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| ほら! アメーバがやってくるぞ! |
| (c) 2002 アラン・アトキソン この文章は、ご自由にe-mailウィルスのように世界中に広げて下さってもかまいません。 |
その日もまた、私は持続可能性についての会議に出席していた。会場は、大きな高速道路脇の巨大なショッピングモールの端に建つ大型ホテル。およそ会議のテーマに似つかわしくない場所である。 このような皮肉には、今までにもあまり出くわしたことがない。そう言いたいところだが、実際の私は、これ以上の皮肉を受け入れる余裕がもうどこにも残っておらず、何かの拍子に泣き崩れてしまうのではないかと感じ始めていた。 しかし間もなく、素晴らしいことが起きた。私は泣き出しそうになったが、それははるかに嬉しい理由からだった。 事の始まりは、カリフォルニア州パロアルト市の職員、ジュリー・ワイスのプレゼンテーションだった。「1999年当時、市の職員の間では、『持続可能性』は禁句として知られていました」と彼女は語った。「公式の場でその言葉を使うことは、事実上一切禁止されていたのです」。 それから5年。現在のパロアルト市は、持続可能性プログラムを有し、持続可能性のための政策を掲げ、持続可能性報告書を毎年作成している。そして、市当局そのものも「環境に優しい事業体」の認証を受けている。市としてこの認証を受けたのは、全米でも同市が初めてである。こうした一連の活動に、守衛からコンピュータ・ITスタッフに至るまで、すべての職員が取り組んできた。 同市では、エネルギー使用量を17%削減した。所有する重機の燃料をバイオディーゼルに転換し始め(すでに20%まで転換済み)、洗浄剤や害虫駆除システム、印刷溶剤も、毒性の低い、あるいは全くないものに切り換えた。節減されたコストは、すでに数十万ドルにも及んでいる。 何が変わったのか?「持続可能性」を禁句と呼んでいたパロアルト市は、いかにして持続可能性のリーダーに変貌したのか?「最初に取りかかったのは、適切な人材を引き入れることでした」。ジュリーはこう言って、説明を始めた。新しいアイデアを持った「イノベーション考案者」について。アイデアを広めるのを得意とする「イノベーション推進者」について。そして、主流派の人々にアイデアを妥当なものと感じさせるのに一役買う「イノベーション実行者」の発掘について。‥‥どれもずいぶんと聞き覚えのある話だった。 次に彼女は、この「文化の変化のアメーバ」という戦略を説明するため図式を示し、こう言った。「スライドに出典を記しておいて正解でした。というのも、このアラン・アトキソン氏は今日ここにお見えになっていますので」。 私が何よりじんときたのは、アメリカの持続不可能な巨大インフラの中心のようなこの場所で、再び「変化は可能である」ことを目の当たりにしたことだ。戦略的思考を持ち、長期にわたって粘り強く活動する献身的な人々は、良いアイデアを取り上げ、それを賢明に人から人へと広めることができるのだ。そうする中で、人々の行動や文化も変化し、重荷にあえぐ地球に人類がかける負荷を軽減することができるのだ。 しかし、この小さなアメーバがささやかながら役に立ったのかもしれないと思うと、くすぐったい気もした。1990年にロバート・ギルマン(「文化はアメーバの如し‥‥」)とエベレット・ロジャーズ(イノベーション普及理論の生みの親)のアイデアを元に作られたこのアメーバは、戦略的なイノベーション推進に関するトレーニングや企画立案支援において中核的役割を果たしており、国連の研修プログラム、企業、NGO、そしてもちろんパロアルトのような自治体と、世界中で利用されている。 しかし1990年当時はまだ、友人(今はキリスト教ユニテリアン派の牧師であるデュアン・フィケイセン)の意見を参考にしながら、私がそれをまとめたばかりだった。ワークショップを開いてほしいという依頼に応じて考えたのだ。ワークショップの舞台となったのはシアトルでの画期的な「地球と精神」という会議で、1,200名が集まり、多くの環境への取り組みが始まるきっかけとなった。そうした取り組みは、あるものはプロジェクトや組織に発展し、中にはそれを生涯の仕事にする人も出てきた。 会議の出席者の中には、例えばオレゴン州ポートランドのノースウェスト・アース・インスティテュート(NWEI)の創設者である、ディック・ロイとジーン・ロイがいた。当時ディックはポートランドでトップクラスの企業弁護士だったが、彼とジーンは環境問題への懸念を日に日に深めていた。それで2人は「地球と精神」会議に出かけ、そこで私が初めて行ったアメーバ・ワークショップに参加したのだった。その時には「イノベーション普及ゲーム」と呼んでいたものだ。 これに触発されたロイ夫妻は、家に戻るとすぐにポートランドからの出席者全員に呼びかけて集会を開いた。すると一人残らずすべての人が姿を見せた。 その集会からはさらに多くの集会が生まれ、そうした集会の中から、ポートランドで自主的な討論会を企画運営する非営利組織を始めようというアイデアが生まれた。ときには職場で、またときには昼食を共にしながら、環境問題について議論しようというものだ。 そのプログラムは大成功を収め、今や全米50州へ広がっている。これまでに何千人もの人々がNWEIの自主的な討論会に参加してきた。さらに、その中で驚くほど多くの人々が、自分たちの組織や地域社会で変化を起こそうという思いに駆られてきた。 ディック・ロイが最近よこした便りには「文化の変化について考えるたびにアメーバのことを思うよ」とあった。そしてその通りなのだ。NWEIが体現している多くの素晴らしいものには、文化の変化を起こすための賢明な戦略-つまり現在“行動中”のアメーバ-があるのだ。イノベーション普及理論を知れば、あるアイデアがゼロからスタートし多くの人に受け入れられるまでに何が必要なのか、理論上だけでなく現実に即して理解できる。 現在のアメーバは、トレーニングや企画立案の枠組みとして以前より洗練されてきているが、ディック・ロイとジーン・ロイはアメーバをロールプレイング・ゲーム形式で経験した最初のメンバーだった。そのロールプレイング・ゲームは、新しい(そして持続可能な)アイデアを導入し、一人ひとりがそれを受け入れるようになる方法を探るプロセスを、実演して示すものだった。 参加者はさまざまな教訓を得るが、とりわけ、アイデアというのはうまくパッケージ化されていなくてはならないこと、またそれを伝える人は信頼感があり、コミュニケーション能力に長けていなくてはならないことを学ぶ(そのアイデアが実際には誰の思いつきだったのかは問題ではない)。こうした人々はイノベーション推進者と呼ばれ、アイデアは人々がすでに持っているほかのニーズと結び付いたときに普及しやすくなることを知っているのだ。 イノベーション推進者が真っ先に学ぶ最も大事なことは、「アイデアを誰に示すか」ということである。無関心な人に関心を持ってもらおうとしたり、反対派を変えさせようとすると、挫折しておそらく失敗する。 しかし、好奇心が強くて物事を受け入れやすい人々、そして自分たちをさいなむ不安に対処するための何かを心から求めている人々を、そっと引き入れたなら、(変化を起こすのに)必要不可欠な数の人々が集まり始めるだろう。そしてその不可欠な人々は、「アメーバ」の残りの部分―あなたの組織や地域社会、あるいは社会全体―を、新しい方向へと力強く引っ張っていくだろう。 オレゴン州全土に小規模な自主的討論会の種をまく戦略は、NWEIの出発点であり、非常に賢明なイノベーション普及戦略だった。この戦略は、「初期導入者」イノベーションの普及理論で使われる用語。特にマーケティング担当者が新しいアイデアを説明・宣伝する対象者で、そうした新しいアイデアを受け入れる可能性の高い人々)を引き寄せたが、反動主義者(現状から既得権益を得ていてイノベーションを執拗に拒む人々)からの反感を買うこともなかった。 言い換えるなら、この戦略は誰にも害がないように見えたのだ。だが今やオレゴン州は、持続可能性の活動を育む世界的な拠点となっている。そして、変化を導いてきた驚くほど多くの人々が、NWEIによって何らかの影響を受けている。 ジュリー・ワイスは、パロアルト市の普及戦略を、いくつかのポイントに簡潔にまとめた。すなわち、プロジェクトを人々が従来持っている関心と関連付けることにより、そのプロジェクトの影響力を高めること。次にそうした人々の関心に沿う新しい目標を提示すること。そして、チャンスが到来したらすぐその波に乗れるよう、広めたいアイデアの「ソーシャルマーケティング」を万全にしておくこと。 NWEIは、すでにこれらもすべて実行済みで、現在ではNWEIモデル自体が全国的に広がっている。(持続可能な)イノベーションの普及を促すイノベーションそれ自体が普及しているのだ! これはもう「メタ普及」というべき、文化の変化を真に加速させる戦略である。 NWEIとパロアルト市はたった2つの例に過ぎないが、その陰にはほかに数百もの同じような例が存在している。すなわち、素晴しい変化の戦略―もちろんアメーバは必要ない!―が、誰かの素晴しいアイデアを、多くの場合わずか数年で、大企業全体、都市全体、あるいは地球全体へと広めていった例だ。 このようなプロセスは、変革を起こすための現実的で実際的な要素である。こんな風に考えてみてほしい。人間の文化を構成する、私たちの周りのすべてのこと―文字通りあらゆること―が、かつてはイノベーション、すなわち誰かの素晴しいアイデアだった。 イノベーション推進者が、鍵となる最初の段階で効果的な働きをしたおかげで、受け入れられたそのアイデアは速度を増してさらに遠くへと広がっていき、ついには「生活の一部」となった。古くて効率の悪いアイデアは、多くの場合、そのプロセスの中で脇へと押しやられていった。 これこそが、まさに今、持続可能性について起きていることなのである。 こんな素敵なプロセスに参加しているなんて、最高だと思わないかい? |
この記事は、ノースウェスト・アース・インスティテュート(NWEI)のニュースレターである『アース・マターズ』の依頼を受けて作成されたものを基にしています。 「文化の変化のアメーバ」についての詳細は、彼の著書、『カサンドラのジレンマ 地球の危機、希望の歌』(PHP研究所、2003年)の第9章、または http://www.atkisson.com/ をご覧ください。 和訳:佐野真紀、小島和子、服部陽子 |
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