃となるでしょう。このピークオイルは2012~14年という説が有力と言われています。
エネルギーの問題は食糧問題にもつながっています。大量生産される今日の食糧は石油なしでは作れないからです。トラクターの燃料、温室用のエネルギー、化学肥料も石油をベースに作られており、1カロリーの食糧を作るのに10キロカロリーの化石燃料をベースとしたエネルギーが必要になります。これが今日の食糧の現状です。しかも日本の食糧自給率は40%以下、残りの60%以上はさらに大量の輸送エネルギーを使って輸入しています。石油がたくさんある時代はこの構図も成り立ちますが、ピークオイルに達すると、食品の価格も上昇し、世界に飢えが広がり、先進国でも深刻な食糧問題が起こる可能性もあります。
このようにいろんな問題が起こりつつあるのですが、温暖化もそれ自体が「問題」なのではなく、より根本的な問題の一つの「症状」に過ぎないのです。問題の根本を考えずに応急処置をしているだけでは間に合いません。では、「根本的な問題」とは何でしょうか。
○人間は母なる大地の大きすぎる子供
大事なのは、地球の大きさが決まっているということです。当たり前のことですが、地球ができた46億年前から地球は少しも大きくなっていません。太陽の光だけは外から来ますが、地球が食糧や資源、エネルギーを供給できる量には限りがあり、その絶対量は変わりません。
地球の歴史に比べると人間の歴史はとても短いのですが、科学技術の発達で地球に与える人間の影響は急激に大きくなり、今や地球の限界よりも大きくなっています。
○地球1・4個分の人間生活
地球生態系の中で、人間の活動が資源利用や汚染物質排出などによって、地球の環境容量にどのくらいの付加をかけているのかを示したものを「エコロジカルフットプリント」といいます。「フットプリント」は「足跡」のことです。地球は一定の時間において、一定のものを再生産する能力があり、それが地球一つ分という分量です。ところが今の人間生活を支えるためには地球「1・4個分」必要だというのが最新のデータです。それでも今の状態が成り立っているのは、過去の遺産を食い潰し、未来に対して前借りをすることで「限界以上」のレベルを可能にしているということです。
この行き過ぎた状態をいつまでも続けられるはずがありません。これを「地球1個分」の範囲に戻そうとする反作用が、温暖化の問題や生物多様性、食糧、エネルギー問題を引き起こしているのだと私は考えます。この「根本的な問題」を解決しない限り、温暖化の問題やエネルギー問題が解決できたとしても別の問題が必ず起こります。
○そもそもどうあるべきなのか
ところで課題解決の考え方には二つあります。一つはフォアキャスティングといって現状立脚型です。今できることは何かを考え、その積み重ねの範囲内で考えられる目標を立てるというものです。もう一つは、今できるかできないかは一旦脇におき、どういう姿になりたいか、本来あるべき姿は何かを考えて目標を立て、現実を振り返って間を埋めていく方策を考えるという方法です。これをバックキャスティングといいます。えてして前者を採用しがちになりますが、温暖化などについて言えば未来が現在の延長線上にないと考えられる以上、後者の考え方が大切になってくるのではないでしょうか。
○二酸化炭素は〔地球が吸収する量 > 人間が出す量〕に
どうすれば温暖化は止まるのでしょうか。バックキャスティングの考え方で考えてみます。地球には森林や海など大気中の二酸化炭素を吸収する力があります。一方で人間は経済活動で二酸化炭素を大気中に出しています。ですから人間が大気中に出す二酸化炭素の量が、地球が吸収する量以下になればいいわけです。
森林は毎年9億トン(炭素トン、以下同)、海は22億トンの合計31億トンを吸収します。ところが人間が化石燃料を燃やして大気中に出す二酸化炭素の量は72億トンだという報告があります。実に倍以上です。吸収されない二酸化炭素は大気中にとどまり温暖化を進めます。温暖化を止めるためには31億トン以下にするしかないのです。そのためには世界全体で60から80%減らす必要がありますが、発展途上国は今から人口も経済も大きくなりますから、先進国はそれ以上減らさなければなりません。できるかできないか、どうやるかにかかわらずそうしないと温暖化は止まらないのです。
○企業も個人も「将来どうありたいのか」が大切
企業も同じです。できるかどうか分からないことを言っても仕方がないという人もいるでしょう。しかし生協としてこれからどうするのかを考えるときに、今のいろんな制約の中でできることを考えることも必要ですが、それだけでは大きい目標にはたどりつきません。すぐにできないことはたくさんありますが、どうありたいかを考えることなしに、日々やらなきゃいけないことをしているだけでは大きな変革にはつながらないのです。
これは個人についてもいえることです。理想的な自分になるためには、5年後10年後、もしくは退職するときどういう人間になっていたいか考え、そこから今日何をしようと考えることが大切です。
○今日の「不都合な真実」
リーマンショック以来の世界的な不景気の中にあって、経営者の中には、「今の苦しい状況はなんとかやり過ごせる、がんばってしのげばいつかまた元に戻る」と考える人が半分くらいいます。しかし、どうしてこうなったのかということを考えると、その願望は叶いません。これが今日の不都合な真実です。
福井元日銀総裁は昨今の金融危機について「地球環境のエネルギー資源の限界を市場は初めて察知した。そのとたんにそれまでの経済の動きに急ブレーキをかけた」と言っています。地球上の資源はお金さえあればいくらでも得られる、二酸化炭素をいくら出しても構わないというわけにはいかないということです。地球には絶対的限界があり、その中で新しい均衡をどう見つけるかで揺らいでいる状態なのです。この絶対的な限界の中で持続可能な社会を作っていかないといけないのです。
○持続可能な人間社会のために
これからの時代、経済や企業が持続可能であるために大事なのは環境と経済の両立です。そのためには環境という視点で事業やプロセスや製品を見直すということ、そしてそれをマーケティングに活かし、新しい顧客を得る、または売り上げを伸ばすということです。このどちらかをやらないと事業体として続けていくことが難しくなります。
さらに、今さまざまな社会企業家が社会で起きている問題を、ビジネスを通じて解決することに取り組んでいます。生協として、今の社会の問題は何で、事業を通じて解決するにはどんなビジネスモデルが可能かを考えることが大切です。
実際にある新しいビジネスモデルを紹介します。「table for two」ということをやっている会社があります。社員食堂でヘルシーメニューに20円上乗せして提供し、その上乗せした分をアフリカの子供の給食代にするというものです。一度の食事でメタボと貧困の両方を一緒に解決しようというビジネスです。
これからは貧困問題、環境問題、少子高齢化問題など、社会に起きている問題を解決するために、本業を通じてどんな解決策を提供できるのかが企業に問われる時代です。
○温暖化に加担しない食べ方
これからの時代に必要とされるのは、私たちの毎日の生活を、地球が許容できる範囲に戻すということです。そのためには次のような問題を考える必要があります。
食べ物の中には「温暖化に加担する食べ物」があります。石油燃料を大量に使って工業的に生産された農作物、たとえば温室で作られた旬ではないものや、化学肥料を大量に使って作られたものがそれに当たります。また、肉もたくさんのエネルギーを必要とします。例えば牛肉の場合、1キロの牛肉を作るのに7キロの穀物をえさとして与える必要があるからです。牛肉を食べる回数を減らすだけでも「温暖化に加担しない食べ方」ができるでしょう。それに加え、できるだけ加工しないもの、地元で作られたもの、そして簡易包装のものを選ぶことでもそれが可能です。
コープの組合員は環境に意識の高い方も多いでしょう。その方たちに、「コープが考える温暖化に加担しない食べ方」を提案するというのも事業を通じて社会問題を解決する一つになるのではないでしょうか。
○カーシェアリングが広がっている
何で移動するか、それによって二酸化炭素排出量が変わります。車の二酸化炭素排出量は鉄道の約10倍です。また最近の若い人たちの間ではカーシェアリングが広がりつつあります。カーシェアリングとはレンタカーをより使いやすくしたもので登録しておけば必要なときに1時間単位で車を利用できます。東京の山手線では、どの駅でもカーシェアリングを利用できます。その方が車を所有することによる維持費と比較して経済的でもあるのです。
○使うエネルギーの量と質
私たちは生活の中でさまざまなエネルギーを使っていますが、省エネ家電に変えるだけで苦労せずに二酸化炭素の排出量を減らすことができます。たとえば、白熱灯から蛍光灯に変えるだけで電気代は5分の一、寿命は10倍です。でも値段も10倍なので、多くの人は買うのをためらいます。しかし、電気代が安いので6カ月目でコストは逆転し、1日6時間使うとして最後まで使えば9千円の得になります。さらにLED電球となると消費電力は10分の一、寿命は40倍です。
また最近の省エネタイプの冷蔵庫は10年前の機種と比べて消費電力は約四分の一になっています。しかし冷蔵庫といえば10万円を超える物であるだけにそう簡単に買い替えようという気にはなりにくいものでもあります。そこで江戸川区のNGOが面白い取り組みをしています。省エネタイプの冷蔵庫への買い替えに対して安くなる電気代の5年分を無利子で融資するのです。電気代が安くなった分を5年間返済していくことで、借り手は新しい冷蔵庫が手に入り、同時に二酸化炭素の削減にもつながるというわけです。
○日本のエネルギー事情
使うエネルギーの質ということでは、いかに化石燃料を脱却して自然エネルギーに変えるかということです。日本で使われる電力は二酸化炭素をたくさん出す石炭、天然ガス、石炭からの発電で全体の75%を占めています。
一方北欧の国スウェーデンでは、暖房にほとんどバイオ燃料が使われています。これは何もスウェーデンの人たちが環境に対して特別意識が高いというわけではありません。一番安いエネルギーがバイオ燃料なので結果として利用が増えているのです。政府が二酸化炭素をたくさん出すエネルギーの価格に税金という下駄を履かせた結果なのです。
日本の場合エネルギー税というものはありますが、二酸化炭素をたくさん出す石炭が一番安くなっています。家庭でいくら省エネに取り組んでも発電所が石炭を使っていて場意味がありません。これが日本の現状であり、政策的に変えないといつまでたっても二酸化炭素の量は減りません。
○「温暖化チョコレート」?
アメリカのスーパーで「温暖化チョコレート」というものを見つけました。アメリカ人は一日に133ポンドの二酸化炭素を出すそうですが、このチョコレートを買うことで森林を植えるプロジェクトにお金を回すことができます。二酸化炭素はどうしても出してしまうものだから、二酸化炭素を吸収する木を植えてこれを相殺するのです。これを「カーボンオフセット」といいます。こうした消費者の「罪悪感」を減らしてあげるといったビジネスもヒントになるのではないでしょうか。
○幸せの最大化
環境問題に取り組むということは、我慢することではありません。幸せを諦めたり人生の満足感を犠牲にする必要はないのです。むしろこの問題をきっかけに何が本当の幸せなのかを問い直すことで、幸せや満足を大きく増進してくれるチャンスだと思います。必要なことは幸せや満足につながっている二酸化炭素と、それ以外を区別して減らしていくことです。たとえば、誰もいないところでついている電灯、テレビ、24時間営業のコンビニの前で同じものを売っている自販機などが言えるでしょう。今の日本のように「快適すぎる快適さ」「行き過ぎた便利さ」が横行している社会では、実際にほとんど誰の幸せを犠牲にすることなく二酸化炭素の量を大きく減らすことができます。大事なのは、「幸せにつながっている二酸化炭素」か「幸せにつながっていない二酸化炭素」を区別することです。
〔幸せ/CO2〕の最大化に貢献できる事業体は生き残れると考えます。生協や組合員のみんなが、未来に向かって〔幸せ/CO2〕を最大化することを事業の一つの目標にすることもできるのではないでしょうか。決して簡単なことではありませんが、是非チャレンジしていっていただきたいと思います。
私の大学での専攻は心理学でした。人々がどのように学ぶのか、それぞれの考えや行動をどのように変えるのか、または変えないのかを勉強していました。当時、日本や世界で、持続可能な未来へ向けての変化を推し進めることになろうとは、思ってもいませんでしたし、NGOや2つの小さな企業を運営しつつ、独立した環境ジャーナリストとして活動し、翻訳者として、アル・ゴア氏の『不都合な真実』や、デニス・メドウズらの『成長の限界 人類の選択』などを訳すようになるとも、思ってもいませんでした。
しかし、1つだけはっきりしているこがあります。今日、私が自分の活動をしていく上で、大学で学んだことが非常に立っているということです。ですから皆さんには、今努力していることが将来どのようにつながるか、はっきりと見えていないかもしれませんが、ぜひ頑張って勉強してくださいとお伝えしたいと思います。
さて、皆さんに1つ質問があります。皆さんは「バックキャスティング」という考え方をお聞きになったことがありますか?
バックキャスティングというのは、ビジョンをつくる1つの方法です。実際、ビジョンをつくるには2通りの方法があるといえましょう。
もう1つのやり方は、「フォアキャスティング」です。フォアキャスティングというのは、「今、何ができるか」を元に考えるやり方です。もし私たちが今できることを続けていけば、将来のある地点で、あるところに達することができる。だからそれをビジョンにしよう、という考え方です。簡単でしょ? そう、実際のところ、フォアキャスティングによるビジョンは、未来が基本的に過去の延長線上にあるときには役に立ちます。ほとんど変化がない、または変化が予測できるときには、使うことができるのです。
しかし、今日生きている私たちにとって、これは当てはまりません。私たちの将来は、過去の延長線上にはありません。私たちはおそらく、大規模な、予期せぬ変化が起こることを目の当たりにするでしょう。
今の時代、ビジョンはバックキャスティングのアプローチでつくらなくてはいけません。現在の状況や制約が何かということは脇に置いて、理想的な将来の状態を描くのです。想像力を使って夢を描くことを恐れてはなりません。
「実現可能かわからないような目標を設定することはできない」と言う人がいるかもしれません。でも、私の答えは、「今、できるとわかっていることだけを目指していたら、人類は月面に着陸することはなかったでしょうね」というものです。
覚えていらっしゃるでしょうか。1961年、ケネディ米大統領は、10年以内に月に人類を送り込むという目標を宣言しました。あの宣言は実際、「バックキャスティング」によるビジョンでした。なぜなら、そのために必要な技術は、まだその時、存在していなかったからです。
しかし1969年、そのビジョンがあったからこそ、米国は人類を月に送り込み、安全に帰還させることができたのです。このように、バックキャスティングのアプローチは、私たちに不可能なことを可能にする方法を与えてくれるのです。
もし私たちが、このバックキャスティングのアプローチを、現在の気候の危機に当てはめたらどうなるでしょう。温暖化を止めるには、人間の活動から排出されるCO2は、地球のCO2吸収量以下に減らす必要があります。IPCCの報告によると、私たち人類は、毎年72億トンの炭素を大気中に放出しており、一方、地球は、森林が9億トン、海が22億トン、合計31億トンの炭素を、大気中から吸収しているといいます。つまり、私たちはまず、毎年の排出量を72億トンから31億トンに減らさなくてはならないのです。
これは60~80%の削減を意味します。これが、私たちが長期的に達成しなくてはならない目標なのです。12月に、人々はコペンハーゲンの気候変動にかかわる交渉に加わり、その長期目標をどのように達成するかについて話し合います。メディアで、さまざまな議論を聞くことになるでしょう。その中で、人々が何と言っているか、注意深く、ぜひ聞いてみてください。誰がバックキャスティングのアプローチをとって、究極的に人類がすべきことを意識し、語っているか。そして、誰がフォアキャスティングのアプローチをとって、既得権益を守ろうとしているのか、見分けることができるでしょう。
温暖化は大きな課題ですが、それは真の問題ではありません。温暖化は、より深い問題の症状にすぎないのです。私たちは、温暖化の緩和と適用の努力をすると同時に、そのより根源的な問題に取り組まなくてはならないのです。
その根源的な課題とは、「私たちは有限の地球の上で無限の成長を続けることはできない」ということです。地球の大きさは、46億年前に地球が生まれてから増えてはいません。地球上の資源だって増えていない。唯一の大きな外から入ってくるものは、太陽からの太陽光線だけです。
しかし、私たちの地球に対する影響――人口、資源の消費量、廃棄物の排出量――は、すべて劇的に増大しているのです。特にこの50年間そうです。私たちは、地球の環境扶養力を大きく超えた暮らしをしているのです。最新のエコロジカル・フットプリントの指標を見ると、私たちは、人間の活動を支えるために、今や1.4個の地球が必要になっています。もちろん、地球は1個しかないわけですが。
そこで私たちが取り組むべき課題とは、どうやって私たちの影響を地球の環境扶養力以下に減らすことができるかを見いだし、それを達成するための行動をとることです。地球の限界の範囲内に戻るために、私は3つのことが必要だと考えています。
最初は、技術的なイノベーションです。私たちは、効率向上のための技術を開発する必要があります。それによって、資源の消費量、エネルギーの消費量、温室効果ガスや固形廃棄物の排出量を減らすことができます。しかし、必要なのは技術的なイノベーションだけではありません。
そう、2番目に、社会的イノベーションが必要です。つまり、社会や経済のシステムを改革したり、つくり出すことによって、省エネ・省資源型の技術や地球に対する影響を少なくしたライフスタイルを普及していくということです。環境税やそのほかのインセンティブの仕組みは、社会的イノベーションにおいて重要な
役割を果たします。
ここ世界資源フォーラムで、私は、技術的イノベーションや社会的イノベーションについて、多くを学べることを楽しみにしています。しかし私は、それよりもさらにもう一歩深く進むことが必要だと思っているのです。
人類が必要としている3つ目のものは、持続可能性を考慮に入れた新しい文明をつくり出すことです。私はこの点を強調したいのです。私たちは、経済活動において、「効率」だけではなく、「足るを知る」に重きを置いた文明が必要なのです。「もう十分」という人間の知恵、心持ちを培うことが必要なのです。
それを行うために、私たちは、働き、生きることの究極の目標を、もう一度見直す必要があります。ご自分の心に聞いてみてください。私たちは、自国のGDPを増やすために働き、生きているのでしょうか? それとも私たちは、幸せを増やすために働き、生きているのでしょうか? 私は、自分たちの暮らしや社会の究極の目標は、幸せを大きくすることだと考えています。GDPや経済成長は、単にそのための手段にすぎないのです。
そこから次の点につながってきます。私たちは、「目的」と「方法・手段」を区別する知恵を身につける必要があるのです。この世界資源フォーラムでのさまざまな議論の中で、おそらく皆さんは、その両方を耳にするでしょう。ぜひ注意深く聞いて、その2つを区別するよう、心掛けてみてください。それが学生レポーターとしての、皆さんにとっての重要な役割の1つですし、何が本当に大事かを見たり考えたりしようとする上で、自分をトレーニングするよいやり方になりますから。
こういったことが大事なことなのです。私たちがやるべきことは、目的と手段の区別をすること、現在の技術や考え方を基盤としたときに、「どこに行けそうと思っているか」ではなく、「どこに行きたいか」にもとづいてビジョンをつくることです。
明日、ワークショップ5「新しい経済の枠組みに向かって」で、私は日本やほかのアジア諸国から新しい考え方や事例について話をします。そのような例が、自分のメンタルモデルを見つめ、それを変えたいと思っている人たちの役に立てばと願っています。
このフォーラムで、さまざまな考え方を交換し、ビジョンを共有し、私も多くを学んで、自分の国や世界で変化を培っていく上で、より効果的になれればと思っています。会議の間、若いレポーターの皆さんとおしゃべりすることも楽しみにしています。私たちのNGOにもユースチームがあるんですよ。何かプロジェクトを一緒にできるかもしれませんね。私を見掛けたら、いつでも話し掛けてくださいね。
聞いてくださってありがとう。では、バックキャスティングを始めましょう!
]]>グリーンビジネスというのは、いろいろな定義ができると思いますが、大きな意味でのグリーンビジネス、それから社会の変革、どちらかだけがあるということはなくて、お互いに影響を与え合っています。これが好循環に向かっているのか、それとも悪循環に向かっているのか。それが国によって、業界によって、いろいろ違いが出てきているのではないかと思っています。
好循環の一例にスウェーデンがあると思います。スウェーデンは、社会のシステム変革ということで税制をいろいろと変えてきています。特にエネルギーに関して、意識的にCO2や化石燃料に対して税金をかけています。たとえば、スウェーデンでは木質バイオマスが極めて安くなりましたので、「環境にいいから」というのではなくて、「経済的にそのほうがいいから」ということで、みんなが使うようになりました。
その結果どうなったか。これまでスウェーデンの森林や山村は、日本と同じで、人がどんどん出ていって過疎化が進んでいたそうです。ところが、森林がエネルギーになってお金になるということで、若い人たちがどんどん山に戻りはじめました。いまでは、山に住むのがステイタスだとわれるぐらい、社会が変わってきているそうです。そうすると、また新しい産業が出てくる。このように、スウェーデンでは好循環のループがうまく機能していることが分かります。
残念ながら、日本ではこの好循環がまだ進んでいないと私は思っています。どうして日本ではこのような好循環が進んでいないのか。みんなの意識はあるにも関わらず、どうして低炭素社会に向けた取り組みが進んでいないのか。
先日、参議院の調査会に呼んでいただいたとき、この理由を6つお話してきたので、ご紹介しようと思います。
一つは、そもそも何か考えるときに、科学をベースとしたぶれない軸が日本にはないと、私は思っています。このあいだの中期目標に関しても、総理の懇談会で色々な議論をしたわけですが、麻生総理が中期目標を発表された記者会見の席で、IPCCという言葉は一度も出てきていません。欧米の政治家の場合、「科学によると」とか「IPCCによると」という言葉がまずあって、それを認識した上で「わが国はこうする」という話がありますが、麻生総理が科学について述べたのは、「科学の要請には応えてないという批判があるかもしれませんが」という、その断りぐらいで、この科学がまず軸になっていません。
それから、資源・エネルギーの制約が厳しくなってくる時代に、単なる温暖化政策ではなく、日本としてどういう国づくりをしていくのか、エネルギーや食糧、いろいろなものの移動をどう考えていくのか。将来なりたい国、あるべき国のビジョンがないので、パッチワーク的な形でしか決めることが出来ないのではないかと思います。
中期目標でも長期目標でもそうですが、それを言っているだけではもちろん実現しないわけです。でも残念ながら、目標を実現するための政策パッケージが、日本には用意されていない。それから温暖化で言えば、燃料転換をかなり進めないといけないのですが、そこが非常に消極的です。
政策パッケージと同じ意味合いですが、日本は個人の意識変革とか、企業の自主的な取り組みにばかり頼っていて、社会全体をある方向に向けさせていくための仕組みづくりがあまりないと感じます。
もう一つ、これは市民の側の問題でもあるし、マスコミや政府の説明の問題でもあるのですが、コストや負担に関する考え方が、非常に不十分だと思っています。なので、中期目標もそうでしたが、「-25%を選んだら、一般の家庭は33万お金がかかるんですよ」という、脅しのようなコストの出し方。じゃあ、それをやらなかったらどうなるのかという説明はない。このコスト・リテラシーについては政治家も市民も高めていかないといけないと思っています。
バックキャスティングというビジョンのつくり方は、皆さんよくご存じだと思います。これはスウェーデンの例ですが、スウェーデンは、2050年に温室効果ガスの100%削減を目指しています。それが一番遠いビジョンで、あるべき姿、理想像です。そのために2020年の中期では-40%という中期目標を立てています。ちなみにうち3分の1は、CDMを使って外から持ってくるので、真水で言うともっと少ないのですが、しかしその目標に対して、政策のパッケージをきちんと出しているのですね。たとえば-40%のために何をどれだけやるかということを、きちんと分担を決めて、さらにそれを進めるために、さまざまな政策パッケージを行っています。
恐らく、この中で日本がしっかりやってきたのは、国民への啓発情報キャンペーンぐらいではないかなと思います。スウェーデンでは、税金を変えることから、いろいろな助成金なども含めて、もしくは外の排出権取引の制度とリンクするなど、パッケージとして実質的な削減をしています。この部分が日本はまだ少ないと思っています。
私も以前同じような考え方をしていた時もありますが、日本の政府は、一般の人々を2つの軸で分けて考えています。環境意識があるかないか。つまりCO2とか温暖化に対する意識があるかないか。実際に行動しているか、していないかですね。理想的なのは、意識があって行動している層です。その人たちを増やしていきたい。いま困った人たちは、意識もなくて行動していない人だと。
ごく自然に私たちが考えてきたのは、意識啓発をして、意識を高めれば、自然に行動につながるだろうと。恐らくこういうことを考えて、想定していたと思います。ですから国の政策も、環境省が国民大運動とか、チームマイナス6%という形で、意識啓発を中心にやってきました。私のような伝える立場の人も、一生懸命、皆さんの意識を高めるような活動をしてきたわけです。
でも、何年かそれをやってきて、いま思うのは、思ったようになっていないなと。どういうことかと言うと、いま増えているのは、意識はあるけど行動していない人たちです。
いろいろな調査を見ていても、温暖化やいろんなことに対しても、意識の高い人は日本に非常にたくさんいる。だけどそれが行動につながっているかと言うと、つながっていない。それを行動につなげるために、さらに意識啓発をしようとしている。実際はそうではないんじゃないか、もしくは、それだけでは足りないのではないかと感じています。
確かに、意識が上がった人たちのうち、ある割合の人は行動にまでつながります。でもそれは、少なくとも私が最初に想定していた割合よりも少ないと思っています。
減らすための仕組みの一つが、ようやく日本でも始まった、CO2に値段をつけるという考え方です。CO2は出してほしくないものだから、出すのであればその分払いなさいと。これを産業界に使えば排出量取引になりますし、家庭用だと炭素税のような形です。国の場合は、CDMなどで排出量を買うというような形になります。もともと目には見えない、出しても出さなくても変わらなかったCO2に値段をつけることで、見える化をして、人々の行動を変えていこうという仕組みです。
ここで詳しく話す必要はないと思いますが、世界的にはこの動きはもっともっと進んでいて、たとえお金が儲かったとしても、CO2をたくさん出すようなものには投融資をしないとか、CO2はすでに負債としてコスト計上される仕組みができているとか、そのような動きが出てきています。ROCという指標が日本でも入り始めていると思いますが、同じ売り上げの場合、CO2をどれだけ出したかによって企業の競争力を測る。業界が違うとちょっと比べられませんが、同じ業種だったら、ROCが優秀な企業のほうが競争力があると見なされます。これが企業のスクリーニングや格付けに入ってくる。これからはこうった動きが少しずつ出てきています。
先ほどもお話したコスト・リテラシーですが、どうしても私たちは、いくらかかるかというところだけで話をしてしまう。たとえば「日本の省エネ設備をこれだけ替えるといくらかかる」と。でも、「それによってどれぐらい得するの?」という話もあります。省エネ設備に替えたら、それだけエネルギー代が減るわけです。
もう一つ大事なのは、もしそれをやらなかったら、省エネ設備に替えてCO2を減らしたり、エネルギー代を減らさなかったとしたら、将来どういうコストがかかってくるの?これを全部合わせて、それを出した上で、国民や市民や、もしくは経営者に考えてもらう必要があります。
「Cost of Action」がやったときのコストです。一方の「Cost of Inaction」はそれをやらなかったときのコスト。先ほど話が出ましたスターン・レビューの一番大きいなポイントというのは、温暖化対策のCost of ActionとCost of Inactionを明らかにしたことだと思っています。「温暖化対策をしなかったら、世界のGDPの5~20%かかっちゃうよ。でも、それを防ぐためのコストは、世界のGDPの1%でいいよ」というのが、スターン・レビューの結論だったと思います。
負担論に関しては、これからもっと出てくると思いますが、私たちはよほど気をつけて議論していかなければいけないなと思っています。よく、温暖化対策の、「家庭ではいくら負担しますか?」という調査をして、「1,000円以下」と言う人がほとんどなので、国民は負担したがっていない。だから、その負担が大きくなるような中期目標はいかんのだという言われ方がされています。
もしくは、経産省の余剰電力の買取制度にしても、「アパートに住んでいる貧しい自分が、どうして一戸建の金持ちの人を援助しないといけないんだ。おかしいじゃないか」と、こういう投書が新聞に載っている。これも、社会全体の低炭素化を図ることで、社会全体のコストを下げるという認識ではなくて、そこと自分たち、というふうに分けて考えてしまうわけです。先ほどの、「これをやったらどれだけプラスなの?」――日本全体で、もしくはあなたのおうちで。「やらなかったら、どういうコストがかかってくるの?」という議論をしないといけないのです。
もう一つ、あまり明らかになっていないので、一般の人はあまり気がついていませんが、私たちは既にいろんな形で負担をしているのです。東京電力の方もいらっしゃるので、もし正確でなかったら、訂正していただければと思いますが、燃料費調整額という形で、燃料が上がったり下がったりしたときに、それを調整するということをしています。いまは化石燃料が中心だと思いますが、化石燃料がどんどん上がっていったら、一般家庭はたくさん負担しないといけない。でも、これをいくら負担しているとか、それはほとんどの人は知らないんですね。「燃料費調整額の形で負担をしますか?それとも買取制度の負担をしますか?」「将来的に日本はどっちがいいんでしょう?」といった形で負担論の話をしないといけないのだと思っています。
経産省の買取制度が発表される前に、環境省の研究会から買取制度の一案が出たので(図1を参照)、それを元に3月に300人の主婦を対象にアンケート調査をしてみました。これは、環境に関心のある主婦ではありません。ごく一般の方々です。その時、「これをやればこういういいことがあります」、たとえばGDPが増えるとか、雇用も増えるとか。「でも、そのためには月々1世帯260円負担する必要があります」と伝えました。260円という数字は、先ほどの環境省の研究会の出した数字ですが、「それでも、この制度をやったほうがいいか」という調査を行った時、53%が「それでもやったほうがいい」と答えました。「お金を払うんだったら嫌だ」と、この負担が嫌だから反対というのは、全体の5%しかいませんでした。
図1 
なので、どういうふうに説明するかというのも、とても大事だと思います。中期目標もそうですが、つい先日も共同通信と朝日新聞の同じような調査についての数字があまりにも違います。それをよく見てみたら、設問の仕方が全然違うんですね。ですから、設問によって答えは当然違う。でも、それをもって世論調査という形で結果が出してしまう。それが受け入れられてしまう。それがいま、とても危険だなと思っています。
大事なのは、企業が声を上げていくかどうか。逆にそうならないといけないんじゃないかと思います。皆さんが取り組んでいるようなグリーンビジネス、もしくは環境負荷を下げようとするビジネスが成長するような、そういった土俵づくりを日本でやっていかないと、いまのままではやればやるほどコストになってしまいます。今は、高い意識もあってお金もあるような企業しかできないような、そういう仕組みになっています。
そうじゃなくて、やればやるほどプラスになる。そういった社会のシステムをみんなでつくっていかないといけません。たとえば、いま皆さんがいろんな苦労をして、お金をかけてCO2を減らしても、それはほとんど評価されません。でもそれが、これから導入される排出量取引のような形できちんとお金につながれば、やったことがプラスになります。
ご存じの方も多いと思いますが、アメリカにはUSCAPという産業界、企業のグループがあります。イギリスにはCorporate Leaders Groupという同じような産業界のグループがあります。このグループ、特にアメリカのUSCAPは、かつてのブッシュ政権のころから政府に圧力をかけていました。
それは、「産業界を傷つけるような環境政策をやるな」という、日本で聞かれるような圧力ではなくて、「早く高い目標を決めて排出量取引をやれ」という圧力です。「そうしないと、自分たちが一生懸命やっていても、それは認められないし、自分たちも続けられない」と。ですから、正しいことをやっているグリーンビジネスとか、正しいことをやっている人たちがちゃんと報われるような土俵をつくれ、という圧力をかけていたわけです。
日本でも個別企業ではいろいろな取り組みがあるのですが、社会全体の土俵をそれで変えていこうという動きには、残念ながらまだなっていないような気がします。ですから、この「スピード」の研究会は一つのそういった募集体になるんじゃないかと思いますが、みんなで集まって、どういう形だったら自分たちのやっていることがきちんと評価され、認められるか。それをつくっていく、もしくは政府に圧力をかけるぐらいの動きになっていかないかなと思っています。
たとえば、発表がありました余剰電力の買取制度ですが、これは判断基準を経産大臣が決めるということになっています。なので、あとになってどのようにいろんなことが調整されていくのかがわからないまま、この制度が始まるのです。もしそんな制度だったとしたら、企業として投資することができるかどうか。もしくは見通しが立つかどうか。
電力の買取制度というのはとてもいい考え方だと、つまりCO2に値段をつけるということをやっているのでそれはいいと思うのですが、何かをやるときに大事なのは3つのレベルで評価する必要があるということです。
一つは原理原則です。たとえばグリーンな電力をつくってそれを買い取る、発電コストよりも高く買い取ることで、それを促していこうという、原理原則は正しいと思っています。でも、次のレベルの、それをどういう制度設計にするか。あとで説明しますが、いまの経産省のレベルだと、これがまだ十分ではない。つまり、もともとは推進したくてやっているはずです。でも、推進策としてほんとにこれで進むのかどうかという点で、制度設計をもう少し変えられないかなと思います。最後は、実際に制度が決まってから、いかにそれが運用されるかです。
よくあるのは、たとえば運用のところでうまくいかないから、原理原則まで否定してしまったり、制度の設計にミスがあったり、それがうまくない設計だったとき、「ほら、うまくいかないでしょ。だから原理原則は駄目なのよ」という言い方をされたりする。
この原理原則と、制度設計と、運用と。それは、きちんと分けて政策を見ていかないといけないし、運用のところと設計のところをいかに目的に合ったものにするか、ということは考えていく必要があります。
電力買取制度について、経産省の制度とドイツの制度を見ていただくとわかるのですが、まずドイツの制度は全量買い取りです。経産省がいまやろうとしているのは余剰電力です。どういうことかと言うと、余剰電力というのは、誰かそこで使っている人がいないといけないのですね。発電した分と使った分の差を買い取りますということです。一般の家庭だと、大体3キロワットぐらい使うので、5キロワットぐらい大きな設備を載せられる人しか対象になりません。
たとえば、ドイツの制度のように全量買い取りだったら、私が住んでいるようにマンションでもできます。マンションで余剰電力を計算するのは難しいのです。誰がどれだけと分けて考えるのは難しい。でも、全量買い取りだったらマンションの管理組合で、みんなで「つけましょうよ」と言えばできます。もしくは、企業の工場などでもつけることができる。だから企業の投資対象になります。
それから対象となるエネルギーも、いま経産省の制度は太陽光のみが対象ですが、日本はあちこちにいろんな自然エネルギーがあるわけですよね。なので、太陽光だけではなくてすべてを対象にすべきですし、価格の決め方が、いまのところ経産省の制度ではよくわからない。先ほどお伝えしたように、大臣が決めるというふうになってしまっているんですね。
ドイツは、毎年5%ずつ買い取り価格が下がるというのがわかっているので、早く投資したほうがいいというインセンティブがきちんと働きます。何年に投資したらいくらになっているというのが計算できれば、企業としても一般の人としても、将来の見通しが立って投資できますよね。この辺のわかりやすさが違うなと思っています。
地域の特性について考えても、太陽光発電だけというような制度設計にされてしまい、それはおかしいと思っています。「うちは太陽は照らないけど、風は強いんだ」「うちは地熱はあるんだ」という、そういった自然エネルギーもちゃんと買い取って、同じようにやってくれないと、太陽光はいま日本の産業振興の目玉になっているので、太陽光に力を入れるのもわかるのですが、環境のためにやっているというよりも、産業振興のためにやっている。それが非常にあからさますぎると思います。エコポイントもまったく同じですよね。
エコポイントに関して、最初から何か変だなと思ったのは、テレビでも冷蔵庫でも、大きいのを買った人のほうがたくさんポイントをもらえるんですね。大きいのを買ったら、それだけ容量を食うわけです。電気を使うわけです。なので、ほんとは小さいのに買い替えた人にエコポイントをたくさんあげてもいいんじゃないかと思うのですが、大きいのに買い替えた人にたくさんポイントをあげる。
このあいだ、環境省の人にその話をしたら、これは経済の活性化が前面に出ているので、そういうデザインになっているとおっしゃっていました。ですから、さっき言った原理原則、正しいことをした人に、望ましいことをした人にお金を返すというのはいいとしても、制度設計のところがどうなのかなというふうに思ったりしています。
ここまでは社会のグリーンビジネスの話でしたが、今度はもう少し企業ないし産業界に寄って話をします。単につくるものとか売るものがグリーンになるだけではなくて、たとえばグリーンな商品とか、グリーンな電力とか、モノがグリーン化するだけではなくて、一番大事なのはビジネスのやり方、ビジネスのフォーマットが変わることだと思っています。
私が確信をもって感じる変化の一つですが、これまでは企業が企画し、設計し、製造し、販売するというスタイルがほとんどでした。企業が、「これがいいだろう」と設計して、つくって、売れるか売れないかが分かる。そこではじめてリトマス紙のように、消費者のもしくは市場の反応を見るというスタイルです。
そうではなくて、いま始まりつつありますが、使う人とか市民、もっと大きく言えば社会の求めるものを、一緒に企画して、設計して、製造して、そして売っていくというスタイルに変わっていくと思います。
企業の中でも少しずつ、たとえばフォーカスグループとか、消費者インタビューとか、いろんな形で声を入れる動きはもちろんあると思いますが、それは企画の最後に来てからですよね。そうではなくて、最初につくるところから、何が社会に必要なのかというところから、一緒に行う。企業がすべてを知っているというスタンスではなく、市民の側と一緒につくっていくスタイルになっていくと思っています。
この点で一番有名な事例の一つは、グリーンピースとパナソニックのノンフロンの冷蔵庫の開発物語だと思います。ご存じの方も多いと思うので詳しく話しませんが、グリーンピースの呼びかけが一つのきっかけとなって、日本でそれまではなかったノンフロンの冷蔵庫をパナソニックで開発して販売するようになって、それが非常に大きなシェアを取ったという話がありますよね。
スウェーデンでも、最初にスウェーデンでエタノール車が非常に増えて、世界の、もしくはヨーロッパのこういった分野を引っ張ってきていますが、そのはじまりは2000年ごろのことです。環境に関心のある市民団体が、自動車はガソリンだと環境に悪いから、エタノール車を造ってほしいということで、自動車メーカーがたくさんあるスウェーデンに話を持っていったそうです。ところがみんな断った。なぜならば、新しい車を造るというのは、金型からして新しくしないといけない。お金がかかるわけです。「造っても売れるかどうかわからないものを造るわけにいかない」と断られたんですね。
そこでその市民団体は何をしたかと言うと、「じゃあ、最少ロットはいくつですか」と聞いたら、「3,000台です」とフォードが答えてくれました。「じゃあ、3,000人買う人を集めますから、それで造ってください」と。その市民団体はあちこちに呼びかけをして、実際に「できたら買う」という人を3,000人集めて、それでフォードに造ってもらったんです。一回金型ができれば、あとは安く造れますから、そういうことで、スウェーデンでのエタノール車が非常に広がった。
これも、企業が造ってあげようと思ったわけではなくて、市民の側とのやりとりで生まれてきたわけです。いま、日本でも広がりつつある市民共同発電所も、そういった動きでしょうし。
あと、環境の分野ではないのであまり知られていない、環境に関心のない人たちのほうがたくさん知っている面白いウェブがありますよね。 「空想生活」というウェブをご存知でしょうか。
これは、いろんな人が、「こんなものがあったらいいな」というのを、ウェブにどんどんアップしていくんですね。「それだったら、それができたら私も買うよ」という人がそこに投票していくんです。ある人数になったら、メーカーに発注してつくってもらう。別に環境に限っていませんが「あったらいいな」みたいなものを、人々の「買いたい」という気持ちを集めることで商品化につなげている、とても面白い試みをウェブでやっている会社があります。
こういった形で、社会が必要としているものをみんなでつくっていくような、それがグリーンビジネスの神髄の一つではないかなと思います。昔のやり方で、最後に出てきたものがグリーンかどうかだけではなく、という意味です。
もう一つは働いている人ですよね。一部の人、環境部署、CSRの人たちがグリーンなわけではなくて、働いている一人ひとりが、どの部署にいたとしてもグリーン志向になっていく。これがグリーンビジネスのもう一つの大きなポイントだろうと思っています。
私は「日刊温暖化新聞」というウェブサイトを主催していて、ここで実際に伝えたり、考えたり、行動につなげる、そういう活動を一緒にやっています。ここでは、市民とのつながりをつくっていったり、新しい動きをつくっていったり、みんなで学びながら、特に異業種のネットワークができるので、そこから生まれる新しいものがないかと思っています。ご興味のある方、ぜひ声をかけてください。
これからいろいろ考えていくときに、特に社会のシステムを変えていくときに、私たちがもう一つ考えないといけないことがあると思っています。これはデニス・メドウズがよく使う図(図2を参照)なので、彼の講演を聞いた方はご覧になったことがあるかもしれませんが、現状が赤い所で、緑が行きたい所だとします。あるアクスションを取るとすぐに緑の所へ行けるけど、別のアクションを取るとどんどん駄目な所に行くと。
図2
これは「やさしい問題」、Easy Problemといわれます。これは、スタートしてあるタイミングで評価の時間が来たときに、正しいことが正しいと評価される、こういうものです。だから、途中経過もいいし最終的にもいい方向に行きます。こうなるのはやさしい問題の場合です。デニスに言わせると、政治家や企業のリーダーは、こういう問題は大好きで、これはみんな彼らに任せておけばいいと。つまり、何かをやるときに、次の四半期の決算とか、次の投票のときもそれがいいとわかるから、これはみんな喜んでやるわけです。
ところが、世の中の問題の多く、資源とか環境関連の問題などの難しい問題の場合、そうはいきません(図3を参照)。たとえば、アクション1は、短期的には良くなるのですが、でもそれは最後にはうまくいかない。アクション2こそ、本当は取らないといけないんだけど、それは短期的には悪化する。「Worse before Better」という言葉を、私たちは使います。本当に必要なことをやるには、最初は悪化する。そういったことはよくありますよね。それができないと、すぐにいいことばかりやろうとしていると、本当に大事なことができない。
図3
企業でいえば、たとえば開発などに資金を回すのはアクション2だと思います。それは、次の四半期には決算を悪く見せる。でも、長期的には絶対必要なことですね。でも、それは次の決算で悪く見えちゃいけないとなると、売り上げを上げるとか、コストを削減するとか、次の決算で良く見えることだけをやろうとする。それは、長期的な企業の力を損ないますよね。
まったく同じことが、社会にもいえるし、個人にもいえるわけですが、こういった問題を、私たちはどうやって解決していくことができるか。
一つ大事なのは、時間軸を伸ばすということです(図4を参照)。つまり、時間軸を伸ばせば、本当に正しことが正しいと評価される可能性が高まります。
図4
デニスが言っていましたが、オーストリアでは選挙の期間を延ばそうとしている動きがあるそうです。つまり、政治家が短期的にプラスを出さなくても、本当に必要なことができるように、ということですね。
もう一つ、私が大事だと思うのは、企業が――これは皆さんの企業にとって、可能かどうかわかりませんが、四半期ごとに株主の顔色を伺わないといけない、このような株主との関係をつくらないような道を取っていくということです。これからは、IRのやり方を変えていく必要があります。「うちに投資したら儲かりまっせ」と言っているだけでは、長期的なことは絶対にできません。でも「うちは、10年後、30年後、こういうふうになろうとしている。それに賛成してくれる株主さん、来てください」というようなIRがきっとできるんじゃないかと。上場をやめちゃうというのが一番簡単かもしれませんが。
もう一つは、社会の中で長期的な時間軸を持っている人たちの力を強めていくことです。私も含めて、NGOは大体、長期的な時間軸を持っています。四半期決算とかないですから、10年後、30年後、100年後のためにどうしたらいいかということを考えている人が、きっとほとんどです。そういったNGOなど、市民社会の時間軸の長い人たちの力を社会の中で強めていくこと。これも、時間軸を伸ばす上でとても大事なことだと思っています。
「グリーン何とか」などもそうですし、中期目標の闘いもそうだったのですが、よく「環境か経済か」といういわれ方をします。「環境を大事にすると経済がマイナスになる」というような形ですね。でも、いま、本当の闘いは、環境対経済ではなくて、新しい経済と古い経済の闘いなのだと思っています。
たとえば、このあいだ、コンビニのお弁当の見切り販売に関する話がありましたね。行政処分が出ましたけれど、あれは、コンビニの店主さんたちに負担を与え、年間にすごい量のお弁当を廃棄させる。それで成り立っている古いビジネスモデルと、そうではないやり方の闘いなわけです。なので、環境、経済というよりも、古いビジネスモデルと新いしビジネスモデル。これの闘いというふうに、私は思っています。
私は、あちこちで一般の人向けに、「もし読んでないのだったら、新聞の折り込みチラシも断りませんか」という呼びかけをしたりしています。
いらないDMについて面白いデータがアメリカにあります。皆さんのとこにも来ると思いますが、アメリカでもいらないDMが沢山届いているそうです。開けもしない、中を見てすぐ捨てるようなDMです。これらのいらないジャンクメールに、アメリカ人は、一生の間どれぐらいの時間を使っているかという計算をしたNGOがあります。何と8カ月。一生のうち8カ月、DMのいらないものの処理に使っている、それぐらいだったら、断ったほうがいいと思うのですが。
日本でも簡単に、「受取拒否」と書いてポストにもう一回入れれば、受け取らないで済みます。ついでに、新聞の折り込み広告もいらないんだったら、販売店に電話すれば止めてくれます。うちはそれで止めているのですが、読む時間がないのでそういった話をしています。
このあいだNHKでも同じ話をしたら、抗議のメールとかが結構来るんですね。それは新聞販売店からなんです。「あなたは知らないかもしれないけど、新聞販売店の利益というのは、あの折り込み広告からもらっているんだ」と。新聞を売ってもほとんどお金にならないらしいのです。なので、「それをやめるというのは、新聞販売店にとっての死活問題だから、自分たちの首を絞めるようなことは言わないでほしい」という意見が来ました。
それも、新しい経済と古い経済、もしくはビジネスモデルの闘いだと思います。環境に悪いことをやりながら、でも、いまの人たちの職を守るにはどうしたらいいかというよりも、新聞が販売店の折り込み広告に頼らなくて済むようなビジネスモデルをつくっていかないといけないと思うのです。
このような一見環境と関係ないような分野でも、これからたくさんの問題が出てくると思います。そのときに、人々はよく「環境か経済か」という軸で見がちですが、そうではなくて、新しい経済と古い経済、新しいビジネスモデルと古いビジネスモデル。ここの闘いがこれら出てくるのではないかなと思います。
そういったときに、社会のシステムを変えて、新しいビジネスモデルやグリーンビジネスなど、望ましい動きが広がっていくような形で、私たちが後押ししていくことができればいいなと思っています。
以上です。ありがとうございました。
私はこのメドウズさんたちのグループにずっと入って活動していて、『成長の限界』から30年たってどうなっているかという本、2005年に日本では出ましたが、『成長の限界』の第3番目の本の翻訳もさせてもらっています。
『成長の限界』を読むと、「このまま行くと、資源・エネルギーの点でこういうふうに制約が出てきて、これまで通りの成長は続かない」ということが、もう30年以上前に明らかになっていたことがわかります。しかし、人々はそれを聞き入れずというか、これまで通りの成長を続けてきました。それが、この30年だった
と思います。
先ほどからピークオイルの話が出ていますが、やはり石油の生産量がピークに達して、そこから減っていく。そのピークオイルのタイミングが、いま欧米では非常に大きな議論になっています。ピークオイルは2012年から14年の間に来るだろうというのが、多くの論調になっています。
石油がだめだったら天然ガスがあるじゃないかというのがあるんですが、ピークガスというのがありまして、これもそんなに遠くない時代に来ます。
このあいだ商社の方と話をしていたのですが、天然ガスというのは大体、80%は長期の契約で買うそうです。残り20%がスポット契約です。主に長期で買いますから、2015年に日本がどれぐらい買えるかを足し合わせると、2015年に日本が必要な量の3分の2もいっていないそうです。ですから、本当に「資源・エネルギーの制約」が出てきます。お金を出しても買えない時代になりつつあると思います。
モノやエネルギーがない時代ということで、今日はスライドを用意していないので出せませんが、人間が使ってきた化石燃料の量をグラフにすると、非常に急激に増えて、急激に減っていく。スパイクのような形になると思っています。
私たちはちょうどそこにいるので、この石油に支えられた文明を普通に感じていますが、もっと長期的な時間軸で描くと、この状況は本当に短期的な、極めて特異な事態なのだと思います。
こうしたときに、「何を、いつを基準に置くのか」ということを、私たちは考えていく必要があると思っています。
いまの資源・エネルギー制約の時代の話になると、食糧も含めてですが、これまでの考え方の持ち主は、「いまはそうだけれど、そのうち戻ります」ということを必ず言われます。でも、そうではなくなってきているんだと思うんですね。やはりステージが変わったというふうに、私たちは認識しないといけない。
これまで、80年代だって世界の経済は成長していたけれど、それはほとんど先進国で成長していたし、せいぜい年率3、4%。それもサービス産業が大きくなっていましたから、それほど経済成長が資源・エネルギーにかける負荷が大きくなかった。
ところがそのあと、「BRICS」といわれるように、中国を中心とした新興国が大きく経済を成長させています。まだインフラを整えている段階ですから、構造的に、資源・エネルギーの供給が需要に追いつかない状況が出てきている。
そうなったときに、大きな問題として「共有地の悲劇」が出てきます。みんなが使える石油、みんなが使える土地、CO2の吸収源も、森林もそうです。それをみんなが、われ先にと争って使うような状況になりつつある。
先ほど内藤さんが、秋田のハタハタの話をされていました。駿河湾のサクラエビなど、持続可能な資源管理をしている所はあるのですが、それはかなりローカルな範囲なのですね。そこだけの資源だからそれができる。それが世界全体になってしまうと、やはり共有地の悲劇があちこちで加速しているのだと思います。
そうしたときに日本は、食糧の自給率はカロリーベースで40%、エネルギーの自給率は4%しかないということで、たとえば、食糧が外から一切入ってこなくなると、いまのカロリーの40%しか摂れなくなるということになります。これは5歳児の1日分のカロリーにも満たない数字だそうです。ですから、私たちはいま、輸入を前提として生きているけれど、本当にそうでいいのか。
というのも、世界的に食糧はひっ迫しているので、いまほかの国の土地に手を出し始める国がたくさん増えているそうなのです。輸入するだけではなくて、直接、貧しい国の土地を買ってしまって、そこで自分たちの食糧を作らせる。そういう動きになってきたときに、私たちがいまのように輸入が続けられるんだろうか。
「ずっと続くだろうと頼っていたものがなくなる」という意味で言うと、先ほどのキューバはまさにそうだったと思います。そして、いまの日本もおそらく同じだと思っています。石油やさまざまな輸入に支えられている、この「ずっと続くだろう」とみんなが願っているものが、キューバとはタイミングやスピードは違うにしても、いま起こっているんだと思います。
もしかしたらキューバのほうが、急激に起こっただけに、皆さんの危機意識、対応も早かったのかもしれません。もしかしたら日本は、そういう意味で言うと「ゆでガエル」――少しずつ温度を上げていくと、何となく大丈夫な気がして、いつの間にか大変なことになるという、ゆでガエルの状況にあるのかもしれない。そんなことを思いながら聞いていました。
私がここで、ぜひ3人の方と議論したいなと思うことは、主に3つあります。1つは、「時間」をどう考えるのかということです。もう1つは「進歩」をどう考えるのかということです。3番目に「幸せ」をどう考えるのか。このあたりをぜひ議論していきたいと思います。
さっき緩速濾過の水の話がありましたね。江戸時代の、石川先生のご本でいろいろ勉強した時に、「ロウソクの流れ買い」という話がありました。当時、ロウソクは非常に貴重だったので、燃やしたあとの流れた雫を集める商人がいた。それをまた溶かしてロウソクにして売っていたわけですよね。それはすごく時間も手間もかかるわけです。それは商売になったからやっていたんだと思いますが、いまのスピードというのでは、たとえば緩速濾過なんか待っていられない。それよりも急速濾過にしたほうがいいとなってしまう。
この「時間」を考えると言ったときに、何をベースに考えるか? これは経済の話ですが、金本位制の時代というのは、金というのが1つのアンカーであり、ベースであり、常にそれとの対比でいろんなものを考えていた。でも、その金本位制がなくなった時に、非常に変動する時代に入ったわけですよね。
そういう意味で言うと、先ほど、石川先生や内藤さんのお話でもあったように、江戸時代もしくはかつての私たち人間の暮らしは、「植物が生長するスピード」が一つの、本位制のようなベース、アンカーになっていた。それは、わめいても叫んでも絶対に増やすことはできない。待つしかないわけですね。その中で生きていた。
それが一つのペースというか、スピードの原点になっていたような気がします。それが外れて、別に植物の生長を待たなくても、石油を掘ってくればいくらでもエネルギーが使えるという時代になった時にたがが外れたというか、そんな気がしました。
こういった「時間」のあたりでいろいろ話を聞いていこうと思います。「進歩」とも関係するのですが、石川先生にお聞きしたいと思います。江戸時代の経済成長率というのは、どんなものだったのでしょうか?
=========
こちらの公開セミナーをベースに本が出版されました。
パネルの続きは「江戸・キューバに学ぶ“真”の持続型社会 」でどうぞ
https://www.amazon.co.jp/dp/4526063215?tag=junkoedahiro-22
●枝廣
命というのはすごくパーソナルなものでもあります。私の命は私のもの、ですよね? ですから、自分がどういうふうに生きても、それは自分が納得いく限り、いいんだと思います。
でも同時に、もっと時間的、空間的な広がりの中でのつながりというか、連鎖というか、それ全体が命だと思うんですね。
たとえば、私たちがいまここに存在しているのは、お父さんとお母さんがいて、またそのお父さんとお母さんがいてと、ずっと過去のつながりがあってはじめて、ここに命として存在しているわけです。そういった時間の流れの中での、つながりの1つの結び目としての自分の命というのがある。
もうひとつ、人間だけではなくて、微生物から植物から動物から、この世界にはいろいろな命があって、それぞれ関係ないように見えるかもしれないけど、それもつながっています。たとえば、人間は食物連鎖のいちばん上にいるわけですが、私たちが食べるもの、その食べ物の餌になっているもの、連鎖で全部つながっていますよね。
そういうふうに考えると、すごくパーソナルな個人の命でもあるけれど、同時に時間的、空間的な広がりのつながりの中で生かされている命、でもあります。
私は英語の通訳をやっていたことがあるので、言葉をすごく気にするんですか、「生かされている」というのは、なかなか英語にできないんですね。これはすごく東洋的な、日本的な感覚だと思います。英語でも「生かされている」と言うことはできるのですが、“by 何々”というのが必要になるんですよね。○○によって生かされている、というように。「神によって」とか。
でも、私たち日本人が「生かされている」とか「もったいない」とか思うときは、別に「神」とか具体的な何かではなくて、「八百よろず」というか、すべてのものに生かされている、その輪の中にいること自体が自分の命だ--多分そんな感覚があるのだと思います。
それは、なかなか西洋の人にはわかりにくいものです。でも私はとても大事なものだと思っています。そういう網の目の中の1つのつながりとしての自分の命。そのあり方によって、同じ時代に生きているほかの命にも影響を与えるし、自分の先に生まれてくる、これからの命にも影響を与えることができる。すごく漠然とした言い方ですが、そんな存在として、私は命を感じています。
●会場からの質問
9月11日、熊本県知事が、42年間地域を対立させ分断してきた川辺川ダム問題に対し、球磨川は地域の宝であると判断し、ダム計画の白紙撤回を表明し、ダムに頼らない治水を最大限国に求めるとしました。この川辺川ダムか提起したことについてのお考えをお聞きしたいと思います。
●枝廣
9・11の白紙撤回の宣言、もしくは川辺川ダムが、私たちに何を教えてくれているかということを考えると、これは、これから日本全体が、そして世界全体が必要としている、もういま必要になっていますが、ますます必要となってくる新しいアート――アートというのは芸術という意味ではなくて技というか、プロセスというか、その先行事例だろうと思います。
それはどういうものかと言うと、これまでは、つねに「何かをつくる」、そして「先へ進む」、それだけを目的として、私たちの社会は動いていきました。そうではなくて、「つくらない」、もしくは「つくったものを元に戻す」ということは、私たちの社会は、これまでやってきたことがない。そういう教育はないですよね。つねにつくること、前に進むこと--この教育は山ほどやっていますが。
たとえば、つくったものを元に戻す、もしくはつくらないことにする。つくると決めたことをやめる。「やめる技術」というのは、なかなか難しいんです。つくったり、前に進むほうがずっと楽なので、みんなそれをやりつづけています。
でも、これから私たちに必要なのは、たとえ前に決めたとしても、やはり現状を考え、今後を考えたら、やっぱりやめたほうがいい、というときにはやめられる柔軟さだと思います。
それを技という意味で、アートと言いましたが、いったん決めたことを、もう一度決め直す。見つめ直す。もしくは、これまで正しいと信じていたこと、たとえば「成長すること」とか「増やすこと」とか、「開発すること」。それが正しいと、みんな信じてきたけど、それは正しくないかもしれない。本当に大事なのは何だろう? ともう一回考え直すこと。こういったことが、いまとても必要になってきていて、そういった意味での大きな先行事例として、今回の川辺川ダムの白紙撤回は位置づけられるのではないかと思っています。
先日、東京の有名なまちづくりのコンサルタントをやっている方と話をしていたときに、「最近、僕のところに持ち込まれるのって、面白いのがあるんですよ」とおっしゃっていました。その方は有名なプロジェクトをたくさん成功させている方ですが、最近増えている依頼がどういうものかと言うと、「何年か前に決めちゃったけど、やっぱりやめたいと、やめるためのプロジェクトを僕に頼んでくるんだ」と。
一回行政が「やるぞ」と決めると、やることになっちゃうんですね。そうではなくて、「人口は減っていくし、産業だって疲弊しているし、ここにレジャーパークをつくってどうするの?」という、見つめ直す声が上がったときに、それを上手に、やらない、もしくは別の形に変えていくためのプロジェクトを頼んでくる人が増えているんだという話をしてくれました。そういった意味で、川辺川ダムだけのことではなくて、同時並行的にそういう動きが、あちこちでいろいろあるんだろうなと思います。
私は心理学をやっていたので、どうしても心理学的に思いを馳せてしまうのですが、私が好きな心理学者の一人にカール・ユングという人がいます。ユング心理学で有名な人ですが、彼が言った言葉に、「人生の午後」という言葉があります。人生の午前中は、どんどん大きくなり、成長し、盛んになっていく。でも、あるところで、誰もが人生の午後を迎えます。
そのときに、午後になったことを認めない、もしくは気がつかないで、ずっと午前中と同じつもりで、「イケイケどんどん」でやっていては、その人も幸せではなくなるし、周りも幸せではなくなる。
しかし、どんどん成長すること、前に進むことがよしとされる社会なので、午後の生き方を、私たちはまだ身につけていない。人生の午後とは、だんだん衰えるという意味よりも、より内面的に豊かになるということです。外から見た活動量は減るかもしれないけれども、もっと豊かな内面性を持つようになる。そういっ
た意味での午後です。
私は、このユングの話を読んだときに、人類も同じだと思ったんです。途上国はまだまだこれから発展しないといけない、成長しないといけないかもしれないけど、日本や先進国は多分もう、「人生の午後」に切り替えないといけないのに、いまだに午前中の張り切りで、特に日本はそうですが、いろいろなものをつくり、イケイケどんどんをGDPで測る--みたいなことをいまだにやっている。
私たち、つまり多分ここにいらしている方は、そういう方が多いと思いますが、うすうす、「それって違うんじゃない?」「それをやっていても、どこにも行かないんじゃない?」「幸せどころか、不幸せにつながっているんじゃない?」と思っている。でも、そうではないやり方や、そうではない目標、そうではない生き方についての社会の価値観がまだつくり出せていないので、おかしいと思いつつ、これまで通りのGDP至上主義を続けている。
そういった時代に、いろいろな意味で「価値あるもの」が変わってきます。これまでは、「お金が儲かれば」「大きくなれば」「成長すれば」いい--これが価値だったけれど、きっと違うものに価値が出てくる。
さっき上勝町の話がでましたよね。「いろどり」というんですよね 。葉っぱを売るってどういうことかと言うと、私が聞いた話によると、上勝町の年配の方々が旅行に行ったそうなんですね。旅館に泊まって、食事のときに、お刺身だ何だって、和食が出てきますね。そのときに、モミジの葉っぱとかが彩りに添えてある。
その葉っぱを見て、「こんな葉っぱを大事にしているの?」「うちの山にいっぱい落ちているわ」という話になったときに、「もしかして、料理屋とか旅館とかに、彩りの葉っぱって、高く売れるんじゃない?」ということになって、上勝町の年配の方々が、畑とか山にある葉っぱを集めて、それを料亭とか旅館で使ってもらう商売を始めた。葉っぱを売るわけです。町に才覚のある素晴らしい方がいたわけですが、ビジネスを上手に立ち上げられたんですね。
いまでは、上勝町のお年寄りは、ケータイとか、いろんな電子機器を駆使して、「いまはこういう葉っぱが売れ筋だ」とか、「これぐらい出荷があるから、これはもう、取ってもあまり売れないから、こっちにしよう」とか、そんなことで頭のトレーニングにもなるし、足腰も強くなるし、町のいろいろな売り上げとか、皆さんの親睦もつながる以外に、生きがいとか健康とか、いろんな素晴らしいものをつくり出している、と聞いています。
それはもともと、これまで価値として考えられなかった、その辺に落ちている葉っぱだったと思います。でもそれが実は、新しい時代になったときに価値を持つ。それを上勝町の人たちはいち早く、上手に活かしていらっしゃるのだと思います。
同じように、低炭素の話につなげると、これまで、出しても出さなくても同じだった二酸化炭素に価値が、マイナスの価値がつくようになっています。日本はまだその動きになっていませんが、アメリカなどの大手の金融業界はもう、「二酸化炭素は債務である」という考え方をしています。ですから、ある企業に融資をするかどうか考えるときに、その企業の決算を見るだけではなくて、その企業がどれぐらい二酸化炭素を出しているか、報告させます。それに1トン何ドルというのを掛けて、それをコスト、つまり債務の計算に入れます。二酸化炭素は債務であるという考えが、ごく普通になっている。これまで、出しても出さなくても一緒だったのですが。
「持続可能な社会」とは、「地球の限界の範囲内で幸せに生きる社会」だと私は定義しています。地球が吸収できる二酸化炭素の量しか、人間は出さない。地球が提供できる森林の成長量しか、人間は木を切らない。地球の限界、つまり地球が許容できる範囲の中で、しかも、ただ数字のために「GDP増大!」ではなくて、本当に私たちが幸せになっていく社会。それが持続可能な社会だと思っています。
そういった社会に変わっていくとき、先ほど言った、これまで大事ではなかった「やめる技術」や「考え直す技術」、そういったプロセスが大事になり、これまで価値がなかったものが価値を持ち、これまでどうでもよかったものが、マイナスの価値を--たとえば二酸化炭素のように--持つようになってくる。このよ
うに、非常に大きく変わっていくのだと思います。
川辺川ダムだけではないですが、先ほど言ったように、一回始まってしまったら、私たちはやめるための技術を持っていないので――特にこれは官公庁、行政はそうですね、NPOとかNGOとか民間の企業だったら、「やっぱりちょっと違うから変えよう」とかできますが--、一回決めたことは変えられないというプロセスをこれまでやっているので、そこを変えていかないといけません。
行政の人と話をするときに時々話すのは、アポロが月に着陸したときのことです。あのとき、地球の発射台から到着予定地まで、軌跡――こういう道を通っていくという、その道をもちろん計算しているわけです。実際に到着予定地に着きました。
でも、あとで、実際にアポロが飛んだ軌跡を解析してみると、あるべき軌跡に乗っていたのは5%ぐらいだったそうです。あとの95%はずれていたんですね。ちょっとこっちに行ってずれて、「ちょっと違う」と方向転換して、また「ちょっとずれた」と方向転換して、ということをやりながら、最終的にちゃんと着いたわけです。もし、最初「こっちだ」と決めて方向を変えずにずっとやっていたら、多分、全然違う所に行っていたことでしょう。
行政だけの話ではないですが、一回「こちらだ」と決めたら突っ走る、というのではなくて、現在地と目指している方向とあるべき姿を常に見ながら、リアルタイムでフィードバックをかけて、プロジェクトであっても事業であっても、修正をかけたり、必要だったらやめたり、そういったことをやっていく、その技術とプロセスを日本はもっと考えて入れていかないといけない。世界も同じだと思っています。
そういう意味で言うと、川辺川ダムの話は、ひとつのローカルな――ここにとってはローカルな展開だと思いますが、日本にとっても世界にとっても大きな教訓というか、大きな次への、世界で同時進行的に進んでいるであろう動きを顕在化させた動きだと思うし、できればそういうふうに位置づけて、日本の中にも伝えていきたいし、世界にも伝えていけたら、と思います。そうしたら、「あ、それって」と気がつく人、「うちも」と気がつく人、もっともっと増えるんじゃないかなと思います。
●会場からの質問
私は、将来、研究者になりたいと考えていますが、サイエンスに関わっている女性は日本では大変少ないのが現状です。そのため、今回のような女性のためのサイエンスギャラリーが開催されていると思います。このことについて、どのように考えておられますか。
●枝廣
女性か男性かが重要ではないと思っています。私がいつもこの問題を考えるときに思うのは、「女性か男性か」ではなく、「女性性か男性性」か、ということです。そのほうが大事と思っているので。女性性、男性性とは、女性、男性とイコールではないんですね。女性でも男性性が強い人もいるし、男性でも女性性の強い人がいます。
私がいま思っている男性性と女性性はどういうものかと言うと、「男性性」とは、どちらかと言うと「切断する」「切り刻む」「分ける」そういう活動です。「女性性」とは、それに対して「包み込む」「包含する」「つなぐ」といった動きや志向性のことです。
これまで男性性が強くてうまくいかなくなってしまった社会を変える上で、いまは女性性が必要な時代だと思っています。女性が必要というよりも、女性性が必要な時代だということです。ですから、いろいろ切り刻んで、さまざまなものを分断して、そして戦って競争して、ではなくて、つないで、包含して、受けとめ
て、受け入れて、みんなでつくっていく。そういった女性性が必要な時代だと思っています。
面白いのは、うちの会社に1人だけいる男性社員もそうですし、うちのNGOで活動している男性も、女性性が非常に強い人たちが多いのです。なので、男性か女性かよりも、男性性か女性性かと考えています。
そういう意味で言うと、女性のほうが女性性を持っている場合が多いかもしれませんが、だれの中にも男性性も女性性も両方あるんですね。男性性が強い人もいるし、女性性が強い人もいる。でも、自分の中の女性性をもう少し大事にしてもいいかもしれないですねと、男性にエールを送っておきます。
●司会者
さいごにひと言。
●枝廣
最初に「命とは」という問いかけに、時間や空間を超えたつながりだという話をしました。
イギリスのある環境の科学者が言っていることですが、温暖化やいろいろな地域の開発といったさまざまな原因によって、いま生物がどんどん絶滅しているんですね。もちろん自然淘汰でも生物の絶滅は起こるのですが、いま起こっている絶滅は、自然のペースの1,000倍ぐらいの速さでが起こっているといわれています。
ある種がいなくなるというのはどういうことなのか。たとえば、私たちと直接関係がないような微生物とか、日本にはないような植物がなくなっても、直接私たちに関係がないような気がします。
でも、先ほど言ったように、全部つながっている1つのクモの巣のようなものだとするとどうでしょうか? その科学者が言っていたのは、「いまは、高速で飛んでいる飛行機のビスを1本、2本と抜いているような状況だ」。直接関係ないように見えるその生物がいなくなっても、特に何も起こらないように見える。で
もどこかで、最後の、「これはまずい」というビスを抜いた瞬間に、その飛行機は空中分解するだろう。いま、それと地球は似たような状況だと。
現在、1日何種類もの生物が絶滅しているそうです。それは直接私たちの生活に、いまのところ何の影響もないかもしれない。けれど、そうやってビスをあちこちで抜き続けた結果、「あれ?」と思ったときにはもう、いろいろな状況があっという間に悪化してしまうかもしれない。
今日の話の中で、男女共同参画の話が大きなテーマとして出てきましたが、男性、女性というよりも、大切なキーワードは「多様性」なのだと思います。ジェンダー、性という意味だと男性と女性ですから、多様性を重視しようと思ったら、「いまあまり活用されていない女性を活用しよう」という話になりますが、たとえば、企業の中のCSRで「多様性」というと、男性、女性もあるけれど、たとえばハンディキャップを持った人とか、いろんな意味での多様性を意味しますよね。
多様性は、何も社会貢献とか事業活動として大事なのではなくて、多様性にこそ力があるから大事なのだ、ということです。
たとえば、作物を植えるときに、単一作物、つまり1つの作物だけ、同じ作物だけを畑に植えていると、それがかかってしまう病気がはやったら、みんなやられてしまいますね。でもそうではなくて、「混作」といって、いろんな種を混ぜて植えておくと、病気がはやったとしても、それに強い種もあるわけで、全部だめ
になるということはありません。
でも混作すると手間がかかるし、単一のほうがずっと効率がいいので、みんな単一栽培をしている。それは短期的な効率を求めることで、実は長期的な効率を失っていることではないかと思っています。
なので、、多様性をいかに大事にするか。それは、それが慈善活動として大事だとか、かわいそうな人に対してどうのこうのではなくて、そこにこそ力があるということを、いつ私たちは本当に実感して考えていけるんだろうか、と思うのです。
アメリカのほうが、日本より先行した動きをしていますが、それでもアメリカのある詳しい人に聞いてみたら、「本当に多様性の力を信じている人と、多様性に配慮しないと訴訟が起こったりするので、大事にしているふりをしている人と、だいたい、半々ぐらいじゃないかな」と言っていました。
命というのは多様性があってこそ守ることができる。はぐくむことができる。そして進化し、発展していくことができると思っています。
そういうことで言うと、日本の社会の多様性はまだまだ足りないですよね。男性に偏っていたり、年齢でも下のほうの人とか上のほうの人は社会から排除される仕組みになっていたり、ハンディキャップを持っている人が社会の中でなかなか暮らせない仕組みになっていたり。多様性を、男性性で切り刻んで、短期期な効率が悪いからと落としていくのではなくて、いかにそれを包含して、つないで、そしてそれがつくり出す強さをつくっていけるか、ということを考えながら、みなさんの話を聞いていました。
今回のトークセッション、自分の中でもいろんなことが考えられて、いい時間をいただきました。
ありがとうございました。
枝廣
地域が環境問題にかかわるときに、いくつか大事なことがあると思っています。自治体にしても地域にしても、これまでの多くの活動が「とりあえずまずできることからやろう」「ほかもやっているからやろう」--だいたい、そういう形で環境の活動をやっている所が多かったように思いますが、大事なポイントが2つ
あります。
1つはまず、そこの地域、たとえば三重県だったら三重県、四日市だったら四日市が、どういう県になりたいの? どういう町にしていきたいの? その理想的な姿を最初に描くことだと思います。
「できることをやっていこう」というのと、「あそこに行きたいからこれをやっていこう」というのでは、全然動き方も道すじも違ってきます。だから、三重県が50年後にどういう県になっていたいの? 四日市市が30年後にどういう都市になっていたいの? それといまと何が違うの? そのギャップを埋めるためにどうしていったらいいの?と考え、だからこれをまずやろう、と進めていく。そういう順番だと思います。
私は、総理の「温暖化に関する懇談会」の「環境モデル都市の分科会」の委員も務めています。この環境モデル都市に82都市から応募があって、その審査もさせていただいたのですが、そういう機会があってはじめて、たくさんの都市がとても思い切った目標を出してきました。大きな目標を出してはじめて、「大きく変えるにはどうしたらいいか」と、考えが進むのだと思いました。なので、地域から活動するときにも、その地域の理想的な姿を描くということが、とても大事なんだろうなと思います。
もうひとつ、自治体ないし国もそうですが、先ほど話したこととも重なりますが、かけ声だけでは竹やり争になってしまうんですね。「やらなきゃいけないからやるんだ」とか、「やらなかったら困るからやるんだ」ではなくて、意識が高くなくても行動を変えたくなるような「仕組み」をつくっていくところが、私は行政の腕の見せどころだと思います。
みんなの意識が高ければ、別に言わなくても行動するんでしょうけど、残念ながらそうではないし、みんなの意識を高めるにはとても時間がかかってしまう。だったら、意識が高くても高くなくても行動したくなる、もしくはしないと損するような仕組みをつくるというのが、人々の行動を大きく短期間に変えるやり方です。これは、いま自治体でいろんな面白い事例が出てきていて、お互いに学び合って、もっともっと広がればいいなと思っているんですが。
たとえば先ほどのエコ通勤の話がありましたね。これは企業でも自治体でも同じですが、通勤手当ってありますね。同じ距離を自動車で通勤するときと自転車で通勤するときと、どっちがたくさんもらえると思います?
アンケートを取った自治体があるんですが、75%は、同じ距離を行くんだったら、自動車で行ったほうが通勤手当をたくさんもらえるという結果でした。多くの場合、自転車で行っても通勤手当はもらえないんですね。そうすると「自転車に乗ろう」「自動車をやめよう」とかけ声をかけても、やっぱりお金がどちらにつく
かというのが、人の行動に影響しますよね。
面白い例が、名古屋市の事例です。たとえば5キロまでの通勤に対して、名古屋市は、かつては自転車で来ても自動車でも、2,000円の通勤手当を出していました。それを、2000年だったか、変えたんですね。5キロ以内通勤する場合、自動車で来たら、これまで2,000円だったのを1,000円に下げました。同じ距離を自転車で来た場合は、2,000円だったのを4,000円に上げたんですね。3,000円の差ができたわけです。
これで3年後、調査をしてみると、自動車通勤は25%減り、自転車通勤は50%増えていました。たとえばこういう仕組みを上手につくることというのが、自治体の大きなポイントだろうなと思います。
最後に、生物多様性の話があったので、そちらについて少しコメントをすると、生物多様性というのはとてもわかりにくい、なかなか伝わりにくい言葉ですが、多様であることの力を大事にする、取り戻すということだと思います。
たとえば、1つの畑に1種類の作物だけを育てていたとしたら、それがかかる病気がはやったら、みんなやられてしまいますね。でも、混作といって、さまざまな種類を植えておけば、どれかはやられるかもしれないけど、生き残れるものもありますよね。単一作物のほうが、短期的な効率はいいですが、混作、多様性を重視したほうが、長期的な安全性は高まります。
いまの経済だと、どうしても短期的な効率を重要視するので、多様性を削って、削って、削って……とやってきていますが、それは長期的なことを考えたら、ほんとはマイナスのことをやっているんじゃないかと思うことがよくあります。
生物多様性は――多様性が必要なのは生物だけではなくて、社会の中の多様性も大事だし、同じ動きだと思うのですが、生物多様性で言うと、これまで人間があまりにも越境して、人間以外の生物種のところに入り込んでしまっていたので、多様性をもう一回取り戻そうとしたら、人間は引くしかないんですね。ですから撤退するという動きになります。さっきのコンクリートだった川を、もう一度自然の川に戻すとか。それはある意味、人間が撤退していくということだと思うんです。
これは、非常に新しい“技”になります。これまで人間は、特に行政は、つくること、「前に進む」ことだけをやってきました。だからこれはすごく得意なんですね。計画して前に進んで、というのは得意。
でも、途中で考えを変えてやめることとか、元に戻すこととか、それはこれまで習ってもないし、やってきてもない。評価もされない。そういうことをこれからやっていく“作法”というか、“技”というか、“知恵”というか、それを身につけないといけない。生物多様性というのは、おそらくそのための大きなきっかけになると思っています。
==============================
武田先生
私個人は、何で名古屋市の中に牧場がないのかなと思っているほうだし、よく森のほうに行くのも好きなんですけど。それはそうなんですけどね。それから今日は、ここに来られる方は、多分、環境というものに興味があって来られているので、私が今から言うこととはまったく違うお考えなので、私が言うことには大変お腹立ちになると思いますが、心にあることをきちんと言わなきゃいけないので、そのまま申し上げます。
中学生でいま、物理を履修している学生が10分の1に減りました。私は工学部で学生を教えておりますけれども、機械とか電気に興味を持つ学生はほとんどいないんです。なぜかと言うと、やったら不安を感じちゃうんですよね。だって、自動車はいらない、電気はいらないと。昔の電車でいいと。自転車で走れというのは、自転車を改善するって、あまり改善できないものですから。
このまま行くと、あと30年後には、日本にはトヨタ自動車も松下電器もできなくなるんです。だって、トヨタ自動車を運営するためには機械工学の人がいるんです。それから、松下電器をつくるためには電気の人がいるんです。僕らの時代は、物理履修率98%でした。従ってトヨタ自動車ができ、松下電気ができ、四日市の化学工場ができて、われわれは現在豊かな生活をしているんです。
環境には確かに問題はあるんです。問題があることはわかるんですが、僕は第1部で、「私たち大人は孫に対して責任がある」と言ったんですが、本当にいいのかと思っているんです。「環境」「環境」と言って、本当にいいのかと。自治体も「環境」と言っているんですけど、環境って、そんなに悪くないんです。1990年から多分、四日市市もほとんど環境の患者さんはいないと思います。昔、随分問題がありましたけど。
私たちが、もし「環境」「環境」と言い続けたら、30年後の日本人はすごく貧乏だと思います。エネルギーもなくなってきますから。だから本当に貧弱な生活をするようになると思います。私は太陽エネルギーなんか、全然だめだと思っています。計算したら、まったくだめですからね。生活程度を10分の1ぐらいに減らさないといけないです。
僕はこう思っているんです。いま、私たちがそういう生活をしているなら、孫たちにも「そういう生活をしてもいいよ」と言えるんです。だけどわれわれは、いまマンションに住み、テレビつき、電気つき、自動車に乗って、やりたい放題やって、グルメ食べて、そして「貧乏生活でもいいじゃないか」と言っているんです。
そしたら、孫たちに残せるのは何かと言ったら、トヨタ自動車も廃業、松下電器も廃業です。そしたら孫たちは、くみ取り便所になっちゃうんです。本当にそれでいいと思って僕らがやっているのかということです。われわれのノスタルジアとか、人気取りとか、そういうことではないのかなと。
僕なども年寄りですから、昔の日本に戻るというのにはノスタルジアがあって、いいんです。だけど、それをやっちゃうとね。僕は中学生の決意表明なんか、大反対です。あんなことをさせていたら、あそこで「皆さんでごみを拾いましょう」と。昨日、僕、どこかを通ったら、中学生が環境活動の一端で、道路の脇のごみを拾っているんです。そんなことをするなら勉強しろと。
僕は、環境がいらないと言っているんじゃないんです。本当に、ああいう活動をさせておいて日本の将来があるか、というのが心配なんです。やはり日本は、人口密度世界一ですから。そして今は、すごく僕らは豊かな生活をしています。私は、自分がこの豊かな生活を捨てられるなら、孫たちにも環境教育をする。だけど、僕らがいま豊かなのは、僕らが物理をやったからなんです。僕は物理の先生だからって、物理を宣伝しているんじゃないですよ。本当にそう。
だから、今日、よく考えてもらいたいと思うのは、私は反対なんです。中国の方もおられるかもしれないけど、これは日本という意味で言いますが、日本の親の大切なのは、日本の孫を守ることであって、中国人の孫は中国の人が守ればいい。
いまは、中国と日本が競争しているんです。どんどん負けているんです。なぜかと言うと、日本が環境のことを言って、向こうが産業のことを言っていますから。これを30年続けたら、完ぺきにやられちゃいます。もういまは、人工衛星、日本は人間を上げられないけど、向こうの人工衛星は人間を上げていますよね。
これで本当に私たちは、私たちの子どもに対して責任を持てるのか。環境って、遊びじゃないのと思うんですね。僕は、その点ではやはり、枝廣さんの言ったことを言えば、われわれはどういう社会を目指しているのか。いまのまま行くと、私の計算では、非常に貧乏な日本になります。それで耐えられるかということです。
私が、「名古屋の中に牧場がいる」とか「涼しい川がいる」と言っているのはなぜかと言ったら、私が豊かだからです。それはよくわかっている。
ドイツもそうです。ドイツも、ヨーロッパでトルコの低賃金の人なんかをどんどん使っているわけです。その人たちはひどい生活をしているわけです。だけどドイツの中級より以上――ヨーロッパ人というのは、ここ100年ぐらい、アジア、アフリカを圧迫して、うんと金を取ってきたわけです――その富で貴族はああいう生活をしている。僕も貴族みたいなものです。だから私がいい生活をしているから、私の孫は貧乏でいいと、それは言えるのかなというのが、ちょっと私は疑問です。それが一点。
もうひとつは、日本は自然とともに、ヨーロッパは自然を征服する。日本は自然の中に溶け込むという基本的な文化を持っているんですね。ですから100年住宅というのに、僕は非常に不信感を持っているんですが。100年住宅というと、住宅を100年使うからいいと言うけど、日本は建て替えるところがエコなんです。違うんですよね。文化というものが違うんです。
だから伊勢神宮は20年ごとに建て替えるんですが。伊勢神宮はなぜ20年ごとに建て替えるのか。なぜ日本には、これは全然地震と関係ないですが、レンガ造りの建物が定着しないのかというのは、日本人が自然の中に溶け込みながらやってきたということの、ひとつの例です。
ですからエコというのは、そんなに簡単なことではなくて、われわれの生活全体とか、本当に私たちが人生をどう送るかというのが、ものすごく大きく問われるので、良い子、良い子でやっていくのはあれだし。
いまの日本でも、すごくつらい人たちがいっぱいいるんです。ドイツは、飢えている人はいないんです。だけど、世界には8億人の人が飢えているんです。飢えている人たちはなぜ飢えているかと言ったら、物理学者がいないからです。物理の技術者が。自動車もつくれない、電気もつくれないから、飢えるんです。なぜかと言ったら、食糧は全部、金で買うわけですから。金がなかったら飢えちゃうんです。
日本の穀類自給率27%です。このまま行ったら日本人は飢えちゃう。だから、あまりに環境を表に出す、特に中学生などを洗脳するのはもってのほかで。僕は、中学生はどんどん勉強しろと。そして明日の日本をつくってくれと。こういうふうに言って、環境が大切だったら僕らがやればいいんです。老人が。そしてそれで少し若い人にも見本を示すということはいいかもしれません。
私、あるテレビで、「環境を守るために、若い人が最近モノにぞんざいだから、環境税をかける」と言うから、「とてもカッコいいことを言うようで恐縮だけれども、もし環境税をかけるんだったら、僕が若い人の分の2倍払う」と言ったんです。私には、年を取ってやることないんですけど、若い人はこれからやることがあって、張り切ってやってもらわないといけない。次世代の日本を残すため、発展する四日市、住みやすい四日市を守るためには、よその市のことはあまり言いませんが、環境なんかやっていたら、レジ袋とか節約とかやっていたら、全部だめになっちゃうんです。
節約というのは、いまの状態をだんだんシュリンクしていくんです。小さくしていくんです。そうじゃなくて、違う世代に移らなくちゃいけないんです。移るときには、学力がいるんです。学力以外は、人間は頼りにならないんです。なぜ、ライオンがあんなに筋肉があっても、檻に閉じ込められているかと言ったら、人
間に知恵があるからです。なぜヨーロッパと日本が非常に所得が高くて、アジアとかアフリカとか、ひどいのかと言ったら、やっぱり知恵の力です。
だから、われわれは全部それを捨てて、知恵じゃない世界に行ってもいいけど、その代わり平均寿命は下がるし、蚊には刺されるし、ひどいことになるわけです。どっちを選ぶかは四日市市民が考えることですが。僕は、環境を捨てて物理の勉強をさせることを勧めたいと思いますが、突拍子もないので、受け入れられないとは思いますけど。
(ここでコーディネータの方が、「環境を守るためでも、いまの生活レベルは変えたくないという方、どのくらいいますか? 環境を守るために、生活レベルを落としてもよいと思っている人はどのくらいいますか?」と会場に問いかけました。そんな中、会場から「変えるのと下げるのは違う」という声があがりました)
枝廣
いまの会場の方々にお聞きになった問いかけと、いまのやりとりは、本当に象徴的というか、あちこちで出会う、いちばん大事なところだと思います。つまり、私たちが究極目指しているのは何なのかということですよね。それは、たとえば「幸せ」という言葉を使う人もいるし、「豊かさ」という言葉を使う人もいる。
私がよく思うのは、経済的なGDPとかは定義がはっきりしているけれど、私たちが生きている、もしくは社会を営んでいる、経済を営んでいる本当の目的に関する議論や定義を、これまであまりしてこなかった、ということです。たとえば「幸せ」とか「豊かさ」とか「収入レベル」とか「生活の質」とか「生活レベル」
とか、いろいんな言葉が使われるけれど、きっとみんな、いろいろな意味で使っているので、議論が食い違ってきてしまうんですね。
いま大事なのは、「私たちは幸せに生きたい」ということ。その幸せということが、物質的な豊かさとイコールの人もいるし、イコールでない人もいる。イコールでない幸せを増やしていこうという人たちもいる。
たとえば、物理的な、物質的な豊かさを求めたとしても、それをいまのように地球に負荷をかけないでもできるようなやり方も出てきている。そういったことを考えていかないと、何か「豊かさや幸せを考えよう」と言った途端に、「でも、生活レベルを下げたくない」とか「収入は欲しいんだ」とか、そういう議論になっ
てしまって、話がうまくいかないときがよくあるなと思います。
たぶん、私たちが目指しているのは、幸せに生きたいということだし、私たちが本当に幸せに生きるためには、次世代や人間以外の種に迷惑をかけていては、本当の意味では幸せではないと思うんですね。それを知っていれば。知らない幸せというのもあるかもしれないけど。なので、できるだけ身の丈というか、地球の許容量の範囲の中で、それぞれの世代が生きていくこと。その中で幸せを最大化していくことだと思います。
幸せはどんどん増やしたらいいと思うんです。満足もどんどん増やしたらいい。でも、これまでは、それにもれなく環境負荷、環境への影響というのがついてきた。
貧しいときはそうです。日本もそうだったと思います。戦後、いまの途上国もそうですが、たとえば1日1食しか食べられなかった人が、2食、3食となったら幸せですよね。その幸せを増やすためには、やはり物質的なものが必要なわけです。
でも、日本のように、先進国のように、あるところまで豊かになったら、物質的なものを増やすことが幸せを増やすことにはつながらない。もしくは逆に、幸せを下げることにもなっている。これは、今日はデータをお見せできないのが残念ですが、GDPは増え続けているけれど、幸せを測る指標は、あるところ、70年
代ぐらいから頭打ちで、それ以上増えていない、もしくは最近減っているというデータもあります。私たちは別にGDPを増やすために生きているわけじゃない。
としたら、私たちの幸せを何で測っていくんだろう? そういった議論を、やはりもっと本格的にやっていく時期なんだということを、いまのやりとりを聞いて思いました。
武田先生
僕が言ったことはまったく全然違うんです。質問もあれだったんだけれども、僕が言ったことは、いまのわれわれは、心の豊かさを求められるんです。だから僕は、いま以上にモノを増やそうとか言ったのでは全然ないんです。
いま枝廣さんの言ったことは、僕が言ったことと全然違うことを言っているんですね。私は、このまま行ったら、50年先ぐらいに、日本人は1日に1食しか食べられなくなるけれども、私たちが3食食べているから、私たちの孫は1食しか食べなくてもいいという政策がいいんですかと聞いているわけです。
もちろん僕なんかも、もういらないと思っているんです。生活レベルを落として地球を守るとか、そんな話じゃないんです、僕が言った話は。日本人は日本人の孫を守らなきゃならない。それには私たち大人に責任がある。本当に物理を勉強する人が10人に1人だったら、現実的にトヨタ自動車と松下電器がなくなっちゃうんです。なくなったら、食糧を買えなくなるんです。それでも本当にいいと思ってやっておられるんですかということです。私たちの世代のことではないんです。私たちの世代にそういう舵を切ったら。私たちは裕福だから、ドイツにあこがれるんです。
だけど、それは裕福だからあこがれているので。私たちは、トヨタ自動車と松下電器のドルをもらって生活しているんです。それがもらえなくなるような政策なんです。中学生にそういうことを教えているんです。それは本当にいいことなのかということです。
われわれはいま、発展した先進国にいるけれども、これが現在の途上国みたいになるんだけど、それでいいんですかと言っているわけです。それは一人ひとりが考えることだから、いいんだけど、いまは僕らが裕福だから。僕らの孫も裕福だと思っている。だけど僕らが裕福なのは、自動車会社と電気会社があるからです。
定義の問題じゃない。そこに持っていかないで。裕福が幸福をもたらすかどうかなんて、僕なんか全然、裕福なんか幸福をもたらさないと言っているんです。枝廣先生が言ったグラフも知っています。だけど、そういう問題とは全然桁が違うと言っているんです。われわれが生存の基盤を失うわけだから。
今から80年前、平均寿命は43歳です。われわれが救急車を呼べば病院で手当を受けられるのは、この経済力に支えられているんです。経済力に支えられているから、われわれは病院にかかることができるし、手術も受けることができるんです。受けられなくなっちゃうんです。それを孫の世代に残していいのかということです。
もうひとつは、物理の学生が10人に1人になっても、トヨタ自動車と松下電器があるということを証明してほしいんです。大人の責任です。それから、トヨタ自動車と松下電器がなくても、われわれの孫は幸福だと言い切ってくれるなら、それはそれで意見は通っている。それをちゃんと言ってほしい。
枝廣
ごめんなさい、さっき、ちゃんと言わなかったみたいで。私がさっきコメントをしたのは、武田先生がおっしゃったことではなくて、コーディネータの方が会場に質問したときに、下げるというのを、「何を下げるか」という話があったので。それはずっと考えていることだったので言ったのです。
たとえば、環境を押しつけているせいで物理を履修する中学生が減っているのかどうか、そこの因果関係は、私ははっきりわかりませんが、何であったとしても、人々の関心ややりたいことを狭める力が働いているとしたら、それは先ほど言った多様性を重視するということに反していると思うんですね。
それは環境だけではない。いろいろな、そのときどきのその時代に力で、人々をある方向に向けようとする力は働くわけです。それが社会の、中学生が何を履修したいかということも含めて、多様性を損なう方向に向かっているとしたら、それは多分、環境そのものがいい、悪いではなくて、出し方や押しつけ方が間違っているという点では、私は武田先生がおっしゃっていることと、そう違う意見ではないと思います。
その多様性を保障した上で、それぞれの中学生が、たとえば「自分はいま環境問題が大事だと思うから環境を考える」とか、「環境技術をやるんだ」とか、「自動車よりもそうじゃない技術を勉強したいんだ」と。そういうふうな形で、もし履修する学生の割合が変わっているんだとしたら、それはそれぞれが考えてのことなので、いいことだと思っています。
大事なポイントは、トヨタや松下というのはひとつの例だと思うんですが、いまおっしゃろうとしたことときっと同じで、産業でGDPを稼ぎ出して、それで食糧やエネルギーを輸入して成り立っているという、いまのこの日本の社会のあり方そのものが、持続可能かどうかということです。
私は、物理を学習する生徒が増えても減っても、トヨタや松下が、いまのままでずっとGDPを稼ぎ続けるとは思っていません。ですから彼らも、ビジネスモデルの転換を一生懸命図っているのです。
ですから、何かモノをつくって、モノを売って、それでお金に換えて、食べ物やエネルギーを買って、それで幸せになるという、その方程式そのものがこれから変わっていくし、変わらざるを得ないと思っています。
たとえば、私たちが幸せだと思う瞬間、そのどれぐらいが物質に支えられているか。もしくはお金に関係しているか。昔、貨幣経済がなかったころ、人間の幸せは100%お金以外で得ていました。自然とのやりとりや、周りの人とのやりとり。でも、貨幣経済が出てから、お金が幸せを運んでくる割合が高まって、いま、人によって違うでしょうけど、9割近く、10割近く、お金が幸せに変わっている。少なくてもそう信じている人が多いと思います。
その場合、お金というのは、たとえばグルメであったり、何かぜいたくなものを買うことだったり、モノにつながっていることが多い。そうすると、その幸せのためには、モノやエネルギーをたくさん使わなきゃいけない。それは前半でお話をしたように、地球の現状から見たときに、多分、持続可能な幸せのあり方では
ない。
なので、「幸せの脱物質化」という言い方をしているんですが、私たちが幸せを得るときに、モノ以外で、エネルギーを使わないで、お金を介さないで、そして幸せを得る割合を増やしていくことは、私はできると思っています。それをすれば、幸せは減らさないで、物質やエネルギーは減らすことができる。CO2も減
らすことができる。
こういうふうに、これまでくっついていたものを分けることを「デカップリング」といいますが、こういったことを考えていくことも大事だし、そういった中で、産業がこれまで果たしてきた役割と、これからの持続可能で、そういった意味では、だんだん条件が非常に厳しくなっていく社会の中で、産業がどういう役割を担って、私たちがそれにどういうふうに頼って、もしくはどういう関係性をつくっていくか、を考えていくことです。
これまで通りを続けていくことはできないし、続けていく必要もないし、そのあたりをきっと、もっともっと考えないといけないんだろうなと思います。
(このあと、他のパネリストの方々のコメントがありました)
武田先生
どうも、大変ひんしゅくを買う意見を言って、大変恐縮です。僕は、自分の行動と自分の意見を合わせておくということに全力を注いでおりまして、私がもし「温暖化が危ない」と言うんだったら、私はいまの仕事を辞めるんです。辞めないとCO2の発生は止まりませんから。
ですから、これは非常に重要なことで、いま僕が何を心配しているかと言ったら、先ほど言いましたように、私たちの子どもに、非常に激しい言葉で言えば、いまのわれわれの錯覚か利権かわからないけれども、そういうことで教育をして怖がらせて、「環境」「環境」と言って、それで子どもたちが本当に激しい国際競争に投げ出されてみると、「あれ? おじいさんは激しい国際競争を結構やっていたんだね」と。「だけど私たちにはもう、激しい国際競争はできないんだな」となったときに、それも含めて、私たちは責任ある行動を取っているのかということに対して、私自身も少し疑問があるということを、ちょっとお話ししたわけです。
もちろん、現在の河川のつくり方なり、まちづくりなり、私たちがいま心に大変に不満な状態、つまりこのままではだめなんだと。大量消費し過ぎるし、ごみも多すぎるし、と感じていて、自然とも離れていると。ストレスも大きいということを感じていることは確かなんですね。私もそうです。最近、蚊もいないんです。
ハエもいないし、蚊もいないし、スズメもいないんです。こんなのは異常だと、僕も思うんですけど。
だけどその私の感覚で、日本の大きな、50年後の舵をほんとに切るだけ自分は厳しく考えているのかということに、ちょっと疑問があったので、さっきも申し上げたんですね。私たちの子どもたち、孫たちが、本当にそれでいいと思うかなと思って、そこのところを大変に疑問に思いました。私の感覚とも違うことを、私は言いましたけれども、そういうこともあるということで、少しお考えいただければと思います。
枝廣
武田先生が繰り返しおっしゃっていたことで、「中学生とか子どもの洗脳をするのはいかがなものか」と。多分、違った角度からですが、私も近い感覚を持つことがあって、行政の人と話をしたり、産業界の人と話をしても、よく「次世代の教育しかない」という言い方をされるんですね。いまの世代、大人はもう、なか
なか行動は変わらないから、次世代の教育しかないという。
私は、それはすごく無責任だと思っています。次世代の教育も大事ですけれど、でも、現世代の行動を変えないことには責任を果たせない。私は、温暖化は進んでいるというふうに思っている立場なので、次世代が大きくなって社会の中枢を担って、社会を変えていく十何年待つことはきっとできないだろうと思っています。だから、現世代の行動も変えないといけない。
よく大人が、「生きる力を子どもにつけなきゃいけない」と、心のノートとかをつくったりしているんですが、あれは別に子どもたちの責任ではなくて、生きたいという社会になっていないから生きる力が出ないんだろうと思います。「あんな大人になりたい」という、そんな大人がどれぐらいいるのか。そういう魅力的
な大人とか、魅力的な社会があってはじめて、その中で生きたいという気持ちが出てくる。
それがなくて、生きる力を注射のように、外から与えてやろう、みたいな。そういう大人から子どもを見ている子ども観ということそのものが、武田先生の反発と重なるところがあるかもしれませんが、よく問題だなと思います。
やっぱり、大人が子どもにしてあげられる最大のことは、これは大人自身もそうですが、自分で考えて、自分で選んで、自分で決める力をつけることだと思います。状況は変わっていくし、新しいこともいろいろわかってくる。そのときどきに子どもたちが、もしくは私たち大人が、どうやってそれを考えて、どうやって
選んで、どうやって自分で決めていくのか。その力さえついていれば、どんな状況になっても、どんな新しいことがわかってきても、それぞれの人が、きっと考えて進めていける。ですから本当の教育って、そういうことではないかなと思います。
自分で考えたりする上で大事なのが、多様な意見があるということです。自分と同じ意見ばかりだったら、考えようがない。差があってはじめて、どこからその差が生まれるのかということで、考えが進むんですよね。そういった点で、今日、ドキドキしながら武田先生とご一緒させていただいたんですが、いろいろ自分で考えるきっかけになって、うれしかったと思います。
正直な話、特に、自分の価値観、本当に大事だと思っていることにかかわる多様な違う意見が出てきたときには、すごく不安になるし、落ち着かない気持ちがするし、できればそういうことを聞かずにすませられればいいなと思うこともあります。でもやはり、それはひとつの大事な場なんだろうなと思います。
武田先生は、「温暖化を考えたら、自分は仕事を辞める」と言っていらっしゃいましたが、私は、さっき話した「直接の影響、間接の影響」をいつも考えています。
私がここへ来て参加をすることで、二酸化炭素を出してきています。でも、もしここで皆さんがいろいろ聞いてくださったり、そのあと考えてくださったことで、何らか最終的に、間接的な影響ですが二酸化炭素が減って、私が出してきた二酸化炭素以上に減ることがあれば、私がここに二酸化炭素を出しつつ来た意味もあると。講演で飛行機を使うことも多いので、そういうふうに考えています。
そういった意味で、もし、私を含め今日のお話が、皆さんの何らかのきっかけとか考えるひとつの手掛かりになったらうれしいなと思っています。ありがとうございました。
]]>温暖化とのかかわりで言うと、おそらく皆さんがいちばんよく知ってくださっているのは、アル・ゴアさんが書かれた『不都合な真実』の翻訳を私が担当したことかと思います。そういった点から温暖化関係のいろいろな場面に呼んでいただいたり、今度の月曜日に初めて麻生総理のもとで開かれますが、首相直轄の「地球温暖化問題に関する懇談会」に、市民代表というような立場なのでしょう、産業界や大学の先生方と混ざって、参加しています。
温暖化について、このあと時間をいただいているので、そちらで話をしますが、一言だけ話をしたいと思います。私の知り合いに「環境問題は関係問題なんだ」と言っている人がいるのですが、本当にそうだなと思っています。
温暖化をはじめとする環境問題は、私たち人間とさまざまなものとの関係性の問題なのだと思います。人間と地球との関係、私たち同士の関係、それから自分と自分の心の関係--いろいろな関係性の問題が、ひとつの症状としての「温暖化」となって表れているんじゃないかと思います。
そういう点で、温暖化を切り口に、本当に関係性をちゃんと考えていこう、そういうきっかけになればと思って活動しています。
お話を始める前に、ちょっと皆さんに質問をしてみようと思います。「温暖化は問題だ。何とかしなきゃいけない」と思っていらっしゃる方、どれくらいいらっしゃるでしょうか? ――ありがとうございます。では、日本でもいま、いろんな取り組みが進んでいますが、「まだまだ足りない。もっと加速しないといけな
いんじゃないか」と思っていらっしゃる方はどれぐらいいらっしゃるでしょうか? ――勢いよく手が挙がりました。ありがとうございます。
私は活動の中で、あちこちで一般の方や企業の方にお話をする機会も多いのですが、大きな変化を感じています。5、6年前だと、環境の講演会をしても、ほとんど人が集まらなかった。動員をかけないと集まりませんでしたが、最近は市民向けでも企業向けでも、講演会で立ち見が出るぐらい、たくさんの方が関心を持っていらっしゃる。おそらく今日も、関心の強い方々がいらしているんだと思います。
「温暖化の問題があるかないか」という議論は、おそらくもう過ぎていて、「じゃあ、何をしたらいいんだろう?」という議論に入りつつあります。でも、それがなかなか分からない。たとえばマイバックを持つとか、マイ箸を持つとか、そういうことを地道にやっているけれど、でもそれで本当にホッキョクグマが助けられるの? 温暖化が止まるの? という思いの方が増えているなと思います。
今日、最初の時間は10分しかないので、詳しく話ができないのですが、今、温暖化が進行しているといわれており、実際にこの100年で0.74℃温度が上がっています。世界の多くの科学者は、「2℃上がるとかなり大きなリスクが出てくる」と言っています。ですからヨーロッパあたりでは、2℃を超えないようにするにはどうしたらいいか、という議論をかなり真剣にやっています。
2℃上がると、かなり大きな変化が出る。しかし、すでに、その3分の1にあたる、0.74℃上がっている。その影響があちこちに出てきているのは、皆さんも感じていらっしゃると思います。「何か季節がずれてきたな」とか、「暑い日が続いているな」とか。年による気候の変動があるので、今年夏が暑かったからといって、それが温暖化だとは言えないのですが、全体的な傾向として、やはり年平均の気温が、昔よりもこの10年、かなり高くなっている。気温上昇の加速が見られます。
その結果として、たとえばこれはよくニュースにもなりますが、北極海の氷が溶けている。今年の夏も、史上2番目の小ささまで、北極海の海氷が溶けてしまいました。そうすると、「北極海の下にある石油が採れる」と言って、虎視眈々と動いている国々もあります。
昔は氷の下だったから採れなかった。でも、氷が溶けてきたら採れる。でも誰も、そこで採れるかもしれない石油を、「未来のために残しておこう」という話はしていないんですね。どこが先に採るか、という話をしている。それも先ほど言った関係性の問題、自分たちと未来世代との関係性の問題がそこにもあるなと思います。
あと、熱中症の患者数や死亡者数も増えている。マラリアなど、熱帯にしかない病気がだんだん北上している。農作物にも影響が出ていて、日本のお米も、九州あたりだとかなり等級が悪化しています。農作物は、いまちょうどいい気候の所でつくっているんですね。でも、気温が上がると、ちょうどよくなくなってしまうので、収穫量が減ったり、上手にできなくなったりします。いろいろな影響が出ている。
じゃあ、どうしたら温暖化が止まるのか。こまめにいろいろやること、6%削減も大事だけど、本当に温暖化を止めるにはどうしたらいいかと言うと、答えは非常にシンプルです。
私たち人間が出す二酸化炭素をはじめとする温室効果ガスを、地球が吸収できる量まで下げればいいんですね。地球は毎年毎年、森林、海などが二酸化炭素を吸収しています。その吸収できる量の範囲内で私たちが出していれば、大気中に残りませんから、温暖化は起こらない。
ちなみに数字を言うと――いまの数字なので、また変わっていきますが、いま地球が1年間に吸収している二酸化炭素は、炭素換算の数字で31億トンといわれています。それに対して、われわれ人間が化石燃料を燃やすことで出しているのは72億トン。つまり半分以上は吸収できなくて、大気中に残ってしまう。それが温暖化の原因となっています。
温暖化を進めるのはCO2だけではないですが、日本の場合ほとんど、95%がCO2なので、ここでは二酸化炭素ということで話を進めさせていただきます。
では、72億トン出しているのを31億トン以下にするには、どうしたらいいか。実際には、出す量を減らしていくと吸収できる量も減っていくので、いつまでたっても31億を目指せばいいのではなくて、もっともっと減らしていく必要があります。けれど、当面の目標として72億トンを31億トン以下にするには、6%削減で
はなく、60%、70%という削減になります。
それをこの1、2年、各国政府が、科学者が言っていたことを、やっと政治の世界にも反映するようになった。
たとえばフランスは、2050年までに75%削減するという目標を立てています。イギリスは、つい先日まで60%削減するという目標だったのですが、2、3日前、新しい目標を発表して、それを80%に引き上げました。
(注:詳しくは、日刊温暖化新聞のこちらの記事をどうぞ!
http://daily-ondanka.com/news/2008/20081019_1.html )
アメリカのブッシュ大統領は全然動きませんが、次の大統領候補は、どちらが選ばれたとしても、70~80%減らすという数字を出している。日本も福田ビジョンで2050年までに60~80%削減するという数字を出しました。
これは、それができるかどうか、どうやってやるかがわかっているのか、ではなくて、そうしないと温暖化は止まらないという、言ってみればバックキャスティングの形で目標を決めている。そうして目標を決めてから、実際にどのように実現するかということになってきます。
実際に、そうやって各国が動き始めていますが、CO2が減ってきたかと言うと、残念ながら減っていません。最新の数字では、72億トンどころではなくて84億トンに増えている、というデータも出ています。ですから、なかなかまだ減っていない。
しかし減り始めている国もあります。ヨーロッパで言えばドイツ、スウェーデン。こういった国は、一人当たりにしても、国全体の総量にしても減り始めている。しかし日本はまだまだ増えている。そういう状況です。
温暖化が前半のテーマなので、温暖化の話をしましたが、私は、温暖化は実は問題ではないと思っています。「温暖化は問題ではない」と言うと、何を話しに来たんだろうと思われるかもしれません。
私は、温暖化は問題ではなくて、より根源的な問題のひとつの症状にすぎないと、思っているのです。温暖化が問題なわけではなくて、もっと深い問題がある。そのひとつの症状が温暖化という形で出ているのだと、私は理解しています。
そのより深い問題とは、有限の地球の上で無限の成長を続けようとしていることです。地球は46億年前にできてから、ひとつも大きさは変わっていない。ひとつだって新しい資源が生まれているわけではない。外から入ってくるのは太陽光だけです。
でも、その地球の上で人の数はどんどん増え、経済がどんどん大きくなって、もっともっとそれを成長させようとしている。もう地球が支えきれなくなっている。地球の限界を超えてしまった。これが根源的な問題だと理解しています。
つまり、「地球が吸収できる二酸化炭素の量」という限界を超えてしまったから、温暖化という症状が起きている。ですから、魔法の杖で温暖化という問題を消したとしても、根源的な成長という問題を考え直さない限り、同じような問題がきっと起こるであろうというふうに思っています。
実際に、いまの人間活動を支えるために、地球は1個では足りない。1.4個必要だというデータもあります。つまり私たちと地球との関係性をもう一度考え直さないといけない。科学の力、技術の力で時間稼ぎはできるでしょうけれど、本当の意味で、温暖化をはじめとするさまざまな問題は、科学技術だけでは解決できないだろうと思っています。
温暖化の議論にはいろいろあります。どの時代にも、どういったテーマであっても、みんなが同じ意見を言うのではなくて、もちろん違う意見を言う人たちがさまざまにいらっしゃいます。今日、そういう意味で、武田先生とご一緒できるのを、今回初めてですが、わくわくドキドキという感じで来ているのですが。
大事なことは――これは控室でお話を伺っていて、多分、武田先生も同じように思われていると思いますが、大事なことは、こういった議論を通じて、「一人ひとりが考える力を持つこと」だと思います。誰かが言うから、お上が言うから、テレビが言うから、有名人が言うから、ではなくて、じゃあ私はどう考えるということを、一人ひとりが考える。そういうきっかけにならないといけないと思っています。
私は講演で温暖化の話をよくしますが、よく質問のときに、「でも温暖化なんか起こっていない。人間のせいじゃないと言っている、こういう学者の先生がいます」という反論というか、質問が来ます。そのときは、私がどう考えるかしか、お話しできないのですが、このようにお話ししています。
もしかしたら温暖化懐疑論者の意見が正しいかもしれない。じゃあその場合、私たちが失うものは何だろう? そういうふうに考えます。もし、懐疑論者が正しいと思って温暖化対策をしなくて、でも本当は温暖化があったとしたら、私たちが失うものは何だろう。そのリスクをどう評価するかだと思います。
もし、「懐疑論者は正しい。温暖化なんかない。だから何もしなくていい」と思って、本当に温暖化があったら、取り返しのつかないことになります。未来世代に対する責任をどうするんだという話になる。もし懐疑論者が正しかったら、温暖化対策をいっぱいやったのに、でも本当は温暖化がなかったということだったとして、失うものは何でしょう?
先ほど言ったように、温暖化はひとつの症状だと思っています。もっと私たちに近い問題で言うと、エネルギーをどうするかということだと思うんですね。二酸化炭素のほとんどはエネルギーから出ています。ですから、私たちのエネルギーの使い方や、どういったエネルギーをどれくらい使うのか。それを考え直す必要がある。
そういった観点で温暖化を考えれば、もしCO2が温暖化を起こしていないにしても、特に日本の場合で言えば、もう枯渇することがわかっている化石燃料にこれだけ頼って、それも遠くから運んできて、そして日本の中にある自然エネルギーをなかなか使わない--それをずっと続けるのがいいとは思わないんですね。
温暖化の議論では、エネルギーの自給自足を高めよう、化石燃料ではなくて自然エネルギーに切り替えていこうという動きが、ほとんどイコールで起こるはずです。そうしないと温暖化は止まらないので。そうしたら、エネルギーの安全保障が高まる。食べ物だって、遠くでつくって運んでくるんじゃなくて、日本の中で地産地消を進める。温暖化対策としてそれを進めれば、たとえ温暖化が起こっていなくても、私は失うものより得るものが多いんじゃないかと思っています。
(注:この議論については、こちらに図も含め、詳しく書いています。
http://daily-ondanka.com/changeagent/qa_index.html )
私はそのような整理をして考えているんですが、一人ひとりが自分の軸を持って、いろんな意見がある、でもその中で自分はどう考えるか。
大事なことは、ひとつの意見を決めたら変えちゃいけないということではない、ということです。私も意見をいつ変えるかわかりません。だって、そのときそのときで、新しくいろんなことがわかってきますよね。そのときに柔軟に、これまでこう考えていたけど、こういうことがわかったから、じゃあ、こういうふうにスタンスを変える。行動を変える。柔軟に一人ひとりが意見や考えをつくっていくというのか、進展させていく。
そのきっかけに、この温暖化の議論がなれば、と思っています。大げさな言い方ですけれど、人類の進化というか、日本の本当の民主主義というか、そのためにも温暖化の問題が役に立つんじゃないかなと思っています。
====================================
武田先生(冒頭発言)
私はいつも少数派なので。結論は、私は科学者として考えたときには、まず第一にCO2は温暖化の原因ではないと考えています。何かと言われれば、宇宙線と水かな、くらいに思っています。これは学者によって見解が違いますから、私の考えが正しいというわけではなくて、私はそう思っています。
もうひとつは、温暖化するといいことが増えるというのが、僕の考えです。三重県なんか、いいことばかりです。大体、温暖な地方に行くということはいいことを意味していまして、寒冷な地方に行くというのは嫌なのが普通ですが。ここまで洗脳されると、多くの人は温暖化って恐ろしいように思うんですが、ちょっと
10年ぐらい前を考えたら、暖かくなるというのはいいことで、別段それほどひどいことではないと思っています。
それから私は、日本政府もそう思っていると思います。麻生さんも違う委員会をつくるみたいですが。なぜかと言うと、京都議定書というCO2の削減を約束したあと、国際的な条約を結んだあと、日本政府と産業界、経団連は密約を交わしました。いまから5年くらい前ですね。非常に激しい密約です。要するに、CO
2を削減するには産業界の協力がなくてはできないが、日本政府は産業界にCO2の削減を求めないと。そういう密約をしました。それで国民にだけするということになりました。
それで皆さんに呼びかけたので、多くの人は、われわれがひとつでも頑張ってCO2を減らさなくてはいけないんだなと思っていますが、何で日本のCO2が1990年を基準にすると14%増えたのか。日本政府は、次から次から、リサイクルだ、レジ袋だ、クールビズだと言ってCO2対策を出してくる。
先ほど手を挙げられたように、多くの国民はそれに協力してきた。にもかかわらず、日本のCO2がどんどん増えているのはなぜかと言うと、政府にやる気がないからです。政府がいまやっている政策は、CO2が減らない政策を、CO2が減るとして言っているんです。それは意味がないからです。と、政府が思っている以外ないんです。
世界を見ますと、この前、あるテレビ番組で、女性アナウンサーが、僕が「CO2なんか関係ないよ」とか、「温暖化はいいことばかりだ」と言ったら、「先生、そんなこと言っていいんですか? 世界の人たちがみんなCO2を減らそうとしているのに」と言ったから、僕は、「大変に失礼ですが、あなたの言う世界って、
どこですか?」と。
いま、世界でいちばん出しているのはアメリカ、2番目中国。北アメリカ、南アメリカ、アジア、アフリカ、ロシア、世界のほとんどの国はCO2を制限していません。わずかにヨーロッパでも――ヨーロッパというと、何か最近は、ドイツというと世界という感じですが、ドイツとスウェーデンとイギリスとフランスぐらいです。あそこ辺だけが言っているんです。
理由はいろいろあって、北海の沿岸であるとか、環境で世界的に特別な所にあるとか、日本で言うと滋賀県みたいなものですから、ちょっと真剣にならざるを得ないところがあるんです。温暖化というと、あそこはメキシコ海流が変わって、もしかするとひどい被害を受ける可能性があるんです。だから、自分たちのために頑張るというのはわかるんだけど、ほかの国は知らん顔しているんです。だからわれわれが「世界」と言うときに、世界というのはどこなのかということです。
なぜこれを言うかと言うと、僕は戦争のことがすごく気になっているんです。前の戦争のときに、日本人は310万人死んだんです。広島、長崎の原爆、名古屋の空襲もみんなそうですが、幼い子どもたちが死んだんです。なぜ死んだかと言ったら、大人が判断を間違ったからです。なぜ日本の大人が、そのころ判断を間違ったか。
僕はそのころ大人だったら、召集令状が来たら突撃して死にますよ。大人だからしょうがないですけど。だけど子どもに巻き添えをくわしちゃいけないんです。大人が間違ってはいけないんです。
なぜいま温暖化で、僕が間違っていると思うかと言うと、それは政府とかマスコミが出す情報がみんな違う。密約、絶対に言わなかったです。それから世界の中で、温暖化をやっている国はヨーロッパの片隅だけだということも、絶対言わなかったんです。
私、一回テレビで言ったら、役所の出身の人が、「そんなこと、先生、国民に言っちゃだめですよ」と言ったんです。だから、民主主義なんだから。考えるのは国民なんだから。
太平洋戦争の前のときに、日本はドイツと組んでいた。ヒトラーと組んでいたんだから。考えられないですけど、なぜヒトラーと組んでいたかといったら、ヒトラーがユダヤ人を殺していることも絶対に言わない。ヒトラーは『我が闘争』という本の中で、日本人のことを「イエロー・モンキー」、黄色いサルと呼んだんですね。それを翻訳するときに、翻訳家が取ってしまったんです。で、ドイツと連盟を結んで戦って、多くの子どもたちが輝かしい人生を失ったんです。いまも、環境ではまったく同じことが行われています。
この前、名古屋の南のほうの講演会に行きました。環境の講演会をする。そしたら、僕の出る前に、小学校の体育館みたいな舞台で、小学生が手をつないで、「私たちに何ができますか」って踊っているんです。僕、ぞっとしました。子どもたちに、そんなことをさせなくていいんだ。子どもたちには、自然の成り立ちとか、自然と生き物の関係とか、そういうのを教えるのは大変に重要です。
これを戦争の前で言えば、日本がアメリカと戦争するときに、アメリカ人は鬼だと思わないと僕らは突撃できないから、それでいいんですけど。大人にはね。だけど子どもたちにはやはり、どうせ戦争はそのうち終わるんだから、アメリカの文化とか、そういうのを教えるべきなんです。ですから子どもを巻き込んではいけないんです。だから、子どもを巻き込んで、こんなことをして、本当にかわいそうにと思いました。
僕みたいな人がいるんです、実は科学者で。温暖化はCO2ではないということと、CO2というのは、生物が成育する上でどうしても必要なもので、恐竜の時代か何か見ると5分の1になっていますから。これを回復するというのは――これをお話しすると、皆さん全然違うから、「この先生、何を言っているのかな」
と思うかもしれないけれども、いまは恐竜の生きていたような生物がさかんに生きていて、いまは非常に寒い第2氷河時代で、本当に生物は、先ほど話があったように、熱帯雨林ぐらいしかだめなんです。もうちょっと暖かくならないといけないですね、生物のためを考えれば。
人間が環境に対してできる唯一のことは、CO2を増やすことです。コントロールはしなきゃいけませんが、どうやってCO2を増やしながらほかの生物と共存できる社会をつくっていくか、というのが私が考えていることであります。だいぶ違いますけど。
それから、四日市という点を考えたら、日本の先駆的なコンビナートとして、いろんな環境問題を起こし、それを克服して、いまは四日市に来て汚れている町とは見えません。そういうのは克服してきましたから。何で克服してきたかと言うと、われわれの努力で克服してきました。
いまやるべきことは、地球環境のためにレジ袋を我慢するんじゃなくて、レジ袋みたいなモノに焦点を合わせるのではなくて、心を豊かにすることによって、その結果としてモノが減る。そのような行政なり国策をやってもらいたいと思います。
私は「愛用品の五原則」というのを書いていまして、これは国語の教科書に採用されたりしていますが、私の愛用品の五原則というのは、モノを磨くとか、磨きがいがあるとか、故障しても自分で直せるとかいうことを書いているわけです。僕の教科書に対して、受験などの模範解答は、「モノを大切にしろと著者は言っている」というふうに言うんですけれども、私は違うんです。私は、自分の愛するもので囲まれた生活をすることによって、その結果としてモノが減る。モノを減らそうと思っちゃだめだと。
地球温暖化を退治しようと思っちゃだめだというのが、僕の考えです。レジ袋を持っていく人を非難なんかしてはいけないんです。あれは便利なものだから、どんどん持っていきなさい。ただ、私たち全体の生活は、どういう生活が望みなんですかと問いかける。
たとえば、この前、建築家協会という所に行って講演したら、建築家協会のほうもエコがはやりで、これもエコ祭りとか言っているんですが、こういうのが多くて、何でもエコとつければいいかと思ってつけるんですけど。そう言っては青年会議所に申し訳ないですが、自由に発言させてもらって。
で、エコ住宅ってあるんです。エコ住宅大賞というのがあって、「こういうのですけど、先生どうですか?」と言うから、「人間はエコのために生きているんじゃない」と言ったんです。エコ住宅をつくる人は、大変に失礼ながら、自分の人生でどういう住宅に住みたいかがわからないんです。わからないから、エコ住宅に
住むんです。人間はエコのために生きるんじゃなくて、生きている結果、エコにならなくちゃいけない。順序が違うんです。
だから、政府とか自治体がやるべきことは、市民が「ああ、いい人生だったな」と思うようなまちづくりなり道をつくることであって、直接的にレジ袋を退治したって何の意味もない。あれは石油を増やしますからね。四日市は石油産業がいいから、エコバックが通用すると石油の消費量が増えるからいいかもしれないけど、そういうひねくれたことをやらずに、正面から、私たちの生活は本当にこれでいいんだろうか。四日市はせっかくきれいになって、これから豊かな人生を送るわけです。豊かな人生を送るのに、辛抱する必要はないです。
日本人は、GDP当たり、世界でいちばん低いんですから。世界の中でいちばん低い国なんです。いちばん低い国がさらに減らそうとすると、今度はつらい思いになっちゃうんです。もう人生をやめて、全部死んだほうがいいんです。
そうではなくて、もっと日本人にプライドを持って。何しろ日本人がいちばん節約しているんですから。数字が必要だった、僕はいつでも、「アメリカ人の何倍」とか言いますから。大体、ヨーロッパとか、そういう所のまねをするというのは、優等生が劣等生のまねをするみたいなもので、よくないんです。
だからアメリカの人たちはばかだから、ヨーロッパもばかで、こんなに使っているんだから、日本を少し見習いなさいと。いまの日本を見習いなさいというようなことだと、私は思っています。以上です。
====================================
枝廣
私は日本の中だけではなくて、世界のほかの国に出て会議に参加したり、いろんなネットワークに参加して、意見交換をする機会が多いのですが、そういうときに思うのは、日本はすごくまじめで、温暖化というと温暖化だけ、みたいな。温暖化一色。
たとえば、このあいだスウェーデンに取材に行ったときに、スウェーデンでいちばん温暖化対策が進んでいる都市という表彰を受けた都市に行きました。トロルハッタンという小さな町でしたが、そこで担当の人に「CO2どれぐらいですか?何をやってどれぐらい減らしたんですか?」と取材しても、全然答えが返って
こないんですね。
彼らが一生懸命やっていたのは、エネルギーを替えるということです。その結果としてCO2はだいぶ減っているのは間違いないんですが、それは温暖化がどうとか、ホッキョクグマがどうというよりも、自分たちの国の安全保障を考えたときに、ロシアのエネルギーに頼っていては危ない、だから、自分たちの国でエネルギーを自給自足できる仕組みをつくろう、と。
それで輸入の石油や天然ガスから、スウェーデンの場合はバイオマスですが、森林を活かしたエネルギー転換をして、その結果として、GDPは44%増やしつつ、同時にCO2は8.7%減らしています。温暖化対策としてそれだけでやっていたわけではないとことをあちこちで感じます。
そういう意味で言うと、多分、武田先生が感じていらっしゃる反発というか、「温暖化」と言ったら、それが水戸黄門の印籠のように、みんなが「ハハー」と言って言うことを聞かなきゃいけないような扱われ方をしている。それは、そういう出し方をする政府が悪いのか? 政府にそれほどの力があるとは思えないん
ですが、ただ、そういうふうに受け入れてしまう私たちのまじめさというか、それもあるんだろうなと思っています。
武田先生のお話で、私が認識している現状とちょっと違うなと思ったことがあります。「温暖化をやっているのは、日本や一部のヨーロッパの国だけですよ」という、かなり極端なお話だったと思いますが、ここ半年、1年、大きく変わってきたのは、途上国を含め、やっぱり自分たちで、少なくともできるところからや
らなきゃいけないという動きは広がっています。
インドネシアでも、発電所から出るCO2は減らすという目標を決めましたし、南アでも化石燃料の発電所、石炭火力の対策を進めていますし、中国もおそらく、量で言えば日本以上にCO2を減らしています。ですから、ほかの国が何もやっていないわけではないということは、皆さんにもお伝えしておきたいと思います。
その上で賛同できるというか、私もそうだと思うのは、「これまで日本のCO2が減っていないのは、政府にやる気がないからだ」とおっしゃったわけですが、私もそうだと思います。本当に減らそうと思ったら、こまめに省エネを呼びかけるよりも、エネルギー転換を図るしかないんです。
確かに民間、私たち家庭部門からのCO2は、残念ながらかなり増えているのですが、なぜ増えているかという要因を分析すると、私たちの家庭が1軒当たりに使うエネルギー消費量が増えたという原因よりも、排出原単位といいますが、1キロワット時の電気をつくるときにどれだけCO2を出しているか、その悪化のほうが大きな原因になっています。半分以上はそちらの原因です。
それは私たちがコントロールできるものではないんですね。電力会社がどういう原料を使って発電するかで決まってしまいます。原発が止まり、石油の値段が上がりということで、いま日本では、石炭火力への移行が――これは先進国でほとんど日本しかないんですが――増えています。石炭火力が増えれば、当然CO2の原単位は悪化します。ですから、私たちがどんなにこまめに省エネしても、エネルギーの消費量が減ったとしても、排出原単位が悪化すればCO2は増える。
私が一緒に活動している人たちにも、政府の国民大運動的なキャンペーンは、啓発としてはいいけれど、実効性はないと思っている人がけっこういます。それをきっかけに、みんなが行動を変えたり、考えを変えたりする。その啓発としての意味はもちろん大きいですが、みんなで省エネ、たとえばみんながレジ袋をやめたとしても、日本のCO2は0.2%しか減らないというデータがあるように、「じゃあ、レジ袋をやめたら温暖化が止まるんだね」ということには全然ならないんですね。そういう政府の国民大運動的な呼びかけは、「まるで竹やりで戦争しようとしているようなものだ」と、私の友人はよく言います。
ですから、啓発としての意味と実効性を伴う削減を、両方やっていかないといけない。政府はこれまで啓発ばかりやってきた。それは、先ほど武田先生がおっしゃった「産業界には負担をかけません」という密約があったというその影響もありますが、ただ、これからはそうも言っていられないので、産業界も負担する形で変わっていかざるを得ない。そのときに大きな鍵を握っているのがエネルギー転換だろうと思っています。
もうひとつだけ、先ほどコーディネーターの方がおっしゃったことにひと言。武田先生は違う意見だと思いますが、温暖化が起こっているということと、その温暖化を起こしているのは人間の出しているものが原因だということに関しては、少なくても世界の温暖化に関する研究者が集まっているIPCC――武田先生はその研究者の選び方も偏っているときっとおっしゃると思いますが――、そのIPCCでは、間違いなくその可能性がかなり高いと、前の報告書よりも今回の最新の報告書では、確信度を強めた言い方で言っています。
なので、2,000人、3,000人の科学者がそう言っており、一方で、そうではないと言う人もいる。そのときにどう判断するかは、きっと一人ひとりの判断になると思います。
もうひとつ最後に、リサイクルは無駄だという意見、もしくは温暖化対策の活動が無駄だという意見があると思いますが、そういうときに考えないといけないのは、「直接影響」と「間接影響」の両方です。たとえば「レジ袋を使わないことで、直接どれぐらいCO2が減るわけ?」というのが直接影響ですね。「リサイ
クルすることで、どれくらい資源の消費が減るわけ?」というのが……
武田先生
増えるんですね。
枝廣
私は減ると思っていますが、確かに、増える場面もあるでしょう。そうしたときに、「実際に直接増えたの? 減ったの?」というところと、そういう活動をすることで人々の意識が変わったり、価値観が変わったりすることでの間接的な影響がありますよね。
なので、リサイクルそのものを見たら、モノによっては、おそらく直接的には、武田先生がおっしゃるように資源消費量が増えてしまうかもしれません。けれども、その悪化を勘案したとしても、それをやることで、みんなのモノとの関係性を見つめ直すきっかけになり、それが価値観や、生き方や、ほかの場面でも、さ
まざまな変化につながったとしたら、その場面だけ切り出すと確かに増えているかもしれないけど、全体としては減るということも、私はあると思っています。環境教育は、間接影響をいかに大きくするかというのが大事な部分ですが。
特に研究者の方は、「直接影響」を主におっしゃることが多い。自分の分野ですので。武田先生もご専門は材料だとおっしゃっていました。でもそのときに、社会にいる私たちは、直接の影響だけではなく、それをやること、やらないことの間接的な影響についても併せて考えていく必要があると思っています。
最後に、武田先生にお答えいただければお聞きしたいのですが、私は企業でもいろいろ講演などして、「これからこういった温暖化への取り組みを考えていかないといけない」という話をするんですが、そうすると経営者の方が、机の中からゴソゴソと武田先生の本をお出しになって、「いや、でも温暖化は起こってないと言っていますから、何もやらなくていいんですよと」と。よくあちこちで言われます。
おそらく、そうやって「何もやらなくていい」と、そこで思考停止することを求めて書かれたわけではないと思うんですね。なので、本当に武田先生が求めていらっしゃるのは何なのか。どういったことを望んで、このような挑発的な、みんなに議論を巻き起こすような言動をされているのか。
たぶん、スタンスというか、立場は違っても、求めているものは重なっているところが多いんじゃないかとは思っているんですが、どうも私が会う経営者の人たちには、武田先生の本によって、残念なことに「もう何もやらなくていい」と思考停止になってしまっている例が多いので、そのあたり、もしお答えいただける
のであれば、コメントいただけるとうれしいです。
====================================
武田先生
僕は、とても明るい未来と。楽観的な性質なのかもしれませんが、学者の中でも悲観的でおっちょこちょいという人たちがいて、その人はまじめに温暖化を心配したりしちゃうんですね。割合と心配性で、何か、「これはこのままこうなったらどうしよう」と思う人たちがいるんですね。その人たちは、悪気じゃないんだ
けど、温暖化を心配しているんですね。
これは性格の問題もあるかもしれないけど、僕なんかは割合と明るくて、どうせ子どもたちはもっとやるから大丈夫だと。そういうのもちょっとあって、いろいろ意見が分かれるということがあるので。必ずしも、未来のことなので、われわれが本当に科学的に全部詰めてわかるかと言ったら、実はわからないので、それぞれの人の性格とか、データの見方によっても大きく変わってくるということもあります。
いま、枝廣先生からの質問というか、宿題という感じになったんですが、私が心配しているのは2つあります。1つは、子どもたちの影響です。これは日経新聞が、小学校の校長先生と企業のトップと組んで、子どもたちへの環境教育を始めたわけです。それで、新聞にはこう書いてあったんです。「地球が温暖化して、南極の氷が溶けて、海水面が上がって、ツバルが沈んでいるという映像を子どもたちに説明したら、青ざめていた」と書いてあったんです。
僕は、それをやっていた学校のリストが日経新聞に載っていたから、全部の部校長先生と企業の社長に手紙を出したんです。「気持ちはわかる」と。「温暖化を食い止めようという気持ちはわかる。気持ちはわかるけど、4つもウソをついていいのか」と。
南極はいま、温度が下がっているんです。これは非常にわかりくいですけど。IPCCは――枝廣さんは先鋭なほうじゃないからあれだけど、IPCCの報告書は、「南極は気温が変わっていない」と書いてあるんです。「雪も変化していない」と書いてある。IPCCの第4次報告ね。「将来、南極が暖かくなることがあったら、氷は増える」と書いてあるんです。これはIPCCの正式報告書。
それに反して、南極は温暖化して海面が……。海水面なんか上がっていないですから、ツバルなんか。ツバルは沈んでもいないから。ウソを4つも積み重ねて、子どもたちにウソを教える。
環境問題というのは、僕なんかじいさんなんだから、すぐ死んじゃうんだから、関係ないんです。僕らの孫に関係がある。「孫に関係があることを、孫にウソついちゃいけない」と言っているんです。孫には本当のことを言って、僕らより孫のほうが頭がいいと考えなきゃいけないんです。そのためには、孫に誤った印象
を与えてはいけない。
僕の大学の学生なんかも、最近プラスチック・リサイクルをやめていって、東京都もやめましたが、「僕がプラスチック・リサイクルが環境にいいと思ったのは、小学校の先生がリサイクル工場連れていってくれたからだ」と言うんです。こんな素晴らしいものができるんだったら……。あのころ、ウソで背広とか見せてい
たんです。
この前、日本テレビで、放送を見られた人いるでしょうけど、環境大臣が環境省のショーケースの中から出してきたリサイクル品が石油からつくったもので、リサイクル品と関係なかったですよね。そういうウソを塗り固めて、日本の未来をつくっていくというのに、僕はものすごく反対です。温暖化もそうです。これが
1つあります。
もう1つは、僕の個人的趣味だから、この青年会議所にせっかくこういう場所をつくってもらって、恐縮かもしれませんが、日本人の家畜化です。家畜化ってひどいもので、おなかの周りを測って85センチ以上はだめだとか。そしたら大相撲はやめてくれと言いたくなるんです。大相撲だけ特殊だって、僕も特殊だからね。だから、僕のおなかもちゃんと認めてくれというわけです。
何やらシンドローム。英語で言うとき、みんな怪しいんです。焼却のことを最近、サーマル・リサイクルと英語で言うようになった。英語で言ったら全部だめです。それからレジ袋追放でしょ。僕らの生活って、全部縛られちゃうんです。
それでリサイクル、枝廣さんが言われたのは確かにそうなんだけど、動機づけというか。あれに5,000億円も税金をかけているんです。今度、温暖化に3兆2,000億円です。皆さんに一人当たり税金を1年3万円使うんです。それは3万ぐらいまあいいと。お金があるからいいと言うかもしれないですよ。
だけど、1万人の人がもらっているんです。リサイクルを。一人当たり、今までもらった金が5億円ですよ、税金。リサイクルをこのまま続けたら、さらにその人たちは5億円取るんです。しかも資源は全然減ってないんです。
だから、これを僕らはよくわかっていますから。リサイクルしている業者はわかっています。政府もわかっています。だからごまかすんです。それに乗っちゃいけないんです。そこのところが、僕らの魂の切れどこなんです。どっちに切るか。私たちが今の生活を続けて、「何かおいしいものを食べたいな」と言って切ってはいけないと言っているんです。私たちは日本人の誠を信じて、社会がどう言おうと、そういうズルは許さないと。これでバシッといかないといけないと思います。
だから現在は、レジ袋はそうですけど、僕は学生がおとといいいことを言ってきたんです。僕の本なんか読んでいるから、多少影響があって。僕、NHKが嫌いなんです。NHKが嫌いになったのは最近で、環境報道があってからで、その前は結構NHK好きで、必ずNHKのは見ていたんですけど、最近急激に嫌いになった。
彼がこう言ったんです。「レジ袋を追放するって、私には意味がわかりませんでした。私にとっては、すごく大切なもののひとつです」。独身の学生です。「レジ袋がなくなったら困るんです。何で、レジ袋をなくすんだったらNHKをなくさないんですか?」と言うんです。「私にとって、NHKなんかなくなったって、民放を見ればいいし、視聴料を払わなくて全然困らないです。インターネットもあるんです」と。
この話は本質を突いているんです。なぜかと言うと、何かをやるときに、「私の思想がそうだから、あなたもそうしなさい」というのが嫌いなんです。それが大嫌いなんです。人間は、個人個人生き方があるんです。レジ袋が欲しい人もいるし、分別すると膝が痛い人もいるし、いろいろいるんですね。それにどうやって応じていくかです。
だから、レジ袋をなくすんだったらNHKをなくしたほうがいい。僕も賛成。だからそういうふうな社会ではなくて、レジ袋を使う人は使い、使わない人は使わないでいいんですよね。別に、環境なんか人に強制しなくたって、マイバックがいい人はマイバックを使えばいいんですからね。人に、「あなたはキリスト教じゃないか」とか言ったって、それはその人の信じることだから、いいと。
環境というのを守るのは一人ひとりの心なんだから、私は一人ひとりの心がそのまま認められるような社会のほうに行ってほしいと。太りたい人は太って、それで早く死んだら、しょうがないです。それが本人の考えなんですから。僕らが言うのは、「あなた、85センチ以上のおなかになったら早く死ぬよ」と言ってあげればいいだけ。「あなたどうするの?」と聞いてあげればいいだけです。タバコだったら隣の人が迷惑するけど、おなかの周りがちょっとくらい大きくても迷惑かけないんだから。
だけど、そのほうにどんどん行って。お役所は、仕事がなくなったら困るから、どんどんつくりますから。納税者は、「あなたはそんなことやらなくていいよ」と言わなきゃいけないんじゃないかと思います。
【第二部へ続く】
何となく、「いつの間にか、駐車場ばかりになっちゃった」とか、「いつの間にか、こんな暑くなっちゃった」という受け身でいるのではなくて、私たち一人ひとりが、本当にどういう所に住みたいのか、何が本当に大切なことなのか、を考えていくこと。
これは「バックキャスティング」というのですが、「いまがどう」ということではなくて、「ありたい姿って、どういう姿なの?」ということを、一人ひとりが描いていく力、もしくは地域で描いていく力があるんだなあ、と思いました。日本も、これからそれをもっと身につけていければいいなと思います。
たとえば、ヒートアイランド対策として、「しなければならないもの」だけではなくて、ちょっと想像してみてください。あちこちに緑の木陰が揺れていて、風がそよそよ渡っていて、水面がきらきらしていて、子どもたちが足を水につけて遊んで歓声を上げていて。そんな姿をちょっと想像すると、「そんな町に住みたいな」「大阪をそんな町にしたいな」と思うんじゃないかなと思います。
いつの間にかビルばかり建って、いつの間にかアスファルトばかりになって、というのではなくて、私たち自身がどういう町にしたいのか--それを考えて、それを形にしていく。そんなまちづくりになっていくと、日本も変わっていくんじゃないかなと思います。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
今日ここにいらしている皆さんは、こういう先生方のお話を聞かれたり、いろいろな写真やデータをご覧になることで、「実はそんな状況になっていたのか」「これはやはり変えたいな」と思われたと思います。
でも、ここにいらしていない方は多分、そういうことは全然わからない。「これが普通だ」と無意識のうちに思っていて、文句を言いつつも受け入れている方がたくさんいらっしゃると思います。それをどういうふうにやったら変えていけるだろうか?とよく思います。
たとえば、チョンゲチョンの川を再生させたソウルのように、市長さんが強いリーダーシップでひっぱっていくというのもひとつですが、いま世界のいろんな動きを見ていると、上からの強いリーダーシップでというよりも、そこに住んでいる人たちの思いを積み重ねることで地域を変えている例がたくさんあります。
そのとき、何があれば変わっていけるのだろうか?と考えると、ひとつは、わかりやすい指標ですね。たとえば、私がずっと一緒に活動しているレスター・ブラウン氏は、「PP指標」というのをつくったらどうかと話していたことがあります。最初のPはPark、公園、緑地面積ですね。もうひとつのPはParking lot、駐車場の面積です。つまり、駐車場と緑地の面積の割合を計算して、各地の指標にしたらどうか、と。
そうすることで、駐車場や道路とか、車のための町の部分がきっと増えてきている現状を見せることができます。そこから「町はだれのものなのか?」と考える人も増えていくでしょう。
それからもうひとつ、変えたいという住民の意思をどうやって呼び起こしていくのか、ということも重要です。
そのとき、誰か偉い人や上の人が「こうあるべきだ」と言ってみんながついていくというよりも、それぞれの地域で住民が話し合いを重ねて、「ほんとはどういう町にしたいんだろう」「ほんとはこういう地域にしたいんだ」といった話し合いを重ねること。それによって、変えたいという思いを引き出されていくのだと思います。
ヨーロッパに行ってもアメリカに行っても、実際に町が変わっているところでは、住民の間の話し合いがたくさんおこなわれています。そのための手法もあります。(ワールド・カフェ方式など)
日本はどうも、みんな忙しくて、なかなかお互いに話をする時間もなかったりするのですが、現状と望ましい姿をわかりやすく表すものや、みんなで思いを引き出し合えるような場をつくっていくことが大事ではないかと思うのです。
とても遠回りに思えるかもしれませんが、そういうことをやっていくことが、ヒートアイランドだけではなくて、日本の国をもっともっと、ほんとに私たちが住みたいと思う国にしていくんじゃないかなと思っています。
私たちはどうも、短期的な対症療法に走りがちになってしまいます。温暖化でもヒートアイランドでも、状況が厳しくなればなるほどそうだと思います。刹那的な救いが欲しくなりますから。「ほんとは、温暖化防止のためにクーラーをつけないほうがいいんだけど」と思っても、暑さに耐えられなくなったらつけますよ
ね。
たとえば、先ほどの話に出ていた取り組みのひとつに、ドライ型ミストというのがありましたね。水をミスト(霧)にしてまいて涼しくするというものです。「これは根本的な解決策なのかなあ?」と思って見ていました。
確かに、あそこを通る人は、一瞬涼しく感じると思います。たとえば野外コンサートとか、人がたくさん集まって全然動けなくて、風も動かなくて、そのままだと熱中症が続々出てしまうようなところで、ミストを出すのは、対症療法として必要だと思いますが……。
でも、ミストを出すために何を使っているのでしょう? あの水はきっと上水を使っていますよね? それから、あの機械をつくり、あのミストを作って噴出するためには電力も使っているでしょう。としたら、短期的に、通ったときにすっと涼しくても、温暖化やヒートアイランドへの根本的な解決策にはなっていないのではないか、場合によっては悪化させる要因になっているのではないか?
打ち水大作戦がすごくいいなと思うのは、水道水は使わないということです。たとえば、大阪市でミストをやるんだったら大阪湾の水を使うとか。そしたら「大阪湾をきれいにしよう」という気持ちも、きっと一緒に高まると思うし。何かそういうふうに、刹那的な助けを求めるのではなくて、長期的に本当に何が必要か
を考え、伝えていくこと。
おそらく、これこそが政治やリーダーシップのやるべきことです。みんなが短期的な対症療法に走りがちなところを、実はどういう構造になっているのか、実は何を本当にやらなきゃいけないのか。それをちゃんと説明して、みんなを説得していくこと。それが大事ではないかなと思います。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
道路の話だけではないですが、私たちがいまやっていかないといけないのは、これまで「これが普通だ」「これが常識だ」と思い込んできたもの、英語ではメンタルモデルといいますが、心の中にあるあるモデルを変えていくことだと思います。
「道路は車が通るものだ」とか、「道路は舗装されているものだ」と、何となくみんなそれがごく普通のように思っているわけです。でも、別にそうである必要はありません。
日本が貧しかったときに、道路は舗装されていなかった。ですから、貧しさから豊かさへ向かうひとつの指標として、道路の舗装率というのが使われました。それが増えること、つまり、道路が舗装されていくことが、豊かさのひとつの進歩なんだと。
でも、そうでなくてもいい。たとえば、そのせいでヒートアイランドが悪化したりしている。そのせいで、道路が、人が集まったり人が通ったりというよりも、自動車のものになってしまっている。としたら、その思い込みを変えればいい。
さっき、スウェーデンに出張に行っていた話をしましたが、スウェーデンのあちこちの都市で、特に町なかは舗装していません。石畳の道です。車も通りにくいし、私たち、スーツケースを引いて歩いていたので、すごくガタガタで歩きにくかったです。
でも、「歩きにくい」とか「○○しにくい」よりも、「しやすい」「効率がいい」「早く動ける」ほうがいいと思っていたけど、それ自体を考え直してもいいんじゃないか。時間がかかってもいい。車が通りにくくてもいい。歩きにくくてもいい。
8月に行ったのですが、石畳がひいてある所は、アスファルトの所より涼しいんですね。これまで「こういうものだ」「これがいいものだ」「これが進歩だ」と思っていたことを変えていくこと。
もし、町の舗装率を計算したときに、「舗装率が高いということは、逆に貧しい、とても恥ずかしい」--そんなふうになっていくと、みんなが舗装を外していくでしょう。道そのものが悪いわけではなくて、舗装で固めてしまって車だけのための道になってしまっている、そこを変えていけばいい。川を取り戻そうという
のと同じように、道路を、道を、人間の道として、私たちの道として取り戻していくことができるでしょう。
そんなことを、私たちの考え方の中から変えていける。今日、お帰りになるときに舗装道路を通られると思いますが、「これって、もしかしたら舗装でなくてもいいかも?」なんて思いながら帰ってもらえたら、と思います。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
最後に3つ、最後のメッセージということでお話ししようと思います。
1つは、さっきもお話したことですが、私たちが「こうだよね」「これはこういうものだよね」と思い込んでいることを、いろんな意味で「ほんとにそうかな」と、もう一回考え直す時期に来ているなと思います。
スウェーデンに出張に行ったときに、20カ国ぐらいからいろんな人が参加をして、環境の合宿をしていたんですが、そのとき思いついて、それぞれ来る人に、「自分の国で売っている世界地図を1つずつ持って来てください」とお願いしました。
私たちにとっての世界地図というと、真ん中に日本がありますよね。小さいときからそれしか見ていないので、そういうものだと思っていると思います。でも、世界各地から持ってきてもらった世界地図を見ると、当然ながら、その国が真ん中にあるわけです。スイスの人が持ってきてくれた世界地図は、スイスが真ん中にあります。
だから世界は、もしくは世界地図はこういうものだと、ずっと無意識のうちに、これまでの教育や経験から思っていたものを、そうじゃないんだ、そうじゃなくてもいいんだと思うことができる。そういう機会がいっぱいあれば、そしてそういう気づきがいっぱいあれば、と思うのです。
たとえば、「GDPが伸びれば幸せになるんだ」というのも、もしかしたら思い込みだったかもしれない。「コンクリートやアスファルトや自動車が増えることが進歩だ」と思い込んでいたのも、もしかしたら問い直してもいいかもしれない。そういう、立ち止まって問い直すことの大切さです。
2番目は、いま、森山先生が緑地30%というのを見せてくださいましたが、こうありたい姿、こうしたい姿、ビジョンを描くということだと思います。夢かもしれない。でも、「こうあったらいいな」という、そういうものがあると、力が出てくると思います。
それから最後に大事なことは、それを単に呼びかけだけではなくて、本当に変えていくための仕組みにしていくということです。
たとえば、「緑化、進めたらいいね」と言って、市民に緑化を呼びかけるだけではなくて、ひとつの、たとえば条例などという形で緑化を進めるやり方もあります。
いま、名古屋市がそれを進めつつあります。ある一定面積以上の敷地面積がある新しい建物は、10%もしくは20%の緑化を義務づける。もしそうしなければ建築の許可を出さない、という条例です。ですから、そのようにある強制力を持って、進めるべきことは進めるというのもひとつだと思います。
スペインで、太陽熱を利用するための太陽熱給湯器を、新築の建設物に義務づけるという全国的な法律ができました。これももともとはバルセロナが数年前に始めて、それはいいことだと、70のスペインの都市がまねをして、とうとう国の法律になったんですね。
国の法律が変わるのは、国が動くのは、おそらくいちばん最後になります。
ですから地域から変えていくこと。
そういった意味で、今日をひとつの機会に、大阪に風の道をつくる。それがごく普通の動きとして、あちこちの自治体に広がっていって、そして日本政府も、その大事さを国として認めて進めていく……。
今日が、そのための1日目になったらいいなと思います。ありがとうございました。
まず最初に、なぜすべての市長さんが自分の市を低炭素型にしていく必要があるのか、という話をして、それから、そのためにどのように考えて進めていったらいいかという話をしたいと思っています。
低炭素都市をつくっていくというのは多分、どの市長さんもいろいろお考えだと思いますが、これは単に温暖化対策ということではなくて、本当に強い都市をつくるために必要なことだと思っています。つまり、温暖化の時代が来るからやらなければいけないという守りの政策ではなくて、自分たちの都市を強いものにしていくと。攻めの政策としての低炭素都市づくりだと思っています。
これから、いまもそうなっていますが、エネルギーの価格がどんどん上がっていきます。3年前に「3年後に1バレル100ドルになるだろう」と分析したアナリストがおりましたが、その時はさんざ笑われたそうです。いま彼は、「3年後には200ドルになる」ということを言っております。ですから、エネルギー価格がどんどん上がっていく。それでも自分の都市は大丈夫だよと、そういった都市づくりをしていくこと。
それから食糧の問題、いまいろいろと出てきていますが、食糧危機が必ず広がっていきます。そういったときにも、うちの都市は大丈夫だよと。つまり、エネルギー危機、食糧危機にも強い都市づくり。これが実は、低炭素型にしていくという大きな目的でもあります。
それとともに、先ほど植田先生がお話しになったことと重なりますが、地域の雇用を創出していくという意味でも、非常に大きいです。たとえば省エネをするとか、再生可能かエネルギーを入れていくとか、この雇用は海外に持っていくことはできません。その都市、そこの地域でやることになりますから、地域の雇用につながっていく。
さらにこれからは森林や農村地帯を持つ市は非常に強いです。なぜならば、農村も森林もこれからは、エネルギーをつくっていく役割を果たしていくことになります。バイオマスなどですね。それとともに、二酸化炭素の吸収源としての役割が非常に大きくなってくる。これはお金につながりますから、いま、森林がた
くさんあって重荷になっている自治体もたくさんありますけれど、これからは金の卵だと、私は思っています。
もうひとつ大切なのは、地域の活性化につながるということです。ひとつの事例をお話ししますと、フランスのパリ市が、非常に熱心に温暖化に取り組んでいます。市長さんが熱心で、パリ市の二酸化炭素を40%減らそうと、いろいろな施策を打っていらっしゃいます。たとえば自動車専用道路をつくる。そして、2,000台を超えるレンタサイクルの仕組みを入れています。クレジットカードをすっと通せば1日1ユーロで使える、そんな仕組みを市内で入れています。
それを使っているパリの市民がどんな話をしているかと言うと、これまで自動車で通勤していた。そうすると、信号待ちで自動車と自動車が並んでいても、お話しすることはできませんよね。でもいま、自転車で通勤するようになると、信号待ちで、隣で止まっている自転車と、「今日はいい天気ですね」みたいな話ができる。「街に会話が戻った」と言っています。
ですから、低炭素型にしていくというのは、単に温暖化防止だけではなくて、本当に強い都市をつくっていくうえで、非常に重要だと思っています。
じゃあ、どうやって考えて進めていったらいいのか?
二酸化炭素というのは、活動量つまりどれぐらいのエネルギーを使うかということと、そのエネルギーでどれぐらいの二酸化炭素が出るか。これを掛け合わせたものが二酸化炭素の排出量になります。
まずエネルギー消費量を減らすということですが、これは2通りのやり方で進めることができます。皆さんの所もやっていらっしゃると思いますが、ひとつは意識啓発です。
意識はいま、非常に進んでいます。私は各地の自治体に呼ばれて温暖化の講演をやることが多いですが、立ち見が出るぐらい、市民の方々の意識が高まっている。意識啓発だけでは進みません。それを行動につなげるための仕組みをつくっていく。つまり、減らしたほうが得だという仕組みを、各自治体でつくっていく。これが政策をつくられる方々の役割だと思います。
もうひとつは、減らしていくために、省エネの家電などに切り替えていくということです。これは、切り替えたらどれぐらい減るのということを、「見える化」するということと、省エネ家電のほうが、たとえば、冷蔵庫いいんだけど、でも買うとしたら11万円かかっちゃう。なかなか入れられない。そういう市民がたくさんいます。ですから、最初の仕組みとして、たとえば融資の仕組みをつくる。
たとえば、古い冷蔵庫から最新の省エネ型冷蔵庫に替えると、5年間で7万5,000円ほど電気代が安くなります。なので、その5年間で安くなる分を、最初に無利子で貸してあげる。市民は、5年間、前と同じように電気代を払い続ければ、それは融資を返すことができて、エネルギー代がぐっと減る。そういった、意識啓発だけではなくて、やりやすい仕組みをつくっているNGOもあります。
それから最後に自然エネルギー、再生可能エネルギーに替えていくということです。ここが、日本の自治体、これからもっともっとやっていっていただきたいところで、実は日本ですでに76の自治体が、民生用の、つまり家庭用の電力は、その地域の再生可能エネルギーだけで回しています。そういった自治体がもう76もあります。
ですから、自分の地域にあるエネルギーは何なのか。それをどうやって活かしたらいいのか。それをぜひ仕組みとして、かけ声とか意識啓発だけではなくて、助成もしくは買い取り制度、グリーン証書、いろいろな仕組みがありますので、ぜひそういったものを採り入れていってほしいと思います。
いずれにしても、これからの低炭素型社会、私たちが生きていく社会というのは、企業も市民も、「自分が出す二酸化炭素に責任を持つ生き方をする」、そういった社会になっていきます。
ですから、市民が責任を取りやすいように、「見える化」する、もしくは変えていくための仕組みを提供する。こういったことを市なり行政が進めていくことで、私は大きく減らせるし、それが強い都市づくりにつながっていくと思っています。
~~~~~~~~~~~~~
地域力ということで、もう一言だけ言わせていただくと、いま、地域から国を変えていくという流れが、世界的な流れになっていると思っています。国が決めて、地域がそれを実行するだけ、というのではなくて。
たとえば、世界の各地でいま、「ゼロカーボン都市」をつくるという動きが出てきています。つまり、二酸化炭素を、見なしですけれども、実際ゼロにすると。そういう都市づくりを、たくさんの所が始めている。
それからスペインの例ですが、バルセロナ市が太陽熱の給湯を義務づけました。2000年です。それからほかの自治体70ぐらいがまねをして、2006年にはこれが国の法律になりました。自治体から引っ張って国を動かした例です。
アメリカでも、ブッシュ政権は京都議定書から離脱していますが、「自分たちの市はそれを守るよ」と言っている市長さんが800人以上集まって、やはりネットワークをつくって、ブッシュ政権に圧力をかけています。
いま、環境モデル都市の80以上の事例を審査しているところですが、ほんとうに素晴らしい野心的な目標と仕組みを、本気で考えている自治体からの応募を見ていて、日本にも、国を自治体が引っ張る時代が来たなあと思います。
ですからぜひ、そういった思いを形にするために、どういった考え方、どういった事例がすでにあるのか、自分の所に似ているのはどこか、自分の所が採り入れられるのはどういったものか、ぜひ知ってほしい、学んでほしいです。そうして、地域から国を変える。これを日本でも、市長さんたちの力で進めていただきたいと思います。
]]>☆
去年もap bank fesにおじゃまして、今年も、昨日のイベント会場でずっと聴いていて思ったんですけど、ほんとにみんなが楽しんでいるし、あったかい雰囲気で、いま小林さんがおっしゃったように、ここへ来ることでつながっている、そのことの気持ちよさを、みんなで共有している。
何か、「環境」とか言うと、眉間にしわ寄せて「ねばならない」という感じにすぐなっちゃうけど、何かそこにいることが気持ちいいとか、自分がそこに参加することが、自分の楽しみや幸せだという、そういう新しい、もっと心地良い参加の仕方をap bankは、fesも含めてつくってくれている。
その中で、さっき話に出た「つなぐこと」というのがキーワードですよね。田中さんの活動ももちろん、サンゴを移植してつなぐことをやっていらっしゃる。ap bankそのものも、お金という「つなぎ」を通じて、これまでつながっていなかったものをつなげていくし、このfes全体も、これだけの人がいろんな形でつながっているって、面白いなと思います。
☆
いまの田中さんの「地球は入れ物」というのはすごくわかりやすいお話ですよね。これまで、地球はすごく大きいから、私たち人間が何したって、地球を変えることなんかあり得ないと、みんな思っていました。でも、やっぱり、これだけ技術力が大きくなってくると、私たちがちょっとやることによって、実は地球はすでに、たとえばサンゴ礁を含めて変わり始めている。
そのときに、やっぱり自分たちは地球っていう入れ物の中でしか生きられない、それを超えては生きられないということに、ようやく気がつかざるを得なくなってきた。そういう意味で言うと、これは、人類の次の進化への大きなチャンスではないかと、私は思っているんです。
☆
地球って、すごく微妙なバランスで、いまの姿を維持しているんですね。たとえば、昨日と今日と温度を比べたら何度か違うというのは当たり前だけど、地球全体の気温で見ると、やっぱりずっと安定しているんですね。
たとえば、すべてのものが凍っていた氷河期ってありますよね。氷河期といまの温度って、6℃しか違わないそうなんですね。すごく違うと思うでしょ。6℃平均の温度が変わると、そんなに状況が変わっちゃいます。すごく微妙なバランスで地球は生きている。
いま、温暖化が進んでいます。2℃上がっただけでもかなり地球がまずい状況になると言われています。その中で実際に、もう0.7℃上がっているんですね。だから2℃上がると大きな影響が出てくるというのに、その3分の1、0.7℃も上がっていて、このままいくと4℃上がるとか6℃上がるといわれています。なので、このままだとかなりまずい状況にあるというのは間違いないですね。
☆
異常気象というのは、たまにしか起こらないから異常気象ですけど、いま、毎年のように、「今年も異常気象です」みたいに言われている。ある年の温度が上がるのは、温暖化だけではなくて、いろんなほかの要因もありますが、でも全体として上がりつつあるのは間違いなく、これは温暖化の影響でしょう。
温度が上がるだけじゃなくて、たとえばサンゴ礁が死滅するとか、海水面が上がってきて砂浜がなくなるとか、農作物が採れなくなるとか、熱帯にしかない病気、たとえばマラリアが日本にも入ってくるとか、いろんな被害が出るということが言われていますね。
☆
温暖化って、二酸化炭素が大きな原因です。二酸化炭素が増えれば増えるほど温暖化が進むのですが、地球にはもともと、さっきのサンゴ礁もそうだし、山や森もそうですけど、二酸化炭素を吸収する力があります。なので、自然が吸収できる範囲の中で二酸化炭素を出していれば、温暖化は起きませんよね。でもいま、自然が吸収できる量を超えて、私たちが二酸化炭素を出している。それが温暖化の問題のいちばん本質だと思っています。
ちょっと数字を挙げると、地球が自然に吸収できる二酸化炭素は、1年間に31億トンといわれています。いま私たち人間が出している二酸化炭素は、毎年72億トンです。だから、それがどんどんたまってしまっているという。
だから、「温暖化、解決するにはどうしたらいいんですか」と言われたら簡単で、人間が出す二酸化炭素の量を31億トン以下にすればいいんです。半分以下です。
☆
そのために必要なことが2つあります。二酸化炭素って、多くの場合、エネルギーを使うと出るんですね。たとえば、私たちの生活で言うと、電気・ガス・ガソリン。なので、電気・ガス・ガソリンを減らしましょう、ということです。
たとえば、毎日、車で買い物に行っていたけど、それを2日いっぺんの買いだめにするとか、晴れた日は自転車で行くとか、そんなふうにすると減らせますよね。いらない電気を消すとか。
減らしつつ、もうひとつ大事なのが、何でエネルギーをつくっているかというのを替えていくことですね。たとえば同じ電気を使っても、ap bankでやっているような風力発電の電気なのか、それとも石油を燃やしている火力発電の電気なのか。それで出す二酸化炭素の量は全然違うんです。何十倍も違います。
なので、自分が使っている電気などのエネルギーの量を減らしつつ、電気をできるだけグリーン電力にしていく。そうやって風力とかソーラーとか、そういう電気に、日本全体として切り替えていけばいいんです。使う量を半分にして、電気を自然エネルギーに替えれば、私たちの家庭から出す量は、少なくても4分の1とか5分の1に減らせます。
☆
日本ではまだ、電気を選べないんですね。たとえばヨーロッパとかアメリカでは、「うちは風力発電の電気が欲しいワ」とか、選べるんです。でも、いま日本では、たとえば東京だったら東京電力の電気だし、東京電力がどのような燃料で発電するかは、東京電力が決めるわけですね。
私たちができるのは、自分でできる範囲でグリーン電力を使うこと。たとえば、ここでも売っていると思いますが、ケータイのストラップでソーラー発電がついているものがあるんですね。ストラップで発電してケータイに充電ができるんです。それとか、このapbank fes のバスもすべて、ガソリンではなくて、バイオディーゼルといって、てんぷら油でいらなくなったものから作っています。
そうやってエネルギー源は替えていけるから、自分でできることを替えつつ、周りの人に、もしくは電力会社にも、「私はグリーン電力が欲しいんです」といっていくこと。みんなで言えば、電力会社も変わっていきます。
☆
企業でもいま、そのコットンのTシャツもそうだし、たとえばタオルとかでも、「風で織るタオル」というのがあって、風力発電で工場を回して、それでタオルをつくっているところがある。そういうふうにグリーン電力でつくっている商品を私たちが選んで買えば、その会社を応援することになるし、グリーン電力を応援することになります。
☆
本当に温暖化って、温暖化だけの話じゃなくて、いまおっしゃった食糧にもつながっているし、たとえば温暖化が進むと食糧ができなくなるから、ますます大変になってくる。逆に言うと、いま、今度はエネルギーの問題があって、もともと食糧として使われていた小麦とか大豆とか、そういうものを自動車の燃料にしちゃおう。バイオ燃料にしちゃおう。そうすると食糧が足りなくなって、ますます値段が上がる。何か、温暖化と食糧とエネルギーが三つ巴の関係で。
だから、それをすべて解決するにはどうしたらいいかと言うと、できるだけ二酸化炭素を出さない、つまりエネルギーは地域のエネルギーを買う。食糧は近くのもの、地産地消にする。そうやっていくと、3つの問題がすべて解決できます。
☆
どうやって進めていけばよいか? 私はよく、「ホップ・ステップ・ジャンプの3段階」という話をするんですが、まずホップ、第一段階は「知ること」ですね。たとえばここに来てくださっている方は、ほんとにいろいろなことを知ろうと思って来てくださっている。
たとえば自分の家庭から出ている二酸化炭素のうち、40%は電気なんですね。ですから、電気はすごく大きい。その中でも、照明って大きいんですね。なので、白熱電球ではなくて電球型蛍光灯、つまり省エネ電球に替えると、同じ明るさで二酸化炭素を減らせる。そういうことを知ることが第一段階です。
次の段階は「行動すること」。実際にそれをやってみる。次に電球が切れたら電球型蛍光灯に替える。スーパーに行ったら、どこでその省エネ型電球を売っているか探してみる。
そして、ホップ、ステップ、ジャンプの最後は「伝えること」です。「実際に自分は電球を替えてみたんだよ。そしたら、最初買うときはちょっと高くてびっくりしたけど、でも消費電力は5分の1で、寿命は10倍で、50倍もお得で、お財布にもやさしかった。だからあなたも、どう?」と。知って、行動して、伝えていく。それはちっちゃなことでもいいので、やっていってほしいなと思います。
☆
おっしゃるように、「伝える」というのは、いろいろ難しいなと思うことがよくありますが、もし「伝えたい」と思っているのだとしたら、やっぱり「伝わってなんぼ」ですよね。なので、伝わったか伝わらなかったか、自分の伝え方をどうやって変えていったらいいだろうか。そうやっていくことできっと、自分の伝え方ってどんどん上達していくと思います。
私が伝えるときにいつも気に掛けているのは、「聞く人にはいろんなタイプの人がいる」ということです。自分の得意な伝え方で伝わる人もいるし、そうじゃない伝え方のほうが伝わる人もいる。
たとえば、私は主に結論だけに言うタイプですが、聞く人によっては、「もっとデータをちゃんと出してほしい」とか、「自分の個人的な話も入れてほしい」とか、伝わりやすい伝え方が違います。ですから、いろいろと手を替え品を替え、いろんなタイプの人がいるから、いろんな話し方をして、いろんな伝え方をする。
それからもうひとつ大事に思うのは、めげないこと。だって絶対に、わからず屋さんって、どこにでもいますもん。どんなに一生懸命話をしたって、「わかんない」とか「そんなことない」とか「自分はいやだ」とか言う人がいる。そういう人がいると、落ち込んだりめげたりする人もいるけど、でも、「そうだよね」と思う人も必ずいるんだから、だからめげないで、手を替え品を替え、伝えていくことかなと。
☆
いま田中さんがおっしゃったように、「100年後」ということを考えられる力がある人とない人って、大きな違いが出てくると思います。たとえば「100年後の子どもたちにこうしたい」とか、「こういう地球を残したい」というイマジネーションが、想像力があると、「だったら、いま自分はどうしたい」と出るでしょう。
でも、いまのほとんどの人は忙しすぎて、なかなか立ち止まって遠くのことを考えたり、思いをはせる時間すら、余裕すらない。
なので、たとえばap bank fesのような、ちょっと日常から離れて音楽を楽しみに来ているときに、じゃあ、50年後、100年後、地球の裏側、そんなことにちょっと思いをはせてもらうきっかけにしてくれるといいなと思いますね。
☆
つながりをたどっていくことですよね。たとえばここにカップがあるけど、このカップは何からつくられて、どういうふうにしてここに来たんだろう。このあと、どうなっていくんだろう。こうやってつながりをたどっていくと、実は、自分がいまやろうとしていることが昔にもつながるし、将来にもつながる。それがわかってきたときに、つながりがわかること自体楽しいし、「じゃあ、どうしたい」というのが出てきますよね。
☆
いまから皆さん、きっとお昼を食べようと思っていらっしゃると思いますが、その食べ物が「どこから来たんだろう」というふうに、ちょっと思いをはせると、自分といま食べようとしているものがつながってきますよね。
☆
私たちがご飯を食べるときに、「いただきます」とあいさつしますよね。日本語のとてもすてきなあいさつですが、あれってもともとは「あなたの命、いただきます」ということなんですよね。
動物にしても植物にしても、私たちは命をいただいて食べているわけで、そこに対する「いただきます」って。だから「最後まできちんときれいに食べます」っていう。それが、お肉がどこから来たかというのに全然思いをはせないで、ただ肉として、栄養としてだけ食べていると、そういうふうに思いがいかないんです
よね。なので、「いただきます」と言うときだけでも、思いをはせられるといいですよね。
☆
今回のap bank fesもカーボンオフセットというのをやっています。カーボンオフセットって片仮名だし、なんじゃらほい、という感じの方も多いと思いますが、カーボンというのは炭素、つまり二酸化炭素のことですね。オフセットというのは相殺する。つまり、なかったことにするという意味です。
どういうことかと言うと、たとえばap bank fesでどれだけみんなが省エネしてグリーン電力を使ったとしても、どうしても出しちゃう二酸化炭素があります。それを「出すな」と言ったらfesできなくなるので、そのどうしても出しちゃう分については、その分、たとえば「1トンいくら」というお金を計算して、お金として、ほかの場所で二酸化炭素を減らす。
今回はラオスのビール工場だと思いますが、たとえばそういう、ほかの所で省エネをしたり、ほかの所での自然エネルギーにお金を回すことで、そちらで減らしてもらう。それがap bank fesのカーボンオフセットのお金を使って減らしたわけだから、ap bank fesが出さなかったことと同じだというふうに見なしましょう。そういうことです。
なので、これも「つなぐ」ということです。ここで出す二酸化炭素をあちらで減らすために、カーボンオフセットのお金でつなぐ。そうすることで、地球全体として減らしていきましょうということです。
☆
これは日本でもいまはやり始めているし、世界的で用いられています。つまり、先進国に技術とお金があるけど途上国にはないという場合に、オフセットという枠組みがあると、お金と技術を先進国から途上国に持っていくことができるんですね。
今回のラオスのビール工場も、自分たちだけで減らすのは難しいかもしれないけれど、日本から技術とap bank fesのオフセットのお金を回すことで、実際に減らすことができます。そうやって上手につなぐことで、地球全体として減らしていくということです。
ただ、カーボンオフセットで、ひとつ気をつけないといけないのは、「お金を出してオフセットを相殺しているから、出したっていいじゃん」となってしまうと元も子もない、ということです。
だから「できるだけ減らして、どうしても出てしまうもの」についてをオフセット。オフセットは最後の手段だということを、覚えておいてほしいと思います。「減らして、エネルギー源を替えて、最後にオフセット」という順番ですね。
☆
ここに来てくださっている方は、意識も高いし、いろんなことを自分でされている方が多いと思います。そのときに「でも、私ひとりがこんなことやったって、何になるんだろう」と思うかもしれない。「いま、北極が溶けそうになっているというのに、私がマイ箸を使ったぐらいで、私がマイバックを使ったぐらいで、何が変わるんだろう」って思う人がいるかもしれない。
けれども、やっぱり小さいことでも、それをずっとやっていく、もしくは小さいことでもたくさんの人に伝えて、みんなでやっていけば、大きな違いにつながります。少なくても自分は、温暖化を進める側には加担したくない。だから、ほかの人がどう言おうと、自分はマイ箸を使うし、マイバックを使う。そのほうが自分の腑に落ちるし、気持ちいいって、きっと皆さん、思うんじゃないかな。
いろいろ活動していると、「何でそんなことやってるの?」とか「それやったって、意味ないじゃん」って、周りの人が言うかもしれない。でも「そのほうが自分が気持ちいい」から、「自分がやりたいから」と思っているとしたら、それをそのまま言えばいい。
人に何かを言われたからってめげないで。そういう姿を見てくれている人たちがいる。「あ、そういうものかも」と思っているうちに、広がっていくと思います。そういうふうに考えてほしいなと思います。
]]>北極の氷が、この夏にも消えてしまうかもしれないという発表が、科学者から出ています。そういったときに、未来への責任を本当に私たちはどう考えるのか。政治のリーダーたちはどう考えていくのか。それを、切迫感を共有してほしい。
実際は政治の交渉ですから、たとえば目標についても、いろいろなことについても、ここで決められること、出せること、出せないことはもちろんあると思います。しかしそのベースとなる切迫感だけは、アメリカも含めて共有してほしいなと思っています。
もうひとつは、どうしてもこの問題は――この問題だけではないですが、先進国対途上国という構図になりがちです。確かに歴史的な二酸化炭素の排出量を見ると、これまでの世界が出してきた排出量の4分の3は先進国が出しています。4分の1は途上国です。
ただ、いま現在の排出量を見ると、先進国と途上国の排出量はほぼ同じです。そして今後は、途上国の排出量が大きくなってきます。ですから、先進国が過去の責任をしっかり負う一方、途上国も未来への責任を真剣に考えていく必要があります。そのときに、技術や資金をどうやって先進国から途上国に、本当に削減につながるやり方で移転していくか。これが大きなポイントだと思います。今回のサミットで、そのあたりの議論が、実施的な意味で進むといいなと思っています。
もうひとつ大切なことは、いまバラバラに語られている問題が、実はつながっているひとつの問題だという認識を、今回のサミット参加者が感じてくれればと思います。
「温暖化が問題だ」「それが主要なテーマだ」と言っていたのに、食糧の問題が出てきた。エネルギーも問題だ。貧困も問題だ。何だか問題がいっぱい出てきて、どうしていいやら、という状況ではないかと思います。
しかしきっと皆さんは、もうよくご理解されていると思いますが、温暖化も食糧もエネルギーも貧困も、みんなつながっているひとつの問題です。そのどこの観点から見るかで、「エネルギー問題」と言われたり、「食糧問題」と言われたり、「温暖化問題」と言われている。こういったつながった問題として理解することがひとつ、大きなポイントだと思います。
もうひとつ大切なのは、つながった問題という理解をすればわかることですが、温暖化は問題そのものではないということです。温暖化は、より深い問題の症状にすぎません。ですから、魔法の杖で温暖化の問題を消したとしても、同じような問題が必ず出てきます。
根本的な問題は何かと言うと、「有限の地球の上で、無限の成長を続けようとしていること」です。それが地球の限界にぶつかっている。二酸化炭素の吸収量という限界にぶつかっているから温暖化が起きている。持続可能に地球が提供できるエネルギーという限界にぶつかっているから、エネルギーの問題が起きている。
つまり、私たちが本当に考えないといけないのは「成長」です。どこでどのような成長をどれぐらいするのがいいのか。何でも成長すればいいという時代は、もう過去のものだと思っています。
そういった大事なこと--つまり、本当の幸せって何だろう? 私たちは何のために生きているんだろう? 経済は何のためにあるんだろう?
そういった本当に大事なことを考える。そのために立ち止まったり、思いをはせたり、そのための時間をつくることが、そのためのきっかけを提供することが、おそらくいま、忙しくて“それどころではない”先進国――だからどんどん、もっともっとと成長に走ってしまう--には大事なのではないかなと思います。
デンマークのファクトシートを事前に読ませていただいて、90年から95年までの間に40%経済は成長して、温室効果ガスは実際に減っているとのこと、素晴らしいなと思いました。
先月、スウェーデンの環境省の方のお話を聞いていて、やはり同じように、90年から今までの間、経済は44%大きくなっているけれど、温室効果ガスは8.7%減らしているという話を聞きました。
そのときに、「エネルギーの消費量を減らしたんですか?」と質問したら、「いや、エネルギーの消費量はそれほど減っていません。実は増えているかもしれません。ただし、エネルギー転換を非常に強力に行ったので、つまり化石燃料からバイオマスに替えたので、これだけの削減ができたのです」という話を伺いました。
その点、日本は非常にエネルギー転換が進んでいませんので、学ぶところが多いなと思ったのですが、デンマークでは経済を成長させつつ、実際に温室効果ガスを減らしていらっしゃる。これはエネルギーの消費量を減らしているのか、それとも排出係数を改善している、つまりエネルギー転換によるものなのか、このあたりをお聞きしたいなと思いました。
ちなみに、この「経済の成長をGDPで測る」という考え方自体、おそらく考え直さなくてはならい時代に来ているんだろうと思います。
昨年の秋にヨーロッパで“Beyond GDP”――「GDPを超えて」という国際会議が開かれたということは聞いていますが、こういう話を中国の方にしたとき、「早くそういう考え方を世界に広めてほしい」と言われました。
「中国はいま、“いけいけどんどん”で、どんどん経済開発をしようとしているけれど、ほんとにそれでいいんだろうかと思う中国人が、実はいるんだ」と。ですから、この価値観の転換をどのように世界規模で進めていくことができるのかなと思っています。
日本の問題について少しコメントをしますが、先ほど影山さん(東京電力)から、「日本の家庭のCO2の増大が問題である」という話がありました。日本の総排出量に占める一般家庭の割合は20%ほどです。これは電力配分後プラス自家用車を入れての数字です。
確かにこれは増えています。これを半分にしても全体では10%しか減りませんので、それだけでは問題解決になりませんが、確かに増えています。
この増えている要因は、「世帯数が増えていること」と「1世帯当たりのエネルギー消費量が増えていること」と「排出係数」、つまりエネルギーの炭素原単位が悪化していることという、3つの要因が重なっています。
よく「世帯当たりのエネルギー消費量が増えている」「だから家庭はいけないんだ」「もっと省エネしろ」という論理になりがちですが、どうやってこの排出係数を改善していくかということが大きいのではないかと思っています。
(注:ここでは時間がなかったので数字は出しませんでしたが、たとえば、2000年の家庭部門の電力からのCO2排出量を100とすると、2005年には123に増加しています。その要因を分けてみると、世帯数が103に増え、一世帯当たりのエネルギー消費量は106に増え、そして排出係数は112に悪化しているのです)
そのときのコストを、たとえば固定価格買取制度のように、国民で負担していく。そういった覚悟を国民として進めていく必要があるし、その覚悟はもうできている人も多いのではないかと思います。
もうひとつ、日本はこれまで、削減をするときに「意識啓発」に非常に力を入れてきました。政府もそうです。「国民運動」と言って意識啓発に力を入れてきたのと、もうひとつは「技術」です。革新的技術ができればこれは解決すると、期待が高まっています。
ただ、小島審議官がおっしゃっていたように、そういった啓発した行動を普及する、もしくは開発した技術を普及するためのメカニズムやシステムをつくることは、これまで日本の得意とするところではありませんでした。
おそらく、この普及のために仕組みというのは「見える化」、つまりどれぐらい自分たちが二酸化炭素を出しているか、もしくは替えることでどれぐらい削減できるかを見える化するということ。そして、「炭素に価格をつける」ということ。そして適切なアドバイスができる、もしくは指導ができる「人材を育成する」。この3本の柱ではないかと思っています。
世界全体で、こういった仕組みを広げていくために、ぜひグローバルなトップランナーの制度のようなものができればいいなと思います。たとえば日本は、省エネ家電で言うと、とても進んでいる。もしくは、運輸部門はもうピークアウトしたという話も、先ほどありました。ただ、残念ながら住宅の省エネ化やエネルギーの転換は進んでいません。
世界のほかの国には、こういったところを進めている所もありますので、具体的な税制なのか、規制なのか、トップランナーの制度なのか、そのような、それを可能にした仕組みも入れ込んだ形で、世界のトップランナーもしくはベストプラクティスのようなものを、もう少し見えるような、それこそみんなが学び合える
ような形にしていけば、おそらく途上国も、自分たちができることから、つまみ食いかもしれませんが、やっていけると思います。やはり、やってできるという体験をすることが、途上国にとっても大切だと思います。
エコイノベショーンとか、世界を変えようということで、話を聞こうと集まってくださっている方々が、たくさんいらっしゃっていること、わくわくします。多分、こういう場所ではない所で、「世界を変えよう!」なんていうと、「なに、この人?」という顔をされるかもしれませんが、今日いらしている皆さんはきっと同じように思って来てくださっているのだと思います。50分ほどの時間ですが、私がいつも考えていることをお話ししていきたいと思います。
最初に、皆さんそれぞれ、考えみてください。自分がいま、社会にないものをつくり出したい、もしくは、あるものでも社会に広げたいと思っているものは、どういうものなのか?
日立環境財団から助成を受けていらっしゃる団体や、は助成を申請しようとしていらっしゃる団体の方々も多いと思うので、何かしらきっと、つくり出そう、もしくは広げたいものがあるのだと思います。
もし、そんなに具体的じゃないけど、という方でも、具体的に「これをやりたい、広げたい」と言えなくても、「これを変えたい」「これを何とかしたい」と思っていらっしゃることがきっとあることでしょう。何も変える必要がないと思っているとしたら、きっとこういう会にはいらっしゃらないと思いますので!
ほんとは意見交換したんですけど、今日は時間がないので、お一人お一人のなかで、ちょっとそれを考えてみてください。「これだ」と思うのがあったらぜひ、どこかにちょっとメモをしておいてください。それを念頭に置いて、私の話を聞いていただけたら、と思います。
こんな短いあいだじゃ書ききれないというぐらいたくさん、思い浮かべられる方もいらっしゃると思うし、何年来、「これをとにかくつくり出したい」「これを広げたい」と思って活動されている方もいらっしゃるかもしれません。それぞれ、何をお書きになったか、何を思っていらっしゃるか違うと思いますが、この部屋のなかの全員がきっと、何かしらをつくり出したい、何かを変えたいと思って、イノベショーンを創り出そう、広げようと思っていらっしゃるのだと思います。
もうすでに活動されている団体の方も、これから何か始めようとされている方も、何も変えなくてよかったら、そのほうが楽ですよね。でも、きっといろんな苦労--組織運営の苦労、みんなにわかってもらう苦労、物事を変えていくときの苦労などいろいろな苦労--をされても、やはりエコイノベショーンを何とか創り出し、広げたいと思っていらっしゃるのでしょう。
それはなぜだろう?ということを、ぜひ考えてみてください。それぞれきっと、何らかの原動力というか、問題意識というか、「根本的になぜ私はこれをやっているのだろう?」「なぜ私たちはこれをやっているのだろう?」というのが、きっとあるのだと思うのです。
私の場合はいま、主に温暖化を中心に活動をしています。アル・ゴアさんの翻訳をさせていただいたこともきっかけになっていますし、いま日本がある意味、“温暖化ブーム”であることもあって、温暖化という切り口で活動していますが、私の原動力のひとつは、このようなIPCCの温度上昇の予測です。
これから地球の気温がどう上昇するかには、これほど幅があるのです。そうしたときに、やっぱり100年後の人たちにこんな高い気温の世界を残したくない。できるだけこれを下げたい、少しでもその害を減らしたいと、強く思います。「どうしたらいいのだろう?」「そのために私には何ができるのだろう? 私たちの
組織は何ができるのだろう?」--そんなふうに考えています。
温暖化のことで言うと、ご存じの方も多いと思いますが、温暖化が起こっている理由は、簡単に数字で説明することができます。いま私たち人間は、化石燃料を燃やすことで、1年間に72億トンの二酸化炭素を大気中に出しています。そして、地球が自然の力で吸収することができまるのは、森林が9億トン、海洋が22億トンといわれています。地球は合計31億トンは吸収できるのです。でも、私たちが出しているのはその倍以上、72億トンです。ですからどんどんとたまってしまう。それが温暖化を引き起こしています。
ここでもたくさんのエコイノベショーンを考えることができます。いうまでもなく、私たちがすべきことは、現在の排出量72億トンを31億トン以下に減らすことです。そのために何ができるか? たくさん考えることができるでしょう。
森林を増やすという活動をされている方もたくさんいらっしゃいます。その目的はいろいろだと思いますが、温暖化や二酸化炭素という観点から言えば、森林の吸収を増やそうという活動でもありますよね。
二酸化炭素の排出量はどうやって考えるか? このような式で表せます。
GDP エネルギー CO2
CO2= 人口×---×-----×-----
人口 GDP エネルギー
これは日本という国でもいいしい、地域で考えてもいいし、企業や組織で考えることもできます。そこにいる人の数と、一人当たりのGDP、つまり、私たち一人ずつの生活を支えるのに、どれぐらいのモノやエネルギーがいるかということですね、それから、ある単位のGDPを生み出すためにどれぐらいのエネルギー
が必要か、そして、ある単位のエネルギーを使ったときに、どれぐらいの二酸化炭素が出るか。この4つの項の積が二酸化炭素排出量になります。
いま日本でも、企業でもNPOでも、一生懸命温暖化に取り組んでいるところはたくさんありますよね。そういったところが、この式のどの項に取り組んでいるのかを考えてみることができます。
たとえば、風車を立てよう。ソーラーパネルを設置しよう。ソーラー発電技術を開発しよう。こういった動きがたくさんありますね。もしくは地熱を利用しよう。バイオマスを使おう。これは、いちばん右にある項への取り組みです。同じエネルギーを使ったときに出す二酸化炭素を減らそうということですね。自然エネル
ギーへの転換などの取り組みがここに含まれます。
それから、多くの企業が取り組んでいるのが、その左にある項で、同じGDPをつくるのに必要なエネルギーを減らそうという取り組みです。たとえば、省エネをする。エネルギー効率を上げる。資源生産性を上げる。つまり、同じ量のエネルギーや資源からつくり出せるものが多くなれば、同じ単位のGDPを生み出すのに必要なエネルギーを減らすことができます。
「経済のサービス化」といわれる取り組みもここに入ります。モノを売るのではなくて、サービスを売りましょう、というものです。そうすれば、GDPは増えても、物質にまつわるエネルギー消費量は増やさずにすみます。
日立環境財団の助成は、「環境と経済」「環境と科学技術」の2本柱でやっていらっしゃいますが、いま説明した2つの項は、科学技術にかかわるところです。日本の企業も日本の政府も、世界各国がそうなのですが、ここに力を入れています。ここは、実はとてもやりやすいところなのです。
なぜやりやすいかと言うと、価値観を変えなくてもいいからです。これまでどおりの価値観で、しかし効率よくなれば、そしてエネルギーが転換できればよいからです。考え方や生き方を変えなくても、二酸化炭素を減らせるだろうという考え方です。
日本は人口が減りはじめていますから、「人口」という項も心配いりません。つまり、4つの項のうち、3つは増えていないか、減っているというのに、それでも二酸化炭素排出量は増えています。4つの項目のうち3つがいい方向に向かっているのに、増えているのはなぜでしょう? それはここ、一人当たりのGDP
が伸び続けているからです。ここが恐らく、日立環境財団の助成のもうひとつの柱である「環境と経済」にかかわってくるところでしょう。もしくは、「環境と文化」「環境と価値観」ですね。何が本当の幸せなの?というところです。
私が共同代表を務めているジャパン・フォー・サステナビリティも、助成をいただいて研究をひとつさせていただきましたので、ちょっとその紹介をします。そのときに、枠組みとして、この環境問題をどういうふうに解決したらいいかという枠組みのひとつをご紹介します。
これは、エイモリー・ロビンス、ハンター・ロビンス、ポール・ホーケンという人たちが一緒につくった「自然資本主義」という考え方です。本が出ています。日本語の書名は『自然資本の経済』です。ここでは、4つの柱でやり方で変えていく必要がある、としています。
まず1つは、先ほどと同じポイントですが、「資源生産性を大きく改善しましょう」というものです。同じ量の資源からたくさんのモノをつくれるように、効率よくやっていきましょう、と。もう1つは、バイオミミクリといって、自然のやり方を学びましょう、というものです。JFSではこれを研究のテーマとしましたので、あとでこれについてご紹介します。
3番目は、経済をサービス化していきましょう、ということです。サービス経済をつくっていく。モノではなくてサービス、機能を売る。そういった経済に変えていこう、と。そして最後は、自然資本に再投資をしましょう、ということです。それが二酸化炭素の吸収源であれ、たとえば材木を生み出す自然の力であれ、自
然の生産性をもっと高めていこう。私たちはこの4つを進めていかなければならない、というのがこの大きな枠組みです。
この4本の柱のうちの1つ、バイオミミクリを、私たちJFSで取り上げ、助成をしていただきました。「バイオミミクリ」ってすごく言いにくいし、片仮名で「何のこっちゃ?」という感じだと思います……。「バイオ」というのは、バイオ燃料とかいわれているように、生物とか命とかいう意味です。「ミミクリ」というのは英語でmimicry、まねするという意味です。だから、バイオミミクリとは、「生物のまねをしましょう」ということです。日本語だと「生物模倣」など言いますが、難しい感じになってしまうので、私たちは片仮名のまま使っています。
地球上に生命が生まれてから、ずっと自然淘汰されて生き残ってきた生物は、やはりそれなりの素晴らしい知恵を持っているし、生きるすべを持っています。生物は――人間も生物ですが……人間以外の生物は、ほかの生物と上手に調和をして生きていく、そういった知恵を持っています。この自然の知恵に学んで、それを私たちの、たとえば産業活動や経済活動に活かしていこう。これがバイオミミクリという学問です。
日本でも、昔から自然に学ぶという考え方はありましたが、バイオミミクリというひとつの学問になったのはアメリカでのことでした。90年代から研究されています。各地で研究されていて、日本にも研究者はいますが、内外での情報共有などがあまりできていませんでしたし、これまでは「知る人ぞ知る」分野でした。
JFSはもともと、情報を伝えることを使命としている体なので、バイオミミクリに関する情報を集約して、日本の人にもわかりやすく伝え、そして日本で研究している人たちの情報も集めて、世界にも伝えていこうと考え、プロジェクトをおこなうことにしたのです。
バイオミミクリには、どのような研究があるのでしょう?今日は2つだけですが、ご紹介しましょう。
1つはハスの葉っぱです。ご覧になったことがあるかどうかわかりませんが、ハスの葉っぱって、いつもきれいなんですね。泥もほこりもついていない。バイオミミクリを研究している人は、「ハスの葉っぱは、洗剤も使っていないし、ごしごし洗ったりもしなのに、なぜいつもきれいなのだろう? その秘密は何だろう?」
と研究しました。
その結果、葉っぱの表面に小さな突起がたくさんあることがわかりました。それらが粗い表面をつくるので、雨が降ったときに、雨粒がコロコロコロと転がるんですね。そのときに汚れをくっつけて転がって落ちていくのです。つまり、葉っぱ自体が、雨が降るだけで自動的にきれいになるような構造になっている。なので洗う必要がない。
バイオミミクリでは、なぜ生物がそんな素晴らしいのだろう?というのを研究したあと、それを私たちの工業や経済のなかに活かせないかと研究します。
ハスの葉っぱからヒントを得て、実際に開発されたものがあります。ドイツの会社ですが、雨と重力だけを使って汚れを落とす「洗剤のいらない建物の外壁」を開発しました。つまり、ハスの葉っぱの表面と同じような表面にすれば、雨が降ればコロコロと同じように転がって、汚れがつかない。ですから洗剤もいらないし、洗う手間もいらないという外壁ができたのです。
もうひとつの例は、オウムガイという貝です。生きた化石といわれていますが、これだけ長い間生き残れるということは、それだけいろいろな秘密があるのでしょうね。
オウムガイの貝殻のらせんは、とても独特な形です。調べてみると、この形が最も摩擦や抵抗が少ないのだそうです。ですから、動くときの力があまりいらないのでしょうね。オウムガイは、長年かかって、そのような形状の貝殻を発達させてきたのでしょう。
オウムガイは何でこんなに長生きしているんだろう。あの貝殻の形は、どうしてああなんだろう? そうか、摩擦や抵抗がいちばん少ないんだ。そういうことがバイオミミクリの研究でわかって、それを実用化した例があります。
アメリカの会社ですが、この形をまねて扇風機の羽根を開発したそうです。つまり、摩擦や抵抗がいちばん少ない形の扇風機の羽根です。この羽根にしたところ、エネルギーも騒音も大きく下げることができたそうです。
バイオミミクリってとっても面白いです。JFSのウェブサイトに日本語でも載っているので、ぜひ見てください。新幹線はなぜ、あれほどの高速で走ってもあまり騒音が出ないのでしょうか? そのヒミツもある動物にまねたことなのです。(どの動物にまねたかは、サイトを見てのお楽しみ!)
そんな研究やストーリーををたくさん集めて、事例集を作りました。カテゴリー別に整理したものと、日本の研究者にインタビューしたレポートを作りました。最後に助成をいただいた締めくくりとして、バイオミミクリ・フォーラムを行いました。そのときの講義録も読めるようになっています。助成をいただいたおかげで、バイオミミクリについて、世界と日本の研究を集約して、活かしていただけるような形にまとめてお伝えすることができました。ウェブはこちらです。
http://www.japanfs.org/ja/biomimicry/index.html
以上、JFSが助成をいただいたプロジェクトの簡単なご紹介でした。
(中略)
確かに技術のイノベショーンは大事です。たとえば白熱灯じゃなくて省エネ型電球に替えただけで、同じように電気を使っていても二酸化炭素は減るわけです。技術の革新はとても大事です。
でもほかにも、もうひとつ大事なのは、社会的なイノベショーンです。つまりそれは、政治や政策のイノベショーンであり、経済の仕組みのイノベショーンであり、そして文化のイノベショーンでもあります。これもとても大事だと思います。
技術は見えやすいし、これまでの価値観を変えなくてもいいので、皆さんやりやすいと思います。でも、これからもっと本当に必要になってくるのは社会的イノベショーン、もしくはこの組み合わせ、つまり技術と社会のイノベショーンの組み合わせではないかと思っています。
この写真は、私が参加をしている活動のひとつの「100万人のキャンドルナイト」です。もうじき冬至なのでまたやりますが、冬至と夏至の夜に2時間電気を消して、ロウソクの明かりでスローな夜を送りましょう。それだけの働きかけです。
「100万人の」とつけたのは、それを始めるとき、私たち幹事は、「いつか100万人ぐらいやってくれたらいいね」と思ったのですね。ところがふたを開けてみたら、最初の年に500万人参加をしてくれたそうです。環境省と毎日新聞が調べてくれたのですが。いま参加者は、800万とも900万ともいわれています。全国でいろいろなイベントが行われ、多くの施設が消灯してくれます。キャンドルナイトは、ひとつの「社会的イノベショーン」だと思っています。
「2時間電気を消したって、省エネにはならないじゃないか」などと言われることもありますが、私たちはそれよりも、立ち止まる時間、ちょっと振り返る時間、考え直す時間を提供したくて、やっているのですね。そういった意味で、文化的イノベショーンだと思うのです。こういう社会的・文化的イノベーションって、これまであまり考えられてきませんでしたが、とても大事です。
温暖化でもほかの環境問題でも、環境以外の問題でも、何か物事を変えようと思ったときに、少なくとも3つ必要なことがあると、私は思っています。
ひとつは「意識啓発」。たとえば皆さんに温暖化のことを知ってもらう。何をすればいいかわかってもらう。これはいま、環境省もとても力を入れているし、日本ではとても進んでいるところです。もうひとつは「技術開発」です。たとえば、同じように使っても省エネ型の冷蔵庫などですね。
もうひとつ大事なのは、「行動をしたくなる仕組み」です。望ましい行動をしたくなる、開発された技術を使いたくなるような仕組みです。日本はここがとても弱い。ですから、たとえばソーラーパネルの太陽光発電の技術は世界一なのに、設置容量はドイツに抜かされています。それは技術がないからでも意識が低いからでもなく、「広げるための仕組み」がないからです。
この「広げるための仕組み」は、社会的イノベーションです。技術イノベーションがあって、それを広げるための社会的イノベーションがあって、はじめて実際に社会の中で使われ、広がっていくのです。
日本の政府は、この仕組みを作るのが弱いから、私たちがつくっていかないといけない。働きかけていかないといけない。ヨーロッパで環境が進んでいるドイツにしてもスウェーデンにしても、この仕組みづくりがとても上手です。ですから、特に日本では、イノベーションといってもこの社会的なイノベーションに切り込
んでいく必要があると思っています。
イノベショーンについて大事なことがいくつかあると考えているので、その話をしていこうと思っています。
まず、「役に立つものをつくる」というのが大事ですね。イノベショーンって新しいものをつくるということですが、新しければいいかと言うと、そうじゃなくて、新しくかつ役に立つものでないと、やってもしょうがないわけです。
もうひとつは、「イノベショーンを広げる」ことが大事。たとえば技術でも社会の仕組みでも、新しいライフスタイルでも、あるイノベーションができるということと、それが広がるというのは別物なのです。できていても広がらない限り、効果を生み出しません。
ですから、役に立つものをつくって、しかもそれを広げるという2段階が、イノベショーンについては必要だと思っています。2段階とも同じ人がやる必要があるかどうかは別ですが、この2段階がないと、イノベショーンが社会の役に立つことができません。
まず最初の、本当に役に立つものをつくり出す。そのために何が必要か。2つのことをお話ししたいと思います。
ひとつはビジョンを描くことです。このイノベショーンができたら、どういう世界になったらよいと思っているの? どういう世界にしたいから、どういうイノベーションが必要なの?
ビジョンを描くということでバックキャスティングの話をよくしますが、現状からスタートして「いまあれができる」「これができない」と考えるのではなくて、そもそもどうありたいの? そもそも何が理想像なの? というところを先につくって、そこから振り返って現状に足りないところを埋めていく。これがバックキャスティング型のビジョンのつくり方です。
恐らく、助成を受けていらっしゃる団体の皆さんも、「いまこれができる、あれができる」というよりも、「こういう社会にしたい」「こういう地域にしたい」「そのときに、いま自分たちは何ができるだろう?」という考え方をされているところが多いのではないでしょうか? バックキャスティング型で考えられているんだと思います。
本当は、国もこういったふうに考える必要があります。いま何ができる、という現状の延長線上で6%、「できる」「できない」という話をしているんじゃなくて、そもそも31億トンしか吸収できないのに72億トン出しているわけだから、70%減らさなきゃいけないというのは、物理的な厳然たる事実ですよね。
なので、「いつできる」とか「どうやってやる」というのはまず脇に置いておいて、まず「70%減らす」というあるべき最終目標を掲げて、そこからいまを見たときに、「じゃあまず何をやっていきましょう」と考えていくべきです。国だけではなく、地域もそうですし、企業もそうですし、NGOでもそうです。
私もNGOを運営しているのでよく思うのですが、NGOの運営そのものも同じ考え方だと思います。「いまの自分たちに何ができる」「この問題があるから、これはできない」--日々そういうことはたくんさんありますが、でも、「私たちの組織は何をつくり出したくてやっているの?」「30年後にこの国やこの地域
をどういうふうにしたくて、この活動を立ち上げたの?」--その思いがとても大事になることがよくあるのだと思うのです。
もうひとつ、ビジョンと並んで大事なことは「全体像を把握する」ことです。私がいま力を入れているシステム思考という考え方です。私たちは問題があると、自分の見える範囲で問題の原因を考えますよね。そして、自分の見える範囲で、解決策を考え、その解決策に飛びつきますよね。
しかし、それが本質的な解決ではないことがよくあります。見えている解決策に飛びつく前に、「この問題は何につながっているんだろう? その先は何につながっているのだろう?」と、つながりをたどって全体像を見ることができれば、別の本質的な解決策が考えられるでしょう。このつながりをたどって、できるだ
け全体像を見る--これがシステム思考のアプローチです--が、いまとても大事になっています。
たとえば、いまこのアプトーチを欠いているために問題を起こしそうなのがバイオ燃料です。バイオ燃料はとても大事なものですし、皆さんのなかでも活動されている団体があると思いますが、単に温暖化対策、ガソリンの価格対策でバイオ燃料を世界中が大量に使うことになると、いろいろな問題が出てきます。
たとえば、食べ物の値段が上がっていく。いまそうなっていますね。レスター・ブラウンによると、100リットルのタンクをバイオ燃料で満タンにすると、1人が1年分食べる穀物を使ってしまうといいます。
ですから、お金持ちの自動車の燃料を環境にやさしくするために、貧しい人がますます飢えるという別の問題が起きてしまう。もしくはブラジルあたりでは、いま輸出用のバイオ燃料を大量につくるために、熱帯雨林を切り開いて大豆やサトウキビを植えている。そうすると砂漠化が進んだり、生態系が破壊されたり、やはり別の問題が起きる。それだけではなく、熱帯雨林というのは、二酸化炭素吸収源として重要な役割を果たしているのに。それを切ってしまっては、吸収量が減ってしまいます。ですから、温暖化対策のためのバイオ燃料だったはずだったのに、逆に温暖化を悪化させてしまう危険性があるのです。
ですから、いま、政府や商社がやろうとしているような、「とにかくバイオ燃料だ」「大量に輸入しろ」ではなくて、日本でバイオ燃料をやるとしたら、どういうやり方が必要なのかを考える必要があります。たとえば間伐材とか建設廃材とか、稲わらとかごみとか、そういった日本にあって不要なものでバイオ燃料をつ
くればいい。日本にもそういう取り組みはあるのですが、主流派に応援されていないので、まだまだ小さい。私たちも応援していかないといけないですね。
私たちが何かをやれば、必ず何かに影響を与えます。私たちは、良かれと思ってやっても、良かれだけではない影響がある可能性もあります。これは、NGO、NPOが活動するときに、もちろん企業もそうですが、考えなくてはならないことです。「知りませんでした」「想定外でした」と言うわけにはいかない。つな
がりは必ずあるのですから。
私たち、エコイノベショーンをやりたい人たちは、その問題があったときに、問題に正攻法で直接ぶつかっていくだけではなく、それが何につながっているのか?そして、一見離れているけど、ここを押せば、小さい力で、実はひっくり返せるというレバレッジ・ポイントはどこなのだろう? そんなことをぜひ考えていき
たいなと思います。
もうひとつ、エコイノベショーンに関して、私自身のことでも思っていることを話します。いまは、エコイノベショーンの種に事欠かない時代です。やらなきゃいけないことはいっぱいあるし、できることはいっぱいあるし、環境は問題だと社会が認識し始めているから、あれもやってほしい、これも重要じゃないか、とあちこちから要請や要望などがいっぱい皆さんのとこに来ると思います。
そういう時代こそ、私たちは気をつけないといけない。つまり、こういう時代には、何をやっても役に立つんだと思います。でも、だからこそ、「本当に自分は何をやるべきか」を考えなくてはいけない。
自分にしても、自分の組織にしても、時間もエネルギーも限られているはずです。その限られたエネルギーや時間をどこに投下するのが、いちばん社会の役に立つのか? いちばん自分たちがやりたいことにつながるのか?--それを考え、ときには人々のお願いや依頼を断ってでも、守り抜く必要がある。そう私は思っています。
いろいろなことをやってほしい。これもいいんじゃないか、あれも役に立つんじゃないか--いろんなことをみんなが言う時代になっている。それだけ関心が高いのはうれしいですが、NGOやNPOは人々の依頼を満たすためにあるわけではなく、自分たちがやりたいことをやるために組織をつくったはずですよね。
なので、それをやって本当にどれぐらい役に立つのか? そしてそれは自分たちの特性や持ち味とどれぐらいマッチしているのか? それをいつも吟味しながら活動を選んでいかないと、あっちもやり、こっちもやりしているうちに、薄まっていってしまう。そして何がやりたいんだかわからなくなってしまう。いま活動
への追い風が吹いているからこそ、そういった危険性が出てきているなと思うのです。
もうひとつ、最後に「広がる」という話をしておしまいにしようと思います。
新しい考えや技術がどうやって広がるか--「イノベショーン普及理論」が参考になります。
『イノベーションの普及』 エベレット・ロジャーズ (著) 翔泳社
http://www.amazon.co.jp/dp/4798113336?tag=junkoedahiro-22
新しい考えや技術などは、最初なかなか離陸しない。それで離陸してから浸透するというものですが、どうやって離陸させるかというのが、いちばん大事なところですね。私たちNGOでやっていても、普及期まで来たら、ほっといてもいいわけです。どうやって普及させるか。最初の離陸をさせるか。
よく思うのですが、これが大事、これを広めたい、これを伝えたい。でも、その熱い思いだけではつながらない、伝わらない、続かないと思います。どうやったら広がるのか。広がる構造をどうやってつくり出せばいいか。それは私たち広げたい人が、戦略的に考える必要があります。ただむやみやたらと、みんなに言えば広がるかというと、そういうものでない。
イノベショーンはどうやって広がるか? まず最初につくる人がいます。「これがいいよ」もしくは「こういう技術をつくったよ」。ただ、最初につくり出す人は、コミュニケーションがあまり上手でないことが多く、特に研究者とか思想家はそうですが、それを通訳する人が必要なんですね。
「この人が言っているのはこういうことなんだよね」「こういうふうに役に立つんだよ」「要するにこういうことなんだよ」――このように推進してくれる人がいて、それで社会のなかでもフットワークの軽い、アーリー・アダプターと、マーケティングで呼ぶ最初に動く人たちがやってみる。その様子を見ていて「ああ、大丈夫そうだ」と社会の主流派は最後に動きます。
なので、皆さんがもしいま何か広げたいと思っているのであれば、いま自分はどこにいて、どこにアプローチしなきゃいけないか。それを考える必要があります。最初から社会の主流派を説得しようとしても、おそらく難しいことが多いでしょう。社会のなかでも動きやすい人は誰か。そういう人たちに伝えてくれる人はどこにいるのか。そういったことを考えて、戦略的にアプローチする必要がある。
しかも、世の中はそれだけでなく、保守派という、「新しいことはいや」と言う人たちもいるし、ひねくれ者という、「あんたがやることはいや」と言う人たちもいるわけです。こういうなかで、こういうひねくれ者とか保守派につかまってしまわないで--つかまると時間がかかってしまうだけなので--、自分のこの「広げる道筋」をどうやってつくっていくか。これを考える必要があります。
これは何でもそうですが、人が「知らない状態」では行動の起こしようがないですよね。たとえば皆さんが、お勧めしたいある環境技術やエコ・ライフスタイルがあっても、人々がその重要性を知らなければしょうがない。
でも、知っているだけでもだめです。環境に関しては、情報はほとんど誰でも知っていると思います。知っているだけでも動きません。知っているだけではなくて、興味や関心を持たせる。ここで多分、調べ始めるでしょう。それが自分にとって必要だと理解する。そのうえで、行動することを決めて、やっと行動します。
ですから、何かを買うとか、何かのやり方を変えるとか、ライフスタイルを変えるとか、結構複雑なこの道のりの歩まないと、人々は変わらないんです。ですから、いま自分の伝えたい相手はどこにいるのか。どの相手をどの次のフェーズに連れていきたいのか。それによってコミュニケーションのやり方がすべて違います。
知らない人に知らせるためのコミュニケーションと、興味を持っている人に必要だと感じさせるコミュニケーションと、「よし、やろう」と思っている人に本当にやらせるためのコミュニケーションと、みんな戦略・戦術が違うのです。このあたりは、伝える人が考えていく必要があります。
だいたい、環境をやっている人は(企業もそうですが)、「いいことをやっていれば伝わるだろう」とか、「大変だということを言えば、わかってくれるだろう」と思いがちですが、そんなに甘いものではありません。
誰に何を伝えたいのか。そのときに、本当に伝えるにはどうしたらいいのか。それを考えていく必要があります。ですから、環境をやっている人たちは、私も含めて、マーケティングをもっと勉強しないといいけないと、常々思っています。
環境について語るときにも、「理性に訴えるアプローチ」の仕方と、「これはお得ですよ」という「経済感覚へのアプローチ」の仕方と、幸せやつながりを大事にする「幸せ感へのアプローチ」という、少なくとも3種類のアプローチがあると思っています。
企業の男性にお話するときは、私はだいたい1番目のアプローチを前面に出します。お金を動かしている人たちに話をするときには2番のアプローチを増やします。市民や特に女性に話をするときは3番のアプローチを前面に出します。これは全部必要なのですが、やはり誰をどういうふうに動したいと思っているかによって、話の仕方や話の内容も変えていく必要があると思っています。
あとでちょっと考えていただければと思いますが、いま皆さんは、どういう目的で、どういう相手に、どのようなチャンネル、媒体を使って、どういう方法でコミュニケーションしているのでしょうか? そして、伝わったかどうかをどうやって測っているのでしょうか? あとでちょっと振り返ってみてください。そのうえで、今後変えていきたいとしたら、変えていけるとしたら、何をどういうふうに変えられるだろうか?
エコイノベショーンというと、つくり出すところが大事だと思うのですが、それででもやっぱり、それを伝えていかない限り、それが広がっていかない限り、残念ながら、あまり社会の役に立たない。
ですから、こういう環境財団の助成を受けて、そこで発表会をする。もしくはお互いにホームページでいろんな情報を出し合っていく。JFSもそのお役に立てれてればと思いますが、そういった形で広げることも一緒にやっていきたいなと思います。
アル・ゴアさんが「温暖化はチャンスだ」と言っています。「温暖化はCrisis=危機だ。危機とはは、「危険」と「機会」という漢字を書く。なので、危険ではあるけれど、チャンスでもあるんだ」と。私もほんとにそう思います。
いまのように時代が動かざるを得なくなったとき、単に目の前の問題だけではなくて、これまでもずっと困っていたこと、これまで不都合だったことを含めて、大きく変えられるチャンスなのだと思うのです。たとえば社会の仕組みにしても、経済の仕組みにしても、地域のことにしても、教育にしても、何でもそうですね。
ですから、いまこそこのエコイノベショーンを技術的にも社会的にも広げていくことで、大きな変化をつくり出せるじゃないかと、私自身はわくわくしています。
私の話は以上です。ありがとうございました。
【ワークショップ内容】
■おはなし:13:00~14:00(60分)
★地球のセーターってなぁに?
気温がどんどん高くなり、北極や南極の氷がとけるほど地球の温度が上がっているよ。どうしてだろう?
二酸化炭素(CO2)は、地球をちょうど良い暖かさに保ってくれる、言わば地球のセーターのようなもの。でも、セーター1枚ならちょうどいいけど、2枚着たらあつくなっちゃうよね? いま地球はセーターを余分に着ている状態なんだ。
温暖化の主な原因のCO2を地球のセーターにみたて、イラストなどを用いて温暖化の原因を分かりやすく説明しました。
★地球の気温をシミュレーション
このまま地球温暖化が進むと、世界の気温はどうなっていくんだろう?
1950年から2100年までの150年間の気温の変化を、1分間に短縮したシミュレーションを見ました。
はじめは緑や青色だった世界地図が、気温が高くなるにつれて、どんどん赤や黄色に変化していく様子に、驚きの声があがりました。
★水を使った実験
地球が吸収できるCO2量を超えて、人がCO2をたくさん出すから、地球が暖かくなってしまうんだね。
大きさの違う大小2つのコップを使って、水の量をCO2量にみたてた実験をしてみよう。私たちは、森や海が吸収できる4倍ものCO2を出しているから、水槽から水をくみ出しても、その4倍の水をまた水槽に入れることになるね。そうすると、だんだん水かさが上がっていって、そのうちあふれちゃう。
この実験を通して、地球がどうしてどんどん暖かくなってきているのかを体感してもらいました。
★ぼくとわたしの「CO2日記」Download file
朝起きてから夜寝るまでの1日のなかで、ぼく/わたし/家族のみんなが、どんなときにに、電力/ガス/ガソリンをつかっているのかを考えてもらいました。
そして、そのCO2を減らすためにどんな工夫ができるか、たくさんのアイディアを出してもらいました。
★CO2を減らすためにできること (みんなのアイディア例)
・明るいときは、電気を使わない。
・屋上に草を植える。
・家をつくるとき、いっぱい窓のある家をつくり太陽の光を入れる。
・自転車こぎで電力をつくる(体力づくりにもなる)。
・太陽電池や風車を家につけて、自分の家の電気は自分の家でつくる。
・雨をためて、お風呂にする。
・冬の寒い日は、ネコをひざにのせる(ネコは体温が高いので)。
・ベランダに夏、朝顔をたくさん植えて影を作って涼しくする。
■ ワークショップ:14:30~16:00(90分)
★エコ・すごろくゲーム
このゲームは、CO2を減らすために私たちができることをマスにしたすごろくを、こどもたちがコマになって進んでいくものです。みんなで、体を動かして声を出して、エコライフについて一緒に考えてもらいました。
★私の宣言
「ストップ!温暖化」のために「今の私にできること」を、みんなに発表してもらいました。
どの子も、温暖化の仕組みについて真剣に耳を傾け、どうしたらCO2を減らせるか、自分に何ができるかを考えてくれました。子どもならではのかわいいアイデアや大人顔負けの意見なども出ました。