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エダヒロの本棚

システム思考をはじめてみよう
翻訳書
 

ドネラ・H・メドウズ(著)

枝廣淳子(訳)

英治出版

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訳者まえがきより
  
 「この世で唯一変わらないことは、この世のすべては変わり続けるということである」―世界の多くの宗教や哲学が指摘し続けてきたこの真理が、今ほど当てはまる時代はないでしょう。しかも、その変化のスピードがどんどん速くなっています。
 「変化が当たり前」かつ「どういう変化がいつ起こるかも不確実」という時代に、私たちは何をよりどころに、日々の暮らしや企業活動を進めていけばよいのでしょうか。

 従来の経験や考え方が通用しない、新しい変化が次々と起こる時代を生き抜くために最も大事なことは、「従来の経験や考え方から自由になる」ことです。そうしないと、新しい変化を素直に見つめることができません。そこに現れるリスクやチャンスをありのままに捉えることができません。「従来の経験や考え方から自由になること」は特に、過去の成功体験を持つ個人や組織にとって(難しいですが)大切なことです。  
 

「金槌で釘を打つことで成功した人は、そのあと、何を見ても釘に見え、金槌を振り回す」という笑い話があります。私たちはだれもが、さまざまなことに対して、「○○はこういうものだ」という意識・無意識の思い込みを持っています。 「金槌と釘」の成功体験が強いと、「出ているものは打てばよいのだ」という思い込みが生まれ、自分がそう思っているとも気づかずに、「何を見ても打つ」という考え方・行動をとってしまうのです。

 
 近年、「イノベーション」や「創造性」をテーマとした企業研修の依頼が増えています。これまで通りが通用しない時代になってきたことを多くの組織が感じ、手を打とうとし始めているのでしょう。しかし、どんなにイノベーションや創造性の考え方やツールを提供したところで、自分たちの意識・無意識の思い込みに気づき、変えようとしない限り、「昔ながらの考え方で新しいツールを手にしただけ」になってしまいます。

「従来の経験や考え方から自由になる」とはつまり、「自分(たち)の思い込みに気づく」ということなのです。では「自分(たち)の思い込みに気づく」にはどうしたらよいのでしょうか? これこそ、本書の著者であるドネラ・メドウズさんが、その半生をかけて尽力したことであり、その鍵となるのがシステム思考なのです。

 世の中にはさまざまな"思考法"がありますが、システム思考は、目に見えているものの背後にある構造を、広く深く、ありのままに見るという、きわめて素直な見方です。つながりをたどって、物事の全体像や構造を見るシステム思考のことを、私は「つながり思考」と紹介したりします。

 「因果応報」や「風が吹けば桶屋が儲かる」といった、「物事はつながっている」という考え方に馴染みのある日本人にとって、システム思考は、目新しいものではないと感じるかもしれません。しかし、「物事はつながっている」ことを「見える化」して、議論の場に載せることはあまりなかったといえるでしょう。それを明示的に行い、とらわれていた思い込みをこえて、物事の本質を見出す思考法―それが「システム思考」なのです。

 システム思考によって、気づかなかった、あるいは気づいていたものの、きちんと意識化していなかった「つながり」に気づく。そのつながりを明示的に表すことで、前後のつながりが見えてくる。それらを繰り返すことで、対処すべき問題の構造や全体像が見えはじめ、効果的な打ち手を考えることができる。また、つながりをたどることで、ある働きかけがどのような影響をもたらすか、あらかじめ予測し、対策を講じることもできるのです。

 ドネラさんは、もともとはシステム思考を使ったシミュレーションモデルを作成して、さまざまなシステムの現象や因果関係を研究する学問分野(システム・ダイナミクス)の研究者でした。優れた研究者であるばかりでなく、優れた伝え手でもあったドネラさんが、人口と経済のダイナミクスに関する研究結果をわかりやすくまとめたのが、『成長の限界』(邦訳はダイヤモンド社)です。そのおかげで、同書は数十カ国に翻訳され、世界中の人々がこの研究結果を知ることができたのです。

 ドネラさんはある時、「世界や社会を望ましい方向に変えるには、研究を続けるよりも、システム思考について広く伝えることで、人々が自分の思い込みに気づいたり、つながりを見出したりすることのほうが重要だ」と悟り、研究者としての輝かしいキャリアを捨てました。新聞などにエッセイを書くなどして広く伝えるコミュニケーターの道を選んだのです。

 その後15年にわたって約800編ものエッセイを書き続け、世の中をシステム思考というレンズで見ることを通じて、「従来の経験や考え方から自由になる」ためのきっかけを提供してくれました。その代表作のひとつとして知られる「世界がもし100人の村だったら」は、いまなお世界中で読まれています。

 ドネラさんは、残念なことに、2001年にこの世を去りましたが、ドネラさんが書いたエッセイはこれからも多くの人々に、「従来の経験や考え方から自由になる」道を示してくれることでしょう。
 ドネラさんが書いた膨大な数のエッセイの中から、ものの見方や考え方を示してくれるもの、とりわけシステム思考というレンズを提供してくれるエッセイを厳選してまとめたのが、本書『システム思考をはじめてみよう』です。

 「変化が当たり前」かつ「どういう変化がいつ起こるかも不確実」という時代を、変化に翻弄されるのではなく、つながりや構造に気づくことで変化を見極め、副作用もわかった上で先手を打って進んでいきたいと思う方へ。そして、新しい変化の時代に、「これまでどおり」ではない考え方やものの見方を身につけたいと思う方へ。このドネラさんの珠玉のエッセイが役に立つことを信じ、願っています。

 最後になりましたが、本書をこうして世に送り出すために力を尽くしてくれたドネラ・メドウズ研究所のマルタ・セローニさん、システム思考を日本に広げる取り組みの同志である同僚の小田理一郎、そして英治出版の編集者である山下智也さんに、心からの感謝を伝えたいと思います。

                                              2015年11月 枝廣淳子 

 

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