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エダヒロの本棚

入門! システム思考
著書
 

枝廣 淳子 (著), 内藤 耕 (著)
講談社現代新書

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「同じ失敗を繰り返しているような......」「あちらを立てればこちらが立たず......」いつまでも問題が解決しないというジレンマに終止符! 英語の学習方法から、企業の売上げアップ、組織のマネジメント、そして地球環境問題の改善まで、さまざまな事例を交えてシステム思考を分かりやすく解説します。解決が難しい問題こそ、たくさんの要素や原因が絡み合って複雑になっているもの。全体像と要素のつながりを見るシステム思考で、本質的な問題解決を考えましょう。

はじめに

 本書のテーマである「システム思考」とは、社会や人間が抱える物事や状況を、目の前にある個別の要素ではなく、それぞれの要素とその「つながり」が持つシステムとして、その構造を理解することである。
 つまり、目の前にあるものだけを見続けるのではなく、物事や状況の全体像を把握し、システム自身が持つ力を活かし、小さな力で大きく構造を動かせるポイントを見つけ、変革をデザインする方法論である。これは、社会や人間にとって、真に望ましい変化を創り出すためのアプローチなのである。
 システム思考自身は、一九五〇年代に米国にあるMIT(マサチューセッツ工科大学)で確立され、以来、民間企業はもちろん、政府、国際機関、NGOなどで広く活用されるようになり、多くの実績を生んでいる。
 たとえば国際的な化学会社であるデュポン社では、故障率の高かった工場でシステム思考を用いて、構造の問題点を見抜き、従業員とともに構造を変えるための取り組みをした結果、数百億円もの設備メンテナンスコスト削減を含む大きな付加価値を創造した。
 また大手電機メーカーのゼネラル・エレクトリック(GE)では、景気が上向きになると大量に従業員を雇用し、多大なコストをかけてトレーニングする一方、景気が下向きになると、早期退職金などを積んで大量に解雇しなくてはならず、それをサイクルのように繰り返していることが人事政策上の大きな課題になっていた。
 景気変動といわれるサイクルは、経済の一般的な現象として多くの業界、企業が経験する問題だ。しかし、システム思考による分析を行ったところ、GEのとっていた事業戦略は、景気循環の変動を吸収するどころか、むしろ変動をかえって悪化させる方針であることがわかった。問題は外部の一般的な問題ではなく、システムの内部にあったのである。
 その問題点を一言で言えば、組織の中で誰一人ビジネス・システムの全体像を把握していなかったことだ。販売店や卸の政策から、物流の仕組み、GEでの生産計画の立案方法、在庫政策、人事政策などについての全体像をあわせて見たとき、好況時(注文の多いとき)ほど必要以上に生産し、不況時(注文の少ないとき)ほど少なめに生産してしまう構造を作り出していたのである。
 自らの戦略や方針が問題を悪化させているとわかったものの、関係者はどうすればよいか簡単にはわからなかった。そのため、このビジネス・システムの全体像を理解するために、シミュレーション・ゲームの「ビール・ゲーム」が展開された。このシミュレーション・ゲームはその後、電機業界はもちろん、サプライ・チェーンにさまざまな取引先を持つあらゆる業界で活用されている。
 ビジネス・システムのそれぞれの取引主体や部門が、部分最適を考え合理的な意志決定をしたとしても、全体で見ると自らの成果や悪化を招く(全体最悪)……。このような事態はGEに限らず、さまざまなビジネスに見られるのではないだろうか。
 ほかにも、システム思考を用いて自動車のリース販売戦略の見通しを行ったゼネラルモーターズ(GM)、金融機関などの共同マーケティングによって市場シェア改善につなげたマスターカード、マッキンゼー、ブーズ・アレン&ハミルトンなどをはじめとするコンサルティング業界、選手のスタッフィング戦略に用いたプロ・フットボール・チームなど、多くの企業が導入している。欧米の大手企業では副社長レベルの幹部を一週間、システム思考の研修に送り込むこともよく行われている。
 国や自治体、国際機関での公共政策の策定や実施、開発援助など先進国と途上国の間のプロジェクトなどでもよく使われており、システム思考の研究者・専門家も多数存在している。
 その第一人者にデニス・メドウズ氏とドネラ・メドウズ氏がいる。二人は一九七二年にシステム思考とコンピュータ・シミュレーションを駆使した『成長の限界』を発表し、世界にその名を知られるようになった。ドネラが書いた『地球が100人の村だったら』は、地球の現状をシステム思考的に説くわかりやすいストーリーで、世界中の人々に読まれている。

 このようなシステム思考と本書の著者である枝廣淳子が出会ったのは、このデニスとドネラが一九八一年に立ち上げ、いまでは世界中の数百人のシステム思考や持続可能性の研究者や実践家のネットワークとなっているバラトン・グループの、年に一度の合宿に参加した二〇〇一年のことだった。
 以前から環境問題に対して、ジャーナリストとして、講演や執筆などさまざまな形で取り組んでいる中で、枝廣は「あちこちで成功事例はあるけれども、根本的な解決にはつながっていない」と感じていた。
「行き当たりばったり」という言い方は悪いが、なんとか目の前の問題を解決したいという熱い思いと、思いつきの解決策で行動したらうまくいった、という事例はたくさんある。地域でも企業でも政府でも、みんな本当に一生懸命、環境問題解決のためにがんばっている。「○○川がきれいになった」「工場のゼロ・エミッション(廃棄物ゼロ)が達成できた」等々、局地戦では勝利を収めているところもあるのだが、「どうも全体戦の旗色は悪くなるばかりではないか」という思いをずっと抱えていたのだ。
 どういう枠組みで考えたら、局地戦ではなく全体を考えて、全体を優勢に持って行けるのか? 地球温暖化問題をなんとかしないと間に合わなくなる状況の中で、「根っこ」、つまり問題構造そのものを理解し、解決策を考えるにはどうしたらよいか? どういう考え方があれば、各地の個別戦の「うまくいくやり方」をあちこちに展開していけるか? ――その枠組みを求めていろいろ模索を続けているときに「システム思考」という考え方に出会って、「これだ!」と思ったのである。
 変化は常に起こる。「常に不変であるものは、変化である」というような格言があるほどだ。
 特に現代は変化のスピードが加速している時代である。そのような状況で、変化が起こるたびに、「この変化にはどう対応したらよいのだろうか?」「この変化はどうだろう?」と右往左往しながら考えるのではなく、状況や問題の「変化」そのものの構造を理解することで、変化を予測し、自ら望ましい変化を創り出していくための考え方が身についていれば、どのような変化がやって来ても動じずに対応できる。システム思考は、そのための見方であり、思考法なのだ。
 枝廣は、「システム思考は五〇〇〇年後も通用する」とよく言うのだが、それぐらい根本的な考え方、ものの見方だと思っている。

 一方、もう一人の著者である内藤耕は、独立行政法人産業技術総合研究所で研究マネジメントの仕事をしている。そうした中、内藤は産業界が抱える、「売れる商品」をどう作っていいかわからないというジレンマをひしひしと感じていた。これからは、ものの見方の転換が必要である。そして、これまでとは違う考え方で対応しなくてはいけないのではないかと、実感していたのである。
 もともと大学で地質学を専攻し、裏山に転がっている石を調べ、そこから日本列島やアジア、そして地球全体の生い立ちについて考えていた。一つの石をいろいろな側面から観察し、さらにそれまでにわかってきた多くの研究結果を組み合わせ、地球全体まで考えを広げていったのである。この思考方法はその後の仕事のやり方に大きな影響を与えることになった。
 このように学生時代は社会の問題から離れ、呑気に夢とロマンを追いかけていたのであるが、社会に出てからは、人間の現実の生活を支える資源やエネルギーの安定供給を目指し、特に非鉄金属の資源を開発するという仕事に従事することになった。いま採掘されている資源の多くがアフリカや中南米、アジア等の開発途上の国々に偏在していることから、資源開発とともに経済開発の仕事も加わり、そして「どうしてそこに豊かな資源があるのに、そこに住む人々が豊かにならないのか?」ということを考えるようになった。
 誰もが「近くに豊かな資源があれば、それを採掘し輸出すれば収入を得ることができ、それを元手に新しい仕事をすればよい」と考えるのに、なぜかそのサイクルがうまく回らない。どうしてなのかしばらく悩んでいたが、仕事をしている過程で、資源を開発するということが、単に「どこに、そしてどのような資源があるのか」という資源の有無の問題だけでは解決できないことに気づき始めた。資源開発自体が経済活動であり、そこには守るべきルールがある。つまり法律や規制、税金や会計制度がどのようになっているのかを知る必要がある。また資源の開発が、いくら山の奥やジャングルの中で行われていたとしても、そこには住む人間がいて、そして守るべき自然環境もある。
 豊富な資源があればそれを効率よく採掘すればよいという、技術的な視点だけから考えているのではあまりにも短絡的であった。人間や社会、自然環境といった実に多くのことを同時に考えてなければならないことに気がついたのである。
 つまり、目の前に見えていることだけに注目していることの限界を感じ、全体の視点から考えなければそもそも資源を開発することができないことに気づき始め、仕事を進めるために法律や財務、税制、さらに人類学を一生懸命勉強したのである。
 その後、いろいろな考え、そして本人の中では脈絡はあるが、一見まったく異なるいまの研究開発のマネジメントという仕事に変えた。
 そして、社会のために産業科学技術の研究開発をどのように行ったらよいのか、研究成果をどのようにすればもっと社会に役立てることができるのかということを考えながら、組織理念である「持続発展可能な地球社会の実現」に向け、開発型の産業構造から持続型の産業構造へ重心を移動させるイノベーションの実現を目指している。ただ、実際の仕事は、研究現場で実験を行っているのではなく、研究所の運営方法論について考え、それを組織や制度に反映させるというものである。
 仕事をしながらわかってきたことは、社会を大きく変えていくイノベーションを、産業科学技術の研究開発を通じて実践しようとするならば、一つの学問分野の中でひたすら研究を追求し続けてもだめで、多様な学問を動員し、それぞれの研究の結果を達成しようとする目的に向かって統合する構成手法が重要になるということだ。
 そして、多くの学問分野を動員するとき、単に理系の科学技術を扱うだけでなく、研究開発の過程で、技術の利用者である社会や人間が抱える課題や知識も積極的に取り込んでいくことの重要性を痛感してきた。このような研究方法論は、産業技術総合研究所の理事長である吉川弘之により「第2種基礎研究」と定義され、さらに研究所の経営方法論として新たに「本格研究」が提案された。
 このようにして内藤が取り組んできた地球全体を理解するということと、資源を開発するということと、さらに研究所を運営するということは、まったく異なる三つの仕事であるが、実はそれを遂行する方法論として、目の前にあることだけで対応するのではなく、全体の視点から考え理解していく思考方法を使っていたのである。

 このように、二人はそれぞれ異なる課題に取り組んできたが、よく周りを見てみると、二人がここで用いている思考方法が、もっと身近な問題を解決するときにも非常に有効であることに気づいた。
 枝廣は、環境ジャーナリストであり、国際的な活動を展開する環境NGOであるジャパン・フォー・サステナビリティ(JFS)の共同代表を務める。さらに本書の主題である「システム思考」やそのシステム思考を基礎とする「学習する組織」を中心に、「変えるための考え方やスキル」を提供することで、変化の担い手という観点から人材育成を行い、真に強い組織作りを手伝うチェンジ・エージェントという会社を経営する。そして内藤は、産業科学技術の研究機関である産業技術開総合研究所でイノベーション・マネジメントの仕事を担う。
 二人はそれぞれの職場でお互いに知り合うことなく活動していたが、これまでの仕事について、研究を通じてよりいっそう深めることを目的に、二〇〇五年四月に東京大学人工物工学研究センターにおいて揃って客員助教授となったことから、コラボレーションが始まった。
 人工物工学研究センターとは、一九九二年に設立され、人間・人工物・環境の新たな関係の可能性を求めて、学問領域の細分化による弊害をなくし、従来の方法論にとらわれない取り組みを行っている研究センターである。
 地球環境問題の解決を目指す枝廣の仕事と、産業科学技術の研究開発のマネジメントの確立を目指す内藤の仕事は、一見するとまったく異なるように見える。しかし、二人がキャンパスで出会い、そして議論する過程で、実はそれぞれの異なる仕事において、個別の要素について個別に考えるのではなく、要素と要素の組み合わせやそれらの関係に注意を払うという思考方法がそれぞれで同じように必要になっていることに気づいたのである。
 そこで、この思考方法について幅広く議論するために、人工物工学研究センターがある東京大学柏キャンパス(千葉県柏市)で二〇〇五年一〇月に公開講座を開催した。この公開講座での議論の結果がこの本の出版のきっかけとなったのである。
 なお、それぞれの仕事において、枝廣はこの思考方法を「システム思考」と呼び、内藤は構成的研究方法論または第2種基礎研究と呼んでいるが、本書ではシステム思考と統一して呼ぶこととした。

枝廣淳子
内藤 耕

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おわりに

 これまでさまざまな事例を使い述べてきたとおり、実は人類が直面している問題というのは、大変に複雑である。そしてその複雑さはどんどん入り組んできている。このためいまの世の中は「複雑性の時代だ」ともよく言われている。
 複雑性とひとことで言っても、その種類は二つあると思う。
 一つは、種類がたくさんあることによる種類の複雑さ。たとえば森の中に行くと、いろいろな種類の木、いろいろな種類の植物、そしていろいろな種類の虫とか動物がいる。これが種類の複雑さである。この種類の複雑さに対しては、切り分けて分類するという方法論が有効となる。
 しかし、もう一つ、最近特に強まっている複雑さは、この種類の複雑さではなく、ダイナミックな複雑さである。どういうことかというと、森の中に行くと、いろいろな木、いろいろな花、いろいろな虫が自律して存在し、お互いに作用して、一つの森という営みである生態系を作っている。しかし、ここでいう相互作用というのは、いくら分類しても見えてこない。
 つまり、この相互作用にこそ複雑さがある。それを理解しない限り、現実の森の営みを私たちは理解することはできない。これまで説明してきたシステム思考とは、このダイナミックな複雑さ、お互いのつながりを見ていく方法論なのである。
 それでは、私たちが何かを考えるときはなぜ分析的思考が前面に出てきてしまうのだろうか? その理由はよくわからないが、学校における教育にその原因がなるのかもしれないと考えている。
 教育改革がどんどん進められているが、受験勉強に代表されるとおり、これまでの学校はどうしても、答えが先にある問題を解く教育を施している。テストも問題と答えが一対一で対応している。子どもたちは必ず存在する答えをひたすら探すことに時間を費やす。そうした絶対的な答えを前提とした教育をしているから、分析的思考法が強くなってしまうのかもしれない。
 新しいものを作っていく、何か新しいことをやろうとする場合、実は答えがない世界、または見ている視点を変えれば正しそうに見える答えがいくらでもある世界で考え、行動しなければならない。
 地球環境問題を解決するだけではない。おいしいカレーライスの作り方も多様であるように、また使いやすい携帯電話を例に説明してきたように、私たちの周りには考えなければならない多くの問題がある。それにもかかわらず、子どもたちは身近な問題を考える喜びよりも、先生が持っている答えを必死に探す努力をしてしまう。その結果、私たちは分析的思考が非常に得意になってしまった。
 このように見てくると、分析的思考とシステム思考はそれぞれ対立関係にあるように感じられるかもしれない。しかし、実はシステム思考の一部が分析的思考であり、それぞれが相互補完の関係にあると考えられる。人類が分析的思考を通じて多くの知識を蓄えてきたのはまぎれもない事実であり、またシステム自体が個別の要素の集合なのである。
 問題なのは、システムの中にある要素だけを、個別に見続けても、それがシステム全体の理解につながらないということである。そこで、いま、ここでシステム思考の方法論を知り、その私たちの生活、仕事の中で活かすことで、よりよい解決、改善策を見つけだすことが重要になりつつある。
 特に、日本の企業や日本社会におけるシステム思考の普及は、国際競争力の観点からも、国際社会の一員としての共通言語としても、非常に重要であると考えている。欧米では多くの企業・組織がシステム思考を採り入れている。
 システム思考とは、目の前のことだけではなく、物事のつながりや全体像に着眼し、そのつながりから生じる長期的な影響をも視野に入れて考えるアプローチである。とりわけ変化が加速度的に進みつつあるいまの時代において、変化に翻弄されるのではなく、変化を読み、予期し、さらには自ら作り出せる能力が、企業にとっても社会にとっても、そして個々人にとっても、非常に重要になりつつあることが、しっかり認識されているのである。
 しかし、人間にはシステム思考を自然に行える人もいれば、どうしても分析的思考にかたよってしまう人もいる。子どもの頃に受けた教育が影響しているのかもしれないが、一方で社会にはまだまだ大きな問題があり、それを解決するための知識は分析的思考で引き続き確立し続けなければならない。つまり、すべての人々が考える方法をシステム思考に変えなければいけないということではないのだ。
 それではどのような人がシステム思考を得意としているのか、そしてどのような人が分析的思考を得意としているのだろうか。この思考方法の得意、不得意は簡単に見極めることができる。
 それぞれの思考のプロセスの違いを考えたとき、システム思考が得意な人は人間自身が好きであり、分析的思考の得意な人は目の前にあるものに関心を持つ傾向が強いと感じている。
 これまで述べてきたようにシステム思考とは、目的に向かって必要な要素とその関係性を考える。もちろん一人でそれを行うこともできるが、近年、特に細分化と高度化が進んでいる学問分野、抱えている問題の大型化と複雑性を考えれば、結果として多くの人々を巻き込みながらシステム思考を行っていくことが効率的である。
 一方、分析的思考は目の前に存在しているものについて考え、深掘りしていく。そしてそのものをある視点から明らかにし、同じ視点から他のものも見て比較する。常に目の前にものがある。
 結果として、何か仕事をしていくとき、システム思考型の人は組織やグループのリーダーに向き、分析的思考の人は一つの問題を解決する専門職に向いていることになる。自分を見つめなおし、どちらの型であるかがわかれば、何か勉強しようと思うときや、プロジェクトを進めようと思うとき、さらに将来の人生設計を行うとき、この違いは何らかの示唆を与えてくれるようになるだろう。そして本書で紹介したツールや方法論を身につければ、分析的思考傾向の強い人でもシステム思考を自然と行えるようになる。

 ところで枝廣は二〇〇六年に米国でのビジネス会議に出た。会議のキーワードは「レジリアンス」(しなやかさ、弾力性)であったが、これは組織や経済などのシステムが変化や危機に適応・回復する力のことで、システム思考の重要概念の一つである。
 また、「自己組織化」もシステム思考の重要概念である。自律的に成長・進化していくシステムのことで、この概念をビジネス組織にあてはめたのが「学習する組織」だ。ピーター・センゲが提唱して以来、システム思考は「学習する組織」にとっての「第五の学習領域」と位置づけられ、重視されている。システム思考を用いることで、組織のメンバーはまず「自分のメンタルモデル(思い込みや世界観)」を認識し、「思い込み」と呼ばれる狭い見方を広げ、新しい視野で全体像を見ることができるようになる。そして、お互いのメンタルモデルを理解して、全体像の理解を深め、その結果、効果的な働きかけを一緒に考えることができる。
 システム思考は「しなやかに強く、進化し続ける組織」を作るための鍵を握っているとして、欧米の企業を中心に、組織作りや社員研修の基盤として広く採り入れられているのだ。複雑性を増すこれからの時代には、組織の学習能力こそが競争力の最大の源泉だからだ。
 今日の複雑なビジネス環境で生き残るには、中央集権的なリーダーシップは通用しない。社員一人ひとりが「学習する個人」として成長し、その相互作用によって組織自体の成長を図る必要がある。「学習する組織」は国際石油資本であるBP社などが導入し、成果を上げている。
 このような「しなやかに強く、進化し続ける組織」の重要性に気づいた多くの企業が、経営陣や社員にシステム思考のトレーニングを行い、組織としての学習能力、適応性、弾力性を高めているのである。たとえば、ダウ・ケミカルは、副社長クラスの役員を毎年三、四人ずつ一週間にわたるシステム思考のトレーニング・プログラムに派遣しているそうである。
 このように欧米ではシステム思考が普及し、現場で実際に活用され、成果を上げているが、日本ではシステム思考の導入はごく一部にとどまる。システム思考のワークショップを行うたびに、システム思考の基本的な考えやシンプルなツールによって、全体像をとらえ、問題構造のツボを見抜く力を鍛えることが大変有用であることを実感している。
 本書を通じて、個人から組織、社会のあらゆるレベルにおいて役に立ち、これからの国際社会において英語と並ぶ共通語ともいえるシステム思考的な考え方やものの見方に関心を持っていただくことができれば幸甚である。
 最後に、システム思考の学びをより幸せな毎日の暮らしや、より効果的な仕事に活用するための七ヵ条を贈りたい。

システム思考七ヵ条

1 人や状況を責めない、自分を責めない
2 できごとではなく、パターンを見る
3 「このままパターン」と「望ましいパターン」のギャップを見る
4 パターンを引き起こしている構造(ループ)を見る
5 目の前だけでなく、全体像とつながりを見る
6 働きかけられるポイントをいくつも考える
7 システムの力を利用する
               (チェンジ・エージェント作成)

 なお、二人はこれまで多くの執筆を行ってきた。さらに詳しく知りたい読者は、以下を参考にしていただきたい。
 デニス・メドウズ、ドネラ・メドウズ、枝廣淳子 『地球のなおし方』(ダイヤモンド社)
 デニス・メドウズ、ドネラ・メドウズ著、枝廣淳子訳 『成長の限界 人類の選択』(ダイヤモンド社)
 枝廣淳子、小田理一郎 『なぜあの人の解決策はいつもうまくいくのか? ――小さな力で大きく動かす! システム思考の上手な使い方』(東洋経済新報社)
 吉川弘之・内藤 耕編集執筆 『第2種基礎研究:実用化につながる研究開発の新しい考え方』(日系BP社)
 吉川弘之・内藤 耕 『産業科学技術』(東京大学出版会)
内藤 耕・禿 節史・赤城 三男・横溝 裕三 『デジタル技術の衝撃――豊か未来社会へつなげるために――』(工業調査会)

 本書を執筆するにあたり、二人は東京大学人工物工学研究センターの上田完次教授及び奥田洋司教授をはじめとする多くの教員、大学院生、学生にお世話になった。また、枝廣は、チェンジ・エージェントをともに立ち上げ、開発から研究・ファシリテーション・コンサルティング活動を協働している小田理一郎と会社の仲間から多大な支援と援助を得た。内藤は、考え方の基本やアイデアについて勤務している産業技術総合研究所の吉川弘之理事長から大きな影響を受けた。本書の執筆にあたっては、岸上祐子さんに多くの助言と励ましをもらい、講談社の田中浩史さんに有益なコメントをたくさんいただいた。以上の方々に厚くお礼を申し上げる。

  二〇〇七年四三月吉日 東京大学人工物工学研究センターにて


 

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