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エダヒロの本棚

大学力  早稲田の杜から「変える力」を考える ~ 生きることは楽しい!
著書
 

白井 克彦 (著)、枝廣 淳子 (著)
主婦の友社

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ユニークな大学改革を次々と進めている早稲田大学の白井克彦総長との対談本です。マンモス大学という大きな組織を変えていくコツ、目の前の変化を大きな変革の中に位置づけて進めていく戦略、そして「生きる力とは何か」「基本的な学力とは何か」「これからの私たちは何を基準にどう生きていけばいいのか」など、考えるきっかけがあちこちにキラキラしている本です。

はじめに

ある日、地元の知り合いの編集者がやってきて(彼女は子供の保育園時代のママ友だち)、
「なんだか、大学がとても変わってきているみたいよ。早稲田大学では四人一組の英会話集中レッスンを始めてすごい効果があるんだって。私たちの大学時代といえば、マスプロ授業ばっかりで、そんな手厚い授業なんてなかったのにねー。こんな教育があるんだったら、私ももう一回大学に行って勉強したい~!」と叫びました。
「なになに、そんなに魅力的なの?」と私。
「うん、早稲田に取材に行ったんだけど、工夫やしかけのあるとってもおもしろいゼミもやっているみたい。それにeスクールでしょ、専門職大学院だって! 職場って、同じような仕事を、似たような人が集まってやってるから、専門職大学院で実践的な勉強をしたり、いろいろな人たちと議論するのってすごく楽しいだろうなあ。語学教育だってそう。大学時代にあんなのがあったら、ぜひ受講したかった!」
「勉強だって語学だって、やりたいんだったら今からでもやったらいいじゃない?」と答えながらも、そういう勉強の「場」や続ける「しかけ」のパワーを知っている私は、彼女の話にとても興味をもちました。早稲田大学の白井克彦総長が大学改革の実践を進められている……。
白井先生が重視しているのは、「世界中のどんな文化に遭遇しても、楽しく生きていける力」としての生きる基礎力。自分を知る力、相手を認める力、そして議論する力としてのコミュニケーション力。そのため、英語を中心とする語学の独自メソッドを開発し、実践しているとのこと。起業力。実践力。そして、「大学を日本の中の国際都市にする」とおっしゃっているそう。
「枝廣さんだったらゼッタイ興味あるでしょう? じゃあ私が書籍の企画を立てるから、白井先生と対談して、もっと詳しく聞いてみない?」という声がけに、「ぜひ!」と答えたのでした。

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 私が「ぜひお話を聞いてみたい!」と思ったのは、白井先生ご本人への興味と、白井先生が進められている「大学を変える」という取り組みへの興味の両方からでした。具体的に知りたいこと・教えてもらいたいこと・議論してみたいことがあったからです。
 私はこのちょうど二ヶ月前に同僚の小田理一郎と「チェンジ・エージェント」という有限会社を立ち上げたところでした。えっ、チェンジ・エージェントって何って?
自分の生き方でも暮らし方でも、会社や地域社会でも、日本という国でも世界でも、「このままじゃいけない」「変えたい!」と思うことがあったら……あなたもチェンジ・エージェントなのです。change agent(チェンジ・エージェント)の「チェンジ」とは「変化」のこと。「エージェント」っていうと、旅行代理店みたいな「代理人」「仲介者」、それに「諜報員」「工作員」に「スパイ」なんてイメージもありますよね。そう、チェンジ・エージェントとは、あるときは託されて公然と、あるときは自分の秘めた使命を抱いて隠密に、変化を起こしていく「変化の担い手」のことなのです。
私は環境問題の分野で活動を始め、今では教育や雇用などの問題への関心のほか、子育てや、うつになりにくい心を作る認知心理学プログラム「本当の幸せ」「もっと自分らしい、なりたい自分」を探して近づいていく自己実現のお手伝いなどを通し、さまざまな分野でいろいろな方にお会いする機会があります。
その中で、「今、日本では、チェンジ・エージェントの卵が大量に孵りつつある」ことを感じています。これまでは「お上」「しきたり」「人の目」「世間体」などが与える枠の中でおとなしく文句も言わず、それなりに「井の中の蛙」的ハッピーに生きてきた人々が、ちょっと待てよ、これって本当に自分の人生? 自分がやりたいことってこれなの? 自分たちのやっていることは、本当に幸せにつながっているの? それに、自分たちのことだけでいいの? 地球の裏側の人たちや、人間以外の生きとし生けるもの、そしてまだ生まれていない未来世代たちのことを考えなくていいの?――意識的か無意識かは別として、「何かおかしいぞ」とどこかで感じている(人類の生存本能としての集合無意識レベルかもしれません)人たちが増えていると思うのです。
「変えたい」対象は、自分自身から、属している組織や地域、社会や国、世界や地球と、さまざまです。私の著書『朝2時起きで、なんでもできる!』の読者も、「自分のビジョンを作り、自分マネジメントシステムを身につける」コースや合宿ワークショップへの参加者も、内外の環境の取り組みや新しい考え方を伝えたいと出している環境メールニュースの読者も、各地の講演や取材でお会いする方々も、「会社を変えたい」「地域を変えよう」「社会を作り直さなきゃ」という熱い思いを抱いていることをふつふつと感じます。自分自身や狭い範囲の私利私欲のためではなく、現在および未来のすべての生きとし生けるものが持続可能で幸せになるための変化を、自分や組織、地域や社会など、自ら直接かかわる場で起こしていきたい!というチェンジ・エージェントがいっぱいいるのです。そして、日本だけではありません。あらゆる国や地域に、「変えていこう」という熱い思いをもって行動している人たちがたくさん出てきているのです。

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 白井先生の取り組みを聞いて「白井先生という方は、まぎれもないチェンジ・エージェント、しかもとても効果的に成果をあげているチェンジ・エージェントだ」と思いました。その戦略や秘訣をぜひお聞きしたい……。同時に、「大学とは、社会に出てからさまざまな問題に取り組み、効果的に変えていくためのスキルを身につけさせるチェンジ・エージェント養成機関であるべきだ」との思いから、早稲田大学での改革が実際にどのように「変化」に結びついているのかを知りたい、と思いました。そこで、早稲田大学という巨大で影響力の大きなフィールドでの変革の旗手に直接お話をうかがえるという、願ってもない機会に飛びついたのでした。
私は、チェンジ・エージェントには必要なものが三つある、と思っています。
(一)「変えたい!」という熱い気持ち
(二)現状の正しい認識と、「何をどう変えればもっとも効果的か」の理解
(三)実際に変化を起こし、変化のプロセスを進め続ける力
 白井先生がどのようにこれらをおもちなのか、ご自分で育んでいらしたのか、また大学の場で、どのように学生たちに育もうとされているのかを知りたい――その思いに、対談を重ねるたびに、深く広く応えていただきました。早稲田大学という舞台で、「何がどう変わりつつあるか」だけではなく、その変化を作り出している原動力と戦略、成功の秘訣などを知ることができたのですから、それはそれは愉しい時間でした。そう、チェンジ・エージェントの活動は、本人が表に出ることはあまりないかもしれませんが、どきどき・わくわく・汗と涙のヒューマン・ストーリーなのです!

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 社会や時代の変化にともない、大学を含め、あらゆる組織に求められる役割が変わりつつあります。環境問題を例にとっても、かつての「公害問題」から、温暖化などの「地球環境問題」へ変わっていくにつれ、「ある地域に限定された一部の人々の問題」から、「グローバルな万人の問題」となり、「被害者と加害者が明確に区別できる問題」から、「全員が加害者、全員が被害者という問題」になってきました。公害であれば、排水管や煙突などある場所にフタをすれば止められましたが、温暖化を引き起こす二酸化炭素は、私たちの毎日の生活や経済活動から出ているものですから、どこかにフタをすればすむ、という問題ではなくなっています。
このようなこれまでになかった問題に対応しなくてはならないという時代の要請に対して、大学はどのような役割を果たすべきなのでしょうか。早稲田大に限らず、各大学で考え、戦略を練っていることでしょう。なぜなら、社会や時代の要請に応えられない組織は生き残れないからです。
 しかし、「変化への対応」は、後手に回りがちです。これはなにも人間が怠惰なせいではなく、これまでの長い歴史で進化してきた人類の認知能力がそのようになっているためです。人類の長い歴史の大部分では、「目の前に現れた脅威」に対応することが大事であり、それで十分でした。「クマが出てきた!→逃げろ(または闘え)」という具合に。「現実に反応する」というのが私たち人類の問題対応パターンだったのです。
 それからもう少し進化すると、「この間見かけたから、あのあたりにはクマがいるかもしれない」と考えられるようになりました。「予測」ができるようになったのです。しかし、「こうなりそう」という予測とは、「現実」を若干未来方向へ伸ばした延長線上にあるものにすぎません。社会や時代の変化に直面してからそれに対応するだけではなく、社会や時代の変化を「こうなりそう」と予測して、多少先手を打って対応を考えるだけではなく、「望ましい社会や時代の変化を創り出していく」には、現実への対応能力や予測能力を超えた、別のものが必要となります。ビジョンです。
 ビジョンとは、ある英英辞典に「Something which is apparently seen otherwise than by ordinary sight」と書いてあります。普通には見えないものが見えていることです。「こうなりそう」ではなく、「こうしたい」「こうなってほしい」というビジョンは、いくら現実を延長してもその線上には見えてこないものなのです。
「白井先生には、私たちには見えていないどんなものが見えているのかしら? 先生にはどういう社会や大学の姿が見えていて、その実現のためにどのように取り組んでいらっしゃるのかしら?」とお話をうかがいました。白井先生は間違いなく、ピカイチのビジョンの人です!

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もし、「あれ? こんなお花、植えたつもりはないのだけど」というお花畑を見つけて不思議に思ったら、それはきっとチェンジ・エージェントが黙々と種をまき、水をやり、大事に育て続けた成果です。早稲田大学のあちこちで、そして、社会のあちこちで、白井先生の大学改革の数々のしかけから生まれた種が花を開いていくことを心から楽しみにし、熱く期待しています。

枝廣淳子

 

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